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面白い奴

 「──集合」


 その張り上げられた声は低く、それでいて貫禄がある。

 目の前で俺に何か言おうとしていた斎藤先輩と三岸みぎしと呼ばれてた先輩を含め、ベンチの部員たちは一斉に声がした方へ走り出した。


 条件反射で俺も慌てて声がした方へ走っていくと、整列はしてないが、四人の大人の男性を中心に集合していた。コーチか顧問だろうか。


 「おい有馬ありま。全員は揃ってるのか?」


 その四人のうち一番体格が大きく、強面な男が、恐らく部長である三年生にそう聞く。


 「はい。全員居ます。欠席者の報告はありません」


 それに対し、如何にも目上の人に話すような溌剌とした声で応える三年生に、男は「そうか」と返し、手のジェスチャーで全員にその場で座るように促した。


 「「「失礼します!」」」


 皆がそう応え座るので俺も便乗して「……失礼します」と控え目に言いながらその場に座る。

 全員が座ったのを確認したのか、強面な男は口を開く。多分この人が監督だろうか。


 「さて。お前らも分かっているとは思うが、今日で全体の体験入部が終了する。一年生」


 男はそう区切り、腕を腕を組みながら一年生へ顔を向けた。


 「入部届は来週の月曜日の六時までだ。……入部するのならこれからの三年間、お前らは殆どの高校生活をサッカーに捧げることになる」


 「「「……」」」 


 雰囲気が鋭くなった気がした。男の重みがある声と言葉に、一年生達の何人かは平静を装っていたが、息を呑んだ気がする。


 「今日までの四日間。そして今日を含めれば五日間になるが……果たして自分はここでサッカーに打ち込めるか、打ち込めないかどうかを既に心で決めてるやつは手を挙げろ」


 その言葉に一年生の殆どの者は手を挙げた。男はそれらを眺めて、一拍置いてから続ける。


 「決めてるやつは殆ど……か。ああ……言っておくが、今やったことは決してまだ決めてない奴に対しての当て付けじゃないぞ。それは決して悪いことじゃないし、存分に悩んで決めてほしい。お前らのこれからを決める選択だ。監督である俺が口に出すのは御門違いにも程があるからな」


 そう言い切ると感慨深く目を瞑った。


 まだ第一印象だが、人間性は良い人だと思う。あの見た目からは想像ができない懐の大きな大人だとも思う。失礼なことだが。しかし


 (監督だったのかよ)


 一番あの話の中で驚いたのはそれだ。確かにこうしてみれば、監督っぽい雰囲気は出ているが、何せ服装が良く居そうな体育教師のジャージそのものなのだ。それから顧問かギリギリコーチかなと予想していたら監督とカミングアウト。驚くに決まってる。


 「だが」


 (……?)

 

 そんなことを考えていると、監督らしい人はそう言って、瞑っていたその切れ長な目を開ける。

 

 







「──もしここに入り、サッカーに打ち込みたいのだというのなら、俺がお前らを絶対に『上手い』選手に育て上げてみせる」


「「「──」」」


 「……」


 監督の言葉に瞠目する多くの一年に対して(……凄い自信だな)と、驚く俺と一部の一年。


 「勿論、必ず試合に出れる訳じゃない。ここ岬陽高校サッカー部は全国からも強豪として注目され、一定の成果を期待されているサッカー部だ。神奈川県大会優勝なんて当たり前だと思われている。なので年功序列みたく、三年生だからと優遇するつもりはない。今の状況で、今の岬陽サッカー部のサッカーに必要な選手を選抜するつもりだ。だから三年間ベンチ外だって有り得る」


 「「「──!」」」 


 それまで瞠目させていたり、何故か自信がある監督に対し何処か懐疑的な視線を送っていたりして反応が二分していた全一年生が初めて一つになった。


 (いや……でも)


 俺も驚いたが、良く良く考えれば監督の言葉は当たり前なのだ。全国優勝を目標として掲げる強豪校は地域からも、ましてや全国的に注目を浴び、期待されているのだ。

 クラブのようにファンも存在するし、強豪校の中には興業収入を得るためにスポンサー契約を結んでいる高校もあるぐらいだ。

 現在の高校サッカーは今までにない程に注目されてる。だからこそ、生半可な選手に強豪校の看板を背負わせるわけには行かない。


 そこまで考えれば、そういえばと思い立つ。


 (……このあとセレクションか)


 忘れていた。監督の話を考えているとすっぱりと意識してなかった。


 (やりたくねぇなマジで。帰りたい)


 見渡す限りでは俺以外全員がサッカー部のジャージを着ているので、俺一人でセレクションを受けることになる。一人だけでセレクションだ。絶対注目浴びるし、恥ずかしいったらありゃしない。


 「はぁ……」


 無意識に嘆息が出てしまう。近くの何人かに振り向かれたが気にしてる暇がない。心を落ち着かせないといけないし。


 憂鬱になっているが監督の話は終わってない。聞かなければ目敏そうな監督に怒られそうだ。


 「……まあ、そんな話は何もここの高校だけじゃないがな。残念ながら良くある話だ。だが俺はお前ら一人一人を見定め、上手くしていって、スタメンに定着できるように努力するつもりだ。厳正に調子を見極めて、適正のポジションや役割を与えていきたい、そう思っている。勿論、他のコーチたちとも意見交換して決めていくつもりだから、日々の練習一つ一つにこだわって取り組んで行って欲しい。そうすれば自ずとこれまでの自分が如何に下手だったのかが分かる筈だ。それと、今周りにいる仲間達はこれからスタメンを争うライバル、極端に言えば敵になると思う。俺もその関係には切磋琢磨していく上では歓迎するが、いくらライバルだからと言って蹴落とす行為はするな。自分の努力と思考、能力で出し抜いて見せろ。そこも評価してやる」


 そこでふと不敵に微笑した監督は、次にこう言って話を終わらせた。


 「では今日の監督のお話はここまでだ。各自チームのコーチの指示を聞いて行動してくれ。では解散──あ。あとそこの体操服のお前は残れ」


 「「「ありがとうございました!」」」


 皆がぞろぞろと立ち上がり、各自の練習を始めにコーチの元へ駆けていくのを尻目に、監督に何故か残された俺は呆然とする。


 「……へ?」


 自分でも今の声は最高に腑抜けてたと思う。


 「何間抜けてんだ。返事しろ返事」


 「あ、えと。はい」


 座りながら返事した俺に、監督が歩いて来た。


 「それで? 先ずは名前を教えろ」


 「……綾崎 司、です」


 (うっわ怖ぇ。傭兵みたいな顔してんな)


 少々怖じ気付く俺へ、不敵に微笑んだまま聞いてくる。


 「綾崎か。単刀直入に聞くが……何で体操服着てるんだ。ジャージ忘れたのか?」


 「いえ。その……」


 「俺は言ったよな? サッカー部のジャージを忘れた奴にはボールを触らせねえし、一日中に走ってもらうってな」


 「……はい?」


 (え? 何? もしかして監督は前世で俺にそんなこと言ったことがあんの?)


 一瞬そんな馬鹿なこと考えるも、普通に俺が既にセレクションを受けた一年生だと思い込んでることに気付いたので「あの」と、監督が筋違いなことを言っているように難色を示した。


 「なんだ? 言い訳なら俺の庭の指導室で話すか?」


 「いやいや、先ず話を聞いてください」


 「……言ってみろ」


 「はい。もう簡潔に説明すると、俺は今日初めてサッカー部を訪れたんです。相良って知ってますか?」


 「相良? ……ああ、あの角刈り」


 (ブフォッ──)


 ヤバイ。その不意打ちは反則。監督にまで角刈りというイメージが付いてない相良が面白すぎて吹き出しそうになった。危ない危ない。


 何とか上がりそうになる口角をモゴモゴさせて抑えながら、言葉を紡ぐ。


 「……あいつに推薦されてセレクションを受けに来ました」


 「……成程。事情は分かった。すまんな。えーっと……」


 「綾崎です」


 「そう、綾崎。俺はこのサッカー部の顧問と監督を兼任している、源田げんだ あつしだ。学校では源田先生。サッカー部では源田監督と呼べ。分かったな?」


 「はい」


 (……面倒くさ。分けなくても顧問なんだから先生で良くね? というか高圧的だなおい)


 少々言い方が癪に触る。


 「よし。セレクションを受けに来たんだったな。付いて来い。二年の方の斎藤!」


 「──はい!」


 歩き始めた監督に付いていくと、その拍子に斎藤先輩を呼んだ。呼ばれた斎藤先輩は駆け足で監督の側に来ると、監督の後ろを付いてきてる俺を見つけたのか、斎藤先輩は監督と話す前にウインクしてきた。俺もそれに微笑んで応える。


 (斎藤先輩爽やかすぎていつかマイナスイオンが漂ってきそう)


 又馬鹿なことを思って監督に付いて行きながら、先輩と監督の会話を聞く。


 「斎藤。プール側のコートをこれからセレクションに使うとAチームとBチームに伝えてきてくれるか」


 「はい」


 「あと、何人か声をかけて50メートル測定の準備。後マーカーをロンドの形で設置しておいてくれ。それとゴールの両端にコーンを置いておいてくれ。以上だ」


 「はい。失礼します」


  そこで短い会話は終わったが、不意に斎藤先輩が近付いてきて耳元で「頑張れ。お前なら受かる」と言ってくれた。マジで爽やかイケメン。もうマイナスイオン感じてくるまである。


 俺が返事する間もなく斎藤先輩は颯爽に走っていった。


 「さて。これからお前だけのセレクションを始める。注目は浴びるだろうが、この最終日に受けに来たお前が悪いからな」


 「……はい」


 (つくづく癪に触るなこの人)


 「最初はウォーミングアップから始めてくれ。ペアは「監督」──ん? どうした」





 「……ウォーミングアップは済んでます」


 


 「……」


 「……」


 目を鋭くさせた監督。


 俺はそれに動じず、癪に触る監督に目にもの見せてやろうと思い始めていた。


 「そうか。じゃあ先ずは50メートルの測定だ。準備しているだろうから、少し待ってくれ」


 「分かりました。俺も準備手伝ってきます」


 「ああ」


 短く応えたのを尻目に俺は準備している斎藤先輩のところへ向かった。

 

 

 

 


 

 

 




 




 「……面白い奴だな。綾崎 司」


 自分に背を向けて走る一人の青年を見つめながら、源田は又、不敵に笑った。

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