「好き」のキャンバス
私――高校三年生の美鈴は、今日も白いキャンバスとにらめっこをする。さぁ、何を描こうか。
「たまには抽象的な絵でも描きましょうか」
夕暮れの美術準備室には私しかいない。他にいる数人の部員たちは、皆美術室の方で絵を描いているはず。
美術準備室を一人で使えるのは、単に部長だからだったりする。
長い黒髪がさらり、と後ろに流れる。
そんな時、ふと思った。
「好き」を真っ白なキャンバスに描いたらどんな色に染まるのだろう、と。
「見られたら恥ずかしいけど・・・・・・まぁいいよね」
それから筆は全く止まらず、気がついた時には日が落ちかけていた。
どれだけ集中して描いていたのか。
恥ずかしさに頬を染めていると、美術室と繋がっているドアが開く。
「おい、いつまで描いてるんだよ美鈴」
スポーツバックを肩にかけ、少々怒った様子でやってきた男が、一つ年下の彼氏・弘だ。素直ではないけれど、何だかんだ面倒見の良い男だと思う。
「あ、ごめん。描いてると時間忘れちゃって」
私はキャンバスに布をかけ、そそくさと移動させてから帰る用意を始めた。
弘も慣れた手付きで片付けを手伝ってくれる。ちなみに弘はテニス部なので、美術部員ではない。
「・・・・・・美鈴、お前今描いてる絵隠したろ」
「なななななんのことかな!?」
動揺して、水洗いをして片付けようとしていた筆を落とす始末。
私のバカー!! あからさまじゃないの!
「バレッバレなんだけど。アホだな」
「アホとは何よ! バカひろ」
弘をポカポカと殴るが、全く効いていない。それどころかニヤニヤしている。
「今回は何を描いたんだ?」
「えーっと、その」
「まぁ見ればいいか」
「あ、ちょ!」
白い布の下から現れたのは。
淡いピンク、赤、青、水色、緑と様々な色が入り交じりながら形作られた、二羽の小鳥が描かれた絵だった。
小鳥たちは肩を寄せ合いながらも、今にも羽ばたこうとしている。
「・・・・・・? 何これ?」
よく分かっていないみたい。ラッキー。
「ただの抽象画!」
「ふーん、でも隠すってことは・・・・・・なるほど」
弘は意地の悪い笑みを浮かべる。
「!? 分かったの!?」
「さぁな」
にやにやとしているので、たぶん気付かれた。
ああ、だから見せたくなかったのにぃ!
・・・・・・でもいつもより機嫌が良さそうだから、許してやろう。
後片付けを終え、美術準備室も美術室も施錠する。
「帰ろっか」
「おう」
いつか、私たちはそれぞれの道に向かって羽ばたくのかもしれない。けれど今は寄り添っていたい。
私は弘と手を繋ぐ。
ぬくもりを感じながら、私たちは歩き出した。