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あの人の評判

 「挨拶してくれたのよ。」


 あの子は今時見ないくらいとても礼儀正しい子でね、必ず会うと挨拶してくれたのよ。私なんてただの近所のおばちゃんでしょ、子供たちにはもうなめられちゃってるのか挨拶どころか無視されるんだけどね。あの子だけは笑顔で挨拶してくれたの。近所でも評判だったのよ、いい子だって、こんな薄暗い村に一人で越してきて、でも健気だって。こんな変な村に引っ越してくるなんて最初はすごく怪しいと思ったけど、いざ会ってみるとそんな気持ち吹き飛んじゃったわ。何せ美人。かわいいし、物腰が丁寧。この村に受け入れられるには、十分すぎるほどだったわ。



 なのになんで、殺されちゃったんだろうねぇ。







 「子供を抱いてくれたのです。」


 私は昨年この村に嫁いだばかりで、しかも子供も生まれたものですから、ご近所さんとのお付き合いがなかったのです。ですが彼女は、わざわざ私の家まで来て、「子供を見るのは一人では大変でしょう」と面倒を見てくださったのです。旦那は東京へ出稼ぎに行っており、義母も寝たきりで、子供の面倒を一人で見るのは大変でした。その上義母の面倒も見なければなりませんから、本当に大変で……。彼女にはとても感謝しております。

 彼女の性格、ですか。何事にも笑って対処できるような、心の広いお方でございました。子供が泣いてしまったときも、鼻水やらが服についてしまうのに、あやそうと子供を抱いてくれたのです。子供はよく泣いてしまうのですが、彼女が抱くとまるで何事もなかったかのように泣き止むのです。ああ、彼女はお料理も上手で義母にもあったメニューをよく出してくださいました。子供も一緒に連れて台所へ行くのですが、子供がそのときとても大人しくなるので、最近までは台所に立つときは子供を連れていってもらっていました。こんな面倒くさいことはないのに毎回やってくださって本当に感謝しています。私なんかじゃ比ではないくらい、素晴らしいお方でした。



 どうして、殺されてしまったのでしょう。残念でなりません。






 「痛がってたけど頑張ってくれたんだよ。」


 俺は長年農業を生業としてるんだけどな、彼女はたまに俺のところに来ては手伝いをしてくれたんだ。太陽みたいな笑顔で可愛いねーちゃんがそこにいるんだぜ。嬉しくないわけがないよな。俺は調子にのって来てくれるたび仕事を増やしていった。俺は年なんで、あんまり重労働はできねえんだよ。だから収穫した野菜を運ぶとか、大根みたいに中腰になって抜くやつは、全部彼女にやってもらっていた。しかしなあ、嫌な顔せずにやってくれるんだよ。「腰、いたいです」って痛がってたけど、頑張ってくれたんだよ。

 あるときなあ、畑の作物全部盗まれたときがあってな、それはショックだった。死ぬほど辛かった。ただ、彼女は言ったんだ。「失ったものは帰ってこないけど、今から同じものを生み出すことは出来る」って。俺はその言葉に救われたね。彼女は微笑みながら、泣く俺をさすってくれた。もう、優しいどころの話ではないよな。



 誰かに恨みを買われるような人ではないのにな。殺しって理不尽だよな。





 

 「いっぱい、声をかけてくれたんだよ。」


 僕ね、いつも公園で一人で遊んでたの。みんなにいじめられててね、すごく悲しかった。でもね、お姉さんは僕に声をかけてくれたの。「君、なんでここに」って。僕は言ったんだ。お友だちが遊んでくれないから、一人でここにいるの。寂しいのって。そうしたらね、お姉さんハッとして、じゃあ、これからいっしょに遊んであげるって、一週間に一回ならいいよって言ってくれたの。そこからね、一人でいるといっぱい、声をかけてくれたんだよ。今日はなにして遊ぶ、とか、ヒーローは好き? とか、僕の好きなもの、色々話した。あとね、お姉さん、僕にいっぱいプレゼントをくれたの。僕の好きなキャラクターのシャツとか、キラキラしたビー玉とか。いいのって言ったら、もう必要ないからって言ってた。それは僕の一番の宝物なの。大切にしてるんだ。



 もう、お姉さんと遊べないんでしょ。寂しいなあ。嫌だあ……。






 「涙を、ぬぐってくれたの。」


 あの人とは一回しか会ったことないよ。なにせ、私受験生だから。家でずうっと引き込もって勉強してる。まあこんな寂れた村、同級生いないし県外の大学に進むつもり。

 その一回会ったことについて話せって? ふうん、刑事さんも大変だね。いいよ、分かった。参考になるかは分からないけど……。

 私は勉強の息抜きに、ちょっと散歩してたの。ちょうど先週くらいかな、たぶん、お姉さんが殺されちゃう少し前。海も穏やかで、夜だったし暗かったけど街灯のおかげで幾分か明るくてね、そんなに危なくない場所だったよ。それで、遠くを見つめてるお姉さんと会った。そのお姉さん、村では有名だったから思わず話しかけちゃった。こんばんはって。そうしたら、お姉さん、何て言ったと思う? 「私、負けちゃった」って。意味わかんないよね。でも、その目は私にはあまりにも心当たりがありすぎた。うん、恋をする目だったの。

 だから思わず「私も」って言っちゃって、お姉さんはビックリしてた。そこからは勝手に私が喋りだしちゃって、長々と失恋の話を語ってたわけですよ。お姉さんはじっと耳を傾けてくれた。私は次第に泣き出しちゃって、もうぐずぐずになりながら話してた。話終わって、お姉さんの方を見たら、手が私の目に触れた。涙を、ぬぐってくれたの。すごく優しい目でね、「辛かったんだね」って、言ってくれて、もう……。

 ……ああ、ごめんなさい。それで、お姉さんの身の上についてはなにも語らなかったけど、一言だけ、ぼそっと言っていた言葉があってね。「あなたはまだ未来がある」って。まるでお姉さんには未来がないみたいな言い方、少し引っ掛かったんだけど。そのあと、二人で別れたよ。

 話は以上。え、十分参考になる? 良かった。





 お礼をあまり言えてなかったから、一度言いたかったな。殺されるなんて、あんまりだよね。

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