昏々/きっとなにもかもがうまくいくわ
ぐるぐるぐるとぐるぐるしてぐるぐるになったぐるぐるの夢。空間失調。
ぐるとぐるがぐるぐるぐるしてぐるしてぐるしてぐるして底。黄泉平坂。
ぐるぐるがぐるぐるがぐるぐるがぐるぐるがぐるぐるまで空。垂直落下。
ぐるがぐるぐるににぐるさきへぐるぐるのぐるぐるをおく獣。四肢断裂。
ぐるぐるにばぐるとぐるがぐるにぐるぐるのぐるをおくる時。三千世界。
ばぐるばぐるばぐるばぐるばぐるばぐるばぐるばぐるから神。天孫降臨。
ぐるぐるまわるぐるぐるはぐるぐるしているぐるぐるにも刃。満目荒涼。
ぐるぐるしたぐるをめぐるぐるぐるはまだにぐるにぐれば妖。弱肉強食。
ぐるぐるともぐるぐるぐるをもぐるぐるからぐるぐるまで星。唯我独尊。
ぐるぐるのぐるぐるがぐるとぐるでぐるぐるぐるとないた声。錐揉回転。
ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちる、ぐるぐるとおちて。
「……………………おえっ」
宇佐見菫子は目を開いた。何億年かぶりに目が覚めた。そんな気がしていた。世界が回っていた。驚くべき速さで。いや違った。回っているのは自分の目か。回っていないものを回っているように錯覚しているのだ。手を伸ばして、天井の景色を掻く。消えたままの蛍光灯が、だんだんと静止に向かう。強い吐き気に目を閉じると、瞼の裏側もまだぐるぐるぐるぐると回っていた。
いま、何時だろう。
いや、そもそも。
「どこだ、ここ」
目覚める前のことを思い出そうとしても、頭の中には巨大な空白があるばかりだった。ここは長年慣れ親しんだ自分の部屋ではないし、眠りに就く前の記憶がまったく無い。最新の記憶を思い出そうとしても上手くいかない。現在に繋がるはずの明確な記憶がぽっかり抜けている。
たとえば五秒前にできあがったばかりの世界に、空っぽの肉体を用意して、そこに宇佐見菫子の人格だけを埋め込んだら、たぶん同じような状況になるだろう。
ぞっとした。私は本当に、宇佐見菫子なのか?
自分の身体を掻き抱き、違和感を覚える。見ると、これまた見知らぬ服を着ていた。けれど、自分が選んで買う類の衣服であることは確かだ。目立ちすぎず、かと言って没個性にはなりきらない、紫ベースで幾何学模様のワンピース。
眠っていた場所はベッドではなくソファだった。草臥れきって申し訳程度の弾力しか残っていない、お爺ちゃんみたいなソファだ。周囲にはいくつかの事務机、その上には無数の書類が積み重なっている。なんとか身を起こすと、釣られて舞い上がった埃の粒たちが、差し込む西日の中を泳ぎだしだ。床の上も雑然としている。分厚い本やら何やらで足の踏み場も無い。
お世辞にも、綺麗な部屋とは言えなかった。
「っつぁー……」
鈍い頭痛に額を抑える。意識をしないと呼吸が浅くなる。喉がひび割れるように痛い。身体が渇いているのが分かった。
ぶぅん、と唸るファンの音。コンピューターのものだろうか。それに被さるように、軽い足音が聞こえてきた。誰かが隣室にいる。そのことに菫子が気づいたときには。
――きぃ。
甲高い軋み音とともに扉が開き、見知らぬ子供がこちらを覗いていた。
「……………………」
「……………………」
ふたりは暫し、視線を合わせたまま固まっていた。相手は十歳ほどの少女だ。熟れきった苺みたいな赤い髪を三つ編みにして、それですら床を擦りそうな長さだ。マッチ棒みたいだ、と菫子は思った。持て余し気味のTシャツとスカートから覗く手足は骨と皮ばかりの細さで、いまにも倒れてぽきりと折れてしまいそうな、そんな儚さを感じさせる。
「起きた?」
「え、あ、うん」
ぎこちなく頷くと、苺色の少女はふらりと姿を消し、やがて水差しとグラスを載せた盆を重そうに抱えながら、よろよろと戻ってきた。見た目の通りに、力仕事は苦手であるらしい。
危ないな、という菫子の予想通りに、少女は床の荷物に蹴躓く。咄嗟に菫子は手を伸ばし、ぶち撒けられたものをサイコキネシスで支えた。水差しがふわりと空中で、弾けた水もそのままの形で、凍ったように静止する。
「だ、大丈夫?」
あちこちが痛む身体をなんとか動かして、菫子は少女のもとへ向かった。彼女もまた、マッチ棒みたいな身体を床にぶつける寸前で浮いていた。物理的にあり得ない角度での姿勢に、普通なら状況を飲み込めず驚くものだが。
「……ありがと」
少女は眉ひとつ動かさず起き上がり、そして水差しを掴むと浮遊する水を掬い取って、何事も無かったかのように盆の上へと戻した。
すると喉の渇きが強烈に襲ってきて、菫子はグラスに注いだ水を一気に流し込んだ。一杯では足りず、すかさずもう一杯を干し、肺の底からの深い息を吐く。
生き返った気分だ。長い長い夢から、遠い遠い黄泉の国から、這々の体で戻ってきたような。
――まるで、いまのいままで、しんでいたような。
黒々とした目眩に襲われて、菫子は再びソファへ沈み込んだ。ぐるぐるぐるぐると、頭蓋の中身はまだ回転し続けている。まだ上手く立ち上がれない。瞼を開いていられない。重力への抗い方を思い出せない。
なにも、思い出せない。なにもかも。
考えることすら億劫になって、目を瞑ったままただぼんやりとしているうちに、再び喉の渇きを覚えた。どうやらまだ、乾ききった身体には水が足りないようだった。水差しを手に取ろうと身を起こす。
「……あれ」
気付くと、苺色の少女はどこかへ消えていた。
グラスの水を、今度はできるだけゆっくりと喉へ流していく。脳にしっかりと、自分がいま水を飲んでいるのだということを教え込む。
一歩一歩、足元を見定めながら、菫子は部屋の外を目指した。先ほど少女が顔を覗かせた扉が、この部屋の唯一の出口だ。覚束ない歩き方で書籍の森を踏み越えて、彼女はなんとか扉に手を掛ける。
次の部屋もまた、乱雑に紙で満たされていた。メタルラックが幾つも並び、分厚い書籍が凸凹の壁を作っていたり、プリントアウトされた何かが無造作に平積みになっていたり、とにかく埃っぽい。灯りがある分、明るいことだけがましな点だ。
学校の準備室を、菫子は思い出した。資料が大量に保管されている感じは、確かに瓜二つだ。
書棚の垣根を幾つか越えた先に、明確な人の気配を察して、とりあえずそちらへ向かう。床の上にも紙束が所狭しと並んでいて、蹴飛ばさないようにするのがひと苦労だ。
壁際の、次の扉の脇。そこにぽつんと冷蔵庫がある。台所でもないのに、冷蔵庫が。そして扉が開いていて、誰かが食材をしまっている。さっきの少女ではない。明らかに菫子と同年代、あるいはひと回り年上の女性だ。
「あの」
出た声は掠れきっていた。まだ水が足りないのかもしれない。
「……おや」
冷蔵庫を閉めた人影が、声に気づいて立ち上がる。眠たげな大きい瞳が、ゆるりと菫子を見る。
―そして、笑った。にやりと。
「え」
思わず一歩後ずさった。ぞわぞわと胸の中が毛羽立った。
目の前の女性に、見覚えがあるような気はする。しかし思い出せない。誰だったっけ。記憶をさらい直すために相手を隅々まで観察する。自分より出るとこが出ていて、引っ込んでるとこが引っ込んでいる体型。それがタイトめなセーターで強調されていた。そして長い夜色の髪を、首の後ろでひとつ縛りにしている。
駄目だ。一致する情報が無い。けれど、諦めがつかなかった。目覚めてから初めての、相手を思い出せそうな感覚。それを手放したくはなかった。
「お目覚めですか、菫子さん」
女はにんまりと笑った。鼓膜にひり付く声にも、やはり聞き覚えがあった。しかしその正体が、喉の奥に引っかかったままいつまでも出て来ない。
「ええっと……貴方は」
「おや。忘れられてしまったんですか。悲しいですねぇ。ひとつの身体を共有してあんなことやこんなことを一緒にした仲ではないですか」
「え、どんなことを」
たじろぐ菫子を意に介することなく、女はその場でバレリーナみたくくるりと回転した。するとその輪郭がぼやけ、空中へ溶けてしまう。そして眼前へと再出現したときには。
「あ、ああー!」
「いやはや。貴方の無事の帰還を喜ぶべきなんでしょうけれどねぇ」
白地に黒の水玉と、黒地に白の水玉の。
悪夢めいた柄のワンピースにポンチョを被った姿が、スカートの端を摘んで一礼していた。その姿を見て、菫子の記憶もようやく蘇る。
「獏の……」
「えぇ、えぇ。貴方の槐安を作る夢の専門家、ドレミー・スイートでございます。あらためまして、おはようございます」
小首を傾げてこちらを見る、夢の支配者。菫子の思考はまったく追いつかない。なぜ、どうしてこいつがここに。結界の向こう側の妖怪たちの中でも、割と会いたくない方の危険人物である。
かつて夢の世界を歪めて幻想郷へ出入りしていた菫子に、ドレミーは執拗に介入したものだった。数週間の間悪夢に囚われ続けた、あの悪夢日記の日々にもドレミーは現れ、見守っているんだかからかっているんだか分からない絶妙なスタンスで菫子に絡み続けた。ゆえに獏に対する印象は、夢の理が分からなかった女子高生にとっては、意味不明な説教をする謎の妖怪でしかなかった。
よくよく考え直してみると、ドレミーは菫子を救っていたのかもしれない。しかしそもそも夢を司る妖怪であるのなら、悪夢の原因がこいつ自身である可能性も否定できない。仲間と思わせる距離には決して立ち入らず、さりとて敵対するわけでもない。まさしく夢のごとき飄々とした女であった。
というか。
「……あんたが出てきたってことは、まさかこれ、夢?」
やたらとリアリティのある夢だけれど、そうだというならいろんな疑問に納得がいく。夢の中では記憶があやふやになることはよくあるし、見たこともない場所にいることにも説明が付くではないか。
しかし、ドレミーは首を横に振った。軽い溜息とともに。
「そうだったら良かったんでしょうね、貴方にとっては。けれどここは、確かに現実世界です。その証拠に、貴方はいま猛烈な喉の渇きを覚え、それを水で癒している」
「本当に? 目が覚めたらまた悪夢の一週間に戻ったりしてない?」
「あれぇ、思ったよりも私って信用無い感じですか? 悲しいなぁ」
ぽん、と間抜けな音と共に、ドレミーは春先セータールックに戻った。正体が分かっても、その格好は完璧な女子大生への擬態に見える。服に金を掛けなくて良さそうで羨ましいな、と菫子はどうでもいいことを考えた。
パイプ椅子を開いて、獏は座るように促す。
「水分補給は、現実特有の概念のひとつです。夢の中、魂だけの状態なら水なんて不要ですからね。けれど現実側の肉体は、水がなければ存続できない。いまの貴方はカラッカラ。言うなれば激しい運動を長時間続けた状態に等しいわけです」
冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクを、ドレミーは菫子の持つグラスに注いだ。
「――それで、どこまで貴方は覚えていますか?」
「どこまで、って言われても。少なくとも、この場所がどこなのかとか、どうしてあんたがここにいるのかは全然分からないわ。あ、あとさっきの女の子のことも」
「やはりかなりの記憶が持っていかれましたか。教授のことまで思い出せないとなると少なく見積もってもふた月、相当ですねぇ。はてさて、何から説明したものか」
頬に指を当て、わざとらしく思案するドレミー。菫子は呆れながらも、しかしどこか安堵していた。ようやく面識のある相手に出会えたのだ。少なくとも、すべてを忘れ去ってしまったわけではない。
スポーツドリンクのおかわりを要求する。本当にいくらでも飲めてしまう。まるで身体がからからのスポンジになったようだ。いったいどれくらいの間、自分は眠っていたのだろう。
そんなことを考えていると、メタルラックの向こうから、さっきの少女の声がした。
「ドレミー、始まった」
「始まりましたか」
「え、何が?」
事態を飲み込めない菫子を余所に、獏は声のほうへと向かう。
なんとか立ち上がってついていくと、幾つかのモニターを備え付けられたデスクトップPCの前で、苺色の少女は猛烈に何かをタイプしていた。小さくか細い手が、キーボードの上を滑らかに這う。
「アメリカ太平洋沖、ミサイル駆逐艦『ラルフ・ジョンソン』から二基のSM-Xミサイルを三分おきに射出。第一射はすでに成層圏を抜けてタラリアシステムを起動、弾着を五分後に設定。槐安通路に潜行して秒速352キロで飛行中」
「今度は上手くいくと良いのですが」
一番大きな画面の中では、シンプルなUIの周囲で無数の数値が絶えず変化しており、その経過がグラフ化されていた。すぐ脇のサブモニターには、ゆっくりと上昇していく二つの光点と、それを待ち受ける赤い光点。ハリウッド映画に出てきそうな映像だな、と菫子はぼんやりと考えた。
「何これ、シミュレーションゲーム?」
「残念ながら不正解です。現在展開されているのは、『プロジェクトマリウス』をハイジャックした何者かに対する迎撃作戦。北白河研はこの月面探査計画に大きく関与していましたからね。緊急事態に際しても鎮圧には協力せざるを得ないというわけです」
「『プロジェクトマリウス』……。その単語も覚えてるわ。でも、あれの打ち上げはまだ先の話だったはず。いや、それよりも、さっき秒速352キロって言った? たったいま地上から打ち上げたミサイルがもうそんな速度ってこと?」
菫子も理系人間の端くれである。だから先ほどの少女の言葉は子供の遊戯にしか聞こえなかった。太陽の強大な重力を振り切るための第二宇宙速度、その二十倍以上の速さでミサイルは飛んでいることになる。
機関銃みたいなタイプ音をBGMに、しかし苺色の少女の声色は変わらない。
「タライアシステムは、それを可能にする機構。速度を三次元空間で決定づけるのが距離と時間ならば、それが無い世界を飛べば良い。槐安通路、月=地球間を繋ぐ別次元。そこへ進入さえできればいくらでも――」
「教授の授業は、また後日といたしましょう。長くなるので」
「教授……って」
不安なくらいに細い身体をした、この娘が?
何が何やら分からない菫子をよそに、苺色の少女は声を張る。
「パシアスⅢに目立った反応なし。第一射の弾着まであと六十秒、三次元空間へは弾着三秒前に復帰。―ちゆり、そっちは?」
『万事順調さ』
チャットアプリが、さらに見知らぬ相手の声を伝えてくる。
『十八の天文台に加えて、ISSの観測装置も全部パシアスに向けてる。今度は何があっても見逃すなんてあり得ない。教授こそ、ちゃんとメシ食ってるんだろうな?』
「……いまは要らない」
「おっと、もうそんな時間。忘れるところでしたよ」
言うが早いか、ドレミーが皿に盛られた苺をキーボードの脇に置いた。産地から取り寄せなければ買えない類の、一粒千円はしそうな大粒の真っ赤な苺だ。何の冗談だ、と目を丸くする菫子を尻目に、獏はヘタを取った苺を手早く少女の口へねじ込んだ。
「もがっ」
「抗議は受け付けておりません。ちゆりさんからは『三食きっちり食べさせるように』と厳命を受けておりますので」
「……むぐ。拷問だ、折檻だ、虐待だ」
物騒なことを言いながら、口周りを果汁でべたべたにして、それでも少女のタイピングは止まるどころか加速していく。
「弾着十秒前。『ドレミー』、起きて」
少女の命令に反応したのは、傍らの獏ではなく、画面の中のUIだった。赤い字が点滅し、グラフがぐるりと反転する。
「三次元空間へ復帰を確認。弾着、イマ。予定時刻からマイナス一秒、二秒、三秒」
『……やったか?』
「ちゆりさーん、それは失敗フラグですよ」
「確認を急いで。第二射の弾着まであと一分十秒、三次元空間へは同じく弾着三秒前に復帰」
無機質なグリッド線の上、天空の赤い光点は、不気味に輝き続けている。
『くそ、やっぱり前回と同じだ。パシアスⅢはシーケンス継続。命中判定が出てる、当たってるはずなのに』
「回避したわけでもなく、ミサイルの直撃を受けて、なお無傷ですか」
「弾着十秒前。『ドレミー』、貴方も起きて。ちゆり、観測結果はまだ?」
『無茶言うな、十九の天文台からの生データ、何ギガあると思ってんだ。あと一分待ってくれ』
「三次元空間へ復帰を確認。弾着、イマ」
それっきり、暫しの沈黙が流れた。
回り続けるファンの音。ゆったりと部屋を舞う埃の粒。苺の甘ったるい香り。菫子にはまだ何が何だか理解できていないけれど、それでも傍らのふたりからは悲痛な諦観が伝わってくる。
『――ダメだ』
そしてそれは、ボイスチャットの向こうからも。
『パシアスⅢ、依然として地球帰還軌道を進行中。地球衛星軌道に到達するまであと十一時間』
「デブリの被害も無し? 直撃してないとしたって、無傷だなんてわけが」
『三センチ以上のオブジェクトの総合観測結果が出るのは三十分後だが、とにかく奴さんが無傷だってことは確実だ。ま、素っ裸で月面歩いてた奴が多少の事故でくたばるとも思えないけど』
「兎は舞い降りる、とそういうわけですか。うーん、これは困りましたね……」
苺色の少女は不釣り合いなほどに大きなメッシュチェアに背中を沈めた。その傍らで獏は頭を抱え、何やら本気で思案している。
やがてダウンロード完了の通知がポップすると、少女はがばりと身を起こし、ディスプレイ一面に展開される無数の数列を猛然とスクロールしていく。
「私、やっぱり、まだ夢見てる?」
「そうだったら良かったんでしょうね。えぇ、本当に」
迂遠な言い回しは、菫子の胸で燻るイライラをくすぐった。
「そろそろちゃんと説明してくれても良くない? こちとら目が覚めたら全然知らない場所にいて、現実のはずなのに夢の妖怪に絡まれて、こんな小っちゃな子が教授とか呼ばれてる部屋で謎の軍事作戦ごっこを見せられてるのよ。いったい、何が起こってるって言うの?」
「数か月分の記憶を失った貴方に、それを一言で説明するのは少しばかり骨なのですが、まぁ、端的に言うなら――」
ドレミーはいかにもお手上げと言いたげに、両掌を上に向け首を振った。
「――世界の危機です」
その言葉に胡散臭さを少しも感じないことが、菫子を返って不安にさせた。




