陶酔/ひきがねをひいてよ
どうやら私は、神になるらしい。
霊烏路空に分かるのは、ただそれだけだった。その深い意味までは理解できなかったけれど、その言葉の響きはやけに重たく自分の耳を揺らした。
「え、あの」
旧地獄の裏通り、初めての場所をひとりで歩く。治安が良いとは言えないから、お燐からは近づかないように言われていた場所だ。臆病な彼女は、これまでその言葉を固く守って暮らしてきたけれど。
「えぇと……」
「大丈夫。怖がることなんてありません。あぁ、いや、多少は熱いかもしれないけど、最初のうちだけでしょう、たぶん」
「た、たぶん?」
「きっと上手くいくわ。似たようなことは何度かやったことがあります。失敗したのは数えるほどだし」
神様の声が頭の中に響いて、頭がきぃんと痛む。
空にとっては一大事でも、声の主にしてみればそうでもないようで、仕事中に雑談をするときのお燐みたいな口調だった。神様と話したことはないけれど、もっと威厳のある話し方をするものだと思っていた。
「さて、えーっと、煙草屋があれでその向かいの旅籠があれだから、その角を右――え、ちょっとなによ諏訪子。方向が逆なわけないでしょう。だって今こっちからこう歩いてきて、あっ、逆だ――ごめんごめん、左に曲がってね」
神の先導が再開される。どこを目指しているのかも、空にはさっぱり分からない。
そもそもこの神様のことだって、どんなひとなのか未だによく分かっていないのだ。
ある日、洗濯の仕事中に突然声がしたと思ったら、神様にしてあげるだなんて変なことを言う。何やら名乗ったのは覚えているけれど、ひとの名前を覚えることはとても苦手だから忘れてしまった。空が口をぱくぱくさせているうちに、何やら難しい話が始まって、余計に混乱してしまった。
それ以来、声はたびたび空の頭に割り込んできては、よく分からないことを言い続けた。とても仕事どころではない。お燐に相談してみたけれど、ふざけていると思われたのか、まるで取り合ってくれない。さとりに聞いても困惑されただけだった。思考を読める覚妖怪にも、神様の声は聞こえないらしかった。もうどうしたらいいか分からなくなったところに、業を煮やした神様が話を完結にまとめてくれたわけである。
「お前は、強くなりたいのでしょう」
「うーん、まぁ。いや、えぇと、どうだったかな」
強くなりたい、と思わないわけでもない。彼女は地霊殿の中でももっとも弱っちい存在だった。力も無くて、頭も悪い。記憶も保たなければ、体力も無かった。
自分が弱いということは分かる。でも、強くなるっていったい何だろう?
その疑念すら上手く言葉にできない。しかしそんなことは、神様にとってはどうでもいいらしい。
「そうでしょう、そうでしょう。力を求めない妖怪がいるはずがありません。そして私は、強くなったお前が欲しい。ここに神とそれを求める者の利害が一致したのです。こんなに素晴らしいことは無い」
「はぁ」
空は曖昧な返事をした。
地霊殿では皆が何かの仕事をしなければいけないから、空も洗濯の役目を頑張って果たしていた。大きな屋敷の中には、洗わなければならないものが沢山ある。ひとつひとつの洗い方も違うから、空はそれを頑張って覚えようとして、けれどどうしてだか、なかなか上手くいかなかった。何かをひとつ覚える度に、別のひとつを忘れてしまうのだ。
――いいのよ。それも貴方の魅力のひとつだもの。
さとり様は優しく許してくれる。けれどそれが、空にとっては辛かった。
許してくれるということは、それが許されないことだからだ。こんな鳥頭であることは、ほんとうなら許されないことなんだ。さとり様は強いひとだから、ペットの愚かさにも笑顔で耐えられるのだろう。
でも、空は弱かった。馬鹿で、小さくて、弱虫だった。皆の足を引っ張るだけの自分が嫌いで嫌いで仕方なかった。
だから、もしも。
そうでなくなれるのなら。
「……どうやって、神様になるんですか?」
「お前の身体を、八咫烏の依代にするのです。何度も言ったけど、お前は太陽になるのよ。えぇ、こうなったらもう何度でも説明してあげましょう」
神様の声は、なぜだか少し疲れているようにも聞こえて、空はしょんぼりしてしまった。きっとまた、同じことを何度も聞いてしまったのだ。
案内に従って、旧都の外れ、どんどん人気の無い方向へ向かう。そしてついに境界石を越えて、街の外へ出てしまった。神様はもっと先へ進めと言うので、空はどぎまぎしながらも、そろそろと指示通りに足を進めた。
街を出てはいけない、と明確に禁じられている訳ではない。ここは旧とはいえ地獄なのだから、禁忌などあって無いようなものだ。それでも街から外へ出ようとする者が見当たらないのは、危険なうえに意味が無いからである。
臆病な地獄烏は、街の外へ出ようだなんて、考えたことも無かった。自分は確かに街の外で生まれたけれど、もうそこへ戻ることなんて考えられなかった。
やがて獣道が消える。遺棄された針山が聳え立ち、真っ赤な川がどろどろと流れている。錆びた風、巨大な空虚の匂い。ごつごつした地面をぺらぺらな靴では歩けなくなって、空は翼を広げ、久しぶりに飛んだ。自分が飛べるということを、今の今まで忘れていた。
見渡す限りに広がる荒涼とした旧地獄に、目眩がする。
振り返ると、街影があんなにも小さい。地上から伸びてくる縦穴の、その周囲に街がへばり付いていることがよく分かる。住人の強い感情、憧れみたいなものが感じられる光景だった。やはり皆、なんだかんだ言っても地上が恋しいのだろうか。地底生まれの空にはまったく分からない感傷だけれど。
「もうすぐ到着ね。見えてきたんじゃないかしら?」
「えっ、何が?」
「神殿よ。打ち捨てられてからかなりの時間が経ってるから、分かりにくいかもしれないけれど。社とか祠とか、それっぽい建物がないか、探しなさい」
神殿。神に祈りを捧げる場所。
空は実際に見たことはない。街にそんな施設は無かった。旧地獄にはそもそも、神に祈るという概念が存在しない。神に捨てられた者が、あるいは捨てられた神そのものが、ぞろぞろと流れ着く場所だからだ。
目を皿のようにして、地獄っぽくないものを探す。すると針山と針山の間に、棒で作られた門のようなものが引っかかっていた。その先には洞窟が口を開けていて、入り口には縄が垂れ下がっている。
「それだわ! 地獄の獄卒たちが、日々のきつい労働の間に建てた祀神無き神社。当時は何らかの神霊が宿っていたかもしれないけど、流石にもう空っぽになっているはず。その中に入りなさい」
空は言われた通りにした。神様の言っていることはやっぱりよく分かっていない。
門――鳥居というその構造の名前も空は知らなかった――を潜ると、空気が変わったような気がして、思わず辺りをきょろきょろと見回してしまった。誰かがいるようには思えない。けれど確かに、目に見えぬ気配が立ちこめている。何かの機能が、ここにはまだ残存している。
洞穴へ入ると、端材で補強された隧道が伸びている。灯りになるものは何も無く、ただ闇が広がるばかりだけれど、空にとっては恐ろしいどころか、安らぎすら感じる光景だった。暗いところは落ち着くから大好きなのだ。光の無い場所でも、空気の流れや音の反響で、細かい岩の凸凹までも手に取るように分かる。
「もうすぐそこのはずです。先へ進みなさい」
神様の言った通りに、十数歩先には開けた空間があった。中心には平たい箱のようなものが鎮座していて、壁面に様々なものが掛けられているのを感じる。微かに、何かが焦げたような臭いがした。
「ふむ、完璧ね。これなら問題なく分霊を転送できるでしょう」
中心部の箱に歩み寄り、触れてみる。石造りのそれは、さとりのベッドくらいの大きさがあって、平らになるよう丁寧に削られていた。ざらざらしているのは埃が降り積もっているからだ。
かつてここで、誰かが何かをしていたのだろう。空はぶるりと震えた。それがどのくらい昔のことなのかは分からないけれど、確かに何かが行われた場所なのだ。
今立っているのは、意味を付与され、精神が集積した痕跡の中。
「転送を開始しました。それじゃあ、服を脱いで」
「へ?」
どきりとした。聞き違いだろうか。
「は、裸になるんですか?」
「えぇ。身に着けているものすべて脱いで、祭壇に横になりなさい」
「イヤだよ!」
「どうして?」
「どうしてって……あれ?」
どうしてだっけ。空は考えたけれど、答は出なかった。服を着るようになったのは地霊殿へ移り住んでからだ。さらにさとりやお燐は空に言い聞かせたものだった。少女の身体をしているものは、むやみに肌を晒してはならない、と。その意味も理由も彼女は知らない。部屋の外で服を脱ごうとするとひどく怒られた。ただ、そうするものだから、という不文律があった。
一度だけ、暴漢に服を剥ぎ取られそうになったことがある。あまりの剣幕を相手に何もできなかった空だったが、そのときはお燐が駆けつけてくれて、相手を滅多打ちにしてくれた。彼女は泣きながら空を抱き締めて、そして空は世界の仕組みをなんとなく理解した。
それがいつの間にか、常識になっていた。それがなぜなのか分からなくても、拒否感を覚えてしまうほどに。裸になってはいけないということは、馬鹿な自分でもなんとか覚えていられた、数少ない事柄のうちのひとつだった。
それに逆らえ、と神様は言ったのだ。
「お前が今から触れるのは、太陽の化身なのです。そのときに服なんて着ていたら、あっという間に燃えてしまいます。裸で家まで帰るつもりなのですか?」
「でも……でも……さとり様が」
「早くしなさい。もうすぐ転送が終わりますよ」
「……だめ。やっぱりできない!」
空は踵を返して、外へ駆け出そうとした。
刹那、行く手に、闇より黒い翼が立ち塞がる。
少女はその場に立ち竦んだ。いや、射止められたとか、縫い止められたと表した方が正しいかもしれない。紅く輝く眼が開く。闇を二条の光が裂く。そこにいたのは、自分と似た形をした、しかし自分とは決定的に異なる何かだった。
三本足の烏が、その嘴から炎の息を漏らす。
八咫烏。太陽の化身。
「あ、あ、あ、」
「あれ、思ったより逸ってるわね。相性良さそうな身体を見つけて喜んでるのかしら。ほら、早く脱ぎなさい。本当に全部燃やされちゃいますよ」
脈打つ熱が、輝く瞳が、空を圧倒した。
理解してしまう。私はこれに太刀打ちできない。抵抗なんて、できるわけがない。
唯一の出口を塞がれ、もはや逃げ場は無かった。下手に抗えば、貧弱な妖怪に過ぎない自分は殺される。
一歩、後ずさった。
八咫烏は動かない。意志の読めない双眸がただ、空を隅々まで観察していた。
言われた通りにするしかなかった。
ぺらぺらの靴と、穴の開いた靴下を脱ぐ。買ったばかりのスカートを下ろして、ドロワーズを何度もつっかえながら足から引き抜いた。震える手でシャツのボタンを外し、キャミソールを脱ぎ捨てると、それらの衣服を丸めてできるだけ遠くへ放り投げた。
「さぁ、祭壇の上へ。大丈夫。目を瞑って百を数える間に終わりますよ」
神の御霊はじりじりと近寄ってくる。それに合わせて空も後ずさる。
「お、終わるって、何が?」
「お前の身体の中へ分霊を取り込ませる行程です。この場所は、神が身体を得るのに相応しいだけの機能をまだ有している。ここならば、お前を八咫烏とひとつにすることも問題なく可能でしょう」
「無理、無理無理!」
憐れな少女の懇願を、聞き入れる者はいなかった。祭壇へ押し倒すようにして、漆黒の威容は空を包み込んだ。
三本脚の鉤爪が、臍のあたりに突き刺さる。火箸のような熱さに悲鳴を上げた。そして嘴が左胸を啄み、両翼が背中を包む。それらは影のように身体をすり抜けていくのに、灼熱だけがしっかりと身体に跡を刻むのだった。
熱い! 熱い! 熱い!
のしかかる影を無意識に払おうと、手を伸ばすけれど、その手も闇の中で灼かれるばかりだった。そこにあるのは、質量を持たぬただの意志だ。
神になるということは、今までの自分じゃなくなるということだ。後戻りはできない。無かったことになんてできやしない。空の身体は八咫烏へ捧げられ、消費され、灼かれて、貪られる。
黒い嘴が空の心臓をすっかり焦がしてしまうと、それは燃え盛る雄叫びを上げた。息も絶え絶えに、もう終わりなのかな、と少女は考えた。
けれど、一縷の望みはすぐさま断ち切られる。
突然、光が爆発した。八咫烏がその身を太陽のごとき光球へと変じたのだ。
「――――っ!」
絶叫はもはや音にならなかった。遮光眼鏡でもあれば、空に粘体のごとく纏わりつく光の塊が観察できたことだろう。石室内の熱量は狂ったように増加し、暴風が吹き荒れている。貪欲な太陽はまだ満足していない。たぶん満足するということを知らない。空のすべてを食らい尽くしたとしても、まだ。
もはや臍から下の身体は太陽の中に呑まれていた。ほとんど本能で、逃れようと身体を捩るけれど、贄にそんなことが許されるはずもない。伸ばした手は空回るだけだ。
光の中から見た世界はすべてが真っ白で、そしてその中にぽつんと佇むこいしの姿が見えた。
こいしは暴力的な光を前に、目を細めることもなく、感情の無い瞳で空を見ていた。棒付きのキャンデーを口の中で転がしながら、まるで退屈な映画でも観ているかのようだった。
「こいし様、助けて」
思わず声が出ていた。まだ喉が灼けていないことが不思議だった。
「助けて、助けてください。私の中に、だめ、入らないよ、こんなの。燃えちゃう、イヤだ、助けて、ごめんなさい、ごめんなさい。もう勝手なことはしないから」
「え、誰かそこにいるの? 何も見えないのだけど……幻覚でも見てるのかしら」
帽子を押さえながら、少女は立ち上がる。こぼれそうになった涎を慌ててじゅるりと吸い上げながら。
「こんにちは、神様。私はその子の飼い主を姉に持つ者だけど」
いつも通りの軽薄な声が、場違いに響いた。
「凄まじいパワーを感じるわ。こんなものをタダでくれるだなんて、地上の神様って随分と気前が良いのね」
「こい、し様ぁ」
喘ぎながら、懇願する。
助けてください。これを私から、引き抜いてください。
伸ばした手に向けて、こいしは歩いてくる。けれど、触れるか触れないかの位置で立ち止まった。空の指が痛みに戦慄く様を、まるで昆虫でも観察するかのようにまじまじと見つめた。
熱が体の中でのたうち回っている。憐れで愚かな少女の身体、その内側のすべてはかき乱され、もう元には戻らない。焼却されて、拡張されて、引き千切られた果肉が、ことごとく贄となる。そして踏みにじられた灰の中から、きっと神は立ち上がるのだろう。
「いいなぁ」
こいしがキャンディをがりりと噛み砕いた。
「私もそんな風に、愛されてみたいなぁ」
何もかもが光に埋まる。
何もかもが熱に溶ける。
太陽はついに空の頭まで呑み込んで、祭壇からふわりと浮き上がり、球体へと戻った。それは膨張と収縮を繰り返し、ときおり炎を噴き上げる。洞穴の中に遺されていた、かつての信仰を示す様々な飾りは、すべて焼け落ちるか、砕けるかしてしまっていた。
空の意識は目映い光の中にあった。自分自身が輝いていることがはっきりと分かった。燃え尽きたはずの身体がまだ熱い。苦痛でしかなかった灼熱が、どうしてだかさとりの手のように心地よい。腕と脚の形が思い出せなくて、それがどんな風に動くのかも忘れてしまった。もはやそんなことはどうでもいい。だって空の身体は、もう自分のものではないのだから。それはもう、神のものなのだから。
わたしのいろも、
わたしのかたちも、
わたしのてざわりも、
わたしのめはなだちも、
すべてはみこころのままに。
すべてはかみさまのために。
太陽はただただ燃え続けた。どのくらいの時間が経っただろうか。不意に光球が、少しずつ収縮を始めた。やがてそれはひとの形へ固まっていく。冷えていく表面は、最初はひび割れた岩石のような様相を呈していたけれど、どんどん砕けては割れ目が埋まり、ついには白磁の肌へと馴らされていった。
少女の身体は、明らかに先ほどまでとは異なっていた。面影を強く残してはいるけれど、手足はすらりと長くなり、体つきもより丸みを帯びている。幼子は一気に数年分の成長を遂げていた。ただ脅えるばかりだった表情にも、どこか怜悧さすら見え隠れしていて。
空は、ゆっくりと瞼を開いた。
熱を感じる。何もかもを焦がしてしまいそうな熱を。けれどそれはもう、彼女を灼いてはいない。彼女を苦しめることはない。太陽は今や、彼女そのものだった。空は地獄烏であり、そして八咫烏でもある。熱も光も、彼女自身が生み出し、自在に操作することができるのだ。
立ち上がる。小さな恒星がいくつか、空を中心に公転している。身体が綿のように軽い。目線が見違えるように高い。羽根を広げると、壁から壁まで届きそうなくらいに巨大な暗幕が出現した。自分の身体を見下ろす。痩せ烏と揶揄された骨と皮ばかりの身体が、燐のようにしなやかな肉付きに変わっていた。眺める度に自分と比べては溜息を吐いていた、あの美しい造形に近づいていた。
「凄い……」
掌を握っては開いて、空は溢れる喜びを隠しきれずに笑った。そして裸のままで外へ飛び出すと、空中高く舞い上がった。
「あははははは!」
少しばかり念じるだけで太陽が出現した。冒涜的な熱と光のエネルギーは、空が命令する通りに充填され、解放の命を待つ。
目映く照らし出されて、困惑の反射を返すばかりの針山へ、空はそれを放った。一連の操作は、息を吐くよりも簡単だった。
大空洞がまるごと握り潰されたような音がした。
旧地獄のすべてを無に帰すような光が生まれた。
無数の金属は溶解する間もなく瞬時に蒸発、山体は綿飴のように形を変え、一帯は強烈な衝撃波で半ば真空状態と化す。爆心地の粉塵が晴れると、そこには赤黒く揺蕩う火口が出現していた。
「神様、八咫烏様、ありがとうございます」
恍惚の表情で空は呟いた。途方もない力だった。
強さとは何か。これからはそう聞かれたなら、一秒も迷わずにこれのことだと答えるだろう。何を迷っていたのだろう。どうして迷っていたのだろう。さっきまでのいくじなしな自分が馬鹿みたいだ。いや、馬鹿であることは最初から分かっていたけれど、とにかく今は、かつての自分とはまったく違うのだ。
これは地底に君臨するのみならず、地上世界をも制圧して然るべき力だろう。さとりも燐も、地上で忌み嫌われて旧地獄まで逃げてきたのだという。あんなに優しいふたりを苛めるだなんて、卑怯で矮小な連中もいたものだ。この力があれば、自分が代わりに屑どもを焼き払ってしまえる。地上に攻め上がり、世界を火の海に変えることができる。
空の中で思考が固まるまで、時間はかからなかった。最高のアイデアに違いないと、ただ純粋にそう信じた。もうそこに、臆病で弱虫な烏はいない。神々しく、自信に満ち溢れた、神に愛された少女がそこにいた。
彼女の怯懦も、困惑も、苦痛も、すべては幸福へと帰結した。
ただひとつ、問題があるとすれば。
この偽物の太陽は、まだ本物の太陽を知らないということだけだ。




