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全力で


 とうとう体験入部期間の最終日のセレクション。しかもそれを受けるのは一人だけという何とも異様で、異例な行事が始まろうとしていた。


 斎藤先輩によれば、一番最初に行われるのは基礎体力テストらしい。要は選手の身体能力を測るテストだ。正直これは技術もへったくれもないので、ここで例えば俊足を披露したりだとか跳躍力をアピールしたりすれば加点されることはあれど、減点されることは先ずないだろう。

 

 確かに身体能力が高ければプレーにも幅が広がり、様々な局面に対応できる。だがたとえ身体能力が低かったとしても相手を引き剥がす際に肝となる相手を引き寄せないようにする手の使い方。

 オフザボール、つまりボールを持ってないときに敵のパスコースを塞いだり等の動きや、空いたスペースへ正確に蹴り込めるボールコントロール等々──他にも身体能力にあまり依存しない技術があるので、それ磨けば身体能力が高い相手に同等以上に立ち回れることが可能なのだ。


 そういえば俺にサッカーの多くを叩き込んでくれた恩師がこう言っていた。


 ──サッカーには主に三要素で成り立っている。一つは戦術。二つは環境。そして三つ目は技術であると。


 別にこれが世界基準で正しいって訳ではない。完全に俺の恩師の持論だ。だが当時の俺はその持論に不思議と納得できてしまった。今は色んなこともあり微妙なところだが。

 

 まぁ、要はどんなスポーツでも当たり前なことだが、何も身体能力が全てではないということでこの後行われる基礎体力テストは気持ち的にアンパイということだ。

 だがそこからが問題だろう。



 又斎藤先輩によれば、基礎体力テストの後はコーンを使って作られたコースを何秒でクリアできるか、というテストを行い、次にやるのはロンドと言われる三人で一人の鬼を囲み、その中で素早くボールを回して囲んだ一人の鬼に取られないようにするという、サッカーやってる人なら一度でもしたことがある鳥籠とりかごをして、狭いスペースでの判断力や足元の技術をテストするらしい。


 その次にやるのはパスのテストだ。これだけいってしまえば説明なんて不要だと思うが、一応説明しておこう。

 このパスのテストで評価されるのは二つ。先ず一つは、比較的速いパススピードで正確に相手の足元へ供給できるかの正確性。そして二つ目は如何なボールでもどれだけ速く次のプレーがやり易い位置にボールを置けるトラップできるかのコントロールの二つである。


 次にあるのはシュートのテスト。これはシュート力や決定力を評価される。


 (……うん。シュートに関してはいいか。事実そのまんまだし。次いこう)


 それで最後に紅白戦。それも自分でポジションを選べないらしい。監督に割り当てられたポジションでプレーして、自分をアピールしなければならないというまさに最後の難関ともいって良いだろう。

 これで何が評価されるのかは斎藤先輩も分からないらしい。俺的にはその場その場での対応力だとは思うが、それも何か違う気がする。


 ──という感じでセレクションは行われるのだとか。……うんちょっと待とうか。


 (何? ただ鳥籠して判断力その他諸々評価されんの? 俺。それにいきなり紅白戦出場して訳のわからないポジションをやらされるとか……監督さん。あんた評価する気更々無いでしょ)


 鳥籠は確かに判断力が必要になる遊びだが、セレクションで採用するなんてそれ、何処のスペインのバルセロナな英才教育だよ。


 後ポジションというのは選手にとってとても重要である。当然各ポジションによって動きは全く違うし、運動量も違うし、何よりこれまで経験によって磨いてきた試合勘というのも十人十色だ。


 ここまで聞いて考えて見てほしい。

 例えばセンターバックがいきなりフォワードやったらどうなるのだろうか。当然普段とは全く方向性が違うプレーを求められるようになるし、第一にチームのためにフォワードがやる仕事の諸々を深く理解していないので、要所要所で焦り不必要にボールが取られてしまうことだろう。


 そう。今例に挙げた通りのことを監督は、『自分をプレーでアピールするサッカーというスポーツ』のセレクションで強要しようとしてるというか、前のセレクションでやっていたのだ。


 失礼だが監督。バカじゃねえの?

 

 そう思ってしまう。

 監督がやろうとしているポジション変更は確かにアマチュアからプロまで多くの選手がやって成功例も多く見られることだが、それはそのポジション変更に時間があったから成功したのであって、たかが40分程度の時間で慣れるようなものではないし、セレクションでいきなり強要するというのは少々酷ではないだろうか。


 (……もしかしたら監督、素人説)


 どうしよう。強豪校なのに監督が素人というこれ以上にない矛盾が生まれた説が出来てしまった。というか本当にもしそんなんだったら逆に凄い。そうしたらこれまでそのジャージ姿から放たれる監督オーラだけでやって来たようなものなんだろ? 監督のその監督オーラ、マジパナイっすね。尊敬します。


 そんな失礼なことを考えながら遠い目で現在も部員達に激励している監督を見ていると、 


 「──綾崎」


 「……? 相良か。なんだよ」


 相良がいつの間にか俺の後ろに居た。


 足音も聞こえなかったので一瞬幽霊かと思ったらちゃんと風で角刈りが靡いているので、本物ようだ。

 

 (……考え事してたから気が付かなかった)


 まあ実際はそうである。どうしても角刈りネタに繋げたかった俺の矜持が邪魔をしたんだ。許してくれ。 


 「いや、なんかボーッとしてたから。緊張してんじゃねえかなと」


 そこでにやりとした相良。うん。イラッてきたわ。


 「当たり前だろ。何で俺一人だけセレクションなんだよ。お前ももう一度受けろ」


 「何でだよ。面倒くせぇわ」


 「それこっちの台詞な? 大体お前のせいで俺はこうしてセレクション受けさせられてるんだぞ? そこら辺分かってんのか? ん?」


 「分かってる分かってる。分かってるからサラッと俺の足を踏むな」


 「あ、すまん。むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない」


 「……謝ってから煽るとかお前忙しいな」


 「そうそう。俺はいつも忙しいからな。つまり今サッカーをする暇もない程忙しいってこと。ということで帰らせろ」


 「ということでどういうこと? まあ帰らせてほしくば斎藤先輩に頼んでから監督に自己申告するんだな。てか準備ももう終わりそうだし、無理だろうけどな」


 「無理か無理でないかは俺が決める。お前に決められることじゃない」


 「なに俺の限界は俺が決めるみたいなジャンプ用語。諦めろ。もうお前の時代は終わったんだよ」


 「俺はこの時代の敗北者になるつもりじゃないんでね。取り消せとも言わないし、お前の挑発には乗らない」


 「お前さ、色々ネタぶっ込みすぎな?」


 「いや、ジャンプというワードから繋げたある海賊漫画のネタだから悪くは無いだろ。……てか帰らせろ」


 「無限ループって知ってる?」


 「……確かに。すまん。危うくループしそうだったな。でだ……帰らせろ」


 「……無限ループって知ってる?」


 「お前がループしてるんだよな。馬鹿がよ」


 「へいへい。敗北者敗北者。あ、分かってると思うけど……手は抜くなよ?」


 「……」


 「……お前ここまで抵抗するとなると呆れを通り越して流石だわ」


 「だろ? 最後まで諦めないのを信条としてるからな」


 「おい。誉めてないぞ? 誉めてないからな。つか最後まで諦めないのをっていってるけどさ、ただしつこいだけだろ。いい加減現実を受け止めて大人しくセレクションで全力出せ……──お前は、上手いんだからよ」


 それまで相変わらずの場の空気で会話していたが、不意に相良が今まで明るかった口調も、最後の言葉で何処か気まずそうに詰まらせた。

 

 (……なるほど)


 誰かに言われることなく、そこで相良が何故言葉を詰まらせたのかを察することが出来た。


 「……相良」


 「……」


 「……俺のこと、知ってるのか?」


 「…………三岸先輩達と話してる時にな。ただ、さっき思い出したばかりで正直混乱してる」


 「……そうか」


 (……クソ)


 監督に集合が掛けられる直前にあの相良の表情を見たときから薄々感じ取ってはいた。あの目、あの顔、そしてあの雰囲気は俺にとって余り良い思い出がないものだ。


 ──散々浴びせられてきた好奇なものを見る視線。しかしその奥には多大な期待を寄せているそんな気持ち悪く感じるあの目。

 

 ──今もこびりついて離れない、嘗ての仲間達の表情。サッカーを楽しむことを諦めたかのようなあの顔。


 ──対等ではないと何かを悟ったかのような、息苦しくも曖昧なあの雰囲気。


 ──そしてどんどんと俺を置いて、仲間達がシューズを脱いでいき、チームが壊れ行くのを傍観するだけ。


 どれもこれも俺が自己中だったせいで起こしてしまったこと。


 (だから俺は。だからこそ……俺はサッカーを)


 暗い闇に落ち込んでいく心。


 その時、



 「……──綾崎 司。俺達の世代じゃ誰も知らない奴は居ない。いや、全国的にもましてや世界的にもその名前は有名だ」


 「……!」


 突如として相良が口火を切った。


 「……俺がそいつのことを初めて知ったのは小5の時だった。得意なポジションはトップ下。……当時はそいつが所属してた三浦サッカー少年団が全国大会の二連覇を達成したんだ」


 「……お、おい相良何言っ──「そいつは凄かった」──っ!」


 「世間からは既に注目の的だった。周りの仲間も、大人も誰もが囃し立てた」


 「……」


 やめろ


 「……ある日、そいつがいる三浦サッカー少年団との親善試合があったんだ。……負けた。0-5の完敗だったわ。当然、そいつはスタメンで出てきた。そりゃもう暴れられた。止めようとしたって抜けられて止められねぇし、やっと止めたと思えばパスされて、気付いたらボールはゴール前に空いたスペースに走り込んでたストライカーの足元だ。それにそいつ、ちょっと隙が出来た途端やべえミドルシュート打ってきやがるんだよ。……決められた5点中2点、そのミドルだった」 


 「相良……」


 やめてくれ。


 「結局、試合終了時間までそいつ一人に翻弄された。……手も足も出なかった。パス通そうとしてもいつの間にかそこにはそいつが居てカットされてそのままカウンターされるのを何回も繰り返してた。怪物、当時の俺らもコーチも口々に反省会でそう愚痴ったよ……」


 「……怪物か」


 そうだ。俺は怪物なんだ。だからもう


 「でもこうもあの場では言い合った」


 「……?」 








 「『いつかあいつと一緒にサムライブルーのユニフォームを着てW杯に出たい』ってな」


 「──!」


 ──やめてくれ。


 それまで奥底をのさばっていた様々な暗い過去、辛い感情、痛み。しかし、今まで出てこなかったそれらに隠れきっていたサッカーをすることで得られていた明るい思い出、充実感、楽しみが、段々と心に染み渡って来ている。


 だが今までサッカーから離れてきた俺を肯定したいが為に、その事実を否定したいという醜い気持ちが湧き出ても来ていた。


 「……過去にどんなことがあったのかは知らねえ。サッカーを辞めちまったことを責めるつもりは一切ない。それはお前の選択だからな。だがな、自分の心に嘘つくんじゃねえよ」


 「……」


 (俺の……心)


 「実は今、結構緊張してるんだ。まさかあの綾崎 司がお前だったとは思いもしなかったからな。てっきり、海外でサッカーをしてるんだと思ってた。……何でこんなところに居るんだ?」


 「それは……言えない。事情があってな」 


 「……そうか。まあそんなことは置いておいて。俺はこの目でさっきボール触れてたお前が生き生きしているのを見た。でもサッカーから逃げようとする今のお前からはそれを一切感じない。寧ろ何処か寂しそうに感じる。俺の隣で見てた七瀬も呟いてた。お前はそれは何故か……自分でも分かってるんだろ?」


 「……」


 相良から掛けられた言葉に、黙考する。


 俺はこれまで、サッカーをすることから逃げてきた。しかし、思えば相変わらず海外サッカーを見てるし、途中で通り掛かる小学校で楽しげにサッカーをしている少年達の後ろ姿を無償に目で追いかけていた。




 ……羨ましかったんだ。


 だから俺は、日常でサッカーという単語を聞くたびに負い目を感じ続け、俺を差し置いて自由にサッカーをしている人達を妬んだりしていた。

 振り返って見れば、ただ頑固に自意識の波で溺れて、やりたいことをやりたいと言い出せずに周囲を心配させていた迷惑な餓鬼だったのだ。俺は。


 その程度なことで、俺は唯一の家族である瑠奈にあの時嘘をつき、今まで自分の本心にも嘘をついていた。


 (何やってんだろ……)


 サッカーを辞めてから今まで、俺は何をしてきたんだろうか。


 ただ無意味に自分の本心に抗い、足掻き、勝手に傷付いていただけではないのか。


 何の為の時間を過ごしてきたんだ。















 (いや……俺のしてることは、あいつらの為に……父さんや母さんの為になってる筈だ。間違ってねえ。何相良の言葉程度に揺らいでんだ)  

 

 俺は否定したくない。これまで周囲のためにとサッカーから離れてきた賢明な行動をした今までの自分を。

 これは、人の言葉程度に壊して良いものじゃない。俺にとってこれは、俺という存在を肯定する為に必要なものなのだ。


 


 (サッカーは……やらない。絶対に)


 ──それは自分を行動を否定しない為に。

 

 「相良。……手は抜かねえよ。だけどな。俺は今日まで一度もボールをまともに扱ったことがねえんだ。だからもし結果があれだとしても何も無しだからな」


 ──それは周囲を壊してきた最低な自分自身を肯定しない為に。


 「……綾崎」


 相良はそんな思わせ振りな言葉にまだ足掻くかと言う風に目を細めた。


 しかし


 「……? あ、七瀬。ちょっと」


 そこで保冷ケースを持ち運んで偶然通り掛かった七瀬さんを相良が呼ぶと不敵な笑みをこちらへ浮かべてから話し始めた。


 「──えっと、何かな。相良くん」


 「いや、なんかさ。綾崎が今から帰ろうとしてるんだけどどうにか止めてくんない?」


 「……え?」


 「……は? お、お前何を……」


 なんとここで相良は七瀬さんというカードを切ったようだ。


 すると、七瀬さんは遠慮しがちに俺の顔を見上げてくる。上目遣いだ。え? ズルくね? マジで。しかもあざとさも何もなく、ただ身長の関係でこうなったという自然な上目遣い。え? 反則じゃね?

 

 「え、えっと……綾崎さん。帰っちゃうんですか?」


 「い、いや俺は……」


 (畜生……いつもなら遠慮なく帰りたいと断言できるのに)


 先程の相良の言葉で調子が狂っているようだ。普段なら軽くあしらっていた口が上手く回らない。


 「え、あ、そうなんですね……それは良かったです」


 否定したことに、安心した表情を浮かべる七瀬さん。


 それに何処か否定したい気持ちでむず痒さを感じ、思わず口にする。


 「ちょ、待て七瀬さん。違う今のは……」


 「……違うんですか?」


 「──」


 (……くそ! 可愛い過ぎだろ!)

 

 そんなに自然な動作で小首を傾げないでください。あざとくないけどあざといです。本当に七瀬さんは今時の女子高生なんだろうか。これでは唯の純朴な美少女マネージャーだぞ。いや、それでいいのか。

 

 「……ぷっくくくく」


 「……」


 俺が七瀬さんの何気ない言動に翻弄されているのを見て相良は口を抑えて笑い声を抑えているが、肩を分かりやすいほど揺らしやがっていた。ウザい。角刈り剃り込んでいっそのこと坊主にするぞ?


 「あ、あの。綾崎さんっ」


 「……何」


 そう思いながら後でヘッドロックの刑だと冷めた目で相良を見ていると、七瀬さんが珍しく声を少し大きくして名前を呼ばれた。


 不思議とその時は、変に浮わついていた気持ちもすぐに治まり、瞬時に七瀬さんの次の言葉に意識を集中させてしまった。

 七瀬さんがファンだという横浜の鈴木選手を話した時みたく、はっきりとした口調だったので少々面を食らったが、何か俺にとって大事なことを言ってくれる気がしたのだ。


 「……私、さっき綾崎さんが、その……ウォーミングアップをしているのを見ていました」


 「お、おう」


 (えぇ……マジか。こうして面と向かって見てたことを申告されると恥ずかしいわ。しかも女子だし)


 「……凄いなって。後……格好、いいなと思ったんです」


 そこまで言った後、照れ臭そうに俺から目を背ける。


 「……」

 

 (もうやばい。七瀬さん……マジで可愛いんだが。絶対に今後、今まで俺がされてきたような言動に惑わされて告白して撃沈する輩が出てくるぞ。しかもあざとさとか狙ってる感とかそういうの一切感じないから余計にたちが悪い)


 少なくともこれまでの経験で七瀬さんのような女子を現実で出会ったことも見たことも聞いたことも無かったので、抜きん出て一層可愛く見えてしまうのかもしれない。

 人間誰しも何処かでは一つ一つの言動を計算して起こしてるようなものだ。この知識を中学校三年生の計算高い女子たちから大いに学んだ。

 

 だからこそ、七瀬さんのような純朴な女子が際立って見える。  


 そんな娘が今、俺に本心からの言葉を言ってくれているのだ。


 「……ドリブルをされてた時、綾崎さんは丁寧にプレーするんだなと思いました」


 「……え」


 「柔く、繊細で、そして何処か力強く、常に前を見ているそんなドリブルから、普段の試合から凄く考えてプレーする人なんだなとも思いましたが……違いますか?」


 「……それは」


 確かに試合中に良く考えてプレーしていた気がする。


 敵チームの戦術。敵チームのストライカー、キープレイヤー、守備の要。それらを実際に自分で判断し、対抗策を同時に考えたりした。常に周囲を見て、他の誰よりも首を振っていた気もする。

 

 「……確かに、そうかもな」


 「──あ、いやすみません! 私なんかが生意気なことをいってしまって……」


 「……いや、七瀬さんは本当にサッカーが好きなんだなと思っただけだ。生意気だなんて思ってない」


 「そ、その……ありがとう、ございます」


 「あ、ああ。まあ安心してくれ。帰ったりはしないから」


 「はい……あ、でも後もうひとつ伝えたいことが出来ました」


 「ん? どうした?」


 「綾崎さん。で、出会ったときよりも、サッカーしてるときの方が生き生きとしていましたね……」


 「……それ相良にも言われたんだけど」


 「相良くんだけでなくこの場に居た皆がそういうと思います……だって、サッカーをしてる綾崎さんの顔笑ってましたから……」


 「え? ま、マジで?」


 どうやら無意識に笑っていたらしい。怖い。


 「は、はい」


 「……そうか」


 ──そこで本心が。過去の自分が問いかけてくる。



 こう言ってくれている人達の期待を裏切るのか。


 又ここで自分に嘘を吐くのか。


 (……俺は)


 「──綾崎」


 そこで、斎藤先輩が近付いてきた。


 目を向けると、どうやらセレクションの準備が整ったらしく、マーカーやコーンが片面のコートに置かれている。


 「セレクション始まるぞ」


 「あ……はい。じゃあ七瀬さん。また後で」


 「は、はい。……あの、頑張ってください」


 「ああ。行ってくる」


  相良、七瀬さんから逃げるように、背を向けると普段より足早に監督の元へ歩いていこうとした時。





 「あ、あの!」


 七瀬さんが珍しく声を張り上げた。

 

 足を止めて、不意に振り返ると


 


 「わ、私! 綾崎さんの本気のプレーが見たいです!」


 「……え」


 恥ずかしいのか顔を赤くさせている。まさかと思って相良を見ると案の定ニマニマさせていた。余計なことを吹き込んだんだろう。


 しかし、これはいよいよ手を抜けなくなった。相良なら良いものの、七瀬さんの期待を、しかも周囲に聞こえる声量で受けたので、もし手を抜いたことがバレればこの場に居る部員たちやマネージャー達の恨みを買ってハブられること間違いなしの状況を作られてしまった。


 相良にしては考えたな。ふざけんなよあの角刈り。


 「……っ」

 

 今も周囲の注目を浴びて顔を赤く染めている七瀬さん。しかしその目線は落としておらず、俺の顔を真っ直ぐに見てくれている。

 

 (……)


 人が真面目に向けてくれている誠意を、自分の勝手で切り捨てるほど、俺は腐っちゃいない。


 「……本気でやるよ。約束する」


 「っ……は、はい!」


 「……あ、あと。なんだ……その」


 「……?」


 「ありがとな」


 「……はい」


 「……ついでに相良も」


 「ついでにって何だよ。素直じゃねえな……ほらさっさと行け」


 「おう」


 短く答えて、今度は駆け足で監督の元へ。


 走るたびに動かす足が、普段よりか軽く感じた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  


 





 「お、来たな。綾崎」


 「……うす」


 監督の元へ向かうと、用意されたベンチで腕を組んで堂々とふんぞり返っていた。


 (うっわ。ウザ。下手したら相良より)


 「それじゃ、始めるか。そう言えば最初に何やるか聞いてるか?」


 「基礎体力テストですよね」


 「お。聞いてたんだな。先ずは軽く柔軟……いや、もうウォームアップは済んでんだったか?」


 ニヤリと不敵に笑って、ちゃかしてくる監督に少しイラっとしながらも頷いた。


 「なら最初は50メートル測るぞ。付いてこい」


 妙に上機嫌な監督に付いていき、50メートルを測る所に着く。


 「ほら、さっさとスタート位置に着け。あ、クラウチングスタートで測るからそのつもりでな」


 「はい」


 ということで早速走る。


 「……」


 当然ながらこうしてスタート位置に立ってるだけで今、多くの注目を浴びている。


 主に好奇な視線たちに晒されているが、一部は期待してる視線達があった。小さい頃に散々注目されて視線に敏感になっていたので、こうしてどんな視線が向けられているか悟ることができる。


 「──スぅ」

 

 深呼吸し、前を見据える。その先にあるのはゴールであることを示す二つのマーカーのみ。

 

 そしてそこで


 「位置について。よーい」


 ──パァーンッ!


 「──ッ!」


 鳴り響いたスターターピストル。同時に、力強く地面を蹴った。

 スタート位置のピストルの残響音を置き去りに、七瀬さんの約束通りに本気で走る。


 「「「うおおおおおっ……!?」」」


 コート内がどよめいた。部員達の野太い驚嘆が、マネージャー達の驚嘆が、監督達の感嘆が束となって、走っている俺の耳に届く。




 「は? ……速くね?」

 「……バカ速えぇあいつ」

 「それな……誰? 名前は?」

 「いや知らんけど……あれ絶対ウイングだろ。それかサイドバック」

 「ワンチャン竜胆先輩よりも速いんじゃね?」

 「いや、それはない」

 「おいおい。普通に有り得るぞこれは」


 「えっ速くない? あの子」 

 「……う、うん。凄いわね」

 「ええ!? 速っ!」

 「……七瀬さん。彼、逸材かもね」

 「……は、はい」


 

 「おお。速いな。あの一年なんて言うんだっけ?」

 「綾崎 司だ。……これは面白い奴が来たな」

 「これは……監督」

 「ああ……良いな」


 ──ざわつくコート内。特にそれらに意を介さずに順調に走り終えた。


 

 「……はぁ。何でしたか? 斎藤先輩」


 未だにざわついている周囲に目もくれずに、ゴールでタイムを測っていた斎藤先輩に話し掛ける。


 「流石だな。6.02秒だ。ウチで一番速い竜胆のコンマ2秒速いぞ」


 意外にもいつも通りな先輩に拍子抜けしながら「そうでしたか。良かったです」と返す。


 「反応薄いな。次はキック力テストだ。ぶちかましてこい」


 そう苦笑した先輩に「はい」と又返して、指示を仰ぎに監督の元へ走る。


 「……」


 いよいよ始まったセレクション。七瀬さんとの約束である全力でやる事を果たしに、くよくよしていた心を無理矢理押し込んでスタートを切った。


 しかし50メートルを走り終えた今も、再三自分のどす黒い心が問うのだ。







 ──本当にお前がサッカーをしていいのかと。


 

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