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それでも私は溺れない  作者: 桐谷 歩
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東京駅

「頑張ってる人が好きなんですよ」


 彼がそう言ったのはもう十年も前になる。あれから私はひたすら走り続けてきた。恋人でもない、夫でもない、ただの友人である上野健吾の一言が原動力となり、今日まで突き動かされてきた。


 愛する夫との間に子供が生まれても、半年で社会復帰を果たした。頑張っても頑張ってもどこか足りていない。幽門が開きっぱなしの大食い選手のように、終わりなきゴールに向かってやみくもに走る日々。

 あの日「頑張ってる人が好き」と少年のような瞳で言い放った健吾と会うのは年に一度程度であるが、その言葉は、わりと頻繁に降りてきては「あ、私まだいける」と、脳内アドレナリンを大量生産させる。

 

 彼もまた三人の子供に恵まれ、それは幸せそうな人生を送っている。遠くに住んでいるせいもあり、年に一度の再会は、まるで親戚づきあいのようだった。なんといっても彼は、私にとって異性で唯一「気の合う」友人なのだから。


 健吾が生涯の伴侶に選んだのは、私が以前勤めていた会社の後輩にあたる中島麻美だ。上野麻美となり久しい。長身でファッションにも敏感な二人が並んで歩けば、誰もが振り返る美男美女カップルだ。

 夫婦関係はうまくいっていると彼女から聞いている。家を離れていることが多いけれど、肝心な時に助けてくれる優しい人だ、と。夫婦関係のあれこれが伝わるほど麻美もまた、大切な友人のひとりである。


 初めて健吾と二人だけで会ったのは七年前。

麻美は妊娠中で実家に帰っていたし、私にはまだ子供がいなかった。東京駅で待ち合わせをして、付近のカフェでケーキと紅茶を頼んだ。健吾は友達の結婚パーティー、私は友人たちと飲み会予定があとに入っていたので、それぞれお土産を交換し、十四時には別れた。


 それからは毎年、帰省する度にご飯に行ったり、お茶をしたりと再会は続いた。二人だけの年もあったし、友人や家族同士の時もあった。時間も特別長くなくてよい、定期的に会いたい友人の一人、という位置づけであったと思う。


 ある年の冬。東京駅に登場した健吾は、黒いコートを着ていた。私はそこで健吾に対し、今までにない違和感を覚えた。違和感は、胸元をくすぐるけれどそれが一体何なのかがわからない。コートが黒いから?

 止めどない会話の隙間に理由を探せどまったく見当もつかず。珍しく終電まで将来の夢について語り通したその夜、足が浮くほど混雑極まる山手線で、意地になって読んだ携帯メッセージ。

「今日はありがとう。麻衣と話すと魂が鼓舞される。まだまだ止まってられないって思うよ。そうそう、お土産とか気にしないでいいからね。だって麻衣は俺らにとってもう大切な家族だから」

 

 年の瀬のセンチメンタルか?胸に、チクッとトゲが刺さるような痛みを覚えた。


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