まい・ふぃあー・れでぃ!【南京譲】
南京。
外国から入ってきた、小さい・珍しい物を指して。
昔の人は、そう呼んでいたらしい。
こんなどうでもいい知識を思い出したのは――
目の前の少女が、まさしくその特徴を持っているからだった。
ざっくりとした言い方をすれば、自分の幼馴染。
ただし、住みは海外で、関係が少し説明しにくい。
肩まで伸ばしているのは、絹の糸のような軽さを思わせる金色の髪。
身長は自分よりも頭一つ分低かった。
親同士の仲が良かったため、頻繁に遊びに来るような間柄だった。
小さい頃からそんな感じなので、日本語も普通に話すことができる。
自分以上に活発な性格で、周囲の大人からはとても可愛がられていた。
もしかしたら、その時代に生まれていれば――
親しみを込めて、彼女を“南京嬢”という名で呼ぶ人もいたのかもしれない。
何もしらない人から見れば、これほどピッタリな呼び名もないだろう。
……何もしらない人から見れば。
『あんな可愛い娘と幼馴染で羨ましい』
そんなことをよく言われる。
……冗談はよしてくれ。
彼女は、そんなものとはかけ離れた存在だ。
狂っていて。ぶっ飛んでいる。
今、自分の置かれているこの状況こそが――
それを如実に語っていた。
「――おい! 早く外せよ、《《これ》》!」
見慣れない、コンクリート壁の部屋の中で。
手錠をガチャガチャと鳴らして。
こちらを見下ろしながら微笑んでいる彼女を、睨みつける。
「……怖いなあ、もう。被せてた袋は取ってあげたじゃない」
「……なんで袋を取ったぐらいで満足すると思ったんだ」
両手足を塞がれて、芋虫のように床に転がされて。
完全に監禁されていた。
南京嬢どころか、監禁嬢だった。
「私、怒ってるんだからね。せっかく幼馴染が遊びに来たんだよ? それを放って出かけているだなんて信じられる?」
「俺には、この状況がまだ信じられない」
彼女が日本に遊びに来たのはいいのだが――
今回に限って、自分は別の用事で外に出ていたのだ。
昔から、人のすることに自分も関わりたがる。
黙って出かけると、のけ者にされたとヘソを曲げてしまう。
けっこう〝束縛するタイプ”なんだろうとは思っていた。
それがまさかの――
〝緊縛するタイプ”という想定の斜め上の現実。
買い物の帰りに、いきなり麻袋のようなものを被せられ、車に乗せられ。
あれよあれよと言う間に、気が付いたらこの状況である。
近道しようと裏道に入った矢先での出来事だった。
いつも利用している道で、裏道なので人通りなんてない。
時間も、昼過ぎの明るい時間帯だ。
犯罪に巻き込まれるなんて――
ましてや、『もしかしたら拉致されるかも……』なんて考えるわけがないだろう。
……自分に非は無いはずだ。
「あ゛ー……」
冷たい床に、体温を奪われながら。
呻くしかなかった。
「というか……、どうして帰り道を知ってたんだよ」
家からはまだ距離がある場所――
偶然見つかったとは考えにくい。
「そりゃあ、手帳にしっかり予定を書いてるんだし」
……なんでその手帳の中身を知っているんだ。
「手帳は引出しに仕舞っておいたはずだろうが!」
わざわざ鍵を買って、取り付けていたのに!
――理由は言うまでもない。
『今なにしてる?』
『他の女の子と連絡とってないよね?』
『遊びに行くって男友達とだよね?』
ここ数か月――
彼女のストーカー度合が悪化していたから。
別にやましい事はないが、心の平穏のために迷わず錠を取り付け――
彼女が来ているときは鍵を持ち歩くことにした。
それこそ、風呂に入る時以外は肌身離さず。
「あぁ、あんなの――」
そう言うなり、懐から同じ様なタイプの南京錠を取り出し――
同じく懐から取り出したハンマーで、その錠の側部を強打する。
――ガチャンッ!
あっけなく開く南京錠。
おいおいこれだから安物は!
「これぐらいなら、専用の道具が無くても簡単に開けられるよ? ……今は持ってきてないけど」
「ピ、専用の道具まで持ってんのかよ……」
「なんでも用意しちゃうよ? 隠し事されるの嫌いだもの」
まさか――
「携帯のスケジュールには何も入れないタイプだもんね」
「嘘だよな……?」
「13972588――」
「お前ぇ!」
携帯のパスコードだった。
わざわざ八桁で登録しているのにこれかよ!
なんだこいつ。鍵だったらなんでも開けられるのか?
もしかして、パソコンの中身も――
「知ってるよ? 《《ああいうの》》が好みなんだね」
「て、適当なことを――」
ぼかして言うのは、カマをかけているのか――
それとも、優しさ故のことなのか。
はっきりと口に出されたら、それはそれでキツい。
いくら一つ屋根の下で生活する時があるにしてもだ。
「知らないことなんて――何にもないよ」
ぞくっ――
やばいやばいやばい。
笑ってるけど、友好的な感じが一切しない。
猫の瞳孔が開くところを見ている時と、似たような感覚。
『あれ? もしかして襲われるんじゃない?』みたいな。そんな危機感。
「そんなに怯えなくても……。結婚の誓い合った仲じゃない」
相変わらず表情は微笑んでいるまま。
まずはその手に持っているものを置いてくれ!
「……いつの話をしてんだ」
あったとしても、だいぶ小さいころの話。
それこそ小学校に入ったあたりじゃないだろうか。
当時の彼女の両親は、非常に多忙で家を空けることが多く。
そんなときに、知り合ったのが自分の両親である。
あっという間に仲良くなり、彼女がホームステイとしてこちらに来たのだ。
それが自分との初めての出会い。
外国から子供を拾ってきた。と驚いたのを、今でもしっかり覚えている。
親の大雑把な性格が、彼女の奔放ぶりに拍車をかけていた。
わざわざ日本にホームステイさせるあたり、どこかがずれている人たちだ。
――カタン。
机に置かれたハンマーの柄が、小箱に当たって音を立てた。
……小箱?
「お前っ! それ――」
見覚えがあるどころではない。
その小箱を買うために、自分は今回外出したのだ。
いつのまにやら、荷物から抜かれていたらしい。
「……あぁ、これ? 開けようとしたところで騒ぐから忘れてたよ」
ちょっと豪華な装いの、鍵のかかった小箱だった。
彼女がそれをひょいと持ち上げ、注意深く観察する。
「何を買ったの? 私を置いてけぼりにして」
電灯の光が反射され、部屋のところどころが照らされる。
空いている方の手は、再びハンマーを掴んで――
「ちょっと待ってね、今開けるから」
「――! やめろ!!」
自分が思っているよりも大きな声が出た。
地下室の壁に反響したせいでそう感じるのだろうか。
「――ゲホッ。……鍵なら……ポケットの中にあるから……」
「そ、そう……」
声の出し方を意識してなかったせいで、軽く痛めてしまった。
彼女の前で、あんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。
それは彼女も同じで――
恐る恐るといった様子で、ポケットの中身を探っていた。
「これ……かな……?」
取り出されたのは、小箱の鍵が入っている専用のケース。
持ち手の部分にあしらわれた装飾が。
ケースの中からでもキラキラと光を反射していた。
「あぁ。開けるなら、その鍵で開けてくれ」
――その箱に、傷がつくようなことはしないでくれ。
最後に、そう付け加えた。
こっちは思うように身動きが取れないのだ。
諦めるほかないだろう。
彼女がケースから鍵を取り出し――
差し込み、ゆっくりと回す。
新品の小箱の蓋が、音もなく開く。
「…………」
開かれた箱の中に入っているのは――
一枚のカードとペンダント。
「誕生日……おめでとう……?」
「と、当日に帰ってくるものだと思っていたから――」
急な来訪に対応できなかったのだ。
本当ならば夕食後、全員が揃っている時に渡すつもりだった。
意図せずしての逆サプライズ――
あっちは、サプライズの方向性が違ったが。
それでも……、こうしてちゃんと渡せたことは良しとしよう。
「ありがとう! こんなに……こんなに嬉しいことはないわ!」
「わっ――」
思いっきり抱きしめられる。
外国人特有の、過度なボディタッチ――ではないだろう。
『誰だって、嬉しかったときにはこうするものだ』
そう言っていたのは、自分の父親だったか。
「疑ってゴメンね? もうしないから……!」
「本当に……誤解が解けてよかった」
そもそも、彼女一人でここまでのことができるはずがない。
間違いなく、彼女の両親が――
もしかしたら、自分の両親までもがグルの可能性もある。
……揃いも揃って、変人ばかりだ。
ここまでされて――
それでも彼女を嫌いになれない自分も、似たようなものだろうけど。
彼女が開けた最初の鍵は――自分の心だ。
「手錠、痛かったでしょ? 今すぐ外してあげる――」
そう言って、ばっと離れる。
そして、鍵を取り出すかと思えば――
「……おい」
その手に握られていたのは、ハンマーとマイナスドライバーだった。
ということで
短編『まい・ふぃあー・れでぃ【南京譲】』でした。
南京錠→監禁譲をやりたかっただけです。
もしかしたら
『まい・ふぃあー・れでぃ』はシリーズでやるかもしれません。
次は吸血鬼かなぁ……。
ガチのストーカーで。
ブラム・ストーカーつながりで。