日常Ⅱ
「静かに席に着きなさい。」
大柄のその男ははガラガラと
ドアを開け、黒板の前まで歩きながら言った。
床から黒板の天辺まで約高さ2m20cmあるが、
その大柄の男が前に立つとほとんど黒板が見えなくなる。
それを見ると、一番後ろの席からでもその男が
どれほどデカイのかが分かった。
「はい。では、これから授業を始めます。」
そう言うと、教卓に置いた教科書を手に取ると黒板の方を向く。
そして、そのまま授業を始めようとする。
しかし、生徒は誰一人として、この状況を理解できなかった。
それは、何気なく教室に入り、あたかもいつも授業をしている様な
この大柄の男の事を誰も知らないからであった。
教室が、ざわつき始める。
それも、そのはず。何せ、全くの見ず知らずの、それも恐怖すら覚える
風貌をした男が突然授業をしようとしているのだから。
「せ、先生。」
クラスの委員長的存在である、名前は確か・・
そう、志賀さん。が、この空気を察したのか
その大男に話し掛ける。
「何ですか?」
ゆっくりと、大男は振り向き話し掛けてきた志賀さんの方を見る。
「あの、申し上げにくいのですが、この授業の担任は多々良先生ではないのでしょうか?」
志賀さんは最初は怯えていたが、その立場の責任感からなのか
臆せずに聞いた。
うん、うん。と、いつも志賀さんと一緒いる取り巻き達が
志賀さんの後に続く。
すると、大男はそれを聞き、無表情から一変
顔を曇らせた。
志賀さんを含め、取り巻きの生徒たちは
その大男の反応に危機感を抱いた。
すぅーー
っと、大男が息を吸い込む。
その様子をクラス中の生徒が見て、危機感、緊張感、怯え、
色々なものが一瞬にして、体に流れた。
大男は目一杯、空気を吸い込むと
クラス全体を見回し、深々と頭を下げ、一言
「すみません。」
と言った。
予期せぬ事に、志賀さんやその取り巻きだけでなく
クラス中が困惑した。そして、そんな中
大男は言葉を続ける。
「申し遅れました。私は、アビリティ強化研究所からこの学校に派遣されて来ました。
有馬 旺盛と言います。」
大男はそう言うと、まだ困惑している生徒たちを再び見回すと
にやっと不敵な笑みを浮かべた。
〜日常Ⅱ〜
「前任である、多々良先生は体調を崩され、入院されたので私が代わりを
努めさせていただく事になりました。」
それを聞き、初めてこの大男が先生だと皆気づいた。
アビリティ強化研究所という何やら胡散臭い所からの臨時講師と言ったところか。
先生だと分かってもなお、クラスの皆が向ける警戒の目が解かれる事は無かった。
その視線を察したのか、有馬という大男は
ごほん、ごほん。と咳をし、空気の流れを変えようと
クラス全員に質問をしてきた。
「皆さんは、”パネル”について何処までの知識が有りますか?」
それは、この学校で”パネル”を扱っている生徒たちですら
あまり気にかけていなかった質問であった。
再び、クラスがざわつき始める。
しかし、その中で誰一人として先ほどの問いに答えようとする者は
いなかった。それは、みんなの前で喋るのが恥ずかしいなどと
可愛らしいものではなく、皆”パネル”という物の存在に疑問を持たないからだった。
持ったとしても、”パネル”の製造や構造は柱家が代々に渡りその情報を厳守し、
調べようものなら最悪の場合死刑にすらなりかねない。
それほど、この現代において、”パネル”の情報は機密事項とされている。
つまり、一般人が”パネル”において知り得る情報と言えば
手に収まる程の大きさで形は正五角形。
重さは、約ほとんどどの”パネル”も500gに満たない。
そして、”パネル”自体に能力が備えられている。ということ。
それぐらいが、主な情報だろう。
しかし、これらはこの学園にいるものなら誰もが知っている
情報である。そして、アビリティ強化研究所やらにいた有馬がわざわざ質問するぐらいならその答えが
こんな当たり前のものではない。その考えがクラス中によぎり
混乱を招いた。
その様子から察したのか
有馬は言葉を続ける。
「この授業の担任をしていた多々良先生は主に”パネル”の扱い方
などの実践向きな授業をしていたとお聞きしました。しかし、この学園に在籍する
以上、戦闘技術を磨けばいいというものではありません。」
有馬のその言葉に混乱しているクラス中の生徒は
答えを求め、食い入るように話を聞く。
「”パネル”というのは、本来
能力を人の身でも扱う事の出来るようにと開発された
物です。これは今でも語られている歴史の中にも記されている事です。」
それは、誰もが知っている、当たり前の事。という事は
重要なのは此処から・・。
「最初はアビリティを操る”パネル”も危険視されていましたが、
現在では、誰もが躊躇いなく、使っています。
つまり、現代の人々にとって”パネル”とは便利な道具ぐらいにしか
認知されていません。」
クラスの反応を見つつ、有馬は言葉を続ける。
「ですが、この学園ではそれを武力。つまりは日本における軍事力として
考えをしています。今までは、”パネル”の扱い方や歴史などを学んできたと思いますが
これからはこの学園に居ることがどういう意味を成すか、そして”パネル”という物の本質
を見極めることが今後皆さんに必要になってきます。」
それが、答えなのかどうか分からず
生徒達は再び混乱する。
「今後、私の授業やこの学園での生活で皆さん私が出した問いに答える事が
出来る様になります。これは、如何に”パネル”の知識を持っているかという知恵比べでは
ありません。」
言い終えると、有馬は一呼吸入れ、腕時計を見る。
それに、釣られるようにクラスの何人かが黒板の上に掛かっている
時計を見る。
時刻は9時30分を過ぎた頃で
授業の終了まであと僅かであった。
少し、早いですが
これで、授業を終わります。
有馬が野太い声でクラスのみんなに
言うと、ゆっくりドアの方に向かい歩いて行った。
いつもなら、早めに授業が終わってラッキー
なんて言うところだが、誰もそんな反応は見せない。
むしろ、その逆と言っていいほどに皆固まり
自分の席に座っていた。
ガラガラと
有馬が教室から出るために開けたドアの音と共に
キーン、コーンと
チャイムが鳴った。
その音がきっかけで
皆の緊張の糸が切れ、徐々にクラスに生気が戻り
しばらくすると、いつもの休み時間らしく
ざわざわと騒ぎ始める。
盗み聞きをするつもりは無いが
声の大きさの所為で嫌でも近くの話す会話の内容が聞こえてくる。
そして、その会話の内容はやはり
あの、大柄でいかにも怪しい研究所から来たという
有馬の話題であった。
怖かったー。など
なんか気味悪くね?
と好き放題に言っていた。
しかし、彼女らの意見は最もだとオレも感じた。
何より、有馬の言った
_”パネル”の本質
この言葉が自分の中で引っかかっていた。
そして、もう一つが
問いについての事であった。
知恵比べではない、という事は
つまり、”パネル”外部での情報ではなく、
”パネル”内部にある何かが答えになってくるのか。
その問いが余計に頭を混乱させた。
そして、頭を使い過ぎたのか
気づくといつの間にか机にうつ伏せの状態で
寝ており、時刻は12時35分を過ぎていた。
_やべぇ、三時間も爆睡してたのか。
昨日の疲れも合わさってなのか
いつの間にか、学校での睡眠時間の新記録に到達していた。
辺りを見ると、みんなお弁当や購買で買ったパンをグループ仲良くくっ付けた机の上に
並べている光景がちらほら見えた。
もう一度、時計を見る。
時刻は12時40分。
それは、昼休みを指す時刻であった。
三時間もうつ伏せの状態だったため
手足が痺れ中々動くのが困難を極めた。
朝に使った、サンプル用の”パネル”の効力はとっくに切れ
今は普通の状態。
まだ、少し痛むものの
この程度なら大丈夫だろ、と徐々に痺れが取れた
手足の感触を確かめながらそう思った。
ぐぅ〜〜〜。と腹が鳴る。
それも、そのはず今はお昼だ。
ならば昼食を取ることが大切。
午後の授業もがんばらな・・・・。
ん?あれ?
腹が減ったので机の横に掛かっているはずの
鞄に手を伸ばすがその手が掴んだのは
鞄ではなく、空気。
おかしいと思い、机の横を覗く。
しかし、そこに見えたのは床。
あれ?
慌てて反対側も見る。
だが、やはりそちらも見えるのは床。
な、無い。
弁当。だけでなく、それを入れていた
鞄すら無い。辺りを見回すが怪しい奴などいるはずもない
いつもの光景。
もしかして、忘れた?
そう思い、朝の事を思い出すが、
自分の記憶にはしっかりと鞄が写っている。
なら、考えられる事は一つだけ
それは、
寝ている間に鞄が盗まれている事だった。