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それでも私は溺れない  作者: 桐谷 歩
10/13

あの日の熱量

 東京に来れないとメールがきたのは、スカイツリーデートから一週間が経ったころ、恋人と別れてから六日後のことだった。


 あの日以来、健吾からLINEが来ない。魂が震えるようなデートをしてエネルギーを使い果たしたのは私も同じだけど、すぐに夢に引き戻された。空の青さを共有したいのに、送信ボタンが押せないでいるのはなぜ?あの日私は狂おしいほど健吾を求めたし、今現在、遠くにいる彼に恋をしている。


 「お邪魔でなければそっち行くけど?」


 連絡をしないというアクションで遠回しに断っているかもしれないのに、押しかける形を取った自分を恥ずかしく思いながら、とうとうLINEの送信ボタンを押した。

 

 二日後、「助かるし嬉しい。明日なら大丈夫」とだけ返事がきた。今日の明日だ。飛行機でつなぐ距離。健吾、私が行けるわけがないとでも?

 仕事中にもかかわらずすぐさまチケットを予約し、急な出張と実家に子供を託し、シンガポールに出張中の夫には何も言わず、仕事が終わるや否や、彼の住む地方都市まで飛んだ。


 不安でしかない往路。もっとワクワクしながらこの海雲を眺めることになると思っていたのに。

 今にも泣きそうな私の顔は気弱で、存在感もなく、もはや周囲の人にこの姿自体見えているのだろうかと疑わしいほどに、覇気のない女だったに違いない。

 十九時になって、健吾がホテルのロビーに現れた時、私の胸は先週とは真逆の、切なさで押しつぶされそうな痛みと緊張でいっぱいになった。何かが違う。

 それは明らかだった。


 笑顔で歩み寄る白いシャツ。

 「まじごめん。わざわざきてもらっちゃってー」

 両手を合わせて謝りながら近づくと、あらかじめ決めていただろう夕食の場所に、ごく自然に足を向かわせる。背中をポンッと叩くこともなく。


 それにしてもここは彼のホーム。知人に遭遇する可能性はすこぶる高いわけで、私はなるべく距離を保って隣を歩いた。

 「予約してないけど大丈夫だと思う」

 滞在しているホテルから徒歩圏内にある和食屋の暖簾をくぐった二人。

 運転をする健吾はコカコーラを、私は温かいお茶を頼んでから、二人顔を見合わせて息を吐いた。やっと会えたね……とでも言っているのだろうか。

 

 隣にいるのに遠くに感じるの健吾の存在。彼の気持ちがまったく読めない私の心は、暗くよどんでいた。駅を駆け上がってきたあの日の熱量は、今現在どこにも見当たらない。

 「てか、こんなところ誰かに見られたらやばくない?」

 平日なのにほぼ満席のカウンターを見回して、ふと思ったとおりの台詞を吐いた。健吾は、半分くらい飲んだコカコーラを横に置いてから、メニューを手に取り、軽やかに笑った。

 「ん?女性とご飯くらい行くでしょ。手繋いでたりしたらやばいけど」

 私は、微笑みながらうなずいて、もう一度お茶をすすった。


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