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凸凹



◇◆◇◆◇



「くっそ!ちょこまかと!」


 芽衣子は猫を追っていた。


『リューコちゃん、しつこいようだけど能力は――』


「『目立つところで使うな』だろ、わかってるって」


 耳元のハンズフリーイヤホンから聞こえる善一郎の声を遮るように答える。


 あの事件から三週間が経過し、芽衣子と善一郎がコンビで仕事に取り組んでからというもの、毎日のように聞かされている言葉だ。耳にタコができるぜ、と愚痴を垂らしても、合言葉みたいなものだから、といなされてしまう。


 住宅街を道や民家お構いなしに駆け抜ける猫に先回りを仕掛けてなんとか食らいつく。こんなこともあるかもと善一郎にこの辺りの地図を読まされていたのが役に立つ。


 それに猫の思考は読めないが、人の思考は読みやすい。


 コンビを組んで二度目となるターゲットは「猫になる」能力の持ち主。


『ポイントCで挟み込もう。動きが止まったら頼むよ』


 こうなった時に備えてあらかじめ善一郎が指定していた地点の一つ。走りながらも頭を働かせてその場所を思い出す。二つ目の丁字路を左。


「了解!」


 そう答え、ポケットからパチンコ玉を掴み出す。開いた手からは零れ落ちることなく、まるでホーミング弾のように柔らかな弧を描いて飛び出ていく。それは猫を狙ったものではなく、その猫の行き先を牽制によって誘導するものだ。行かれたくない方向で玉がパチパチと跳ねる。


 音に反応し猫は進路を丁字路の左へと向ける。しかしその先には。


「待った待った、話を聞いてほしい」


 善一郎が狭い道で行く手を阻む。


 前には男、後ろからは女、どこから逃げる?そんな思考に体が止まってしまう猫。


 芽衣子にはその数秒の停止で十分であった。


 猫の元まで飛来したパチンコ玉は数珠のように連なったかと思うと、溶け混じり合うように一つのリングを形成する。それは猫の首元にジャストフィットし、その座標へと固定された。


 どれだけ身体をよじっても、どれだけ後ろ足でそれを押し出そうとしてもそれから抜け出せない猫は、観念したかのようにペタリとその場にお座りするのであった。


「しゃあ!確保!」


「なにが『確保!』だよ」


 あきれたように善一郎がため息をついた。


「そもそもリューコちゃんがまた勝手に飛び出すから追いかけっこ(こんなこと)になったんでしょうが」


 事の発端はほんの数分前の事である。


 今回の調査対象である「猫になる」能力を持った女子中学生、伊藤奈々を観察して五日が経過していた。「猫になる」能力というのもその観察の中で確認しており、性格的危険性もないことから善一郎は本人への接触を本日にと考えそのタイミングを計っていた。しかし、それを知っていた芽衣子はなかなか接触しようとしない善一郎にしびれを切らし、勝手に対象に接触したのだ。


『お前、猫に変身できんだろ?ちょっと来いよ』


 善一郎からすれば思い出すだけで頭を抱えそうになるファーストコンタクトだ。対象からしたら、毛先の赤いヤンキー女にツラ貸せよと言われてるようなものだ。そりゃ逃げだす。


「まぁこうして捕まえることができたんだから結果オーライだろ?それにコイツが逃げるかもって考えてたからあたしに地図のポイント覚えさせたんじゃねぇのかよ?」


「それはこういう万が一に備えてなの」


「万が一って……あたしのことか!?ひでぇなセンパイ、もうちょっと信用してくれ」


「いや、俺の接触タイミングを信用してくれよ」


 善一郎はギプスの取れた左腕で結局頭を抱えた。


 約一週間前、芽衣子との初めてコンビで取り組んだ案件の時もそうだったからだ。対象の観察に入って数時間足らずで「まわりくどいなぁ」とつぶやいたかと思うと対象に直接「お前超能力あんだろ?」だ。幸い相手も能力に自覚があり、大人な対応をしてもらったのでなんとかなったのだが。


 善一郎は怒るのも怒られるのも苦手であった。なので順序だてて諭すのだが、これがまた芽衣子にはなかなか伝わらない。彼女には意志の芯があるからだ。そんな芯を持たない善一郎はそれを否定できない。むしろ自分にはないそれに憧れすらあった。故に彼はどうしたらよいかとここ数週間頭を抱えていた。


 とりあえず芽衣子にあーだこーだ言うのは後にして、善一郎は仕事を再開することにした。猫の前にしゃがみ込み、極力高圧的にならないように語りかけた。


「怖がらせてしまってごめんね。俺たちは君の話をちょっと聞きたいだけなんだけど……信じてくれるかな?」


 正直自分が相手の立場なら、拘束されてそんなことを言われても信じられない。しかし事実なのだから仕方がない。猫の表情から感情は読み取れないが、少し待った後に返事が返ってくる。


「……はい」


 その言葉に善一郎は目で合図すると、芽衣子が指をパチンと鳴らす。同時に猫の首のリングはまるで真珠のネックレスがはじける様にもとのパチンコ玉に形状を変え、芽衣子の手元へと戻っていく。


「あの不良のお姉ちゃんも君と同じで特別な力を持ってるんだ」


「誰が不良だ」


 そんなくだらないやり取りに気を許したのかどうかはわからないが、猫は本来の彼女の姿へと戻る。体の内側から膨れ上がるようにそれは形状を変える。次の瞬間に立っていたのはどこにでもいそうな普通の女の子だ。


「俺は善一郎。で、あっちは相方のリューコちゃん」


 立ち上がりながら手を差し伸べる。


「あの……伊藤奈々……です」


 もじもじと自分の手をこねた後、奈々は握手に応じた。もともと引っ込み思案なところもあり、人と接することに慣れてはいない。それでも友人はおり、礼儀もしっかりしている。


 善一郎と芽衣子の事前調査通りな人間性であったが、握手で少し震える手や、芽衣子が最初に声を掛けた時の驚き具合等から善一郎はほんの少しだけ違和感を感じていた。やけに怯えている、そんな感じ。知らない大人の男、ガラの悪い女子高生、自分の能力を知る人間等々、確かに怖がる要素は多かったかもしれないと今は頭の隅に置いておくことにした。


「いろいろ伊藤さんも聞きたいことあるかもしれないけど、こんなところじゃなんだから座れそうな場所に移動しようか」


 近くにあった自動販売機脇のベンチで極力怖がらせないよう、不安にさせないよう、超能力、会社、登録申請の仕組みなどについて善一郎は話した。芽衣子の場合はイレギュラーであったが、未成年者に関しては保護者が能力を認知しているかどうかも関わってくる。中学生に分かりやすく説明するには善一郎でもそれなりの時間を要した。


 芽衣子が自販機で飲み物を買ったので、善一郎は遠慮する奈々に缶ジュースを買ってあげた。知らない人からものをもらってはいけないと教わっているのだろう、奈々はそれを飲むのを躊躇っていたが目の前で買った事もあり、話の途中で栓を開けてちびちびと飲んでいた。


「そっか、じゃあお父さんお母さんには能力について話してないんだね」


 缶に口をつけたままコクリと頷く奈々。


「さっきも話した通り、お父さんお母さんにそれを話すか話さないかは伊藤さんの自由なんだ。ただ、どちらにしても能力について俺たちの会社に申請してもらうことになる。それだけ覚えておいて」


 善一郎はそう言って名刺を彼女に手渡す。


「あんまり遅くなると親御さん心配するだろうから今日はもう帰ろうか。今渡したのは俺たちの連絡先。今日の話で分からない事とか、これからどうしたいとか、いつでも電話してきて大丈夫だからゆっくり考えてみて」


 立ち上がった善一郎は隣に座ってスマホをいじっていた芽衣子に、帰るよと声をかけてから奈々にもじゃあねと手を振った。


「あ、あの……ジュースありがとうございました」


 右手に名刺、左手に缶ジュースをもったまま奈々は小さくお辞儀をした。いい子だなと思いながら、どういたしましてと微笑みながら返す善一郎は芽衣子を引き連れ岐路を辿ることにした。


 芽衣子は空き缶をバスケのフリースローのようにして、自販機脇にある網目模様のごみ箱にシュートした。小さくガッツポーズする芽衣子に対し、能力使ったら外さないでしょなんてどうでもいいことを善一郎は頭の中でツッコんでいた。


「センパイ、世界で超能力が認められるって言う割に世間に超能力浸透してなくないか?あたしたちの会社もなんかコソコソやってる感じだし」


 奈々に聞こえないようなところまで歩いたところで芽衣子が問いかける。


「そうだねぇ、例えばなんだけどリューコちゃんは幽霊って信じてる?」


「いや信じてないし、仮に存在してたとしたらムカつく。恨みだか怨念だか知らねぇけど、死んでまで他人に迷惑かけんなって思うわ」


 芽衣子の独特な解釈に苦笑いする善一郎であったが話を続けた。


「つまりはそういうことなんだよ。いくら偉い人がその存在を証明しようと、映像で見せつけても、自分に見えないもの、感じないものは信じられないってこと。脳内で勝手にやれフェイクニュースだやれCGだと自己解釈するわけよ」


「そんなもんか?もしあたしが友達に能力見せてたり、テレビのびっくり超人とかで能力見せたらみんな信じそうだけどな」


「少数は信じるだろうけど大半は手品とかやらせだと思うんだよ。いろんな技術が発達した時代の背景がそうさせてるのかもね」


「へー。じゃあコソコソやってんのも変な集団だと思われないためか?」


「そういうこと。幽霊を信じてない人が霊媒師を信じるかって話だね」


「なーんかめんどくさいのな。大々的に超能力発表すりゃいいのに」


「それはそれで超能力者は危険だーとかで差別になりかねないから、今の曖昧な感じがいいのかもね。国のお偉いさん方的にもさ」


「でも超能力者がその能力使って犯罪起こしたらいろいろ問題になりそうだけどな」


 そんな芽衣子の疑問に善一郎はどう答えるべきか迷った。それは彼女の能力にもその危険性を秘めており、彼女の「今後」にも関係してくることであったからだ。危険な能力者は本部で監禁、研究対象となる、なんて今はまだ言えない。


「んーまぁ、今の支部(俺たち)にはそこらはあまり関係はないからなぁ。国直轄の組織が対応してるから」


 嘘はついていない。


 日本に遅れて参入したサイバーに超能力犯罪者に対抗する戦力はない。故にそういった能力者を発見した場合はその組織に委任しているし、組織側から情報提供されることもない。


 と言っても、何かしらの事件が起こり組織によって解決された際には、事件を起こした能力者の情報はサイバーに提出しなければならない決まりだ。表向きは、だが。


 強力な能力者の保持は強大な軍事力の保持に繋がる。それが国でも反政府組織でもだ。全国連の下、サイバーという企業があろうともそれを欲しがる所はあるのが事実。日本という国が能力者を隠し持っているかもしれないという疑惑は少なからずある。


 世間での能力存在の不認知と、国家間の疑心暗鬼がアンバランスながらも現在の世界平和に一役買っていた。


「ふーん」


 難しそうな話になると途端に関心が薄れる芽衣子であったが、自身が世界のバランスを崩しかねない爆弾であることに自覚は全くない。


 先日クリスが芽衣子の能力を簡単にではあるがチェックしたところ、積載限界まで荷物を積んだ二トントラックを軽々持ち上げた。恐らく操作限界は遥か上だろうとクリスに言われ、善一郎は正直これからの二年が不安になった。


「じゃああたしらは今後も『変な能力者』を探してくだけか」


 そんな爆弾JKはまた不思議な単語を使う。


「変なって……。前にも話したと思うけど能力ってのは――」


「覚えてるって。発現タイミングでの強い願望が能力に影響するんだろ」


 そう、故にシルバーアクセサリー作りが好きな芽衣子は「金属を操る」なのだ。「猫になる」「シャープペンシルの芯が無限に出てくる」も願望から生まれたものであった。


「よく覚えてるね。だから『世界を征服する』とか『世界を滅亡させる』なんてのはほぼありえないから、今後もリューコちゃんの言う『変な』がほとんどかもね」


「センパイも変な能力だぜ、きっと」


「変でもいいから自分の能力を知りたいよ」


 アンノウン(能力不明)の善一郎はぼやく。人の願いは移り変わる。一体いつのどんな願いが能力として現れたのか見当すらつかない。目に見えて変化がない以上、芽衣子の言う通りおそらく変な能力なのだろうとちょっと悲しくなった。


「あと能力といえばクリスだよ。あいつ全然あたしに能力教えてくんねーんだよな」


 善一郎は芽衣子との会話が嫌いなわけではなかったが、よくもまあポンポンと話題が出てくるもんだといつも感心していた。と言ってもここ最近は能力や会社に関する話よりもクリスに関する話が多かった。ほとんどが愚痴であったが。


「この前も『自分の能力をペラペラ話す奴はいないし、相手の能力を推察するのも仕事だ』とか言ってよぉ」


 口を尖らせ、眉間にしわを寄せ、低めの声でクリスの真似をする芽衣子。


「リューコちゃんの中の所長どうなってんの?」


 疑問のようなツッコミを入れてしまう善一郎。彼自身はクリスの能力を知っており、口止めをされている訳ではないのだが、何か考えがあるのだろうと芽衣子には教えずにいた。


「それで、なんか予想はついた?」


「んー、あたしが知る限りあいつができんのは能力者を見つけることだけど、まんま答えたらはずれだって言われたからなぁ」


 善一郎がここ三週間で感じたクリスと芽衣子の関係はかなり良かった。初めこそ一触即発の雰囲気を醸し出していたが、互いへの付き合い方がわかってきたのか口調こそあれだが感じよく話している。年齢が近いというのもあるかもしれない。


「ヒントくれよ、ヒント」


「そうだねえ、所長の事よく見てればところどころに能力の片鱗はあるかも。ただ分かりづらいね」


「えー?あいつ事務所にいるときいつも履歴書とかいろんな学校の卒業アルバムとか見て能力者探してるだけじゃん。それかパソコンかちかちしてるか。うーん……」


 まるで一休さんのように両手の人差し指をこめかみ辺りにトントンと当てる。


「野菜ジュースをよく飲んでる……熱いお茶やたらフーフーしてる……机周りを散らかす……顔はまぁ美形な方……あんま表情に出さない……青い瞳……わかった!」


「お、その心は?」


「『目ぢからがすげぇ』能力!」


「……」


「せめて笑え!」




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