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始まる

 「──ここまでだな」


 「はい。ありがとうございました……その、アップを最後まで付き合って頂いて」


 「気にするな。綾崎には期待してるからな」


 ゴール前でのシュート練習が一通り終わり、斎藤先輩と俺はボールを片付けていた。

 先程の失敗で一旦は気落ちしたものの、淡々とインステップでゴール隅へボールを打ち込んでいくうちに、そんな憂いも消えていた。


 「……」


 にしてもだ。あれほど避けていたサッカーをこうも呆気なくやらされてる俺は一体何なんだろうか。

 一応は自分で言うのもなんだがトラウマ的な要素やら、辞めた当時の事情等が絡んで、ここまで避けてきたつもりなんだが。


 (しかも、ボールに触れてちょっぴり気が晴れてきてるわけで)


 ひょっとして俺はあれなんだろうか。『は? サッカーなんてやんねーし。ああ?う、うるせえよ…………そ、そこまで言うなら、しょうがねえな。やってやるよ』みたいな小さなプライドが邪魔して中々やりたいと言い出せないガキなんだろうか。俗に言うツンデレ的なあれなんだろうか。


 (……でも入学してからこれまでの俺の行動はそんな感じだったんだよな。マジでガキかよ)


 我ながら無駄にプライドが高いな。うん。認めたくないけど認めざるを得ないな。


 「……まぁ、こうして軽く触れる程度だったら大丈夫だな」


 「……ん? なんか言ったか?」


 「あ、いえ。独り言です」


 「そうか。もうすぐコーチと顧問が来るだろうから準備しとけよ。うーん……そうだな。説明しとくか。あー、まあざっくりとこのサッカー部の一日の流れを言っておくな。先ず、最初はベンチの方で今日の予定を言われる。それから全体で外周を三周して、柔軟と各自ペアになってアップ。一通りそれが終わったらお前がさっきやったようなラダーを使ったフットワークをやって、それからAチーム、Bチーム、Cチームに分かれて、各チームのコーチからそれぞれ違う練習メニューを言い渡されるんだ。言い渡されたメニューを各チーム全員が終わったら、次は各チームで紅白戦を行って、それで一応練習は終了になる。ここまでで質問はあるか?」


 「質問……ですか。そうですね」


 丁寧に説明されたので、分からない部分はなかった。多分、前に所属してたチームと同じような練習の流れだったから頭にスラスラと入ってきたんだと思う。


 だがここまで聞いてきて気になったことは一つあった。


 「えーっと。Aチームとかありましたけど、序列で分けてるんですか?」


 「あ、すまん。その話もしとくべきだったな。確かにその通りだ。Aチーム、Bチーム、Cチームとああって、Aチームがスタメンに一番近く、Cチームがスタメンに一番遠い。だから皆はAチーム入りを目標としてる訳なんだ」


 「なるほど。じゃあ上手くなればAチームに近付けるってことですね?」


 そう返すと、斎藤先輩は少し首を傾げながらも渋々と頷いた。


 「……まぁ極論だとそうなるな。上手くなればなるほど可能性が高くなる」


 俺の言葉に何処か引っ掛かる部分があったのだろう。微妙な反応だ。


 「その様子だとまだAチームに上がるのには条件がありそうですね」


 「ああ。あるっちゃあるぞ。だけど、その答えは自分で見つけないと意味がない。もしこのサッカー部に入ることができたら、じっくりと探しながら上手くなってけよっ」


 「はい。頑張ります。というか先輩……なんか楽しそうっすね」


 心無しか声を弾ませた先輩は「お、分かるか?」と、爽やかな笑顔を向けてくる。先程の真面目な雰囲気から今のような雰囲気の切り替えが凄いので、ついこちらも緊張して硬くなっていた口を緩ませてしまう。


 「当たり前だろ。今年の一年は豊作だからな。上手いやつが多いから、俺が言おうとした上手くなる他のAチームに上がれる条件を見つけて伸ばしてくれればもっと上手くなってくると思う。それで層が厚くなって競争力が更に増えてまたどんどん上手くなれるし、その分戦術の幅が広がって強くなれる。強いチームでサッカーをするほど楽しいものはないからな。この連鎖反応がこれから起きるとなると、ウキウキするのも納得だろ?」


 「……成程」


 良く考えてる。何様のつもりだが普通ここまで考えてる高校生なんて少ない方だと思う。こういう考え方が出来る斎藤先輩は頭が良さそうだから、特にゲームメイクとかが上手そうだ。


 「因みに、先輩が言ってた上手い一年って誰ですか?」


 「上手い一年。うーん、例えば……あのベンチでマネージャーにナンパしてる奴見えるか?」


 「は? あ、ああ……はい。居ますね」


 (なにしてんだあのチャラ男)


 先輩が指を差した方に目を向けると、思わず最初は素で聞き返してしまった。

 なんと現在進行形でマネージャー達にナンパしてるチャラ男を発見したのだ。

 背は高く、180前半だろう。全体的にスラリとしており、見た限り相手と接触するプレーは苦手そうだが、周りの部員がそれを止めようとしないのを見て一年のなかで上手い方だと分かる。多分、足が速く得点力に優れてるか、パスセンスに優れているかの長所で一役買われてると思われる。


 しかも金髪か。典型的なチャラ男だな。


 「……はは。気持ちは分からんでもない」


 「……いや」


 どうやら俺が冷めた目を向けてたのを先輩が見てたらしく、苦笑される。


 「まぁ、あれはあれとして置いとこう。あいつは進藤しんどう 英二えいじ。ポジションはセンターフォワードだ。で、あいつの何処が上手いのかと言うと、相手のディフェンスラインを裂く、要は抜け出しが上手いんだ。絶妙なタイミングでスペースへ走るもんだから相手はいつでも気を張ってちゃいかなくなる」


 「典型的なストライカーのタイプ……」


 先輩が言った進藤というチャラ男は、どうやらこの時代では珍しい純血サラブレットなストライカーのようだ。

 抜け出し。それは相手のディフェンスの隙を突き、オフサイドになるかならないかの絶妙なタイミングで前に向いて空いたスペースへ走り込み、中盤からのパスを引き出しす技術の事を指す。

 この技術は相手の固いディフェンスラインを自分でドリブルで抜く手間も、味方に一回預けてパスで崩す手間も省けるので、速攻に向いており、一番効率的且つ状況によっては一番驚異となり得るものだ。

 最近、パスサッカーで徐々にディフェンスラインを崩していくのが主流となってきてる中で、ディフェンスラインを崩す事が出来るパスコースを引き出してくれる選手は希少になってきている。一昔前まではフィジカルを生かした強引なプレーができる選手が多かったのだが、現在ではテクニカルで組織的なプレーを求められてるので、つまり進藤のような強引に一本のパスコースを創ってくれる典型的なストライカーは希少であり、現在の高校サッカーでは必要な存在でもあるのだ。


 そう考えると、チャラ男の評価を一段上げざるを得ない。性格云々はさておき、サッカーに関して言えば、一年のなかで一目置かれる程の個性を持ち合わせているといえる。


 先輩も俺と同じようなことを考えてたのか、次にはこう言ってきた。


 「そう。だがこういう選手が今一番必要になってるんだ。こういう典型的な点取り屋が居ると相手が疲れてその内崩れるし、安心してスペースへスルーパスを出す事ができるからな」


 今先輩が言ったように、頻繁に抜け出しを狙ってくる選手ほど怖いものはないのだ。他にもドリブルが上手い奴や、相手を背負ったプレーが出来るポストプレイヤー等も怖い部類に入るのだが、抜け出してくる奴はいつ前に向かれてスルーパスを通されるかのことを考えなければならないので相手にしてて一番怖いし疲れるタイプだ。


 「希少ですもんね。先輩が注目するのも分かります」


 「へぇ。お前ああいうタイプが希少な存在だって分かるんだな」


 「……まあ。一応ユースに入ってましたし。試合相手にたまにあんなタイプのストライカーが居たことがあったんですけど、その度に冷や汗をかかされましたね。相手側が前線へクリアしたボールでさえも注意を向けなければならなかったですし、隙が出来たら前のスペースへ走り込んでパスコースを強引に創ってきましたし。本当鬱陶しくて心臓に悪かったでしたよ。なんとかはなりましたけど、相手にしたくないタイプですね……」


 「分かる。何となくだけどな。あ、というか確か七瀬が言ってたな。お前から直々にユースチームに入ってたと聞かされたって」


 「いや、あのときは話流れで。というか、相良に言ったので七瀬さんに言った訳じゃないんですけどね」


 (……というか七瀬さんこっち凄い見てきてるな。もしかして俺に惚れ……いや、有り得ないな。冗談でも口に出せないレベルで。考えるとしたら目の前の斎藤先輩を見てるのが妥当だろ。だってボッチな俺がここまで話せる相手ってそういないから、そういう奴等に限って他人から好かれやすい人間だからな。……斎藤先輩凄い話しやすい。なんでだろ。この爽やか雰囲気が話しやすくしてるのか?)


 チラリと爽やかイケメンな斎藤先輩からベンチの方へ目を向けてみると、七瀬さんの他にも相良と見知らぬ二年生が二人こちらに注目しているようだった。勿論それ以外にも一部の一年生やマネージャー達からも視線達を感じている。他の二、三年生は会話に夢中で俺のことに気づいてない様子だ。


 やはり体験入部最終日にセレクションを受けに来る一年生がそれほど珍しいからだろうかは知らないが、注目は浴びなれてるものの浴びたくない性である俺にとって、なんだか嫌な状況だ。 


 「そんなことは置いておいて、俺が聞きたいのは──っと。なんかすごい見られてるな」

 

 「……そうですね」


 (何、この先輩。凄い洞察力)


 さらっと俺がベンチからの視線たちを気にしてるのを察してくれた先輩に尊敬の念を送った。


「まあコートには俺とお前しか居ないから当たり前か。ベンチに向かいながら話すか。えーっと、そうだ。俺が聞きたいのは、お前は何処のポジションで、そしてお前が言ってた抜け出しが上手いその選手達をどうやって抑えたか聞きたいんだ。……さっきのお前が話してたとき、あたかも自分がその選手達に対策をこうじたような言い回しだったからな」


 「……」


 (うわあ。この人やべえな。話しやすいけど苦手なタイプだ……)

 

 確かに振り返ってみれば、過去に俺が抜け出しが上手い選手達を抑えてきたかのような言い回しだった。

 

 『なんとかはなりましたけど』


 流石にこんなこと言ってたら嫌でも俺が当時対処してたような言い回しに聞こえてくる。


 (さっきばかりに嘘吐いたからバレそうだな……ここは素直に話すか。余り当時のことはややあって振り返りたくないんだけど仕方がないよな……)


 「……相手は味方のパスコースを創り、スルーパスを引き出すことで初めてボールに触れることが出来る。だとしたら、創ったパスコースにスルーパスを通らさなければ良いんです」


 「なるほど。そういう考え方だとしたら……つまり、抜け出しを行うために必要な大元の出し手自体を抑えた……という対処法を取ったのか?」


 確かに、抜け出してくるフォワードへパスを出させる前にボールを持っている相手のマークについてパスコースを強引に断ってしまう斎藤先輩の案も良いが、俺が当時取った対処法とは少し違う。


 「それも良いですが、俺が取ったのは方法は先輩と違います。先ずディフェンスラインの抜け穴を態とつくらせます。そして、そこの抜け穴をまんまと抜け出してくるフォワードに創らせるパスコースを限定させます。そして、そのフォワードがつくりだしたパスコースを敢えて空けておき、相手がそのパスコースへスルーパスを通らせたところを狙ってカットするという方法を取りました。そうすることで一々チェックをする労力を減らせますし、何より不意を突いたパスカットをすることによって、ワンテンポ相手の動きが鈍るので速やかにカウンターへ転じることができるんです。で、この対策法を当時トップ下でキャプテンをしてたので全体に指示したあと、俺はいつこの対策法にボロが出ても良いようにリスク管理をしつつ、カウンターが何時でも出来るように常に貰える位置にいましたね」


 そう言い切ると、斎藤先輩は俺へ驚いたように瞠目させて感嘆した。

 

 「なるほど……確かに、攻守ともに理に敵ってる対処法だ。……流石だな綾崎! 俺の目に狂いは無かったってことだ。その場で咄嗟にそんな対処法を思い付いて実行する選手は中々居ないぞ! はっはっはっ!」


 「ちょ、ちょっと。痛いですよ」


 (キャラブレブレ過ぎるぞこの先輩! もしかしてこっちが素なのか?)


 優しくてサッカーに熱い人だと思っていたが、急に豪胆に笑いながらバシバシ肩を叩いてきたので、突然で困惑する気持ちと、誉められて単純に恥ずかしい気持ちで一杯になる。

 しかも気がつけばベンチにたどり着いていたので、周囲に斎藤先輩が俺の肩を上機嫌に叩く様子を丁度見られていた。どうやら俺が長々と説明した対処法のことは聞かれてなかったらしいが、それでも部員達の反応からサッカー部内で序列が高そうな斎藤先輩から上機嫌に肩を叩かれてる一年生は注目を浴びるのに決まってるので、見られてる身としてはすごくむず痒い感じだ。


 遠くからの大多数の注目には慣れているのに、こういう近くで直接的に多数の注目を浴びるのには昔からどうにも慣れない。

 

 「あ、そうだ綾崎」


 「はい?」


 ハッとした先輩がやっと俺の肩を叩く手を止めてくれた。しかし、まだ質問は続くようだった。


 「お前トップ下って言ってたよな?」


 「え? はい。そうですけど」


 なんとも神妙な表情でポジションを聞いてきたので首を傾げていると次には


 「お前……名前は確か」


 そう名前を聞いてきた。状況が理解できないが、何でだろうか──嫌な予感がする。


 「──綾崎 司……そうだろ? 斎藤?」


 そこで話に割り入ってきたのは、先程の俺がアップをしている時からベンチの方から眺めていた二人の二年生の一人だった。髪はボサボサだが、雰囲気から上手そうだと思えてしまう、如何にもサッカーに打ち込んできた体つきをしてる二年生だ。


 「三岸みぎし……やっぱり、お前もそう思うのか?」


 「ああ。似ている。いや、もうさっきからのアップを見たらそうとしか思えない」


 二人して言葉を切り、一度何かを共有したように互いに見合わせた目を又俺へ向けてくる。周囲も何事かと、この奇妙な空気に包まれた俺と二人の二年生との会話に注目していた。


 「──!」


 相良の方をふと見ると、俺を見る『目』が明らかに、軽口を先程叩きあっていた時とは違っていた。それを見る限り、俺の正体には気がついてるのだろう。

 その相良の『目』は、困惑しているようにも見えたが、俺は相良の普段とは違ったその『目』に心当たりがあった。









 『──流石だな天才。……お前に追い付けねえや』 





 『──もう一人でやってよ司。どうせ俺らのこと、下手だと思ってバカにしてんだろ?』





 『──……ごめん。お前のパス、俺程度じゃ取れないや。……だから試合に負けたのは俺のせいだから、お前は気にすんな』








 『──お前にはわかんねぇよッ……天才のお前にはっ!!』

 


 





 嫉妬。羨望。憎悪。気まずさ。


 まだ相良のは気まずさだけが混ざってるように見えるが、いつかはきっと相良も──





 「……」


 (──やっぱり、サッカーは)


 俺が居たらまた皆が楽しくなくなる。

 

 俺が居るから、それぞれのサッカーが出来なくなる。


 もう、チームの方針自体になりたくない。


 だからここから出ないと。









 「──集合!」


 「「「オォ!」」」



 しかし、無情にも──時間は止まらない。

 

 

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