5、相棒の好きなもの
静かな店内に響き渡った声で、もちろんルカに俺の存在がバレてしまった。いや、俺の尾行がバレたわけじゃなく、たまたま俺も本屋に来たとルカは思ったようだ。
それよりも、自分が買った本のタイトルを大音量で言われたルカは、羞恥のあまり俺を小脇に抱えて店を飛び出した。
「お、落ち着け! ルカ!」
「ぐぬぬっ……!!」
「大丈夫だ! 大丈夫だから!」
「ふぬぅっ……!!」
言葉にならない想いが溢れているといった様子だ。
まぁ、気持ちはわからんでもない。ルカのような強面の戦士が、夢見る少女が読むような恋愛小説を手にとっていて、それを他人ならまだしも相棒に見られるとか。
うん! 恥ずかしいな! めちゃくちゃ恥ずかしいやつだな!
俺を小脇に抱えたまま公園にたどり着いたルカは、そこで少し落ち着いたらしく俺を地面におろしてくれた。
昼時のせいか人が少なく、ルカは本を手に持ったまま頭を抱えてしゃがみこんでいる。
「ルカ、あそこのベンチに座ろうぜ」
「……む」
背中を丸め下を向いたまま、いつもより少しだけ小さくなったようなルカが小さく頷き俺についてくる。
ちょっとした好奇心のせいで悪いことをしたと反省した。近くの屋台で果実水を売っていたのを思い出し、走って買ってくると、ルカは少し落ち着いたように見える。
「大きな声で驚かせて悪かったな、なんていうか、ちょっと意外だったというか」
「……いや」
「変な意味じゃないんだ。こう見えて俺も色々読むし」
「……似合わないだろう」
「本を読むことに、似合う似合わないはないだろが!」
思わず声が大きくなる俺に、ルカは驚いたように顔を上げる。その顔はいつも仕事の時に見る厳つい戦士ではなく、目を丸くしどこか幼く見えるような表情をしていた。
「……新聞、いつも読んでた」
ぽつりぽつりとルカが話し出すのを、俺は相槌をうちながら黙って聞いていた。
ルカの買った『おてんば姫騎士、迷宮都市へいく〜イケメン斥候の罠と恋に落ちて〜』は、いわゆる女性向けの恋愛小説だ。
俺が情報提供している『迷宮新聞』で連載していたのだが、好評だったため一冊の本として出版されることとなる。
最初は迷宮の情報を提供する新聞に恋愛小説などと思う探索者が多かったようだが、回が進むにつれ主人公のおてんば姫が可愛い、相棒の斥候がかっこいいなど読者が増えたようだ。
ルカも最初は冒険小説を連載すればいいのにと思っていたらしいが、読めば主人公を自分に重ねてしまうようになり、気づけば何度も読み返すくらい連載を楽しみにしていたそうだ。
「主人公の姫騎士は素直で真っ直ぐだ。最初は斥候の男が助言しても聞かず、いつも小さな体で突っ走るのだ」
「へぇ」
「姫騎士は王家の姫だ。剣の腕をみがくために迷宮都市に来たが、真っ直ぐすぎて騙されそうになったり、迷宮でも死にそうになる」
「ほぉ」
「いつも斥候の男が助けに入り、その関係が……」
さっきまでペラペラ話していたルカが、黒髪をワシワシとかいている。
まぁ、そうだよな。
外見はともかくとして主人公は真っ直ぐで素直、ちょっとひねくれた斥候の男がなんだかんだ世話を焼いてくれて、毎回何かしらの危機に必ず助けてくれる。この関係は。
「自分とウィルみたいだ、と、思ってな」
そう言って不器用に微笑むルカが、なんだかやけに可愛らしく見えた。
「なるほどねぇ」
ルカがそう言うのも当然だ。
だってその『おてんば姫騎士、迷宮都市へいく〜イケメン斥候の罠と恋に落ちて〜』の作者、俺だし。
登場人物の元も、ルカと俺だし。
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