失恋
※ジャンル ・恋愛 ・失恋 ・青春 ・配慮なし
「別れてほしい」
うつむきがちに彼女がそう言う。
やっぱりなと思った。
少し前から、送ったメッセージの返信がどんどん遅くなってきてたし、休みの日に電話に出ないことも多かった。
たまに会った日も手を繋ぐことに積極的ではなくなったし夜の営みだってめっきりだ。
付き合いたての頃ほとんど毎日のように言われていた「好き」の二文字を最後に彼女から聞いたのはいつだろうか。もはや覚えていない。
だからだろうか。
この前電話で話した際、話したいことがあると言われたときに冷静でいられたのは。
振られているにもかかわらず、自分でも驚くくらいショックは少なかった。
「なんで?」
一応形式的にでも聞いておく。
なんだかんだいってまだ彼女のことが好きだから、別れないで済むのならそれにこしたことはない。
今まで、そういった場面で相手の別れたい理由を聞くなんてわざわざ自分の傷口を広げるようなことをする意味がわからなかったが、今ならわかる。
「他に好きな人ができたの」
まぁ、そうだろうね。
よっぽど相手のことが嫌いになっていない限り、わざわざ別れたいなんて言う必要はない。
自分が彼女に嫌われているとも思わない。本当に嫌いなら会って希望を告げるまでもなく、簡素なメッセージで別れを告げてしまえばいいんだし。
「……そっか。恵美はその人の方が好きなの?」
こくん、と頷く。
聞いた自分も大概バカだが、彼女も相当なバカだ。
なぜ別れたい相手の質問に正直に答えるのか。質問に答えることで何が得られるのか。もちろん、そんな質問している自分も得られるものはないんだけど。
「あのね、その人は前からよくしてくれてる会社の先輩でね」
ついに恵美が聞いてもないことを語り出した。
そんなもの、求めていない。
「そっか」
そんなこと聞かされても適当な相槌を打つしかないじゃないか。
お似合いだよ、なんて好きな相手と知りもしない相手との恋愛に思ってもいないことを台詞を吐けるほど頭は緩くないつもりだ。
さて、どうしようか。
「……恵美は、色々考えたうえで、別れたいって思ったんだよね。だったらもう、何言ってもだめかな」
無言。
今自分がしてる行為は、簡単に言えば綺麗に終わらせること。
「別れたい」という彼女に対して「おっけー! それじゃあね」と言うわけにもいくまい。それなりにちゃんとした別れにしたいのは彼女も同じだろうし。
別れたいだなんて、一回言われてしまえばどうあがこうが覆すことは不可能に近い。
一回折れてしまった鉄板の折れ目がもう二度と消せないように。
「わかった。別れよっか」
そう告げてやると彼女はホッとしたような表現を見せる。
なんだそれ、私は悪魔か何かか。
「あのね、嫌いになったわけじゃないの。ただこのままじゃダメだって……」
「わかってるよ」
何を急に。もう終わった話なんだから広げようとしてくれなくていい。
「私たち、付き合わない方がよかったかもね」
言った瞬間、しまったと思った。
たしかにそうだとしても口に出すのは違うだろ。
でもいいか。止められそうもないし。
「そもそも、女の子どうしなんだしさ」
付き合いたての頃はよかった。
自分たちだけで完結できたから。
でもずっとそういうわけにもいかない。
「ちょうどよかったんじゃない?」
秋の夜風が頬を撫でる。
彼女、いや、恵美と別れて一人帰路につく。
やや寒いくらいの方が今は嬉しい。
寒いのが嫌いだと言っていた彼女はもういない。
誰もいない部屋にただいまも言わずに入る。
上着をハンガーに掛けるのも面倒で床に無造作に捨てた。その勢いのままベッドに倒れこむ。疲れているのか体を動かす気になれない。
このまま寝てしまおうかと思って目をつむってみるが、何故か目は冴えている。
こんな時は好きな小説サイトで面白い作品でも見るか、とページを開くも文章の上を目が滑るばっかりで頭に何一つ入ってこない。
「……はは。なーんだ」
私は、思ったよりショックを受けてたんだな。
別れを告げられたときはあまりショックじゃないだとか、わかってただとか、何を強がっちゃってんだか。
一緒にしたいことがたくさんあった。
一緒に食べたいねと言っていたものもたくさん。
一緒に行きたいところだってまだまだある。
一緒に、一緒に、一緒に。
ふふっ、と笑みがこぼれる。
何をセンチメンタルになってんだか。
そんなありもしない未来なんて、これまでの楽しかった思い出と一緒に捨ててしまおう。
「ばいばい」