VRMMO
※ジャンル ・VRMMO・プロローグ・男主人公
「はじめまして、《プレイヤー》様。《VRMMO》の世界へようこそ」
機械的な女性の声が頭に響く。
俺の視界はいまだ暗闇が支配しており、女性の姿は確認できない。
「私はリードミィ。この世界での貴方様のサポートを任されております。《プレイヤー》様、少しの間だけですがよろしくお願い致します」
なるほど、今はチュートリアルみたいなものか。
機械的な声に言葉、十把一絡げなマニュアルみたいな台詞。……少し拍子抜けだなと思う。
《VRMMO》とは簡単に言えば五感すべてで遊べる大規模なオンラインゲームだ。
技術の極みが詰め込まれた定価12万8000円(税抜き)のヘッドギアを装着することで仮想現実空間へとアクセスしゲームをプレイすることができる。
その世界では視覚や聴覚はもちろん、触覚、嗅覚、果ては味覚までもが完璧に再現されている、らしい。
人間の複雑怪奇な脳みそ――電気信号を完璧にコントロールしなければ出来ない芸当だ。前に少し調べたことがあるが、俺には仕組みがさっぱり理解できなかった。
とりあえず、『科学の力ってスゲー!』とだけ言っておけば間違いないだろう。
まあ、俺みたいなユーザーはとにかく遊べたらいいだけなので理解の必要もないけど。
このヘッドギア――本当はもっと大層な名前が付いているけど覚えてないし覚えられない――が開発された時に、その特異性から人間に悪影響を与えるのでは、と販売を認められていなかった。
それも昔の話で、今とはっては問題なしと判断されたのか買えるようになっているのだが、未だに気味が悪いと敬遠している人も多い。
俺がこのヘッドギアを手に入れたのは5年前。当時から今に至るまで販売されているVRゲームは一通り遊んだ。
どれもVRという特性を活かした世界観を味わうゲームではあったが、VRMMO……というか大人数でプレイできるゲームはこれが初めてだ。
アニメや漫画でVRMMOを題材にした物語は多く、その手の作品は結構好きだったので、開発の報を聞いた時は正直わくわくした。
ちなみにこのゲーム開発陣が発表したコンセプトというのが、『もう一つの世界』、そして
『ぼくのかんがえたさいこうのVRMMO』
である。
……要するに今漫画やアニメを盛り上げているVRMMOの世界観をそれこそウキウキで開発したのだろう。
なんせこのゲームで使う容量は信じられないほど大きい。ヘッドギアの容量にはまだ余裕があったはずなのに、過去にプレイしたゲームデータを2つ消してギリギリなのだ。
どんだけ気合い入れてんだ、って話。
だから期待しすぎたんだろう。
もう一つの世界を名乗るなら、せめて機械的な声や台詞なんて無くしてほしい。
視界を閉ざされたままマニュアル通りに話を進めるのをやめてほしい。
これじゃただのゲームだよ。
開発陣が思う最高のVRMMOはこんなものなのか?
なんてグチグチ思いながら、リードミィさんの機械的な話を聞き流していた。
この世界はどうたらこうたら、貴方の種族はどうたら目的はこうたら。うんざりだ。
そしてやっとキャラメイクも終わらせたところ。ここまで何分かかったんだと言いたくなる。
ちなみに、プレイキャラクターは自分の身長や体型がフォーマットとして用意されているものの、ある程度好きに弄れるようだ。
が、あまりに弄りすぎるのはゲームに慣れるまでは不利になると説明があった。
なんせVRMMOだ。ゲームの世界を歩くのは自分だし武器を持って戦うのも道具を扱うのも自分だ。手足の感覚が違うってのはそれだけでマイナスだ。
というわけで、俺も例にもれず身長も体型もそのままでいくことにした。
……ちょっとだけ身長伸ばして体型もややスレンダーにしたけど、そんなの誤差の範囲だろ。
さて、ここまで進めればチュートリアルもだいたい終わりかな。
「――私からは以上となります。長い間お付き合い頂きありがとうございました」
おっとやっぱりか。
「それでは、貴方様にとってこの世界が価値あるもう一つの世界になりますように――」
その声と同時に視界がパァッと開かれる。散々暗闇の中にいたせいで目がくらむ。
青を基調とした空間に、明滅を繰り返す幾何学模様が浮かんだ近未来的な部屋だ。
しっかりと地に足が付いている感覚。ためしに首を動かしてみるが違和感がまるでない。体も制限なく動くし視界もラグなく付いてくる。
意識しなければここがゲームであることさえ忘れてしまいそうな完成度だ。
肩を回したりしながらキョロキョロと辺りを見回していると、ふふっ、と微かな笑い声が聞こえた。
驚いて声の聞こえた方向へ顔を向けると、微笑みながらこちらを見る一人の女性の姿が映った。
「やぁ、はじめまして。ここ、いい場所でしょ? 何もない狭い部屋だけどね」
「えっと……?」
急にフランクな態度で話しかけられて困惑していると、見知らぬ女性はますます笑みを深める。
「あれ、声でわかんないかな? さっきまで喋ってたんだけどなぁ」
そう言われてもさっきまで聞いていた、というより頭に響いていたのは機械的な声だし、目の前の女性と彼女はイメージがまるきり違う。
けど、まさか。
「あの、リードミィさんですか?」
「イエス! リードミィさんですよ。驚いたかい?」
リードミィさんだった。
いや、ならさっきまでの機械声はなんだったんだ。
「ふふーん。君、私が話している間、ロボットっぽくて残念だってずっと思ってたでしょ?」
どや顔して咳払いを一つ。
「私はその《プレイヤー》様の困惑顔を見るためだけにこの役目についております。貴方の反応が大変よろしかったので本日はぐっすりと眠れそうです」
「えぇ……」
同じ人とは思えない、声質の変化に思わず声が漏れる。しかもなんだその台詞。
リードミィさんはケタケタと笑っている。
「あ、ちなみに言っておくと、私はちゃんとNPCだよ。AI管理でプレイヤーはいないのさ」
そういってステータス画面を見せてきた。
表示されている名前の横にチェックマークが入っている。これがNPCの証拠らしい。
ステータス画面を見ないとわからないのか。NPCかと思ったらプレイヤーキャラでした、逆もまた然り、みたいなこともありそうだ。
ちょっと不便そうかと思っていると、
「設定で表示させることもできるけど、する?」
とまたまたリードミィさんの助言。
うーん、まぁ今はいらないかな。これだけリアルなのに名前が表示されて見えるなんてせっかくの世界観が崩れそうだ。
「必要になったとき、お願いします」
了解、と返事をするリードミィさん。こうしてみると本当にNPCキャラとは思えない。すごい。
開発陣の皆さん、拍子抜けとか思っててごめんなさい。
「さて、向こうのドアから外に出れるわけだけど。何か質問とか無ければそろそろ旅立つかい?」
「そうですね。そうします」
「ん、おっけー! ならこれは選別だ。外に出たらもう草原だよ。死なないと思うけど、がんばって」
物騒なことを言いながらリードミィさんは《ナイフ》と1000Gをくれた。このお金がどれくらいの価値なのかはまだわからない。
「外に出たら好きにしていいよ。けど、お腹は空くし夜になると周りも暗くなる。危険は少ないけど魔物も出るから早めに街に行った方がいいかもしれないね」
近くの街の場所を教えてあげよう。と言ってリードミィさんは地図とコンパスをくれた。
「ありがとうございます」
「ん。寂しくなったらいつでもこの《はじまりの部屋》へおいで。相手してあげよう」
微笑みながらひらひらと手を振るリードミィさん。
まぁ何かあれば、また来ようかなと思った。
ドアノブを掴む。
俺は今から『ぼくのかんがえたさいこうのVRMMO』の世界を堪能するのだ。彼女を見る限り誇張でも何でもなく最高なんだろうな。
無くしたはずの期待が最高潮だ。わくわくがおさまらない。
深呼吸を一つしてドアを開けた。
「――いってらっしゃいませ。この世界が貴方様にとってかけがえのない思い出になりますように」