二年後 岬陽高校入学式
《おはようございます。では早速、天気の方を見ていきましょう───》
テレビから流れる、アナウンサーの透き通るような声を聞きながら、制服に腕を通す。
少し久々だな……と、制服の感触に懐かしさを覚えてから、ネクタイを鏡の前で絞めた。
「……こんなもんかな」
左手でしつこくネクタイを触り、曲がってないか確認した後、リモコンでテレビの電源を消し、戸締まりをしっかりと確認し始める。
「……ちゃんとロックしてるよな」
(───よし)
家の全ての窓を見て回り、安全を確認。バックを持ち上げて、仏壇の前に向かう。
座布団に正座して、少しの間手を合わせる。
司が手を合わせている先にあるのは、二人の大人の男女が共に笑っている写真だ。
それを見つめながら、「いってきます。父さん。母さん」と、力強く呟いた後、直ぐにバックを手に取り、俺一人しか居ない家の玄関を出て、鍵をかけた。
春が始まる。
四月の空気は、どこか懐かしい。
? ? ? ? ? ?
《新入生の皆さん。入学おめでとうございます》
家からバスで10分の所にある───県立岬陽高等学校。
偏差値は高い方だが、私立校にひけをとらないほどの部活の活発さがある公立高校だ。
現在、司はこの高校の入学式に出席していた。
様々な来賓の人達から長ったらしい祝辞を聞かされて、今はそれより長ったらしい校長先生の話に突入している。
後もう少しで終わりそうだが、ここまでの時間が異様に長い。
現に、その事を物語るように、周りのほとんどの男子は欠伸をして眠ろうとしてる人や、既に寝ている人が居る。
(女子はというと……いや、見る限り男子と同じようなもんか)
皆に少しだらしなさを感じながらも、そのだらけてしまう気持ちが実は共感出来てたりする。
「え?」
(うっわ……めっちゃいい顔で寝てるよこの人)
と、周りを軽く見渡していると、隣にはイビキをかいてないが、スースーと気持ち良さそうに寝る男子が居て、驚いてしまう。
(普通は眠くても……そんなにあからさまに寝ないぞ……というか入学式なんですけど!)
自分も長い話のせいで眠かったのに、更に寝顔を見たせいで睡眠欲が上昇してきてしまった。
欠伸もとうとうしてしまい、そのまま腰掛けに体を預けて眠りたいという衝動に駆られる。
(にしても柄悪そうだなこの人。金髪でツーブロックだし……ピアスつけてるし……これはガチもんのヤンキーだな)
「……」
しかし、そこで疑問点が浮かび上がる。
(……いや、待て。こいつ見る限りバカだよな? どうやってここに入ってこれたんだ?)
偏見だと思うかもしれないが、こんなお茶らけた格好してるだけで大体の人柄は見えてきてしまう。
見た目は第一印象を決めるにはもってこいな素材だ。
それで人は相手が自分に合うか合わないかを決めて、その相手と関わる限度を決める。
つまり、深い関係を持ちたいのか、浅い関係のままで維持したいのか、である。
俺はこの人とはぶっちゃけて言うと、見た目から入ると、第一印象が柄が悪い人ということで、余り深い関係を持ちたくない。
(……それにしたってここの偏差値は普通よりも高いはず……ということは一般じゃなくて、何かの推薦で入ったのかな?)
この人には悪いが、勝手に頭が悪い設定にしざるを得ない。
(だってこんな態度が悪いやつ……勉強も出来ないに決まってるし)
普通は寝ない。いくら眠くても、入学式で熟睡はしない。
だが、現在進行形で隣の人がそうなってしまっている。
「……」
(声かけた方が良いのかな……後々隣に居たのに何で起こさなかったって言われそうだけど……)
内心キョドりにながら、チラリと隣を見やる。
そこで少し黙考した後、結論を出した。
(……一回怒られた方がこの人のためになるな。この高校にはいかにもラグビー部顧問みたいなガチムチマッチョがあっちの先生の席でスーツ着て座ってるし、この人へ対抗できる面子は揃ってるからな)
そう決めて、起こさないことに決めた。
《───以上です》
そこで、校長先生の話が終わったのか、拍手が巻き起こり、一応軽めの拍手を便乗してやる。
《校長先生、ありがとうございました。続いて、新入生代表の言葉。新入生代表、瀬川 真美さん、よろしくお願いします》
「───はい!」
そんな声が響き渡り、全員がその新入生代表生徒の方へ注目する。
ステージに立つ前からも、一つ一つ歩く動作を全員が見定めるように見ている。
しかし、それらを跳ね返すかのように、軸が安定して背筋がしっかりと天井へ伸びている綺麗な姿勢は、それだけでも新入生代表に相応しいと感じた。
綺麗なのは姿勢だけではない。
肩まで伸びたセミロングのサラサラで綺麗な黒髪に、元気を形容付ける大きな瞳に、小顔で容姿も端麗だ。
その証拠に、隣で寝ているこの人以外の男子は、先程まで眠そうにしていたのが今に限って、ピンと背筋を伸ばして、少しでも良いところを見せるようにしている。
しかも殆どの男子がドヤ顔、というよりは、決め顔だ。
(なんか……男である俺が恥ずかしくなってきた)
これが所謂、同族の恥という奴だろうか。
(相手によって態度変えすぎだろ……こいつら)
校長と瀬川 真美が壇上に立ったときの天と地の差ぐらいの態度の違いように嘆息し、そんな男共に呆れていると、瀬川 真美がステージ上に立ち、お辞儀をした後、マイクに口を近づけて次にはこう言った。
《おはようございます!》
「おぉ……」
(案外綺麗な声だな……)
感嘆していると不意に
「「「「「「「「おはようございまぁすっ!!」」」」」」」」
と、男共が実に野太い声で挨拶を放った。
「はあ……」
(あいつら少しは自重できんのか……)
ラブコールにも近いトーンで放った男共からの精一杯の挨拶に、校長先生や教師の顔を窺えば、若干ひきつって笑っているのが確認出来る。
女子にいたっては、メロメロな男子に向かってメンチを切ってるのが雰囲気で分かるほどに、怒りを露にしている。
男供を完全に睨み付けて怒気を周囲に放っている女子、教師と同様顔をひきつって笑いながらも怒気を周囲に放っている女子、不気味な笑みを浮かべながらも怒気を周囲に放っている女子……まだまだ種類はあるが、俺的に言えばそんな男共の集団に俺も居るわけだから、メロメロな男供と一緒くたにされて女子からの怒気を感じなければならないのが辛い。
殺気も混ざってるのかと思えるほどに、鋭い視線達が四方八方から体に襲う。
(これはヒドイ)
苦笑していると
《はい! 元気ですね》
と、男供が放ったあの挨拶に、笑顔で答える瀬川 真美。
「「「「「「「「はふぅッ......!!」」」」」」」」
男供は相変わらずメロメロで、終いには胸を撃ち抜かれたと思うほどに胸を手で抑えて、そんな気持ち悪い声を上げた。
これでより一層女子からの怒気を感じるようになったのは気のせいだろうか。
────
───
─
入学式が終わり、今俺は教室に戻っていた。
───あの後、瀬川 真美の一言一句違わなかった素晴らしい新入生代表の言葉を言い終えた時、相変わらず自重を知らない男供がこれまでに無いほど大音量な拍手を響かせやがった。
因みに女子からの拍手は本当に少しだった。
新入生代表の言葉の後、全員で校歌を唄って終わり、そのまま教室に戻ってきたのが、これまでの経緯である。
俺が割り当てられた席は窓際の前から五席目、つまり一番後ろだ。
バックを机の脇に置いた後、入学式で座りっぱだったために少し背伸びをして体を伸ばした。
(結構疲れたな……)
窓から見えるのは、つむじ風で桜が舞い、美しく装飾されたグランドだった。
若干雲が多いのが気になるが、自分的に言えば快晴と言えるほど、日が眩しい。
教室内に居る皆は、既に友達になった人が多く居るみたいで、至るところで会話に花を咲かせていた。
(俺も友達出来るかな)
そんなことを思いながら、席に座って、ふと思い出す。
「瀬川 真美……か」
(そういえば小学生の頃、同じチームにマミっていう純血なストライカーが居たな……俺とあいつのラインはホントに相性ピッタリで、誰も止められることが出来なかった。確か俺が出したスルーパスをあいつがダイレクトで合わせるかワンタッチして相手をかわして決めるのが、チームの最大の得点源だったわ……名字は覚えてないからなんとも言えないし、髪も短かったし……ま、あんな瀬川 真美のような美人がサッカーやってただなんて想像がつかないし、マミってことは無いだろうけど。というかあいつ……静岡に転勤するとか言ってもう三年も会ってないし。今でもなでしこジャパンを目指して頑張ってるかな)
顔を伏せながら懐かしさに浸っていると、こちらに向かってくる足音が聴こえ、俺の机の隣でピタリと止まったので、気になって隣を見やると
「───お、お前も真美ちゃん狙ってるのか」
と、突然意味不明なこと言ってきたので
「……」
無視することにした。
「いやな? お前が独りでに窓を見ながら瀬川 真美……かって呟くもんだからな! プッ……何格好つけて黄昏てんだよって思ってよ……プッくくくっ……面白くてっ……かっはははっ笑いがとまんなくてよ!」
「……」
(さてと。自己紹介の時何て言おうかな)
隣で笑っている奴を無視し、違うことを考える。
「───プクククっ……あ、あぁ突然悪ぃな! 俺は相良 浩介ってんだ! よろしくな!」
「……」
(初めまして、綾崎 司です。……の後は趣味言えば良いのか? 趣味はゲームで、好きなスポーツは野球です。……で自己紹介は終わりか?)
「───ん? おーい。起きてるかー?」
「……」
(うーん……これで友達出来るかな)
「───おい。起きてるんだろ? お前の名前教えてくれや!」
「……」
(もっと大胆なことやれば友達も出来るかな……)
「───てか真美ちゃんは俺が狙うんだからよ! 取るんじゃねぇz「うっせんだよ角刈りゃあああああああああッ!?」あ、おはよう」
「「「「……っ!?」」」」
教室が突然の怒声で騒然とするなか、俺は一人考えていた。
「はぁ……はぁ……」
(こいつしつこ過ぎだろ! 分からないのかな! 無視してるってことは話したくない=友達になりたくないってことだろがぁ……!)
「よ! ……てかお前イケメンかよ。憎たらしいな」
「知らねえよ。というかウザいんだけどさっきから」
「え? うるさかった? あ、それはすまんな。でもなかなか話してくれないからよ」
「ウザいって言ったの。というかお前自己中過ぎだろ……話してくれないからって敢えて無視してる相手に突っかかるってホントに喧嘩売ってるとしか思えないからな?」
「いやいや! んなことするわけねぇだろ。喧嘩なんて脳筋がするんだろ? そんなバカなこと俺はしねぇぜ」
「お前どう見ても脳筋だぞ。角刈りだし、話し方がバカ丸出しだし、角刈りだし、筋肉モリモリだし、角刈りだし」
「おいおい……角刈りに罪は無ぇぜ?」
「黙れ角刈り。とにかくうるさい。ウザい。角刈り。だから話しかけるな!」
(((((((り、理不尽な……)))))))
皆がそう思う中、「じゃあ名前教えてくれや」と相良が言ってきたので
「だが断る」
と、俺はキッパリ断った。