大食い大会にて
「最後の種目は、ラーメンの早食いだーーーー!!」
今時、推理が得意な小学生しか付けないような赤い蝶ネクタイに、青いジャケットを羽織り、白いショートパンツを履いている男が、マイクに向かって全力で叫んだ。
季節は真夏。
そして、夏の暑さに劣らぬ熱い気持ちを持った男女4人が、またそれらに負けないくらいの熱々ラーメンを目の前に座っていた。
「このラーメンを制限時間20分で最も多く食べたものに賞金1000万円が手渡されます!」
司会の男がそう叫ぶと観客からは”うおおお”と雄たけびが上がった。
しかし、選手たちの表情は真剣そのもの。そして、どこか辛そうであった。
それもそのはず、彼らはこの最後の種目に至るまでに特大オムライスに特大ショートケーキ、特大お好み焼きといった大食いメニューを食べ進め、予選を勝ち抜いてきたのだ。
彼らは誰一人として、ラーメンを食べたい、と思っていなかった。
(こうなったら”あの技”を使うしかない……)
予選ではぎりぎりの4位合格。28歳無職の佐々木雄介はそう覚悟していた。
この男の28年間、人様に誇れるものがあるとすれば”大食い”だけだった。
(他には何の才能もない俺が唯一威張れるものは、これだけなんだ。だから、絶対に勝たないと!)
そんな思いが彼に勇気を与えた。
「それではスタートです!!!」
司会の男が合図を告げた。
全員が一斉に目の前のラーメンに手を……つけなかった。
佐々木以外の三名は猛烈な勢いで気力を振り絞って、ラーメンを啜っている。
しかし、佐々木は箸すら持たずにラーメンをただ見つめていた。
「おぉーっと、これはどうした!?佐々木選手!一口もラーメンに口を付けません!!」
司会の男は驚いている。
観客も不思議そうに青年を見ている。
他の挑戦者達はそんなことには気にも留めずにラーメンを啜っている。
司会の男が佐々木に近づいた。
「どうしたんですか、佐々木選手。棄権されるのですか?」
男の問いに佐々木は口元を綻ばせた。
「やだな、そんな訳ないじゃないですか。これは作戦ですよ。秘策です」
司会の男は興味深々といった表情になった。
「お、なるほど!はて、その作戦というのは如何なものでしょうか」
「それはね、”無食”ですよ」
「む、無食……ですと!?」
司会の男は驚いている。佐々木は続けた。
「ええ、敢えて何も食べないことで、この大会の無意味さを訴えているのですよ。これは私が”無職”でいることの意味にも繋がるのですがね。私は敢えて働かないことで、この社会に”働くことに果たして意味はあるのか?働かずとも幸福を手に入れることは出来るのに”そういったテーマを皆に訴えかけている訳です。ですから、今回も同じことです。幾ら食べたって、世界は平和にならないし、争いは止むことはありません。横に並んで座っている彼らはもうお腹が一杯で仕方ないのに無理してラーメンを口に運んでいる……これを意味があると思いますか?そういうことを私は言いたいわけですよ」
「わかりました。佐々木さん、頑張ってくださいね」
司会の男は、他の挑戦者のへインタビューを始めた。
佐々木はただ、徐々に”のび”ていくラーメンを見つめている。
佐々木の今大会の結果は勿論4位だった。
大食い大会にて -終-