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黒獅子と弟子  作者: 熊田
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認識の違い

グレン視点です。

 わけがわからなかった。見ていた俺にわからなかったのだから、当事者であるレオナルドはもっと理解できなかった事だろう。実際、レオナルドは呆然とした様子で自分に剣を突きつけるフランシールを見ていた。



 レオナルドもフランシールも体力がそれなりにつき、木剣の扱いにもある程度慣れたように見える。レオナルドは指導を始めてから既に4ヶ月になっていて、フランシールも2ヶ月になった。1人だけを見ていた時よりも2人の方がずっと上達が早いように感じる。婚約者という関係性がそうさせるのか、理屈はわからなかったが上達が早いのは良い事だ。


 普段なら素振りを終えた後は簡単に俺と打ち合うのだが、今日はどうせ2人いるのだからとお互いに打ち合せる事にした。レオナルドが嫌そうな顔を浮かべている横で、フランシールは実力が近い者同士で打ち合える事に喜んでいる。


 レオナルドが嫌そうにする理由はわかる。俺には遠慮なく打ち込めばいいが、フランシールが相手だとそうもいかないからだ。カトレーゼ侯爵が「剣を扱うならある程度怪我はつきものである」と理解してくれた今であっても、怪我をさせるかもしれないとなると躊躇いを覚える。治癒魔法が得意な人間は侯爵の意向で常に鍛錬を見守っているのだが、それはそれだ。


 それでも2人に打ち合ってもらいたかった。俺に打ち込む姿勢がレオナルドとフランシールで何となく違うのだが、いまいち何が違うのか掴めないでいたからだ。

 その違いは指導のとっかかりになるかもしれない。そう説明して、納得したように頷く2人に打ち合う事を指示した。



 剣を構えて向かい合うレオナルドとフランシール。先に動いたのはフランシールだった。

 何度も2人は剣を合わせた。最初は躊躇いがちだったレオナルドも感化されてか本気で打ち込んでいる。


 剣を弾かれて体勢を崩したフランシールにレオナルドが大きく振りかぶった剣を打ち下ろす――その瞬間。フランシールは後ろに跳んで剣を交わしたかと思えば、続いて空振りしたレオナルドに向かって剣を投げた。突然自分に向かって飛んできた木剣を、レオナルドは当然咄嗟に剣で打ち払う。その一瞬の隙をついて、フランシールはレオナルドに向かって跳び――思いっ切り殴った。

 一切の躊躇なく、跳んだ勢いのままにレオナルドに攻撃したフランシールはそのまま、剣を握るレオナルドの手首を殴り剣を落とさせる。そして自分が投げた剣とレオナルドが落とした剣を拾い、素早く片方をレオナルドの首元に突きつけた。



 ……なんだその戦い方は。



「……レオナルド、大丈夫か」

「剣が飛んできた辺りからちょっとうろ覚えなんですが……俺、殴られましたよね?」

「あの……なんというか、すみませんレオナルド様……必死で……」


 魔法で治癒してもらったレオナルドの顔は、すっかり打ち合いをする前の状態に戻っていた。しかしさっきの事がよほど衝撃だったのか殴られた頬を何度もさすっている。俺としても想定外の事態だった。まさか殴るとは思わなかったのだ。

 戦うのに必死だったと平謝りするフランシールの姿は、とても婚約者を殴るようには見えない。見えないが、殴ったのは事実である。


 驚きこそしたが、レオナルドとフランシールの違いは理解できた。フランシールは勝つ為に手段を選ばない人間で、レオナルドはそうではない。それだけのことだ。

 そもそもレオナルドには、剣の打ち合いで剣以外で戦うという発想がなかっただろう。剣術の指導中なのだからその考えはまったく間違っていない。これに関してはフランシールが悪いと言える。

 ただ、これが命の奪い合いであったなら。そんな事はあり得ないというのに、考えずにはいられなかった。


「2人共剣の扱いに随分慣れてきている。体の使い方も上手くなっていると思う。お前達は上達が早いから、この調子ならいずれルドルフよりも強くなる」

「そこは先生じゃないんですか!?」

「ルドルフって……騎士団長閣下の事ですよね。……なんか意外です」

「何がだ」

「いえ……剣の指導をしてもらうようになってもう4ヶ月になりますが、先生の口から人の名前を聞いた事がありません。だから、ちゃんと騎士団の人と交流があるんだなあと思いまして」

「…………レオナルドは俺の事を何だと思っているんだ?」


 思わず疑問を口にしたが、確かに他の奴を話題に出した事はないな、とすぐに思い直した。

 騎士団の人間と一切交流のない副団長が問題な事くらいは俺でもわかる。確かに俺は他の奴と同じ任務につく事が少ないから交流は多いとは言えないが、まったく交流していないと思われるのはさすがに心外だ。


 ルドルフ・フェムルは俺を騎士団に引き込んだ張本人であり、副団長なんて地位を与えた奴でもある。かつての依頼主であり友人のアルフェンディを除けばもっとも近しい人間だ。俺に関する賭けの言い出しっぺは大抵ルドルフである。

 ……そういえば今回の「俺の指導がいつまで続くか」という賭けに勝った人間はいないから、次回に賞金が持ち越されたんだったか。今は最長記録を更新し続けるレオナルドの存在が賭けにされていると聞く。騎士団の連中はよほど賭け事が好きらしい。まあ、身内で楽しんでいるだけなら問題はないか。


「騎士団は気の良い連中ばかりだ。あれは統括する人間が良いんだろう」

「実力があれば身分は問わないんでしたか。そうだ、今度先生も歴史の授業ご一緒にいかがです? かつての騎士団の様子なんかを学ぶのも面白いと思いますよ」

「ええっ、私もご一緒させてください! お恥ずかしながら歴史は苦手なのです……!」

「いや、俺は参加しないぞ?」


 レオナルドからの誘いを一蹴し、逸れてしまった話題を元に戻す。

 2人の打ち合いの講評をしながら、頭の中ではぐるぐると同じ事を考え続けていた。


 ――フランシールはあの時、手にしていたのが真剣だったとしても投げただろう。勝つ為に……生きる為に手段を選ばないというのは、相手を殺してでもという事に他ならないのだから。

 剣の扱いにある程度慣れたら真剣を扱わせた方が良いかもしれない。そんな事を考えていたが、あの様子じゃ当分は難しいだろう。フランシールはともかくレオナルドが危なすぎる。頬を殴られたくらいでは済まないかもしれない。


 次からは迂闊に打ち合いもさせられない――と思ったが、当の本人達が随分と乗り気で次の話をしているから、次も似たような光景を見る事になるかもしれない。

 そうならない事を祈りつつ、次は殴ったり蹴ったりしない事をフランシールによくよく言い含めた。

 あれだけ「可能な限り娘に怪我をさせないでくれ」と言っていたカトレーゼ侯爵に「あなたの娘が婚約者を殴って怪我をさせました」と書いた報告書を渡さなければならない俺の身になってほしいものである。




 別れ際、俺を見送りに門まで来た2人の頭を撫でて「次も楽しみにしている」と言えば途端に顔を綻ばせ、揃って「はい!」と元気良く頷いた。

 素直なのは良い事だ。

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