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勘違いなさらないでっ! 【5】

 お盆ですね。

 熱いので発散しました。

 筋肉祭りは熱すぎて却下!しました。

 ライルラド国の王都には4箇所の鍛錬場がある。1つは騎士団専用の鍛錬場で2番目に大きい。残りの3つは軍の鍛錬場だ。人数も多いから部隊ごとに使っているという。

 貴族が視察するのは騎士団鍛錬場と、1番大きな軍の鍛錬場のどちらかがほとんどだ。そこで優秀な若者や人物を見つけて娘の縁談に利用したり、後ろ盾となったり、人脈を広げるといったことをする。

 この2つの鍛錬場の入り口には検問があるのも特徴だ。

 わたくしが足を運んだのは、昔数回来たことがある騎士団の鍛錬場だった。

 小さな小屋のような検問所には2人の検問官がいた。

 見学者は検問官の前で自筆でサインし、身分証明しなくてはならない。この場合、訓練に参加している騎士の一筆でもOKだ。基本は家紋入りの馬車や何かで確認となっている。

 わたくしの前に3人の令嬢達が並んでいた。

 それぞれに自筆のサインを書類にすると、身分証明である手のひらに乗るくらいのカードを見せていた。

 検問官は苦笑しながら彼女らを通した。

 「お姉様、あのカードは何?」

 馬車を降り、日傘を差したティナリアが首を傾げた。

 御者から日傘を受け取り、わたくしはうきうきとはしゃいでいる令嬢達の後姿を見て、あぁと思い出した。

 「あれはファンクラブの会員カードよ」

 「ファンクラブ?」

 「そうよ。騎士団のファンクラブに入っている方は、そのカードで身分証明となるのよ。もっとも、ファンクラブは騎士団非公認だけど、会員のほとんどが貴族だから認めざるを得ないってことだけどね」

 わたくしはそんな会には興味がないので入っていない。

 今日、持参したのは兄に書いていただいた家族用の見学許可申請書だ。

 緊張してサインをするティナリアを、でれっとした顔で見つめる検問官を一睨みして凍りつかせ、さっさと自分もサインして鍛錬場に入る。 

 鍛錬場は敷地の周りを高い壁で覆われている。その中の一角に円筒の壁に囲まれた剣技場がある。そこには特に貴族が多く出入りするので、特別に見学席が設けられている。しかも屋根付きだ。

 先程のやかましい令嬢達も最前列の席に座っており、日傘を器用にくっつけ騒いでいた。

 「ここでいいわ」

 わたくしはあえて上段の席に座った。

 「そうですね。始めは遠目から見て慣れないと」

 ふんっと妙な気合を入れてティナリアも横に座る。

 「ここだと全体が見渡せていいのよ。少し先になるけど、剣技場以外も、ほら見えるでしょ?」

 円筒状の壁に囲まれて入るが、見学席の前方のほうは壁がなく、走りこみをしている従騎士や更に奥で行われている馬上訓練の一部が見ることができる。

 剣技場には従騎士と正騎士が組合い、剣の訓練をしていた。

 薄着の上に簡単な皮の胸当てをしただけで行っており、すでに日も高いので各自汗を多量にかき鍛錬に励んでいた。

 そんな中、ごく一部だがそうでない者もいた。

 例えば最前列の3人の令嬢の前に、なぜか見学席に入り込んでいる騎士だ。

 はっきりいって優男だ。女受けはいいだろう。20代半ばであろうその姿は長い薄茶の髪を涼しげに垂らし、汗の一つもかいていない。薄い青い目は優しげな切れ目で、おそらくファンであろう令嬢の1人が鳴き声交じりで感動していた。


 鍛錬しろよ、鍛錬。女の鍛錬なんかすんな。とっとっと剣技場に戻れ。

 

 じと目で心の中で悪態をついていたわたくしと、なぜかふと目線をあげた彼と目が合った。

 特に動じもしない。

 だいたいは相手が目線をそらすのだから。

 ところがどっこい、彼は何を思ったか微笑みすら浮かべてこちらに近づいてきたのだ。

 「あ」

 と、気がついたティナリアが彼を見た。

 だが、顔と体を何度か往復して見たあと、ふぅっと心底残念そうにため息をついて、再び剣技場に目線を戻した。どうやら彼の体つきはティナリアのお眼鏡にはかなわなかったようだ。

 わたくしも彼女を見習ってみてみた。


 ……うん、薄い。もの足りないわ。


 基準が兄だからか、彼は騎士というより貴公子という風情だ。

 「初めまして。綺麗なお嬢様に妖精のようなお嬢様だ。ご姉妹で?」

 「そうですが、何か?」

 目線もあわせず剣技場を見ながら言えば、彼は大げさに首を振って片膝をついた。 

 「剣に興味があるのなら、どうぞ場内に行きませんか?なに、わたしと一緒なら大丈夫ですよ」

 それに返事をしたのは、最前列からうらめしそうにこちらを見ていた令嬢達だった。

 「まぁ!ぜひ御一緒したいですわ!」

 「素敵ですわ!」

 「嬉しいですわ!」

 すでに行く気満々の令嬢達。

 彼はそんな令嬢達ににっこり微笑みだけ見せると、そのままわたくしに向き直った。

 「彼女達もああ言ってますし、どうかお2人で来て下さい。彼女達の願いの為にも、どうかこの手を取って下さい」

 よし、もぎ取ってやるとは心の中だけのつぶやきだ。

 細い手首だ。ケンカ売ってんのかしら。

 すぐさま捻りあげて退団に追い込んでやりたい。

 だが、ここで断るとあそこの見知らぬ令嬢から恨まれそうだ。

 理想の対戦相手を見つけるまで、この鍛錬場には通う必要があるから初日から問題を起こすのは得策ではないわ。

 「……しかたありませんわね。でもお手は結構よ」

 はぁっと嫌々なため息をついて立ち上がった。

 それに遅れてティナリアも立ち上がる。

 「来るの?」

 「お姉様が行くなら……」

 一人は嫌と目を潤ませる。

 その姿にひざまずいたままの彼も目を奪われたようで、一瞬ぽーっとティナリアに見とれていた。

 

 ……こいつ、要注意だわね。本気で退団させてやろうかしら。


 正気に戻った彼は立ち上がると、わたくしではなくティナリアを意識して話し出した。

 「すぐわたしの剣技をお見せします」

 もちろんわたくし達は無言だった。

 だがすでに彼の頭の中は何かのプランが立っていたようだ。

 意気揚々と3人の令嬢と合流すると、見学席と剣技場の仕切りにあるドアを開けてわたくし達を招いてくれた。

 ちなみにわたくし達が剣技場へ下りると、何ともいえない場違いな視線がちらほらと投げかけられた。ちなみに気づいていないのは令嬢達と彼だけだ。

 騒ぐ令嬢達と距離をとって立つわたくし達の前に、彼は従騎士に入りたてといわんばかりの少年を呼び寄せた。多分ティナリアくらいだ。丁度その頃から従騎士に入れると聞く。

 背も頭2つ分くらいは違う。

 体格は……残念だが同じくらいだ。だが背も違えば腕の長さも違うのだ。

 彼と少年の組み手はとても訓練とは思えなかった。ある意味イジメにも見える。

 余裕を見せる彼に、令嬢達はきゃあきゃあと騒ぐが、わたくし達はしらーっとして見ていた。

 そのうち少年の剣が弾かれ、尻餅をついた。眼前に彼の剣の切っ先が止められる。

 きゃーっと令嬢達が不快な歓声を上げる。

 周囲からはまたかという、諦めに近い視線が送られていた。

 勝ち誇った彼の笑みはティナリアへ向けられた。

 ティナリアは不快なものをみるように顔を歪ませ、こっちを見ないでと言わんばかりだ。

 わたくしは少年を見ていた。

 眼前に模造剣とはいえ剣の切っ先があるにもかかわらず、少年の目にはまだ闘志が残っていた。

 すっと一歩前に進み出て、わたくしは少年を見下ろす。

 「まだ負けておりませんわよねぇ?手はなくて?」

 はっとした少年と、え?とマヌケをさらした彼。

 少年の行動は早かった。

 突きつけられた剣から身を反転して転がるように避けると、そのまま弾かれた剣を手に立ち上がって切り込んできた。

 ざわっと周囲の雰囲気が変わった。

 彼は急いで体勢を整え、どうにか少年の剣を受け止めるも、次々に打ち込んでくる少年に少々逃げ腰になっている。

 「すごいわ、あの子!」

 ティナリアが目を輝かせて少年を応援する。

 いくらか優勢になったものの、結局は腐っても騎士ということか、経験の差か、少年の剣は今一度弾かれてしまった。

 「それまでっ!」

 今まで見ていただけだった騎士の1人が叫んだ。

 だが、彼はすでに怒りで周りが見えなくなっていた。

 「見習いが、よくもっ!」

 模造剣とはいえ当たれば怪我をする。それを丸腰の少年の顔を目掛けて振り下ろしてきた。

 少年はあわてて避けるが、彼は執拗に剣を振りかざす。

 さすがにマズイと思ったか、周りの人間が駆け寄り始める。

 だが、少年はすでに間合いを詰められていた。

 普段の優男の顔から鬼のように赤い顔で怒っている彼を見て、令嬢達も震えていた。

 

 バシィッ!


 乾いた音が響いた。

 彼の手首にわたくしは持っていた日傘を畳み、勢い良く打ちつけ剣を弾き飛ばした。

 そしてそのまま少しだけスカートの裾をつまみ、右足で蹴り飛ばした。

 唖然とする一同の前で、彼は見事に仰け反って吹っ飛んだ。

 そしてそのまま動かなかった。

 「あらあら、なんて無様なんでしょう」

 あら、やだ。日焼けしちゃうと、わたくしはくるりと日傘を一回転させバッと開いた。ちょっと骨が歪んでいるが、日差し避けには問題ない。

 伸びている彼を見下してから、わたくしは周りを見た。

 みんな呆然としていたが、わたくしと目が合うとびくりと肩を震わせた。

 まぁまぁ、とって食いはしませんよ。でも毒は吐きますわ。

 「これがライルラド国の騎士ですの?実力も品位もあったもんじゃありませんわね。しかも女の蹴りで気絶とか、とんだ醜態ですわねぇ?そう思わなくって?」

 しーんとする一同。

 ただティナリアだけは少年に声をかけている。

 わたくしはくすっとあざけるように笑うと、ゆっくり周りを見渡した。

 「これが騎士ですって?これなら軍部の兵のほうがよっぽど頼りになるわ。近衛隊員が軍部の兵に取って代わられるのもすぐでしょうね。こんなふがいない者に守られたくもないわ。見てくればっかでうんざりよ」

 でも、と前置きしてから、わたくしは少年を振り返った。

 「まぁ、骨のある人物もいるようね。あなたは上に恵まれるともっと伸びるでしょうね」

 惜しい。あと数年経験積んでいれば、サイラスの対戦相手候補になったのに。

 はぁっとため息をついたわたくしに、少年はキッと顔を上げた。

 「大丈夫です!騎士団は精鋭です。どんな相手にも命が尽きるまで挑みます!!」

 その一生懸命な顔に、わたくしは心が温かくなった。

 まだ幼さの残る少年の中に見える、大人な顔。わたくしにもこんな一生懸命な時期があったのかしら。

 わたくしが一生懸命になった時期は黒歴史。決してこんなにキラキラ輝いた顔で過ごしてない。いつも仮面を被り、心に蓋をして必死に婚約破棄という目標に向かってもがいていた。家族を泣かせたのも1度や2度じゃない。

 そんな少年にティナリアも微笑んでいた。

 「期待しましょう」

 わたくしがそう言うと、少年はほっとしたように笑顔でうなずいた。

 

 そこへ、剣技場の外から一騎の馬が砂埃を上げ猛然と近づいてきた。

 周囲が見守る中、剣技場に入った騎士は馬から下りると、その端正な顔につり上がった鋭い目つきで周りを見渡した。わたくしの()した男より体格は段違い。猫毛の短い金髪が(たてがみ)のように逆立ち、締まった体にすらりと背の高い騎士が、目つきだけで人を殺しそうな勢いのまま近づいてきた。

 「あら、お兄様」

 この場の殺気に似合わない、ほっとしたように言ったティナリアに少年は目を見開いて驚いていた。

 剣技場の何人かは泣きそうな顔をしているし、令嬢達はすでに腰を抜かしてその顔の部分は日傘が落ちている。持っていないことから気絶していると思われる。

 「うちの妹達を(たぶら)かそうとしている奴がいると聞いたが、どいつだ」

 地を這うようなドスの効いた声は、決して大きくはなかったがしっかり周囲に響いた。

 とたんに大部分の視線が、倒れた男に注がれる。

 兄はそれに気がついたが、すでに倒れていたのでちっと本当に悔しそうに舌打ちした。

 「お兄様ったら大げさですわ。それよりこの少年、根性がいいですわ。目をかけてやって下さいまし」

 「ほぉ」

 ギロッとした目つきで睨まれた少年は、ビクッと肩を震わせながらも、口を一文字にしてその睨みに目線をそらさず耐えた。

 ジェイコット・オルド・ジロンド。

 騎士団の中ですでに頭角を現し、22歳という若さながら皇太子の覚えも良く、外部視察の際は近衛隊の臨時増員として必ずといっていいほど収集されている。剣、体技だけではなく、銃の腕も一流ではあるが、なぜか頭と心臓しか打ち抜けないという特技を兼ね備えている。

 「いいだろう」

 すっと眼光の鋭さを落とした兄に、少年はほっとしたように全身の力を抜いた。

 それを見てティナリアはくすくす笑っていた。

 兄は固まる周囲の方へ目を向けると、大きな声を出した。

 「ファナシスさん!団長と副団長がいないからと言って、見学者を戯れに鍛錬場に入れるなどなぜ許したんですか!」

 がりがりと頭をかきながら、30代と思われる男性がすまなそうな顔をして歩いてきた。

 上背もあり、がっしりとした体つきはさっき伸した男の倍はある。まさに筋肉の鎧。

 はっとしてティナリアを見ると、爛々とした目つきでファナシスさんとやらを見て……観察していた。

 「すまーん。あいつのことだから、いつものことと放っといたんだが。まさか令嬢に負ける程だったとはなぁ。ぶはははっ!」

 何かを思い出し、お腹を押さえて笑い出した。

 「笑いごとじゃありませんよ。あいつのことは日頃から鬱陶(うっとう)しかったので、この際しっかり団長に報告して下さい。でなきゃ、個人的にいろいろやりますよ」

 「何をやる気だ?」

 面白そうに目を細めるファナシスさんに、兄はそうですねと、にやりと口角を上げた。

 「うちの妹、というのは伏せて女性に気絶させられたとでも言いふらしてやりましょう。気絶させられたのがここというのもやめ、一体どこで、どのような状況で気絶させられたか、想像が広範囲に広がるように流してやりますよ。どの道転んでも不名誉になるようなことですからね。それからうちのティナリアに色目をつかったこともバラします。いいストーカーが付くでしょう。でもそうなると騎士団の名声が地に落ちますね。一体どうしたらいいでしょうね」

 「……俺はクビかよ」

 「クビで済めばいいですが」

 しれっとしている兄に、ファナシスさんはわざと困ったように肩をすくめた。

 「わかった、わかった。退団は無理だが、従騎士に降格くらいならできるだろうよ。自主的な退団なら誰も文句は言わないしな」

 事実上の退団宣言だ。

 従騎士に降格されるより、騎士のまま自主退団したほうが聞こえがいい。

 理由は病気療養とかで数ヶ月どこかに引きこもっていれば、あとはいくらでも元騎士として公の場に戻ってこれるだろう。ただ、ことの成り行きを知っている者達からは失笑されるだろうが。

 

 その後気絶した彼は従騎士に腕をつかまれて、ずるずるとどこかに引っ張られていった。

 問題は令嬢達だったが、カードを確認し、その令嬢達の応援する騎士がいたので彼らによって鍛錬場にある救護室に運ばれた。これで起きた時誰が運んだのだとわめいても、自分の応援する騎士に運ばれたと聞けば大喜びするだろう。団員の尻拭いも大変だ。

 少年はファナシスさんに引き取られ、訓練に戻った。

 「ところでお兄様、さっきの態度はいけませんわ。いくら妹が誑かされそうだという話を聞いたとしても、あれではシスコンと思われますわよ。それにわたくしがおりますのよ?ティナリアには指一本触れさせませんわ。わたくしを信頼して下さいな」

 むっとしたわたくしに、兄の顔がみるみる険しくなった。

 「何を言うんだ。お前もティナも俺の大事な妹だ。お前がティナを守るなら、俺がお前を守るのが当たり前だ」

 「あら、お兄様はすでにかの方の騎士ではありませんか。わたくしは大丈夫ですわ」

 「だったらお前も自分の騎士を見つけろ」

 「そのことですが、お兄様ちょっとよろしいですか?」

 なんだ、と顔を上げた兄に、わたくしはここ数日疑問に思っていたことをぶつけてみた。

 「わたくしに縁談という名の嫌がらせが来ているのはご存知ですか?」

 「嫌がらせかどうかはしらんが、サイラス第3王子からの縁談なら皇太子から聞いた。その後父から話があったから本気だったのかと驚いたが」

 

 ……はい?皇太子から聞いた?


 がっと兄の肩を掴んだ。

 「なぜに皇太子様がご存知なの!?」

 「なぜって、他国の王族からの縁談だ。陛下の許可なく進められるわけないだろう?」

 困ったように言う兄を見て、わたくしはずるりと腕の力を抜いた。

 「……冗談じゃなかったの……」

 「冗談、ではないだろうな。サイラス王子はすでに何度も自国とこの国を行き来して、お前に会う時間を作ってるそうじゃないか。お会いしたんだろう?」

 こくっとうなずくと、兄は心配そうにわたくしの顔を覗きこんだ。

 「何かあったのか?皇太子からは図書館で会った、とか本を届けにうちに来たとかしか聞いていない。それも短い滞在だったというし、お前は何も言わないから黙っていたんだが……」

 ティナリアも近くでおろおろしたようにわたくしを見ていた。

 「……何もございませんわ。ただ本気の縁談だと聞いて驚いたんですの」

 ようやく正気に戻ったわたくしに、兄は軽く驚いて見せた。

 「何を今更な。でも、お前が嫌ならこの話は俺から皇太子に話す。難しいかもしれないが、リシャーヌ様にも手伝ってもらってお断りする。サイラス王子は皇太子と、あとセイドリック殿とも御学友だと聞いた。セイドリック殿はレイン殿にお願いして加勢してもらうから」

 その真剣な兄の顔に、わたくしはぼんやりと今までのことを考えていた。

 ここでうなずくのは簡単だ。

 でも彼は王族という最大の武器を使わずに、何度もわたくしに会いに来ている。そりゃあ、もちろんほとんどが嫌がらせといっていいものだったけど、それに対して嫌悪するわけでもなく仕返しをしようとしたのはわたくしだ。


 ……どうしよう。


 わたくしは本当にただ戸惑った。

 兄は破棄できるというが、それを即決できないわたくしがいたのだ。

 「サイラス様は素敵な方よ。お姉様をちゃんと見てるもの」

 「ティナ、これはシャーリーの問題だ。口を出すんじゃない」

 兄に諌められて口を閉じたティナリアだったが、彼女の言う事もまんざら嘘じゃない。

 返事を待つ兄に、わたくしは微笑んだ。

 「大丈夫ですわ、お兄様。わたくしもう少し頑張ってみたいの」

 「シャーリー?」

 頑張るって何を?と言いたげな兄と、ぱっと喜んだ妹を見てわたくしはあわてて付け加えた。

 「か、勘違いなさらないでね!わたくしは自分にふりかかったものくらい自分で決着をつけます。そこには王族も貴族も関係ありませんわ。わたくしとサイラス……王子の問題ですもの」

 ふんっと顔を背けたわたくしに、兄は生ぬるい視線を浴びせた。

 「そうか。良い方ならそれでいいが」

 「良い方!?とんでもございませんわっ」

 ここでもサイラスが良い人認定されては困ると、わたくしは昨日の図書館での一件と、ここに来た理由を早口で兄に報告した。

 話を終えると、兄の雰囲気が一変していた。

 「……そうか。それはそれは……」

 「ですから、ぜひとも良い対戦相手を見つけたいのですわっ!」

 ふんっと意気込むわたくしの肩に、兄はぽんっと手を置いた。

 「その相手に俺を加えてくれ。むしろ俺にしろ」

 「……お兄様怖いですわよ」

 妹に破廉恥な行為をしたサイラスは、こうして兄に害虫認定されたようだ。

 「相手は軍事国家の王子だ。相手に不足なし!」

 黒い闘志に燃える兄。

 その姿になぜか萌える妹。

 ……今妹の頭の中は兄×義理兄ができているに違いない。

 よしよし、とりあえず今日は兄が犠牲になるが仕方ない。妖精姫の夢の中で汚されろ、サイラス!

 そう思ってはっと気づく。

 

 ……勘違いなさらないでっ!わたくしにそっちの趣味はなくってよ!!

 愚腐っ!w


 お盆ですね。また土曜くらいに更新できたらいいなと思います。

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