《1話》お前だけだから(攻め友人視点)
まさか幼馴染みが未知の生物に見えるようになるなんてこと、あるとは思っていなかった。
「俺の視界に入るな。目障りなんだよ」
橋上基樹といえばクールな面もあるが人当たりは悪くはない。
直接聞いて回ったわけではないけど、学内での印象はこんな感じであるはずだ。
そして近しいと自負している俺だってそれに近い認識を持っていた。
でも、基樹がたった今告げたこの言葉はそれとは異なっている。
「基樹、お前なんで森山俊治にあんなこと言ったんだよ」
だから単純に気になって後で本人に直接聞いてみた。
「そのままの意味だ。あいつが視界にいると胸の内から気分が悪くなってくる」
そうしたらこう返答された。
述べられた感情は所謂生理的に受け付けないとかいうものだろうか?
基樹でもそういうことがあるなんて意外だなと思った。
まぁ、これだけだったらその程度の認識で終わって直ぐに違和感を忘れただろう。
だけど違った。
「何でお前は俺よりも後ろの席にいる?」
何この超俺様理不尽発言。
またしてもリアルタイムにそれを聞いてしまった俺はそう思った。
勿論これを発したのは基樹で、森山俊治宛だ。
そして森山俊治が前に告げられた基樹の言葉に従って、基樹のよりも後ろの座席へ移動して間もない時だった。
いや、森山俊治は極力お前の言葉に従っただけだぞ。
そう基樹本人に言いたかったけど、あいつマジ顔だったからツッコめなかった。
そもそもさ、嫌いな相手が自分の前にいないと嫌だとかさ、変じゃないか?
だから何だか基樹って森山俊治のことが案外好きなんじゃないかと思うのは俺だけか?
…いや、誰かがそう思っているなら基樹大好き人間たちによって森山俊治が危険な目に合うだろうから俺だけだな。
けど何かさ、そう考えると色々見えてくるような気がするんだけど。
もしかして何日か前からやけに授業中に挙手してるのもそれが原因じゃないかとかさ。
周りの奴らも大概そうだけど、前に当てられるのかなり嫌がってたし。
あとさ、やたら休み時間に教卓にへばりつきたがってるのも。
目立って群がられることが嫌いなクセに、そのせいで以前より増して人が集まってるし。
そのわりに先生が去った瞬間に、人気スポットへ行くような必死さで場所を確保するんだよな。
勢いが良すぎて、『俺、教卓愛してる』と言い出しかねない感じ。
いや、本当に言ったら退くけど。
そうそう、よくよく思い出したらこういった奇行に出るようになったのって森山俊治が基樹の前の座席から移動した頃からなんだよな。
うわ、滅茶苦茶真実味が増してきた。
そう俺なりに悶々としていると、森山俊治はさらなる基樹の要望に応えて絶妙な座席へと移動していた。
やるな森山俊治。
正直不可能だと思ってたんだよ、俺は。
あ、ちなみに今度の森山俊治の席はなんと俺の隣ね。
どうやら基樹の席からだと首を曲げない限りは視界に入らないらしい。
ある意味運命だな。
うわー、基樹がこっちを睨んできてるよ。
俺不可抗力、っていうかお前の主張のせいだから。
そんな感じでによによと生暖かく見守っていた俺だったが、この後それが一変する。
「あのね、その、森山くんがね、座席交換しないと殴るって言ったから…。嫌だったのに無理矢理」
俺の元隣の席の奴、つまり森山俊治と座席交換した奴が翌日にそうわめいたのが始まりだった。
そいつが結構大人しくて可愛いとか評判な子であることもあって、森山俊治は一気にクラスメートに敵と認識されたみたいだ。
けど、ここのところ観察している森山俊治はそんなこと言う奴とは思えないんだよな…。
どちらかというと平穏を好んでるっぽいし。
この騒ぎに基樹はどんな反応をしているんだろう?
気になって様子を窺ってみた。
好きな子が言いがかりを付けられているようだったら、そりゃ普通怒るよな……って、あれ?
寧ろもの凄く喜んでる?
少なくとも俺は今まで見たことない輝かしすぎる笑顔だ。
周りに人がいないから明らかに独り笑いで不気味だけど。
あの騒ぎで基樹から関心が逸れているらしく、誰にも見られていないのが救いか。
良かったな。
いや、少なくとも俺は騒ぎ自体はあまりというか多分良い状況ではないと思うが。
けど、ここで笑っていられるなんて本当に基樹って森山俊治のことが嫌いだったのか。
それなら今までの俺の予想は妄想でしかない世界ということに。
そうか、そうか。
俺かなり痛い奴だったのか。
そんな嬉しくない自覚をしていると、俺の元隣の席の奴がやってきた。
「ねぇ、怖い…。お願い、助けて燈馬」
そしてそう甘え声で言って俺の制服の袖端をキュッと掴んだ。
うわ、何コイツ。
自分の容姿が可愛いと思い込みすぎていてそれを強調しようとするタイプかよ。
ていうか俺とお前はほぼ話したことがないクラスメートでしかなく友達ではないんだから、いきなりそれはないだろ。
それに燈馬は名前の方だ、名字は鷺沼だ。
馴れ馴れしすぎる。
「離してくれないか?」
「……ああっ、う。ご、ごめんね…急に。けど、心細くてつい掴んじゃった」
いや、そう言っても身体は全然震えてないし。
明らかに嘘だろ。
自分中心当たり前って奴か。
それじゃあ、森山俊治はコイツに陥れられた可能性があるんじゃないかと激しく思ってしまうぞ。
基樹に関しては当たろうが外れようが大したことなかったけど、もしこっちは当たってたら大変だ。
気になるし、調べてみるか。
ということで俺は単独で調査に乗り出した。
その結果、森山俊治については…まぁ、言っちゃ悪いけど影が薄すぎて正直情報量が少なすぎた。
けど、悪いものはなかった。
対して元隣の席の奴は詳しく調べると、あまり宜しくない性格ということがわかった。
脅しや退学追い込み紛いの行為経験があるとかな。
これで疑いはかなり濃厚になった。
勿論二人をよく知らない俺にはこれだけでやったと決め付けることはできない。
でも俺が何とかできる部分は森山俊治のフォローをして様子を見ないとな。
それにはまず会話しないと始まらない。
そうは考えても自分で言うのは自意識過剰みたいだけど、俺だって基樹未満とはいえそこそこ人気者なんだ。
下手に動くと事態を悪化させる。
だから校内の接触は避けた方が無難だ。
でもそうなると登下校時ぐらいしかなさそうだ。
おまけに学校周辺は人集りができる。
だからそこも除外した方が良いだろう。
そうなると待ち伏せできる場所が現状ではわからない。
そりゃ、森山俊治の住所を知らないからな。
けど担任に聞いても正当な理由がないと教えてくれないと思うし…本人の下校を尾行するしかないか。
そんな作戦を考えていたら、決行する前に森山俊治が突然休みだした。
どうやら行動が遅すぎたみたいだ。
原因とほぼ確定している苛めは基樹の言動がきっかけだから、後に起きることを知らなかったとはいえそれを見て面白がっていた俺にも罪悪感はある。
…見舞い、ぐらい行ってみるか。
交流のないクラスメートにいきなり来られても困るかもしれないけど、欠席中に配布されたプリントを持ってきたという名目なら少なくとも追い返されはしないだろう。
担任から住所も聞けて当初の目的も達成できそうだしな。
まさか俺が動くとは誰も思わないだろうから都合も良い。
さて、後の悩みは……見舞いの品は何にするかだ。
プリントと違って良い顔してもらえない可能性が高いからな。
やっぱ無難な物にした方が良いか。
放課後になっても決められず、森山俊治の家に向かっている最中もあれこれ真剣に考えていたから、この時全く気付かなかった。
俺の行動を想定した奴がいて、そいつが俺を尾行していたなんて。
少しは道に迷いながらもなんとか森山俊治の家にたどり着くことができた。
ちなみにお見舞いの品もちゃんと途中で買ってきた。
「具合悪いのかと思って。勝手な想像で悪いけど果物を持ってきたよ」
インターホンを鳴らすと本人が出てきたから、そう言いつつ結局メジャー所で落ち着いた品を渡した。
そしたら手を握られ、感動全面のシェイクでお礼を言われた。
突き返されたらどうしようかと考えていただけに、俺としても嬉しくなる。
森山、お前気さくな奴だったんだな。
そんなまったり気分に浸っていると、影が差しかかった。
ただの通行人だと思いつつもちらりとそちらを見てみる。
と、え…基樹?
何だ、このタイミングが良すぎる出現は。
というかこの辺りは基樹の行動範囲外のはずなのに何でここにいるんだ?
俺は心の中で叫んだ。
「何をしている」
するとそんなことは存ぜぬと言わんばかりに基樹がちゃっかり間に割り込んできた。
何って、森山を見ればわかりそうなんだけどな。
ていうか既に超怖い顔で睨んでますが何が不満なんだ…!
「何か言え」
無反応な森山に痺れを切らしたらしく、基樹は再度呼びかけた。
俺も怪訝に思い、森山に視線を戻すとこちらを見たままだったらしくばっちり目が合ってしまった。
あ、顔が引きつってる。
どうやら基樹を認識したくないみたいだ。
仕方ないよな、基樹がどういうつもりなのか俺には何となくわかってきたけど森山はそうじゃないだろうから。
第一災難の元凶だし。
「それにお前、何でここにいる?」
「何でって、お見舞いに決まってるだろ」
そう考えていると何を思ったのか今度は俺に話を振った。
ここは森山を味方して…と言いたいところなんだが、そろそろ基樹が可哀想になってきた。
いや、付き合い長いから何となくわかるんだけどさ…気のせいかもしれないけど落ち込んでるっぽいんだよな。
やっぱりらしくないとこを見ると、さ。
というわけで現実を見てもらう為に返事をした。
これならどうだと森山を見れば、目的は達せたようだけど今度は死にそうな顔をしていた。
基樹、お前苦手意識持たれすぎ…。
そんな反応をされるのは基樹の不機嫌さも原因だと思う。
まずはここから何とかしよう。
そう考えてどこかを注視しているようだったから辿ってみた。
その先は繋いだままの俺と森山の手。
そういえば握手した時に驚いたからそのままだった。
ああ、これのせいか。
納得して顔を上げてみると、森山が基樹を睨み返していた。
それなのに基樹お前、超嬉しそうだな。
森山は顰めっ面でなんか勘違いしたっぽいけど。
……おっと、またこれ見てぶり返すとまずいからひとまず手を離しておくか。
「何故学校に来ない」
どうやらさっきので満足したようで、基樹は森山に話を続けるつもりらしい。
それはお前のせいで苛められているからだろう。
言ってやりたいけど俺のことなど既に眼中になさそうだったから止めた。
ここは空気読まないとな。
心の中でツッコミは続けるけど。
「お前、友達いないだろ?」
そしたら何この失礼すぎる質問。
流石の森山もそんな態度の連続だとちょっとは怒ってるっぽいぞ。
「俺が友達になってやる」
そしてどうしてそんな流れになる。
森山も唖然としてるだろうが。
「学校に来たら声をかけてやる。それなら明日から来るだろ?」
結局基樹は全て一方的に言い放つと去っていった。
俺、最後まで無視されたな。
まぁ、それは仕方ないか。
固まってるからな、森山は。
んで、基樹は友達になれたことで大満足して嫉妬した俺のことなど綺麗さっぱり忘れてしまっていたと。
もし俺じゃなくて森山のことが好きな奴だったら大変だったのに抜けてるな。
まぁ、逆に俺だったから忘れられたのかもしれないけど。
でもさ、基樹に言わせてもらおう。
とりあえず、お前だけだから。
何がって勿論、友達になれたと思っているのは。
森山から悲愴感漂ってるんだからわかれ。
あーあ、あんなに小さくなった後ろ姿でも頭の上に花が咲いているように見えるよ。