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第 28 章 「キスしよか」

「キスしよか」

 優が体を寄せてきた。

「またかいな」

「いやなん? 私はノブほど感情移入できないから」

「おまえ、いつもそんなこと考えながら抱きついてたんか?」

「ハッ、アホとちがう? 佳代子さんや健治さんのことやん。ノブはずーっとそればっかり考えてるから」

「はあ! よく言うよ。それはこっちのせりふ」

「ね、ノブの服にとまった蛍、もう死んだかな」

「ほら、また!」

「あれさ、佳代子さんの霊? ノブに、怨みを晴らして欲しいっていうメッセージやったのかもしれないよ」

「けっ」

「やっぱり気にしてるぅ」


「あ、さては嫉妬してるな」

「冗談やん。佳代子さんのためにも真相を解明しないと、と言おうと思ったん! そんなこと言うんなら、サヨの白装束にとまった蛍の生まれ変わりか、って言えばよかったかな」

「僕の死出の旅路の、お供をしてくれるってか。あーぁ、もう何でもいい。おまえと付き合うのは、ほんとに疲れる」

「じゃ、やめる?」

「付き合いを? それとも推理か?」

「ほえっ? 推理? まだわかってなかったん?」


 生駒は驚いてしまった。

 さっき優が、やけに元気よく体を絡めてきたと思ったら、すでに謎が解けていたというのか。生駒は、ガレバの光景や道長の言葉が、頭の中をぐるぐる回っているだけだったというのに。


「わかったんか?」

 優はごろんと仰向けになり、毛布を首まで、たくし上げた。

「ヒント、出そうか」

 横顔で微笑んでいる。

「ずばり言ってくれ」

「だめ。ヒント」

「生意気な!」

 生駒は毛布の上から優に覆いかぶさった。

「あ、やっぱり、またする気やん」

「このやろ」

「はいはい。おとなしくしててね。ヒント出すから」

「ふう!」

 生駒は優の体を離し、毛布にもぐりこんで並んで横になった。


「まず、そもそものところやね。なぜ健治さんや恭介さんは殺されたのか」

「財宝探しに邪魔」

 優は黙っている。言い直す。

「単に邪魔だったからともいえるし、彼らもまた財宝を狙っていた競争相手やったのかもしれない」

「今のところ、目に見える手がかりからは、それしかないかな」

 優が、もう何度も話し合ったことを整理しようとしていた。


「次。また、そもそも論。奈津さんが祟りじゃと言ったやん。祟りというからには、誰かがタブーを破った。つまり、してはいけないことをしたということ。じゃ、そのしてはいけないことって?」

「滝壷に潜ることやろ。おい、ヒントというより、テストされてるみたい」

「つまらないことを気にしないの。厳密に言うと、潜る準備をしてあるのを見た、っていう類のことかもしれない」

「ああ」


「じゃ、次いくよ」

優が次々と質問を投げてきた。

「あの岩穴の夜、奈津さんの言葉。タイミング的には、佳代子さんに祟りが降りかかったという感じやった。では誰が、そのしてはいけないことをしたのか?」

「久米さん。あるいは橘」

「佳代子さんは久米さんのところのお手伝いさんやから、祟りが?」

「わからん。このストーリーが正しいとするなら、久米さんは彼女が死ぬ以前から、滝壷の財宝を狙ってなんらかの行動を起こしていた、ってことになる」

「もちろん。わざわざ橘さんを東京から呼び寄せたんやから」

「でも、今の話は正解かもしれないけど、違うかもしれない。答えは保留」

「そういうこと」


「久米さん達を神社で見かけた夜、私が奈津さんに聞いたとき、彼女はなんと言ったか」

「いくら警告しても聞く耳を持たないものには意味がないようじゃな……」

「そう。でもあれ、私に向かって言ったのかどうかは、微妙なところやったね」

「違うだろうな」


「岩穴で奈津さんが口にした、西脇利郎の務め。どういう意味か」

「わからん」

「滝の財宝を守れという意味にもとれるし、祟りを実行するのがおまえの仕事、というようにも受け取れる」


「西脇さんの服が濡れていたのはなぜか」

「それは今日、やっとわかった。ガレバのシャワーをくぐったから」

「うん!」

「西脇も、采一族として、あの秘密の抜け穴の存在を知っているに違いない」

「秘密を代々受け継いでいくひとりとして、千寿さんは奈津さんを、そして奈津さんは西脇さんを選んだという意見ね」

「選んだのかどうかは、知らんぞ」


「では、あのとき西脇さんは、なぜガレバに降りて行ったのか」

 生駒は唸った。あのときの西脇の行動の不自然さは、まだ理解できないままだ。

「ガレバの先の滝壷に行かなければならない理由……、財宝を守るためのなにかをしに……」


「それもありやね」

「ん?」

「でも違うと思う」

「なぜ?」

「あんなに急ぐ理由がないから。少なくとも、あのとき、行動を監視する相手である久米さんや橘さんは、アマガハラノにいるのよ」

「うーん」

「むしろ、逆。彼も滝壷の財宝を狙っていたんやとしたら?」


「でも」

 優が生駒を遮った。

「わかってる。これも、どうしてもあのとき行かなければならない理由には、なってないからね」

「もっと切羽詰ったものがなければ……」

「ねえ、あのとき変わったことが他になかった?」

「健治や恭介がいなくなったこと」

「それから?」

「ズボンに血がついていたこと」

「他には?」

「ん……」

「もっと些細なこと」

「じらすなよ」


「ほら、神社で休憩しているとき、奈津さんを見かけたやん」

「また、奈津の登場か」

「彼女を見たのは私達だけかと思ってたけど、もしかすると、西脇さんも気づいていたのかもしれない。それで、彼はこう思った。奈津さんに見つかったんじゃないかって」

「なにを?」


「財宝を引き上げるためのなにか。それを奈津さんに見つけられたかも、と思った西脇さんは、滝壷まで確かめに行かずにおれなかった」

「仕事柄、いろいろな資材を持っているかも。チェーンソーとか、ウインチとか、ポンプとか、役に立ちそうなものを。もちろん、ポータブル発電機も」

「うんうん。いい感じ」

「どういたしまして。あ、そうか! 橘が言ったことはそれか!」

「はい、続けて」

「朝、西脇が重そうな荷物を運んでいくのを見たってやつ!」

「そうそう」

「うーん、有り得るよな」

「でさ、アマガハラノに登っていく途中で、例の祠の前で休憩したやん。あのとき、彼はあの抜け穴に奈津さんが下りていった形跡がないかどうか、観察したのかもしれない。そしてアマガハラノで班分けをしたとき、彼は自分だけ残ると言い張った」

「栗の木はそう簡単に見つかるまい、と」

「その間に、滝まで往復できると踏んだのね」

「でも、意外に手間取った」

「うん。それに、栗の木がすんなり見つかったからね」


「でも、奈津さんと鉢合わせしてしまう可能性は?」

「ない」

 奈津はアマガハラノ調査隊と顔を合わさないよう、どこかに身を隠し、やり過ごしたかっただけのことだ。

「しかし、そうすると、久米&橘チームと、西脇単独チームが、それぞれ財宝を狙っていた、ということになる」

「可能性を組み合わせたら、そういうことね」


「もしかすると、三人チームってことは? なにしろ、西脇は滝壷への隠しルートを知っている、という前提なら」

「それはありえないよ。久米さんチームは西脇さんを仲間にするメリットがあるけど、逆はないから」

「ああ」

「それにさ、もともと采家の隠された財宝。いくらなんでも赤の他人に話すわけがない。久米さんから西脇さんに仲間にならないかって、誘えるものでもない。あんたのお宝をちょうだいするから、一緒にどうかって、なんてね」

「よし。で、次は?」


「一方で、久米さんチームは、どういう方法で滝壷に降りていこうとしていたのか」

「あの縄梯子」

「そうね」

「あるいは、カモフラージュされたあの穴」

「彼らには、あの穴は見つけられなかったと思う。もっと、直接的に降りていく方法を考えたはず」

「あの木造ダムを遡るっていう手は? それならその気になれば、すぐに決行できるぞ」

「それは駄目。いくらなんでも人目につきすぎる。あそこに柵があることは、村人みんなが知ってるのよ。異変がないかどうか、毎日、誰かが見に行くという掟があるかもしれないし」

「掟かい。たいそうなことやな」

「そう、たいそうなことなのよ」

「でも、いずれの方法にしても、もっと早く、お宝をちょうだいできてたんやないか? こんなに何年も、かからなくても」


「もともと、道長さんは彼に、滝に財宝が、とは話さなかった。山の中に財宝が眠っているかも、とだけ話したのよ。岩穴座談会でも、采家を助けるもの、という言い方をしてた。つまり、久米さんの頭の中で財宝と滝が結び付くまで、それなりに時間はかかったんやと思う」

「村人の目もあるしな。さっさとお宝を手に入れて村から引き上げていったら、バレバレ」

「そう、じっくり時間をかけて……、そして、彼らはついに決行しようとしている……」


 いつのまにか優の顔がほころんでいた。

「で?」

「なにが?」

「だから、なぜ今なのか?」

「えっ、なに言ってるん! さっき話したやん。お宝を狙う競争相手がいる、っていうことに気がついたんやんか!」


 村に来た本当の目的を佳代子に知られた久米が、彼女を殺すことは考えられないことではない。

 猫の首はアトリエの工事を中止するための自作自演。

 健治をなんらかの理由で呼び出して殺すこともできた。理由はやはり財宝探しを知られたから。

 恭介を殺すこともできた。道長が共犯であれば可能だ。西脇の実行を遅らせる時間稼ぎの意味か、恭介自身が財宝を狙う実行班だと考えたのかもしれない。


 しかも、采家への復讐という要素もある。

 サヨの子孫である久米が平石を掘り出したのは、その復讐劇の始まりを高らかに知らせるファンファーレだったのかもしれない。

 西脇をも殺すつもりだったはずだ。

 しかし、西脇が警察に拘留されてしまったことで、釈放されるのかどうかが気になっていた。だから久米は寺井に電話を入れて、それを確認している。


 橘は、綾とずっと一緒にいた。恭介を殺すことはできない。ただ、健治の方は可能だ。


 道長はどうか。

 健治を殺すことはできた。筋力という面ではいささか疑問符もつくが、無理だと断定できるものでもない。恭介を殺すタイミングという意味では久米の場合と横並びだ。

 ただ、久米チームのおまけみたいなものかもしれない。黙っていてくれたら、財宝の分け前を渡すとかなんとか言われたのかもしれない。気になってしかたのない道長は、今夜……。


 生駒は、頭の中を整理しながら、推論を展開していった。

「ふうん。その推理って現実的なん?」

「まだあるぞ」

 西脇利郎はどうか。


「健治については、警察のいう返り討ち説」

「警察というより、仙吉さん情報ね」

「まあまあ、正確にいうとそういうことやけど」

 しかし生駒は、話しながら、ゲンナリしていた。理屈を捏ね回してはいるものの、まったく正しい解答だとは思っていなかった。

「しかも、恭介を殺すこともできた。ズボンの裾の血……」

 勢いで話しているが、優は目を瞑ってしまっている。

「恭介を殺した理由は父親の歪んだ愛。久米に取り入ろうとしているのに、その目の前で、息子であり西脇工務店のただひとりの社員である恭介が、あまりに子供っぽい醜態を見せたから……。彼の将来と、自分の会社の行く末を悲観して……」


「すさまじい推理やね。聞いてられない」

 ついに、優が生駒の話を遮った。


「警察はきっと調べてるよ。ズボンの血が、もし恭介君の血と一致してたら、釈放なんてされっこない、でしょ」

「明日、警察に聞いてみよう」

「絶対に教えてくれないよ。それにさ、自分の息子を殺したっていうの?」

「世の中にはそういうことも。おまえもこの前、美千代さんがって……」

「あるにはある。でも今回の場合は違う」

「事実は小説より奇なりというぞ」

「ばかばかしい」

「クスノキの話を忘れたのか?」

「子殺し云々?」

「そう」

「忘れるかい! はあぁー。しっかりしてよね! 全然違う。だって、三つの班が出発するや否や、西脇さんはあわててガレバを降りていったんやろ。さっき、そう想定したやん」

「いや、だから、ガレバまで往復する時間が遅くなってしまったんや」

「息子を殺してたから? それ、本気?」

「はいはい、撤回しますです」

「話をややこしくしないでよ」


「じゃ、あの血はなんや?」

「ガレバで発電機とポンプを隠した。それは早朝、とりあえず運び込んだもの。奈津さんに見られたら、すぐにばれてしまうところに置いてあった。それを岩陰に移動させたけど、あわてて怪我をした。きっと、それだけのこと。もし恭介くんの血やったら、あのズボンのままで、一日中うろつきまわるはずがないやんか」

「やけに自信があるんやな」


「健治さんが殺されたときのことも重要やけど、恭介くんが殺されたときのことも、きちんと筋道を立てて考えないとね」

「もちろん、同意」

「共犯説もあるけど、単独犯っていうのが普通やん。誰がひとりになっていたか」

「木元」

「それから?」

「あっ、そうか。久米さんや!」

「恭介くんを探してたとき、久米さんはひとりでアマガハラノの入口で待ってた。道長さんが班分けをして。ということは?」

「橘や木元も!」

「じゃ、そのときの状況を再現してみて。なぜ、恭介くんは姿を見せなくなって、どこでどうしていて、というようなこと」


「えっと……」

 生駒は詰まってしまった。

 久米や橘がひとりになった時間帯があり、彼らが恭介を殺す可能性が一気に高まったと思ったが、なぜ恭介が姿を隠し、彼らのうちのどちらかに殺されることになるまで、どこでなにをしていたのかはまったく想像できなかった。

 もし、父親を追って滝へ降りていったのなら、アマガハラノでわずか二十分間ひとりでいた久米や橘は、恭介を殺すことはおろか、出会うことさえできなくなってしまう。


「それでノブの推理はおしまい?」

「あううぅぅ……」

「なんだ。ぜんぜん見えてないんや」

「どうもです」

「そもそも前提が間違ってたりして」

「どんな?」

「恭介くんが殺された場所の」

「へ?」


「あの笹の中?」

 そういえば、あのとき感じた違和感。

 西脇の取り乱しように驚いただけではない。笹原の只中に打ち捨てられたような恭介の死体……。


「推理の材料という意味では、だいたいそんなところやけど」

「まだ先があるんか?」

「あたり前やんか」

「まだ他にもいるんか? 圭子とか仙吉? ん? まさか奈津? あ、美千代か?」

「全然だめ。バラバラに考えても。闇雲に容疑者を増やしても意味なし!」

「ごもっともです」


「正確な時間軸に沿って、なにが起きたのか、をもっと考えないと。人間関係も重要」

 優が話し始めていた。

「それに、佳代子さんも含めた三人が死んだことで、目的を達成する人は誰か」

「それはもう何度も話した」

「そしてその人物が、より確実性を狙うなら、これからなにをするか」

「やはり」

「そういう視点も含めて考えないとね」

「まだ、なにか起きるということか……」

「道長さんも、そう言ったでしょ」

「ああ」

「これで終わりではないような気もする。まだ、序章だって」

「そう思う」

「それに、ほら、まだ誰も例の山神の裁きを受けていない。でしょ。さ、それじゃ続き、いこうか」

「よし。でも僕は、山神の裁きもそうやけど、大石小石の遊び歌の方にも興味があるぞ」

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