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カレーをいただく

作者: 秋乃寝月

 講師の「今日の講義は終わりです」という言葉で画面に頭を下げ、そのままカーソルを動かして退出した。

 静寂が訪れた。

 この世界に未知のウイルスが蔓延してからというもの、私の周りの世界は大きくとまでは言わないが変わってしまった。その一つが大学の講義である。だいたいのものはオンラインに切り替わり、校舎に出向くことは極端に減った。

 今まで目の前に広がっていた、膨大な知識が詰め込まれたスライドも見ていた学生たちの顔も、ボタン一つで一瞬で消える。こうなってみて初めて、講義が終わったあとの倦怠感も開放感も、「講義室」という講師や学生らみんながいる環境によって作られていたんだなと知る。


 さて、お昼ご飯は何を食べようか。


 目線をあげると、そこは見慣れた景色。我が家である。友人も誰もいやしない。一人だ。

 誰とも会話することなく立ち上がり、キッチンに向かう。何にしようか。自分一人で食べるのにわざわざ一から作るのは面倒だ。レトルト食品が入っている引き出しを開けると、自分が以前購入したカレーのパックが入っていた。炊飯器を開けるとちょうど一人分のご飯が残っている。


 それなら、今日はカレーにしよう。


 いつも使っているお皿に炊飯器の中のご飯をすべてよそう。炊いてからけっこう時間は経っていたが、まだ白くてほかほかだ。これならカレーは温めなくてもいいやと考え、袋をはさみで開け、ご飯の上にかける。スパイシーというよりは甘い香りが辺りを漂った。

 スプーンも手に取り、ダイニングの自分の席に座る。


「いただきます」


 この挨拶は、一人きりでも言わないと落ち着かない。一人のご飯でも口にするし、飲み会など無礼講な席でもその癖は変わらない。いただきます、と、ごちそうさま。きっちりそれを口にすることで、ようやく誰かに食べることを許されたような気分になるのだ。

 ご飯に半分ほどルーがかかった部分をすくい、口に運ぶ。辛いのは苦手なのだが、今回のはちょうどいい甘さだ。うんうん、と思わずうなずき、二口目も運ぶ。

 思えば、講義の後のお昼ご飯なんていうのも久しぶりだ。今回のもよく分からなかったなあ、途中眠くなってたのは誰かにばれなかったかな、なんて考えるのも。だけど今は、隣はおろか周りにも誰もいない。一人だ。行儀悪く食べても、スマホであんまり誰かに見せたくないSNSをチェックしてても、一人なのだ。

 人によっては、そんな風な生活が寂しくて、苦痛なのかもしれない。


 だけど、私は今、なんだか幸せなのだ。


 一人きりの世界で、カレーをいただく。家の外では今日もウイルスの感染者が増加し、漠然とした危機感を抱えながら世の中は回っているのだろう。それに取り残されたみたいに、身を守るように、家にこもってお昼ご飯を食べる。


 もしかしたら自分は、この世の終わりが近づいていても、こうしているのではないだろうか。

 家で一人っきりで、のんびりとご飯を食べながら世界の終焉を迎えるのかもしれない。


 それでもいい。「ぼっち」で過ごすことに幸せを感じる。

 そんな自分が、私は好きなのだ。

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