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それでも私は溺れない  作者: 桐谷 歩
8/13

はじめてのデート

 「麻衣!」


 羽田空港の到着ロビー。遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。捉えて離さない目線の先には、身長180センチ細身の健吾。デートが楽しみ、早く会いたい、二人ならどこに行っても楽しい、なんて甘い台詞のオンパレードだった一週間。ようやく彼に会えた。


 「会いたかった」

 そういって、対面するや否や、近づいてきた勢いのまま私を抱きしめた健吾。胸の中にくるまれる。

 「私も…」

 今ならもう、誰に見つかってもいい。どうなっても構わない。私は彼の体中に触れ、幾度と夢なんじゃないかと不安に思っていた彼を実世界の中に取り入れた。その瞬間、この世は二人だけのものと疑うこもなく。


 羽田空港をあとにして、二人はいわゆる「デート」を楽しんだ。小雨の中、ひとつの傘に二人で入り少しの散歩を楽しんだあと、水上バスで隅田川を下った。浅草からタクシーで辿り着いた雨のスカイツリーはガラ空きで、雲で見えない東京を一望しながら、皇居の位置を当てるゲームをした。私の方向音痴が露呈され、バカにされながら、「手を繋ぎたい」と心の中で呟く自分がいた。


 気がづけば日は暮れ、私たちはスペインバルに入り二杯ほどお酒を飲んだ。陽気な店員さんと一緒にワイワイと語り合っていたら、時間が剛速で過ぎている。そんなことにすら気づかない二人は閉店時間に店を出た。


 「散歩だ、散歩するぞ」

 店を出ると、健吾は陽気に私の手を取った。私はその時、初めて健吾の指に触れ、それらが女性のように細くて長いことを知った。

 「きれいな指……」

 思わず呟いて、折れそうな指を優しく包んだ。


 スカイツリーが真上に見えるベンチに寝そべれば、高くそびえるその塔は宇宙船に見えなくもないし、雨雲がミステリアスに青光りするから、さしづめスターウォーズのライトセーバーをも思わせる。

 「俺ら、さっきまであそこにいたんだよな」

 そう言って、健吾が少し顔を近づけた。私は、目の前にある高い鼻と白い歯を見るのが精一杯で、目を見て話すことができない。

 「麻衣」

 いつもの声。いつもの健吾が、いつものように名前を呼ぶ。そして、私の赤らんだ頬を両手で包み込むと、不意打ちに呟いた。

 「麻衣が好き」


 スカイツリーの底辺、時間の観念を失った二人が、いつまでもひとつの影を作っている。高い湿度が感じられる水際で、これ以上ない近距離を保ち続けようとする健吾。欲望を抑える理由がどこにもない。


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