団長と副団長
グレン視点です。
「よお、グレン。お前さんの弟子はまだ続いてんのか?」
報告書を提出してさっさと退室しようとした俺を、執務室のソファに腰掛けてニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべているルドルフが呼び止めた。
任務を終えた後は団長の執務室に報告書を届けなくてはならない。ルドルフは必ず部屋にいるというわけではないから、今日は運が悪いと言える。こういう顔をしているルドルフに捕まると話が長いのだ。
「レオンはそろそろ1年になる。フランは10ヶ月だ」
「お、愛称で呼ぶくらい仲良くなったか……いや待て、フランって誰の事だ」
「カトレーゼ侯爵家でレオンと一緒に見てるんだが……報告してなかったか?」
「…………カトレーゼ侯爵に息子がいるとは聞いた事がないが」
「ああ、俺も聞いてない。本人も兄弟はいないと言っていた」
俺の言葉を受けて、ルドルフは「待て待て待て」と言いながら口元に手を当てて考え込み始めた。
その反応を見て思い出した。そういえばフランのような御令嬢に剣を指導する事は普通ならあり得ない事なのだと。
「ルドルフ、フランは侯爵令嬢だ」
「それくらい会話の流れで察せるわ! 何でそんな面白そうな案件を報告しないんだ!」
「そうだな……報告するのを忘れていただけなんだが、今の発言を聞いて心底言わなければ良かったと思ってる」
「まあ教える人数が増えたくらいなら別に報告はいらないんだが……。しかし、その御令嬢も今までの最長記録より長い期間指導を受けてるって事だよな。随分お転婆な御令嬢だ」
ルドルフの対面にあるソファに座る事を促され、特に逆らう素振りも見せず従った。さっさと戻って食事をすませたかったのだが、やはりそうはいかないらしい。
聞かれるがままにレオンとフランの事を話した。2人揃って負けず嫌いな事だとか、お互いの存在がいい刺激になっていそうだとか、愛称で呼ぶようになった経緯だとか、2人の手合わせの結果だとか。あの2人を思い浮かべながら話をしていると、どこまでも、いつまででも話せそうな気がする。
とりとめのない話だというのに、ルドルフは楽しそうに聞いていた。
「良かったなあ。楽しそうじゃねえか、グレン」
「……そうだな。レオンとフランの成長が楽しみで仕方ない」
「それだけじゃないだろ? 弟子2人に会うのがそもそも楽しみになってるんじゃないか?」
レオンとフランに会う事自体が、楽しみになっている。そんな風に考えた事はなかった。
俺があの2人に会うのは仕事だからだ。騎士団に入った依頼をこなす、ただそれだけの事。
確かにあいつらが剣の扱いに慣れて強くなっていくのを見ているのは面白い。
レオンまでもがフランに拳や蹴りを入れ始めた時はどう言ったものかと悩んだが、今はもう放置している。勝つ為に手段を選ばないのは悪い事ではないからだ。それに手段の選ばなさならフランの方が上である。フランの躊躇いのなさは一種の才能だ。
さて、俺はあいつらに会う事を楽しみにしているのだろうか。よくわからないが、あの2人を弟子と称される事もいまいちわからない。何を以て弟子と呼ぶのか。単に剣術の指導をした相手を弟子と呼ぶのなら、これまで指導した全員が俺の弟子だ。
しかしルドルフが弟子という言葉を使ったのは初めてで、これまでは「あのお坊ちゃん」とか、少し馬鹿にしたような呼び方しかしていなかった。
推測でしかないが、ルドルフの基準では俺の弟子に該当するのはレオンとフランだけなのだろう。
考え込んで口を開かなくなった俺に、ルドルフはまた悪い笑顔を浮かべながら言葉を投げた。
「そもそもお前、これまで教えた奴の名前ちゃんと言えるか? 家の名前くらいは言えるかもしれんが……本人の名前となるとどうだ? 次々と変わっていったから覚えてられなかったんじゃないか?」
それは、と言いかけて口を閉じた。ルドルフの言った通りだったからだ。
名前どころか顔すらもうろ覚えだと、今更気づいた。家名なら言えるかもしれないとルドルフは言ったが、それすらも怪しい。自分を指名した相手の事さえ覚えていない。
これまで指導してきた奴らと、一体どんな会話をしてきたのだろうか。何ひとつ思い出せない自分に驚いた。
「図星だろ? お前はわかりやすいからなあ。大事にしとけよ、その弟子達は。指導が終わったから縁も切れるとかなんとか、そんな考えで逃がすのはもったいないぞ?」
「…………そうか、終わりがあるかもしれないのか。……そうだったな」
「おう……思ってたより重症だなお前……。お前が終わらせたくないと思うんなら素直にそう言っとけ。聞いてる感じ、弟子2人もお前から離れるつもりはなさそうだけどな」
そう言ってルドルフはからからと笑った。
俺があの2人と一緒にいるのは普通の事ではない。それを改めて自覚させられた。
レオンとフランは婚約者だからこれからも変わらず一緒にいるのだろう。しかし俺はそこにいないのが当たり前である。
当然の事なのに、その事実が少しだけ引っかかったような気がした。