《1話》パシリ決定?(受け視点)
「俺の視界に入るな。目障りなんだよ」
いきなり友達でもない、下手すりゃ知り合い以下のクラスメートに呼び止められて何事かと思えばその言葉。
は?と何とも不機嫌そうな言葉が口から出そうになったけどそれは仕方ないだろう。
いや、つーか俺の席ってばお前の真ん前なんだから確実に無理だし。
けど相手は校内の超人気者、下手に断れば崇拝者によって俺が苛められる。
そんなのは御免だ。
「…まぁ、できる限りは消えます」
取り合えず担任に席の交代は相談して駄目だったら授業中は目を瞑ってもらい、あと休み時間は教室にいなければ良いだろう。
そう考えていた俺の答えを聞いて満足したのか、あいつはそれ以上何も言わなかった。
その日のうちに担任に相談すると、意外と簡単に教室の後ろの方の奴と席を交換できた。
交換相手があいつの信者だったのも一理あるとは思うけど。
取り合えず結果をいちいち報告しなくても見てすぐわかることだから何も言わなくても大丈夫だろうと報告は放置した。
っていうか面倒だったし。
その後に変わったことといえば、何故かあいつが誰もが避ける授業中の挙手を進んでやるようになったことぐらいだろう。
あれか、やっぱり俺への苛つきで授業に集中できなかったのか。
問題を出す度に静寂が返ってくる教師たちにとって挙手は救いなんだよな、悪いことしたな…。
だけどその平穏は長くは続かなかった。
「何でお前は俺よりも後ろの席にいる?」
一ヶ月もしないうちにあいつに至極真面目に聞かれましたとも、ええ。
要するにだな…こいつの希望は俺が目の前から消え、かつこいつよりも前の席にいることか。
……ってんなこと忍者じゃない限り無理じゃねーかよ、オイ!?
無論俺がそんな芸当をできるわけがない。
そう思ったけどよくよく考え直すと運良くあいつの席は教室の一番窓際の列だった。
これならギリギリ何とかなるかもしれない。
だから俺はその反対側の一番廊下側の席に狙いを定めた。
その中でも一番良い攻略先はあいつの一つ前の席に当たる前から四番目。
この席なら蜻蛉ではない限り俺は視界に入らないだろう。
ただちょっと今度の交換相手には手こずりそうな気がした。
攻略先の隣の席にいる奴があいつまではいかなくても、これまた人気者だったからだ。
武器が粘り気しかない俺は頼みに頼み込むしかないと交渉を開始した。
けど、相手は少し考えるような素振りを見せたもののあっさりと席を譲ってくれた。
正直拍子抜けした。
でも俺はそのことを深くは考えず、ただただ歓喜した。
本当は何か理由がないのか疑うべきだったのに。
次の日、ちゃんと交渉に応えたはずの相手が席を交換したのは俺が無理矢理させたからだと泣きそうな声でのたまりやがったんだ。
その子は可愛いこともあって、俺はクラス中の奴に睨まれたのだ。
ひょっとして俺、陥れられた?
くそ、悲劇のヒロイン振りやがってコノヤロウ。
ってことで結局苛め路線直行かよ。
…そのわりに言動が軽いって言われるかもしれねぇけど、心の中ではこうじゃないとやっていけないんだよ。
そんな俺へ悪意とはまた違う気がする視線が向けられていることを感じてそちらを見ればニヤニヤするあいつ。
俺、あいつに何かやったか!?
つーか、あれは絶対悪意だって俺の超鈍感。
もしやこれ自体あいつの策略か?
あの態度じゃ疑いは増すばかりだ。
そしてある日、俺の鞄が池に捨てられた。
それだけならいつものことだとあまり傷付かないようになっていた。
けどその時はいつもと違った。
迂闊にも大事にしている、今は亡き両親と揃って撮った最初で最後の一枚の写真をそこに入れていたんだ。
慌てて拾い上げたけどそれは無惨にも水でふにゃふにゃに、しかも家のプリンターでのインクジェット印刷だったからか滲んでいて何が写っていたのかわからない状態になっていた。
その元データは印刷した後に保存しようとしたけれど、その前に運悪くハードディスクが壊れてしまってそれは不可能だったと聞いている。
要するにもうそれを見ることは不可能ということだ。
これには流石にショックを受け、俺の心はズタズタになった。
授業の内容はなんとか教科書を読んで理解できるし、お望み通り登校拒否してやる!
少しヤケクソ気味に俺は心の中で宣言した。
ああ、こんな状況でも刃向かえないなんて俺は弱虫チキンだよ。
あのな、こういう目に合ってみたら俺じゃなくても無理だから。
実際、悲しみを癒すための休息も必要だったから翌日から体調不良ということにして欠席をし始めた。
兎に角これであいつの希望が叶ったのだから、今度こそ平和が戻ったと普通なら思うだろうさ。
ところがどっこい、そうはいかなかった。
それは俺が家に引きこもって三日目、なんと見舞いの品付きで隣席の奴が来てくれた時のことだった。
「具合悪いのかと思って。勝手な想像で悪いけど果物を持ってきたよ」
どうやら心配してくれたらしい。
何て良い奴だ。
それなのにほぼ仮病ですまん。
俺は感動して思わず隣席の奴の右手を掴んで握手した。
あいつのせいで人気者って奴があんま好きじゃなかったけど偏見だったみたいだぜ。
学校にまた行けたらちゃんと名字で呼ぼう。
今からじゃないのは何て名前か忘れたからだ、本当にごめんな。
教室には座席表があるからそれで確認するから。
ああ、お陰でちょっぴり学校に行く気が起きた。
「何をしている」
そう深い後悔に襲われて心中で謝りつつ決意を語っていると、横から何か聞こえた…ような気がした。
今のは確実に幻聴だよな、うん。
こんなところであいつの声が聞こえるなんてはずはないんだから。
「何か言え」
…どうやら幻視まで。
ほぼ仮病じゃなくて本当に体調が悪いのかもな。
後で熱でも計ってみるか。
「それにお前、何でここにいる?」
「何でって、お見舞いに決まってるだろ」
どうやら白を切れるのはここまでらしい。
猛烈にこっちを睨んでいるし、隣席の奴と会話してる。
これは流石に幻と言い張れないからな。
残念、残念。
そんなに怖い目をするなんて隣席の奴が俺の家に来たことが気に食わないのかよ。
ん、でもちょっと視線が下の方?
って、そういやあいつの声が聞こえた瞬間に固まってたから隣席の奴と手を繋いだままだった。
視線を辿った先がこれなのだから、きっとあいつが不機嫌な原因もこれだな。
うん、そこまではなんとかわかった。
それで、なんでこれが原因でおっかない目を俺に向けてるんだ?
何だか殺されそうな勢いなんですけど。
意味不明だ…。
もしかして、隣席の奴と手を繋いでいる俺が羨ましいのか?
実はあいつと隣席の奴はとてつもなく仲が良い友達なのにまだ一度もこういうことをしたことがない、とか。
いやいや、そんな可愛い理由のわけないか。
しかも男同士で手を繋ぎ合っても嬉しくも何ともないだろ。
女の子同士は見てて可愛らしいけどさ。
結局何に対しての敵意かよくわからないけど、気付いていて無視し続けるのはあいつに負けているような気がして、仕方なく睨み返した。
そしたらさ、鼻で笑われたよオイ。
あ、もしかしてさっきの俺の見解は間違ってて実は挑発ってやつだったとか?
んで、それに引っかかった俺を嘲ていると。
おおっ、これが一番しっくりくる。
ベスト オブ 回答だな。
いやー、すっきりしたぜ……って、んなわけあるか!
あいつが俺に嫌がらせする理由を知るまではこのモヤモヤは晴れないっつーの。
ああ、胸の辺りが気持ち悪い。
「何故学校に来ない」
そんなこんなで脳内で悶えていたけど、あいつがさらりとそう言ったから意識は全力でそっちに向かった。
いや、来ないのは少なくとも半分以上お前のせいだろが。
楽しみがなくて何故に学校へ行かねばならんのだ。
あ、だからといって勉学を楽しめとか言うなよ。
確かに学生の生き様評価の大部分は学業だろうけど、俺はワンダホーな青春ライフを謳歌したいんだよ。
そう、それには友達が必要だ。
「お前、友達いないだろ?」
すると奴は上から目線のままフンと一度笑うと、狙ったように言いやがった。
それじゃ如何にも俺が自分で友達作れない子ちゃんじゃねえか。
お前のせいだっつうの。
確かに苛めはこいつの陰謀とは断言できない。
けれどその前から俺を小馬鹿にした態度を見せてたから、他の奴らも真似して友達になる気が失せたんだよ。
他校にはちゃんと友達いるし。
「俺が友達になってやる」
そう憤慨していたらあいつは唐突にこれを宣言した。
へ?
お前が俺の友達?
高校初の?
何だそれ?
あ、日本語に聞こえたけど実は外国語で話していて別の意味だったんだろ?
「学校に来たら声をかけてやる。それなら明日から来るだろ?」
折角違うことにしようとしたのにまた退路を塞がれた。
おまけに言い返す暇なくニヤリと妙な表情を一瞬振り返って見せてから去っていった。
言い逃げかよコノヤロー!
そんなことをする奴は泥棒の始まりなんだぜ。
あ、それは違ったか。
……ええと。
不測の事態が起きたからって取り乱すな落ち着け、俺。
駄目だ、普段使わない頭を色んな方向にフル回転させてたからわけがわからなくなってきた。
だからだな、今日の出来事を超簡潔にまとめてみよう。
何故この流れでそうなるのか至極疑問ですが、どうやら俺はお友達をゲットしたようです。
ちなみにお相手は俺を嫌うあいつです。
…これって多分あれだよな、うん。
とりあえず、パシリ決定?
あ、勿論俺のことね。