4、休日の相棒
迷宮都市の朝は早い。
夜になれば活性化する迷宮内の魔物も早朝は大人しいため、探索するなら日が昇る前が鉄則だ。
安宿の窓にはカーテンなどという洒落たものはついていない。いつもと同じ時間に起きた俺は、窓からのぞく暗い空を見て再び布団に潜りこむ。
「……もうひと眠りするか」
目当ての店が開くのは昼前だろう。昨日の酒は残っていないが、それなりに飲んでいたせいか目を閉じればすぐに眠れてしまう……かに思われた。
ガサリとドアの隙間に新聞が挟み込まれる。
俺が頼んでいるわけじゃない。情報料と諸々の事情で、週に一回発行される『迷宮新聞』が俺あてに届くようになっているんだ。きっと銀縁眼鏡の女性編集者が手配していると思われる。
「俺がほとんど情報提供しているんだから、あまり有用な記事はないな……」
そう言いながらもざっと目を通せば、この新聞にしては大きめの広告が目に入る。
「今日発売なんだよな。本当に」
新聞をサイドテーブルに放り投げると、俺は今度こそ二度寝を決め込んだ。
何度も欠伸をしながら雑踏を歩く。
迷宮都市ならではの道具屋が多く並ぶ道を歩けば、はしゃぎ走り回る子供達に目がいく。
「じゃあ、俺は探索者の魔法使いだ!」
「俺は剣を持っている戦士だぞ!」
「お前、戦士はもっと大きいんだぞ! 斥候やれよ!」
「やだよ! あんな地味なやつ!」
探索者ごっこをする子供達の会話内容で「地味なやつ」認定された俺はうっすらと傷ついてしまう。
確かに斥候は地味だが、パーティいるといないとじゃ大違いなんだぞ。戦士のルカだって、俺がいるから生き残れているって言ってくれてたし……。
すると俺の目の端に、見慣れた黒髪が映った。
「ルカ?」
帯剣はしているものの迷宮に潜る時のような装備は身につけていない、ラフな格好をしたルカが足早に通り過ぎていく。なぜか物陰に隠れてしまったのは、今までお目にかかったことのない相棒の表情を見てしまったからだ。
いつもはきりりとした眉に意志の強そうな目を光らせ、油断なく周囲を見回している戦士。それが今や口元をへにゃりと緩ませ、薄っすらと頬を染めるその表情はまさに……。
「……誰かと逢い引きか?」
昨日、助っ人にきた魔法職のエルザだろうか。それにしては別れ際があっさりしていた気がする。
いやよく考えてみろ。ルカは何と言っていた? 確か「用事があるから休みにしてほしい」と言っていた。急にできた用事とは思えない。
俺はなぜか気配を消し、斥候としての技術を最大限に駆使してルカを追っていく。仕事関連のこと以外で会うことのない相棒の知られざる姿を見てしまっている気がしていた。
俺よりも長い足でスタスタと歩いていくルカの向かった先は意外なところだった。
「本屋? アイツ本なんて読むのか?」
あのゴツくて、いかにも戦士といった風体のルカは言わずもがな脳筋だ。迷宮で迷いそうになった時に、壁を壊そうとしていたくらいだ。
迷宮の壁は壊れないものとされてはいるが、ルカなら何かしでかしそうで慌てて止めた思い出がある。
ほのぼのと回想していた俺は我にかえり、慌ててその本屋へするりと入り込む。
店で何かを探すようにキョロキョロと見回していたルカは、パッと顔を明るくさせる。
いや、他の人間から見れば無表情に見えるのだろうけど、相棒である俺にはすごく喜んでいるのがわかった。武器を新調させたときと同じ、目と口元が少し緩んでいるからな。
「何を買うんだ?」
手に持っている本はルカの大きな手に阻まれて見えない。しかし、手に取った本は何冊か同じものが置いてあるから、それを見れば……って。
「なっ!? 『おてんば姫騎士、迷宮都市へいく〜イケメン斥候の罠と恋に落ちて〜』だとう!?」
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