第 21 章 「くりのきからすな」
翌朝、生駒が目を覚ましたとき、久米はいつものように、すでに朝食の用意をしていた。
怖い言葉を聞いた後だったが、綾にせっつかれて頭巾をかぶってみた。好奇心があった。というより綾の気持ちを少しでもほぐしてやりたかった。
鳥が様々にさえずっていた。
「どう?」
「んー」
木や石は夜にならないと声はまず聞けないが、鳥や蛙など声を発する生き物は昼間でもいいという。
生駒は庭に出て耳を澄ました。聞こえてくるのは鳥のさえずりだけ。
「ゆっくり」
「聞こうとしないで」
「自然に耳に入ってくるのを待って」
綾が指導してくれる。
聞こう聞こうと力が入ったら駄目なのだ。
生駒は緩く目を瞑り、頭を垂れて体の力を抜いた。そして、呼吸を整え、頭を空っぽにしようとした。
五分、十分と経ったろうか。
「もう少し」
綾のささやく声が聞こえた。
生駒は成功した。
鳥のさえずりが歌っているように聞こえた。
やがてフレーズまで聞こえてきた。
いや、聞こえたのではないのかもしれない。しかし、生駒の意識は確実にその言葉を捉えていた。シジュウカラが何度も何度も同じ歌を歌っていた。
くりのきからすな
「そんなふうに聞こえた」
「もう少し、もう少し」
綾のささやくような声。
しかし生駒はこれ以上は聞き取れなかった。ふっと焦りが生じた途端に、鳥の歌はいつものさえずりとしか聞こえなくなった。
「おじさん!すごい! それ正解! 私もいつもそれ聞いてる! すごいすごい!」
「へへ」
生駒はうれしかった。
こんな気持ちになったことは、これまでなかったかもしれない。
大好きな綾の瞳。大切な大切な綾の瞳。信じきり、そして喜びに溢れた瞳。それがまっすぐ生駒に向けられていた。
「続きはね」
くりのきからすな
くりのきからすな
おおいしこいし
みずのたまった
はりのあなをば
とおりゃんせ
やまあらしは
たくみのゆめ
せんのとがあきゃ
おざぶをあてよ
「なのよ!」
もう、綾は飛び跳ねるようにして、喜びを表していた。
「さ、もう一度やってみて!」
「うん」
……ああ、そう聞こえる。
しかし、最後は微妙に違う。
生駒には、せんのとがにや、おざぶをはずせ、としか聞こえなかった。
それでも生駒は、なんとも言いようのないすばらしい気分に浸っていた。
そしていつしか、生駒のすべての感覚は、虚空に浮遊していた。




