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自室の机にどさりと音を立てて本を置く。椅子に身を預けるが、木製の椅子では背中を痛めるだけだった。
にゃぁおと呑気にあくびなんかをかまして、宵月は柔らかな座布団に丸まる。
「私の代わりに仕事でもしてくれんかね…?」
ふいと顔を背けられてしまった。
さっさと片付けてしまわねば、私の寝る時間がなくなってしまう。はぁ、と漏れる溜息。
「溜息なんて辛気臭いのはよしてくれ。客が遠のくじゃあないか。」
驚いた顔を上げると、いつの間に入ってきたのか、姉が簡素な服装で立っていた。
「姉さん…何しにきたんです?」
訝しげに見ると余程気に入らなかったのか、両頬を摘まれた。
「明後日の会議の確認に決まってるだろうが。蛇足のところに取りに行ったんだろ?ぼうっとしてんじゃないよ。」
…恐ろしや。頰は解放されたものの、じんじんと痛みがある。
「ありますよ…。本当に…そんなに乱暴だと、お客様を逃がしますよ?」
ちらりと横目で見ると、姉に舌打ちされた。
「わっちはちゃんと下積みまでした花魁さね。口ごたえするんだったら、その口ぐらい…縫い付けてやるわ。」
冗談に聞こえないのは、姉がその通りに気を込めたからだろう。私にここまで言ってくるのは、姉だけかもしれんなぁ…。
私の姉、そしてこの夜街で一の遊女、宵月太夫。彼女の魅力に倒れぬ者はいないと言われるほどだ。私ももちろん誇りには思っている。…思っているのだが。身内にいる分には恐ろしくて仕方ない。自分の威厳が無くなるようだ…。
「すみません…。」
ぱらぱらと本をめくる姉に一応謝る。どうせ聞いてないのだろうが。
姉が本を読んでいる間に、書類の整理を行う。本は姉が読み終わってからでも構わない。というより、姉に読んでもらわなければ困る。接待はその道の師がやる方が良いというやつだ。
しばらく経ってから、姉が紙と筆を要求するので、渡してやった。
「…買い足さねばならない物が増えた。また何人かに頼むわ。」
使い終わったものも乱雑にほかられる。あーあー、私の仕事道具だというのに…。姉は本を置くと、書類を覗き込んできた。
「……なんか項目増えてへんか?」
姉が指をさしたのは、大きい目の欄。優先順位も変えたのだから気づくのは当たり前だろう。
「そう、そうなんよ。これをな、花魁様方と話し合っておかんと駄目なんよ。」
事情を軽く説明する。真剣な顔をして聞いてくれているのは極めて珍しい。掻い摘んで話すと、姉はすぐさま私の部屋を出た。そして、耳が壊れるのではと思うほどの大声で叫んだ。
「皆の衆!よぉく聴け!!諸事情あって支度を早める必要がある。待遇を落とされとう無かったら、さらに働け!!」
これには宵月も字のごとく跳ね上がった。
「何故それを先に言わんのだ、この馬鹿者!他の花魁に話をしてくる。屋敷のことは頼んだぞ。」
姉はまくし立てるだけまくし立て、急ぎ早にかけて行った。
部屋に残された私と宵月は、ばたばたと走り回る音に囲まれて、しばらく呆然としてしまった。