巻き込まれ女
春です。
学生の身分である私としては、とてもその季節を手放しに歓迎する気分にはなれないのだけれど。
無理を承知で受験した高校に滑り込みで合格したものの、新しい生活の不安にを処理しかねているのです。
しかし、時間は待ってはくれないので、思考を保留にして歩く事に専念することにするのでした。
「ん?あいつは」
見慣れた後頭部、違うのは学ランではなくブレザーに身をつつんでいることだけ。
幼い頃からの馴染み。
お互い成長してしまったこともあって性別の差から関わりが減ってしまったのですが。
懐かしさから少し声を掛けてみようかと考える。
幸いにも同じ学校の制服を着ていることだし、さっきから思考を邪魔している憂鬱もすこしは晴れるかも知れない。
「おはよう、たける」
そう声をかけようとしたのだけれど、実際はこの三分の1も発音できなかったのです。
私の言葉を力技で遮ったものの正体は、一抹の気恥ずかしさでもなく甘酸っぱい恋愛感情でもなく。
一人の女の子。それも私の視界の外側から全速力で翔てきたのです。
「ギャンっ」
その頭部が私の脇腹に深々と突き刺さり、私と女の子はゴロゴロ道を転がってゆきました。
こんなので死ぬのは嫌だなあ、なんていう思いに、春の憂鬱は吹き飛ばされるのです。
私が意識を飛ばす前に見たのは、中を舞うこんがり焼けたトーストと、転がる私達に気付かず登校してゆく剛の姿でした。