01 第三王子 ジル・シュタイン
真っ白な世界が目の前に広がっていた。
ここはどこだろう?
直前の記憶が曖昧だが、たしか仕事に向かう途中、天気が良いから
遠回りして海でも見ようと思ってチャリで……。
でもここは海じゃない。
なんでだ?
これはもしかして……死んだ?
「ああ。残念ながらね」
そっかー、死んだのか。
……って
「おたく誰!?」
気がつくと、白い服を来たおっさんが隣に立っている。
一体いつの間に?
「私の名はゾハル。創造主の一人とでも言えばいいのかな」
ソウゾウシュ?
「……神様みたいなものさ」
「 ……へえーーー」
「信じてないだろ?」
「いーや? 死後の世界があるんなら、神様だっていますよね」
「……死んだことは気に病んでないのか?」
「死んじゃったもんはしょうがないんで」
「人間にしては珍しく達観してるね……」
「その神様がどんなご用で? 天国への案内人?」
「そうではない。とある世界に君の魂が必要でね。そちらへ転生させるために私が来たんだ」
「魂が? 何で?」
「君はな、我が愚弟と対になる魂を持っている。本来存在する世界線は違うけどね」
「ぐてい? せかいせん……?」
「……大丈夫、いずれすべて分かるよ」
「はあ」
「さて、そろそろ時間だ。ちょうど魂が抜けて空になった肉体があってね。身分も悪くないし、
そちらの世界で生きるには都合が良いと思う。弟のことを頼んだよ」
「弟って誰?」
「いずれ分かる。あと、君が本来持っている魔法力は目覚めさせておいたよ。
レアな時空系魔法だ。うまく使いたまえ」
「魔法ってどうやって使うんですか?」
「一言で伝えられるものでは無いからね。わるいけど転生先で教えてもらって」
そう言って神様が手を降ると、足元の地面が消えて俺はまっさかさまに落ちていった。
◆◆◆◆◆◆
というのがさっきまでの記憶だ。
強い衝撃を感じて目を覚ましてみれば、
「お、お、王子!!!」 「ジル様!!」 「ジル王子!!」
会ったことのない爺さんとおばさん達が数人、俺を囲んでギャーギャー騒いでいた。
「あの……どちらさまでしょう?」
「ああ混乱しておられるのですね? 無理もありません、一瞬とはいえ心臓が止まったのです。
あっ起き上がらないでください! 今、王太子殿下を呼んでまいります」
集団のなかで一番年を取ってそうな白ひげのおじいさんが、そう言って部屋を出た。
残った連中は相変わらずギャーギャー騒いでる。……うるさい。
「無事だったようだな、ジル」
先程の爺さん=通称ひげじい(今決めた)と一緒に若い男が部屋に入ってくると、周囲の連中が急に静かになる。
「顔色は悪くないようだが……心臓が止まったと言うのは本当か?」
「ええ、一瞬のことではございましたが……」
男に言われて、ひげじいが答えた。
「再び心臓を動かしたというのか……。治療魔法を使ったのか?」
「……いえ。突然の事故でしたので、治療士は間に合いませんでした。ジル王子自らが起こされた奇跡でございます」
さっきから言ってるジル王子って俺のこと?
「そうか。……ロッド国王には私から報告しておこう」
「ありがとうございます。アレク・シュタイン王太子殿下」
王太子殿下……。みんなこいつに頭を下げてるし、偉いやつっぽいな。
そう思っていると、アレクという男がこっちを見た。気のせいか視線が冷たいけど。
「ジル。事故の相手だが、どのような処分を? ……まあ聞くまでもないだろうが……」
「事故の相手? はて?」
どんな事故? チャリンコ同士でぶつかったとか?
俺がぼんやり考えていると、
「恐れながら王太子殿下……。ジル王子は少し混乱しておいでのようです。少し時間をおいてはいかがでしょう」
と、ひげじいが間に入った。
「……そうだな。では後日、当事者を交えて協議しよう」
そういってアレクが部屋の外に。
俺は再びおばさんとひげじい達に囲まれ、熱を測られたり脈を取られたりと鬱陶しい目に会うのだった。
◆◆◆◆◆◆
安静のためにとそれから丸一日ベッドに寝かされたが、さすがに退屈すぎるので
無理やり退院(?)させてもらった。
俺がいるのは西洋風の城の中だ。
城には何とかって国の王様が住んでいて、俺はそいつの三番目の息子らしい。
年は15才で、転生前より年下だ。
ちなみに昨日部屋に来たアレクってやつが長男で、次の王様候補とのこと。
どうりで偉そうなはずだ。
それと俺のベッドを囲んでいた連中はみんな医者で、俺が事故に会ったせいで、急いで城の医療室に集められたそうだ。何でも城専属の医者だけじゃなく、街からも集められたとか。
「それじゃあ医者がいなくなった街の人たちが困ってるっしょ。俺もう大丈夫なんで帰っていいっすよ」
と言ったら、なぜか目を丸くして驚かれた。
「ここがジル様のお部屋でございます」
今朝から俺の世話をしてくれているメイド服の女の子に案内されたのは大きなベッドが置かれた広い部屋だ。
「……広すぎて落ち着かない」
俺がつぶやくと、メイドの子が不思議そうに俺を見た。
「あ、あの記憶を無くして混乱されているというのは本当なんですね……」
「うん。記憶は無いね。別に混乱してないけど」
違う人間だから記憶が無いのは当然だよね。
「な、なんとおいたわしい……。以前でしたら、第2王子の部屋の方が広いと、しょっちゅうご不満を漏らしておられましたのに」
……それ、同情されることかな?
「まあいいや。ようやく一人になれるし、この先どうやって生きるかゆっくり考えよっかなー」
そう言って。ふかふかのベッドにぽふんと横になる。
医務室も立派だったけど、ここも相当だな。さすが城。
でもベッドがやわらかすぎて落ち着かない。
この間まで畳に布団敷いて寝てたしな。
しばらくごろごろしていると、メイドの子の視線に気づいた。
「どうしたの?」
起き上がって尋ねる。
「い、いえ、何でもありません! 失礼いたしました!」
なんだか青い顔になって慌てて頭を下げる。
「別にいいけど……。もう仕事に戻ったら?」
「はぇ?」
「え?」
「……あ、あの、私はジル様の専属メイドでございますので、常にお側にいるのが仕事だと……ジル様ご自身が……」
なるほど。俺が言ったんですね。正確にはこの体の前の持ち主が。
「気が変わりました。これからは常に側にいなくて大丈夫なんで」
「ですが……ジル様のお世話が出来ないとあれば、私はメイドの職を失くしてしまいます…」
「そうなの?」
それは申し訳ないな。一緒にいない方がこの子も気楽かと思ったんだけど。
「分かった。じゃあ側にいてください」
「は、はい」
ホッとしたように女の子が答えた。
昨日からちょいちょい感じてるけど、本来のジルはあまり良い性格じゃないみたいだな。
みんな俺の顔を見るとおどおどするというか、露骨じゃないけど避けようとするし。
医者たちも腫れ物に触るようだった。
鏡の前に立つと、黒髪の男が映る。顔は整ってると思うけど、
若干目がつり上がってて性格が悪そうだ。
「ジル様……?」
「うーーん……ん? 何?」
「あ、いえ、難しい顔で鏡を見ていらしたので」
「ああ。自分てなんか性格悪そうだなーと思って」
「そ、そんなことっ!! そんなことは決してございません……!」
そうは言ってもメイドさんは本音なんか言わないわけで。
「気をつかわなくて大丈夫だよ。半分独り言だし」
「いえ! あの……本当に……」
「大丈夫。気にしないで」
「……っ、は、はい。あ、いえそんな……」
メイドさんが混乱を極めてる。大変だね。
メイドさんはずっと側にいるようなので
気にせず窓の外を眺めて過ごす。
城下にはヨーロッパばりの街が広がってる。海外に行ったことは一度もないけど写真で見たやつですわ。
でもって空には、飛行船みたいなのが何隻も浮かんでた。
外を眺めていると、お腹がぐぅーっと鳴った。
そういや昨日の昼から何も食べてない。
平気だって言ってるのに、安静にしろとかどうとかでひげじい達が食べ物をくれなかったのだ。
「ジル様、お昼になさいますか?」
お腹の音が聞こえたらしく、メイドの子が声をかけてくれた。
「お願いします!」
元気よく答えたせいかメイドの子は驚いていたけど、
「お待ちを」 といって部屋を出た。そのときなぜかくすっと笑ってた気がする。
しばらくして食事が運ばれてきた。
フルーツとサラダ、そしてハムをはさんだパンが2枚。
あっさりした朝食って感じだけど、こっちじゃ常識なんかな。
正直全然足りない。
「ジル様、飲み物をお取り分けしますね」
そういって赤いジュースがはいったガラス瓶をメイドの子が手にする。
「そういえば、君の名前は何?」
「え?」
いつまでも“メイドの子”じゃ呼びにくいもんね。
「ユ、ユアナと申します」
「ああ、ユアナちゃんね」
「……私は使用人ですので、どうぞ“ユアナ”とお呼びください」
「りょうかい」
ユアナはそう言うと、赤いジュースをコップに注いで俺の前に差し出した。
甘い香りがする。何のジュースだろう。いちご?
「ありがとう。ユアナ」
そういってジュースを飲もうとすると、ガシャンっという音がした。
驚いていると、
「も、申し訳ありません!! 今片付けますのでっ!!」
どうやらユアナがジュースの入ったガラス瓶を落としてしまったらしい。
ガラスが粉々に砕けて、ジュースが絨毯に染み込んでいた。
「あちゃー」
「お、王室の絨毯に染みが……、私は何てことを……」
「平気じゃない? 赤い絨毯だし。乾いたら目立たないっしょ」
「で、でも……」
「それより手、血が出てるよ。ガラスで切ったんじゃない?」
「はっ!! お見苦しいものを……。重ねて申し訳ありません」
「傷口見せてみ。破片が入ってたら大変だよ」
近づいて手を取るとユアナの体が硬直した。
「わ、わわ、私などに、か、構わずとも早く床を片付けないと……」
ユアナの言葉を無視して傷口を見る。
……破片はなさそうだけど、思いのほか深く切れてるな。これは痛いや。
何とか出来ないかな。
そういえば神様が魔法を使えるようにしてくれたとか何とかって言ってたじゃん。
傷をぱぱっと治したり出来ないかな。
「うーん……」
「ジ、ジル様?」
そもそも魔法ってどうやって使うんだろう。
呪文をつぶやいたり、念じたり?
呪文なんて知ってるわけないし……
念じてみるか。
ユアナの手にある傷口を両手で包むようにして、(治れ〜)と念じてみる。
「あ、あのジル様一体何を……」
「ちょい待ち。もう少しなんで」
「は、はい……」
手のひらが熱くなったような気がした。
そしてうっすら手の先が明るく光っている。
「え? これは……」
ユアナがつぶやくのとほぼ同時に、傷口をなぞるみたいにシュッと風が吹いて、次の瞬間には始めから無かったみたいに傷が消えていた。
「ジル様!」
驚いてユアナが声を上げる。
「ジル様は魔法が使えるのですか!?」
「うん。使えたね。神様が言ったことは本当だったよ」
「??」
ぶっちゃけ半信半疑だったけど、使えて良かった。
「一体、何という魔法なのですか?」
「何だっけ。聞いたんだけど忘れちゃった。怪我が治ったから……治療系?」
「治癒の魔法ですか……? 教会の方々しか使えないものだと思ってました……」
「魔法ってみんな使えるんじゃないの?」
「とんでもない! 魔法は限られた一部の人々しか使えません! しかも魔力は血脈で受け継ぐものなので、代々魔法を使える家系の者でなければ……」
「ウチは代々使えるんすね」
「王家が魔法使いの血筋だというのは聞いたことがないのですが……」
「そうなの?」
転生したから、血筋とかは関係ないのかな。まあいっか。
「けどユアナが急にジュース落とすからびっくりしたよ。もしかして疲れてるんじゃない?」
「……申し訳ありません、決して疲れているとか、そういうのではないんですが……」
「うん?」
「その、ジル様が“ありがとう”と。今まで一度も言われたことが無かったもので……つい驚いて」
「マジで? 俺一度もありがとうって言ったことないの?」
「といっても、私がジル様に仕えてまだ3年ちょっとですから……」
3年……。
「すいません」
「あ、ジル様が謝ることではございません!! ちょっと驚いてしまったというだけで、私こそ申し訳ありませんでした!!」
「いえいえこちらこそすいません」
「いえいえ!! こちらこそ……」
そんなこんなで謝り合戦を終えて再び昼食をとる時、ユアナはなぜかさっきより笑うようになって、俺が覚えていない(という設定の)城での作法とか、兄妹のことを話してくれた。
そのときに、割れたはずのガラス瓶と中身のジュースが、いつの間にか元通りになってテーブルの上に置かれており、二人で 「??」 となって顔を見合わせたのも良い思い出である。
◆◆◆◆◆◆
翌日は、俺が(正確にはこの体の前の持ち主が)起こした事故について
当事者を含めた話し合いが持たれることになった。
はあ、めんどくさい。
本当のジル王子はその事故のせいで死んでしまったようだけど
周囲から見れば俺はピンピンしているのだから話し合いなんていらないけどな。
王子ともなるとそうはいかないんだって。
聞けば事故っていうのは剣術の訓練中に起きたもので、相手が木剣で繰り出した突きが、俺の心臓にピンポイントでヒットしてしまったことらしい。
……そうなったのも、どうやら俺自身が訓練相手の下級貴族を焚き付けてバカにし、軽くあしらってやるぜ、と言いながら挑んだ勝負だったようだ。
怒った相手がつい本気を出してしまい、元々剣術が強いわけでもないジル王子はあっという間にやられてしまったと……。
……馬鹿だなぁ、ジル。
話し合いの場には俺とアレク王太子、剣術の教師であり訓練責任者のバラム・グリッド、訓練相手のレオルド・パーシー、その父親のエリオット・パーシーが参加した。
(余談だけどカタカナの名前って覚えにくいね。 明日には絶対忘れてそう)
ユアナは俺の席の後ろに控えている。
正面に座ったレオルド・パーシーは、青ざめた顔で目を伏せている。
その体は、かすかに震えているように見えた。
お読みくださってありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。