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流光のレインブレイブ 勇者と聖剣

 ファンタジーもの。仲の悪い二人のお話。

 音を立てながら吹き荒れる砂嵐と共に、目の細かい砂地に靴がめり込む音が聞こえる。

 白い空が果てしなく続く白砂漠。その白い世界は、進めば進むほど砂嵐が行く手を阻み、より耳に入る雑音が増していく。


 その中を、灰色の人影が風のように駆け抜けていった。


「今日はまた一段と砂嵐がひどい」


 節度なく伸ばされた艶のない黒髪と、髪に隠されてしまって表情の読めない同色の双眸(そうぼう)。無造作に生やされたひげからも、さほど外見を気にしていないことが(うかが)える。

 (たくま)しい骨格に百八十センチを超える長身を併せ持つ、二十九歳の男、ルイス・アーノルド。


 アーノルドが商人に聞いたところによれば、近頃、この辺りで巨大な砂龍が目撃されているとのこと。もう少し人がいないところで出現して欲しいものだ――。


 直後。

 周囲に絶え間なく吹き荒れていた砂嵐が、一瞬にして不自然なほどの静寂の中に取り込まれた。

 アーノルドは舌打ちをした。


「ったく、せっかちな奴だ。人に見つかっちまう前に片づけるか」


 白い砂の中を自由自在に移動する砂龍が眼前に現れ、恐ろしい咆哮(ほうこう)をあげる。硬度を持った黄色の鱗。赤い目は血塗られたルビーのように強く輝いて。

 アーノルドは乾ききった大地を踏みしめ、風を切る大剣の動きに従って砂塵(さじん)が舞い上がる。


「聖剣ディファンダ。絶え間ない恵みの雨を降らしてやれ」


 雲ひとつない空の下で灰色の衣をひるがえし、アーノルドは剣を空に掲げた。その後、信じられない早さで厚い雲が現れて、あっという間に天を覆い隠した。

 

 ぽつり……

 

 それに続くように後から後から落ちてくる雨粒は次第に数を増やし、やがて絶え間なく落ちる雨となった。


 砂龍は雨に打たれて少し力を失ってしまったようだった。それを補うためかアーノルドを喰らおうとする砂龍。アーノルドは大剣を握る両手に力を込め、頭上から真下へと振り下ろした。


 耳を(ふさぎ)たくなるような砂龍の断末魔の声と共に、砂龍の鱗が剥がれ落ちる。砂龍の体は一撃で真っ二つに切断され、空気に溶けるようにして塵灰(じんかい)と化し、その灰も雨によって流されてしまった。


 アーノルドは剣を一度振って雨滴を落としてから背中の鞘に収納。一息ついた後、砂龍の死骸を振り返って顔をしかめた。


「お前のせいで、また面倒なことになりそうだ」

 

 

 聖剣の主、ルイス・アーノルド。彼が聖剣を手に入れるまでに紆余曲折を経なければならなかった。


 この世界を作った創世龍と十二の長を倒し、歴史に埋もれた千の古代遺跡から千の遺物を探し、自身との戦いを経、聖剣が生み出した最強の魔物を倒した。

 それでも勇者たる資格なしに、勇者足り得ない。

 


▽▲▽▲

 


 早々に逃走したアーノルドは運よく人に見つからなかった。万が一見つかってしまっていたなら、砂龍を倒してくれた礼として宴を催されてしまったことだろう。


 ――宴に足止めされるなんてごめんだ。それよりも腕を磨くために諸国をさすらっている方が、余程マシだ。俺にとっては龍と戦うことも、強くなることの一環にすぎないのだから。


 それにこの場合、凶悪な砂龍を倒したアーノルドにこの地の有力者の娘を嫁がせることこそが、有力者たちの本懐。


 本人に結婚する意思がほとほとなかったとしても無理矢理娶とらされる。それが政治なのだろうが、アーノルドには全く関係のないことだった。


「砂龍への生け(にえ)よりはマシって言いたいのか? ……笑わせるなよ」


 それは所詮エゴに過ぎない。関係のない者まで巻き込まないで欲しいものだ。


 まだ見つかってしまう危険性があるため、オアシスを目指して疾走(しっそう)。その日のうちにどうにかオアシスにたどり着き、今宵の宿を決めた。


 今は宿の一室で、相棒にして戦友である聖剣の刀身を磨き出している。男は月明かりに反発するように光る刀身を見つめて、ひとりごちる。


 「……誰でもいいから、恋人のフリをしてくんねぇかな」


 ずいぶんと自分本位な考えだ。……ちなみにアーノルドは、虚栄心があったり、金を湯水のように使ったりする女性という生き物を嫌っていた。


 「ありゃ? なんだかいつもより光ってないか」


 思わず磨いていた手を止めて目を凝らす。普段はほのかに光っているはずの聖剣。その刀身が光を放ちながら宙に浮かび、形状が変化し始める。


 それは、凄絶な美しさを持つ一人の女性と化した。


 年の頃は二十代後半。おそらく二十八か二十九だろう。

 照明を反射するのは濃い蒼色の長髪。眠っているかのように目はつむったままながら、尖った氷のような人離れした顔立ちが見てとれる。均整のとれた体駆ながら全身がほのかに光り、ふわふわと宙を漂っている。


『――ルイス・アーノルド。手入れをしてくれたことには感謝する。だが、だからといってわたくしはお前たちを認めない。愚かな人間の一人よ』


 アーノルドの脳裏に直接、感情のこもっていない硬質な声が届く。どれほど人と近しい姿をとれたとしても、やはり聖剣は聖剣、ということなのだろう。


「俺たち人間よりもお前の方が上だと言いたいのか、聖剣ディファンダ?」


 アーノルドの声音には軽い嘲笑の色が混じっている。


『そうだ。壊すことしか能のないお前たちは、わたくしたちに何をしてくれたというのか』


 ディファンダは鼻で笑う。


「それならどうして俺に従ったんだ? お前が正当な主だと認めなければ俺はお前を使えなかったはずだが?」

『そうだな。ただわたくしは聖剣としての役割を果たしたかっただけだ』


 アーノルドは(しば)しの間思考し、そしてディファンダに向けて言葉を放つ。


「なら俺の行動を見て、それで人間が上か下かを判断すればいい。それに俺も見定めてやるよ。お前のことを、な」

『……良かろう』


――こうして勇者と聖剣の互いを見定めるための旅が始まる。

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