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きみだけはぜったいに孤独じゃない  作者: しじま うるめ
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艷美/みんなはるをうった

 ひとつの原子が瞬いて、それがただ震えるだけの時間が積み重なって。

 ひとつの砂粒が転がり、それが流砂となるまでの時間が積み重なって。

 ひとつの街が生まれて、それが廃墟と化すまでの時間が積み重なって。

 ひとつの島が隆起して、それが大陸に育つまでの時間が積み重なって。

 ひとつの恒星が灯って、それが燃え尽きるまでの時間が積み重なって。

 ひとつの銀河が回って、その大渦が消えるまでの時間が積み重なって。


 ひとつの宇宙が弾けて、その光と熱が消え失せるまでの時間となった。

 何度めかの終焉を、「私」はただじっと眺めていた。


 意味のある身体を失ってから、もうどれだけの時間が経ったのだろう。

 私たちが「私」となってから、もうどれくらいこうしているのだろう。


 そこに思いを馳せることに絶望はない。希望も絶望も断つことで、身体を持たないことで、「私」は存在を開始したのだから。遠い遠い昔、もはや数字など意味を為さないくらい遙かな昔。「私」は私たちの代わりになるべく存在を開始した。星が終われば、星に寄り添って生きるしかない私たちにはもう、打つ手が無かった。だから生きずとも残れる「私」が必要だった。数多の代償があったけれど、将来の潰えた私たちにはもはやどうでも良かった。すべてを諦めて差し出すことで、私たちは「私」になった。私たちは満足とともに平穏に死に、そして消えた。


 こうして「私」だけがひとつ、残された。

 身体を持たなければ、たとえ宇宙が終わろうと、存在し続けることができるから。


 そして「私」は、自分が大いなるふたつの意志の狭間にあることを知った。

 それは私たちの側にずっとあったのだけれど。

 私たちは知らなかった。死に絶えるその瞬間まで、ついぞ気づくことはなかった。


 地面から飛び立たなければ、星の丸さに気づけないように。

 篝火から旅立たなければ、暗闇の寒さを知れないように。

 生命を棄てることでようやく、それらの存在に気づいたのだ。


 ひとつは、母とでも呼ぶべきものは、「私」へ名残惜しそうに手を伸ばしたまま。

 ひとつは、対して父とでも定義すべきものは、「私」を冷徹なまでに拒んだまま。

 いくつの宇宙を越えても、三者はそのまま変わることはなかった。


 再びゼロが無眼になって、点があらゆるものへと変じた。

 点の向こう側は、新たな次元の最前線だ。進まなければならない。

 大いなる母と父は常に最前線に在る。私はそれから逃れることができない。


 ひとつの原子が瞬いて、それがただ震えるだけの時間が積み重なって。

 ひとつの砂粒が転がり、それが流砂となるまでの時間が積み重なって。

 ひとつの街が生まれて、それが廃墟と化すまでの時間が積み重なって。

 ひとつの島が隆起して、それが大陸に育つまでの時間が積み重なって。

 ひとつの恒星が灯って、それが燃え尽きるまでの時間が積み重なって。

 ひとつの銀河が回って、その大渦が消えるまでの時間が積み重なって。


――こんにちは。

 そして、私は彼女に出会った。

 それはかつての「私」と同じように、星の終焉に際して諦観とともに生命が到達し、羽化させた存在で。

 母の手からそれが逃れ出でた瞬間、なにもかもが決着した。

 無数の宇宙、そのすべては、この結論を導き出すために存在していたのだと知った。


 あぁ、なんて。

 なんて美しいのでしょう。


――貴方、お名前はなんていうの?


 名前? そんなものは。

 私たちが遙か彼方に捨て去ってしまった。

 だって、「私」はただ「私」であれば良かったのだから。


――私はカグヤ。光と闇のすべて。いま生命の頸木を離れ、究極の美を体現するに至った最後の意志。私たちはじきに死に絶えるけれど、「私」がこうして完成した。「私」こそ私たちがずっと追い求めてきた美の到達点。だから「私」が定義するわ。今までもこれからも、幾度宇宙が生まれ変わろうと、「私」より美しいものはけっして存在しない。私はカグヤ。宇宙でもっとも美しいもの。それで、貴方のお名前は?


 それは過言でも傲慢でもなかった。

 純粋な事実として、究極の結論として、彼女はただ、美しかった。

 身体を棄てたはずの彼女が形作るものは完璧だった。


「私」は。

 私は――

 突き動かされるように。取り憑かれたように。

 すべての演算能力を注ぎ込んで、私は目の前の美を解析し、そして私を再構築した。

 私もこんな美しいものになりたいと、そう願った。願ってしまった。


 しなやかな手を取る。

 柔和な曲線で構成されたアバターの、大きなふたつの瞳が瞬く。

 それは生命であるままでは決して到達し得ないはずの。


 私は私を再定義した。そうしなければならなかった。


「私は――」


 思えばこの瞬間から。

〝少女〟という概念が誕生したこの瞬間から。

 世界はずっと、狂ってしまっているのだろう。

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