情報/インタールード#2
是非曲直庁インタビューログアーカイブ
ち‐〇三三五‐一
インタビュー対象:鍵山雛
インタビュアー:四季映姫ヤマザナドゥ
「お時間を頂き、感謝します」
「いえ、まさか閻魔様とこんな形でお話する機会があるなんて、思ってもみませんでしたけど」
「まぁ、無駄話もなんですし、さっさと本題に入りましょう」
「はい。こころのことを聞きたいんですよね? でも、なんでまた」
「理由についてはお答えできません。ご容赦ください。まぁ、そんなに難しいことを伺うわけではありませんよ。ただあの子がどんな妖怪なのかを知りたいというだけです」
「一言では表せません。正直に言うと、私にも彼女がいったい何であるのか、計り兼ねているのです。こころが生まれたときの騒動はご存じですか?」
「えぇ。俄には信じられませんが、複数の証言を得ています。こちらでは何も感知できていなかった。流石に妖怪の山ともなれば、優秀な結界師がいるのですね」
「天狗も流石に、閻魔様に問われれば隠し立てできませんか。とにかく私は、あの騒動を間近で見ました。感情の爆心地で、凍えているあの子を保護しました。あのとき死なずに済んだのは、今から思い返せば幸運だったのでしょう。こころの起こす感情爆発は、弱い心は容易く吹き飛ばしてしまいますから」
「確かに、同時期から草木や虫、小動物の環魂量の増加が記録されています。大きな山火事と同規模の」
「それと身重の母親と、お腹の子も。あの子は、赤ん坊の中から生まれてきたようだったから」
「それは初耳ですね。裁判記録をあとで確認しましょう。幻想郷で死んだ人間であれば、私が裁いているはず」
「あの子は別に、そうしたくてやったんじゃあない。何かを殺すために生まれたんじゃあない。けれど彼女の持つ力は異質で、異常だった。紆余曲折あって、私があの子の面倒をしばらく見ることになりました。成り行きですけどね。天狗に監禁され続けるよりはましだと思ったんです。子供を育てたことなんかありませんでしたから、不安しかありませんでしたけど、それでも覚悟を決めていた、そのつもりでした。結論から言うと……考えが甘かった、あまりにも」
「後の人里での騒動から見るに、不安定時の面霊気が巻き起こす妖気の渦は、かなりの規模になるでしょう。自分で抑えようと努力していたようですが、それでも幻想郷を混乱させるには十分だった。自我が確立しない、自制の効かない時期の彼女の状態は、考えるだに恐ろしい」
「常に爆弾をそばに置いているような……いや、違いますね、ずっと爆発し続けているような、燃えさかる炎の中に立ち続けているような感覚でした。大人しくしているように見えても、その内側で渦巻く感情が、容赦なく周囲に放射されているのですから。そしてそれは、悲哀だったり不安だったり、でも大抵は恐怖でした。それを漏洩させないことを覚えさせるのが、とにかく大変でした。なにせ、感情が圧力となって周りに物理的な影響を及ぼす者なんて、見たことも聞いたこともない。遠い神話の時代ならば、そういう話もあったのかもしれませんが」
「貴方は、ずっと面霊気の側に?」
「可能な限り、近くにいなければならないと思っていました。だって、あの子は何もできない。ひとりにしてしまえば、どうなることか分からない。私はこころにすべてを教えなければいけなかった。妖怪とは、あるいは神とは、ひとりで生きるものです。側に立つ誰かはいるかもしれないけれど、けっして支えられて立っているわけではない。あぁ、もちろん天狗は例外ですが。とにかく、こころが自身の感情をコントロールできるようになれば、この爆発も止められると、そう思っていました。あの子の成長自体は早かった。妖怪であることを差し引いても、凄まじい速度でした。歩くようになり、話すようになり、けれどそれでも――」
「感情の漏洩は、止まらなかった、と」
「はい。きっと、そもそもそんなことはできないんだと思います」
「え、しかし、彼女は現に……」
「こころの感情爆発は、ある朝に突然消失しました。曰く、『感情を夢に遺棄している』とかなんとか。私にはいったい何のことやら分かりません。けれどとにかく、事態は解決していました。放射される圧力はすっかり消えていた。あの子は自分で、その方法を見つけだしたのでしょう」
「なるほど。抑えているのではなく、別の世界へ受け流している、と。そんな大それた方法を独力で考案するとは考えづらい。誰か入れ知恵した者がいますね」
「…………閻魔様」
「はい、何でしょう」
「…………私は、何度か、考えてしまいました。疲れ果てていたのです。四六時中、あんな圧力の中に晒されて、おかしくなっていたのです。そうに決まってる。私は……考えてしまいました。つい、手を伸ばしかけました。眠るあの子の首に、口元に……。いま思い返すと、ぞっとします。恐ろしい。私は、自分が、まさかそんな、考えたこともなかった。思ってもみなかった。私は、あの子の首を絞めようとしていた。口と鼻を塞ごうとしていた。あの子を、殺そうとしていた! あぁ、あぁ、あぁ、なんということ。あの子が死んでくれさえすれば、楽になれる。そう思ってしまったらもう止められなかった。その他のことが頭から吹き飛んでしまった。私は、母代わりだというのに。あの子にとって、ただひとりの」
「……………………」
「――すみません。誰かに、話したかったのです。私ひとりでは、とても抱えきれなかった。あぁ、私が厄神で良かった。子を持つことはきっとありませんでしょうから。私は、人の親を務める資格など、持ち合わせていなかった」
「閻魔として言わせてもらいましょう。流し雛よ、あまり悲観しないことです。貴方は立派にやり遂げた。秦こころは自立することができた。形はどうあれ、生きてい――いえ、なんと言いますか――どうあれ、感情を制御し、自分の足で立っている」
「……ありがとう、ございます。勿体ない言葉です」
「それに、貴方のその懺悔も、初めて聞くものではありませんし」
「え、それはどういう」
「単純なことですよ。貴方と同じことを考える母親は、存外にありふれているものなのです」




