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それでも私は溺れない  作者: 桐谷 歩
9/13

燃える炎と消える炎

 巨大なスカイツリーに背を向けた時は、すでに零時をすぎていた。二人は、タクシーに乗り込むと何の迷いもなく健吾の父親のマンションに直行した。タクシーの中のことはもう覚えていない。ただ、健吾という存在が、もう「親友」ではなくなっていたということ。


 十年も知っている彼の指がこれほど細長く美しかったことに驚いたのも束の間。口唇は見た目よりずっと柔らかく、キスは強引でもなく消極的でもない、流れのままにその先へ導く力を持っていた。

 彼の目が「雄」になった時、私は骨抜きにされた。二重の凛々しい目、高い鼻。「俺が人とこんなに喋ることなんてないんだよ」と耳元で呟くと、指腹で頰を、耳を、首筋を、ゆっくりと撫で、寄り道をしながら辿っていく。じれったいような、もっと遊んで欲しいような、全身が研ぎ澄まされ、健吾を、いやそれ以上のものを私は受け入れようともがいた。

 

 月は異常なまでに明るく、私たちの不謹慎な行為を、世界に露呈するかように照らし続けた。


 時間は三時をまわり、睡魔に襲われた二人は、眠気をかきけすかのように何度も抱き合った。そして、この年で三回もするなんてありえないと笑った。


 いつのまにか月が太陽になった。健吾の体が私から離れる。あっさりと服を着る細い背中。さよならを告げる。今までなら、「またいつか」で済むさよならを、「約束」のあるさよならにしたい。そう願わずにはいられない今。

 でも結局のところ「約束」など切り出せぬまま、彼の眠そうな目にキスをして、その感触を覚えようとするのが精一杯の弱い私。健吾は、未練を持たせるのが上手い。


 翌日、私は四年つき合っていた恋人に別れを告げた。「あなたの期待には答えられない」と清々しく笑うと、恋人は最初、可哀想になるくらい前向きだったけれど、途中私の気持ちが完全に自分にないことを悟り、「じゃあ、俺からはもう連絡をしない」と馬のマークの鍵を握りしめカフェを去った。

 仕事はできるけど言葉がセクシーじゃない恋人。そのかわり、分析能力に長けているのでセックスに関しては技術向上への努力を惜しまなかった。健吾の淡白なそれとは比べものにならない、私を喜ばすために試行錯誤頑張ってくれた人。性欲の塊みたいな男。

 翌日、FacebookからもLINEからも、恋人はまるで最初から存在などしていなかったかのように、忽然と消えていた。


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