勘違いなさらないでっ! 【4】
話数宣言撤回し、おかげで自由に書けました。
ありがとうございました。本日8000文字超えです。
……この長文はやめられません。ごめんなさいね。
あたり一面に白く、ふわふわしたものが飛んでいる。
その中にわたくしは立ち、ふぅっと物憂げなため息をついた。
……これじゃ、ダメね。全然足りない。わたくしの想い。
昨日、本屋でわざとぶつかった彼の体は、正直びくともしなかった。
どんっと、鍛えられた筋肉に弾かれ、実はよろめきそうになったのは内緒。
あの感触を思い出し、肩を抱いた。
……彼に触れた肩が、あの感触を覚えてる。
わたくしは舞う白いものをそっと手のひらに受け止めた。
それはふんわりとした白い羽だった。
「……サイラス」
わたくしはもう1度肩を撫でた。
その時、部屋のドアがノックされアンが入ってきた。
「おはようござ……ひぃいいいいいいいいい!!」
真夏の怪談話もびっくりするような悲鳴を上げる。
「あら、おはよう、アン」
羽毛の舞い踊る部屋を見て絶叫したのね、とわたくしはくすりと笑う。
「お、お嬢様っ!なんですか、それ!」
アンが指差したのは羽毛、じゃなくてその出所。
天蓋付きベットの端にぐるぐる巻きにされて吊るされた羽毛布団。
あちこち爆発して、蹴ろうものならまるで大砲のように羽毛が出てくる。
「中に詰め物をしたけどダメね。ものの1時間で使い物にならなくなってしまったわ。お兄様経由で本物取寄せようかしら」
ふむっと腕を組んで思案するわたくしの横で、アンは力なくがっくりとひざまずいていた。
「シャーリーお嬢様、これは……何のご乱心ですか?昨日の花束ですか?」
「それもあったけど、昨日あいつに肩をぶつけてみたんだけどびくともしなくて、それが夢に出て早起きしたから特訓してたの。もっと硬いものにぶつかりたいわ」
「お嬢様ぁ」
「うちの皇太子とは大違いの鍛え方だったわ」
今年念願の結婚式を挙げた皇太子と、その妃になった侯爵令嬢リシャーヌ様を思い浮かべる。
皇太子ながら恋愛結婚を成就した2人。実はリシャーヌ様が笑う恐妻家であった、とわかるのは数年後のことだ。
そういえば、とふと思い出す。
実は一昨年、皇太子の恋の応援をして見事実らせたのはわたくしだ。
その時皇太子が何も見返りを要求しないことを心配して、何か力になれることがあれば相談してくれと言っていた。ちなみに愛人はダメだと言われた。何だか無性に腹が立ったので、リシャーヌ様経由でお断りさせていただいた。
もちろん、両想い後初の冷戦勃発。リシャーヌ様はこの時から実権を手にした。
顔と地位がいいからって、女が全部なびくわけないのよ!
大人な女性のリシャーヌ様に相談すれば、いい知恵をいただけそうだが、皇太子妃になってしまった今はおいそれとお会いできない。
「はぁ、やっぱり鍛えるのが先かしらね」
目を瞑ってため息をつく。
ちなみにアンは、この部屋を片付けるべく同僚を呼びに出て行った。
羽毛だらけの部屋に立って考えていると、がちゃりとドアが開いた。
「まぁ、すごい雪景色ねお姉様」
「ティナリア、ノックくらいしなさい」
「あら、だってアンのあの悲鳴におもし、いえ、驚いてかけつけたのよ。ふふふ」
まだ夜着姿のティナリアは、15才だというのに片手に大きな茶色いうさぎのヌイグルミを抱えていた。
ティナリアは髪をおろしているとやや幼く見える。とろんとした優しい目も、ぽってりとした唇も、背の低さも、体の凹凸のなさも全てがプラスに働き、妖精姫を完成させていた。
そこにこの巨大うさぎ。
かわいすぎるわ、ティナリア。
でも、愛読書は純愛小説とボーイズラブ。
一時期あの皇太子をモデルにした、貴族限定生産品の本が出回っていたのだが、ティナリアはちゃっかり手に入れていた。ちなみにわたくしはそっち系は興味ない。知識だけあるが、彼女の前では披露することはないだろう。危険過ぎる。
「ねぇ、お姉様」
「なぁに?」
「次はいつサイラス様がいらっしゃるかしら?」
「二度と来ないわ」
朝から不愉快だと即答すると、ティナリアはしゅんっと頭を垂れた。
「残念だわ。今度こそじっくり観察しなくてはと思ってたのに」
「何を観察するの?顔?」
ぱっと顔を上げたティナリアは輝いていた。
「体よ、お姉様!昨夜夢にマックとサイラス様が出てきてくれたんだけど、残念ながらサイラス様は脱がなかったの。わたくしの想像力不足の結果だわ。お兄様の筋肉を目安にしようかと思ったんだけど、できればご本人をしっかり観察したいと思って。だって、勝手に他人の筋肉で想像するなんて失礼ですものね」
わたくしは頭を抱えた。
どこから突っ込んでいいだろうか。
仮にとはいえ姉の婚約者(仮)を夢で見たことか、その婚約者(仮)を夢で脱がそうとした事か、そもそも体を想像すること事態失礼ではないのか!?それとマックというのは誰だ?本の登場人物だと信じたい。
だが、わたくしはあえて何も言わなかった。
妖精姫の夢の中で、あらぬ姿で汚されるがいい。
わたくしはそう結論付けると、ふふっと笑った。
「ティナリアったら、本当に探求熱心ね。家には無理だけど、わたくしと図書館に行けば会えるかもしれなくてよ?」
「まぁ、素敵。デートね。お邪魔していいの?」
「もちろんよ。その時はじっくり観察しなさいね」
「お姉様!」
いきなりうるうると、大きな瞳いっぱいに涙を溢れさせた。
「すごいわ、お姉様。自分の婚約者の体を想像したい、なんて言われて怒らないなんて!」
あぁ、良かった。普通じゃないって知ってるのね。
でも知ってても言ってしまうのがティナリアだ。そしてそのほとんどが許される、まさに可愛さ天使級。
「何度も言うけど、あの人は違うの。わたくしをからかっているだけよ。だから思う存分どうぞ」
「わかったわ!じっくり見させてもらうわ!」
妖精姫にじっくり見つめられるサイラス。さて、どんな反応をするかしら。
これはいい仕返しになるわ、と思ったものの、予想以上の幸せそうな妹を見てちょっとげんなりする。
本当はいさめないといけないのに煽ってしまった。
ごめんね、妹の部屋付きメイドのリリー。
「今日行きますの!?」
「え、そうねぇ」
「では仕度しますわ!」
ぱっと身をひるがえし出て行った。
成り行きで図書館に行く予定ができた。
アンは鬼の形相で部屋を掃除にかかった。
ちなみに王族や貴族、一部の商人や富裕層には電話がある。それと同じ率で電気が通っている。利用されているのは圧倒的に少ないが、そんな電話を使ってアンはすでにサンドバックを注文してくれていた。仕事のできるメイドで大変助かる。
馬車で図書館へ行き、別の目的でいそいそと浮き足立つ妹をお供に、わたくしはじっくり農地についてかかれた本を読んでいた。
ちなみに図書館の常連が好奇に満ちた目でわたくし達を見ていたが、気にしないようにした。
今日も何かあるのかとわくわくしているようだ。そんなことより、さっさと本を読め、選べ、座れ。
読み始めて30分も経たないうちに、向かいに座るティナリアが「あっ」と小さく声を出した。
ふと目線を上げると、右側に人の気配がした。
更に目線をあげると、そこには嫌味なくらい顔の整った男が立っていた。
「また農地か。この国の自給率は悪くないはずだが?」
「単なる興味です。お忘れになって」
ぱたんと本を閉じる。
「昨日は本を届けていただいて、ありがとうございました。妹がとても喜んでいましたわ」
「妹?」
ふとサイラスの目線が、わたくしの向かいの席に移る。
その目線を感じて、ティナリアがさっと立ち上がった。
「昨日はありがとうございました。またお会いできて光栄です」
もじもじして、頬が赤くなり恥ずかしがっているのが前面に出ている。
……それがいたらん目的の為だったとしても、可愛いものは可愛い。
その時、わたくしはとんでもないものを見た。
サイラスが笑ったのだ。
あのにたり、でもにやり、でもなく、それこそ白い歯が光り輝くような王子様スマイルを炸裂させた。
誰だ!お前はっ!!
あまりの衝撃に全身が固まった。
サイラスは自然に、だがわたくしにとっては不自然な王子様スマイルを炸裂したまま、誰も勧めてはいないのにティナリアの横に座った。
「申し訳御座いません、姉に無理を言って着いてきてしまって」
「いいえ。お気になさることはないですよ。それに昨日は何か聞きたいことがあったように見えましたが、お姉様の前では話せますか?」
それは多分、聞きたいことではなく、じっくり観察しようとしていたのだろう。母と妹が応対したと言っていたが、おそらく母の独壇場。相槌をうつべく、ティナリアは満足に観察できずうろたえていたに違いない。
「えぇ、実は御身分を考えましても、随分お体を鍛えてらっしゃるなぁと思いまして」
言った!
妖精姫はこの男の前でも自分を飾らず、探究心のまま突き動いた。
じっとティナリアに見つめられたサイラスは、見た目全然動揺もせず、むしろ意味が伝わらなかったんだろうというくらいに平然としていた。
少しくらい戸惑ってくれていいのに。
「身分、と言ってもこれでも軍に所属してますからね。それなりの実力を持っていないと下はついてこないのですよ」
口調も変わっている。
今はにこやかに笑っているせいか凶悪な目つきもなりを潜め、妖精姫ととてもお似合いの構図を作り出していた。
ティナリアは思いがけない近距離観察が叶い、頬を赤く染めながらも、観察に余念がない。さりげなく、本を落として、拾ってもらいつつ全身観察も怠らない。おそるべし、妖精姫。
一方、わたくしの予想をはるかに上回っているのは、サイラスだ。
ふんわりスマイル、キラキラスマイル、微笑スマイル……お前はいくつスマイルを持っている!っていうか、その猫被りまくってる王子面が似合いすぎて不気味だ。真夏の怪談の真骨頂並だわ。
あぁ、ティナリア。そいつのスマイルはタダじゃない。絶対何か罠がありそうだわ。どうか気をつけてね、と言っても、絶賛観察中のティナリアには無理か。
そういえば、今日のサイラスはラフな感じがする。
あいかわらずの黒尽くめ衣装だが、上着は羽織っただけで、シャツは第二ボタンまで外され鎖骨も見える。腕のカフスもない。
きっちり着込んだ姿もいいが、こうして少し着崩したほうがサイラスらしいと思った。
……はっ!わたくしまで観察していたわ!!
いけないわ、と再び本を開いてみた。
妹がおっとり話すことに相槌を打っていたサイラスだったが、区切りがいいところでとんでもないことをやらかしてくれた。
「ちょっと失礼しますね。暑くて汗がひかないんです」
え?あんた汗なんてかいてたっけ?
石鹸か何かの香料のやさしい匂いしかしなかったけど……って、言ってて腹立つわ!
自分にいらっとしたまま目線だけ上げた。
そこには硬直するティナリアと、上着を脱いだサイラスがいた。
横のイスに上着をかけたサイラスを、ティナリアはますます頬を赤らめて見つめていた。
ちなみにわたくしもちょっとびっくりしてしまった。
ただシャツ姿になるのはいいの。でも、そのシャツがいけない。
なんで体の線でてるの!?
サイズ小さいのに間違えた?メイドか付き人のミスか!?
肩幅が規格外?いやいや、しっかり肩幅はあるが、規格内だ。
伸縮性のあるシャツなのか?いやいや、そんなの聞いたことないわ。
さりげなく腕も少しめくってるし。
……目のやり場に困るわ。
本を盾にそっと目線を外して見ると、何人かがサイラスに釘付けになっていた。
そして、ついでのようにわたくしにも目線が集まっている。
ティナリアは、サイラスの体の影に隠れてあまり目立っていないようだ。
……勘違いなさらないで、皆さん。わたくしはこの色ボケ男とは無関係ですわよ。っていうか、まさかわたくしがチラ見している変態とでも思われてる!?
がーんっと頭を殴られたかのようなショックを浮け、固まってしまうわたくしを尻目に、ティナリアはそれはもうテンションが高くなり、おっとり口調がやや早口へと変化した。
「まぁ、サイラス様ったら暑がりなんですのね。何か冷たいものでもいかがですか?」
「いいえ、ご心配なく。それに今飲むと汗がまた出てしまいます。お気遣いありがとう」
またもにこやかスマイル展開。
わたくしはそんなあなたを見ているだけで、真冬のように冷えているわよ。
「そうですか……」
と、いいつつそっと目線を落としたティナリアが、ついに爆弾を落とした。
「鍛えてらっしゃるんですね。腹筋も割れてらっしゃいますか?」
ぶっと噴出しそうになる口を塞ぐ手が、奇跡的に間に合った。
一方サイラスはスマイルそのままに、優しくうなずいていた。
「一応、とはいいましても、ご期待にそえるほどではないかもしれませんよ」
そう言って、サイラスの手がテーブルの下で動いた。
「ね?」
少し首を傾げたサイラス。
ティナリアはそれに答えることができなかった。
彼女はわたくしの見ている目の前で、目が点になり、顔が真っ赤になり、そして鼻血を出した。
「ひぃっ!ティナッ!」
おもわず本を放り出し、すぐさま立ち上がってティナリアに駆け寄る。
すっかり気を失ってしまったティナリアは、がくりとわたくしの腕の中で倒れた。
「これはこれは。ひとまず横にしたほうがいい」
手を貸そうと立ち上がったサイラスをわたくしは睨みつけた。
「触らないで!妹がこうなったのはあなたのせいでしょっ!」
すっかり元に戻り、あの嫌味ったらしいにやにや顔のサイラスが見下ろしてくる。
「なんだ、お前、妹を使って俺の体を見たかったのか?」
かっと顔が熱くなった。
「か、勘違いなさらないでっ!誰があんたの体なんかに興味がありますかっ」
「妹はまんざらでもなさそうだがな」
愉快そうに笑い続ける。
わたくしはハンカチで顔を拭き、鼻を押さえる。
「妹は純情なんですのよっ!なんて破廉恥なの!」
「破廉恥って、鍛錬場には身分証明さえすれば誰でも見学できるだろ。あそこに行けば上半身裸の男が汗水垂らして、必死に鍛えてるぞ。堂々と見放題だ。若い女性達も多い」
「そんな女達と一緒にしないでちょうだい」
ぎりぎりと歯をかみ締め睨みつける。
こぉの破廉恥変態露出男っ、どうしてくれようかっ!
周囲からの視線がサッとひいた。
多分、わたくしの怒りに気づいたのだろう。もし、まだ見てる猛者がいたら褒めてあげるわ。
そんな険悪ムードなわたくし達の間に、若い男性の声が入ってきた。
「お取り込み中申し訳ありません。お時間です」
サイラスに向かい深く腰を折る男性がいた。
どうやら迎えが来たらしい。
なんというタイミングのいい予定だろう。
「もうか。せっかくこれから2人きりなんだがなぁ」
そのために人の妹気絶させたとか、何の感動もわかないわよ!
むしろ、こっちが仕掛けた罠にはまってくれたのに、返り討ちされものすごく機嫌が悪い。
「そうだ」
何かを思い出したように、サイラスが急に膝を折ってわたくしの耳元でささやいた。
「続きを見せてもいいけど、お前だけな」
低い重低音の声が脳内に響いた。
ぼっと今度こそ顔から火が出そうになる。
今なら分かる、耳まで真っ赤だ。
「おや、意外に純情。じゃあな」
固まるわたくしの頬に、わざとチュッと聞こえるようなキスを落として立ち上がる。
「迎えを呼んでおく。おとなしく介抱してろよ」
「失礼致します」
迎えに来た男性を引き連れ、上着を肩にかけたままサイラスは立ち去った。
我が家の御者はすぐ来た。
その短い間だけでもわたくしは、びしっと固まり呆けていた。
キスは何度もしてきたし、されてきた。
頬なんてざらに晒してきたわ。
でも、なんでわたくし固まっているのかしら……。
御者がティナリアを抱きかかえ、黙ってわたくしも馬車に乗って家に帰った。
リリーがあわててベットを整え、残念なことに鼻に綿をつっこんだティナリアを寝かせた。
心配で、というより体が動かず、リリーに勧められるままベットの側にイスを用意してもらい座っていた。
ずっと頭に流れている、サイラスがわたくしの頬にキスする映像。声。
――――――『続きを見せてもいいけど、お前だけな』
……続き。続きねぇ。
ようやく頭が稼動してきた。
続き、見てやろうじゃないの!
うちの騎士や兵士だって鍛えてるんだからね。
騎士、もとい、できればお兄様にこてんぱんに負ける姿が見たいわ!
わたくしが行くところに出現するなら好都合。誘き出してやるわ。
「通ってさしあげますわ、鍛錬場。必ずあの男より強い人を見つけてけしかけてやりますともっ」
ぐっと力強く握り締めた拳に、そっと白い細い手が重なる。
え?と顔を上げると、ベットの脇にいつの間にか気がついたティナリアが膝をついてにじり寄っていた。もちろん鼻の綿はそのままだ。
「わたくしも参りますわ、お姉様」
「えぇ!?」
待って、ティナリア。あなたの目的はわたくしの目的と違い過ぎるのよ。
「素敵な情報をお聞きしたんですもの。お友達と行く前に、まずはふがいないわが身を鍛えますわ。きっとお姉様と御一緒したら大丈夫な気がしますの!」
何が大丈夫なんだ!?鼻血?
いくらなんでも鍛錬場で鼻血噴いた令嬢の話は聞かない。倒れた話は聞いたけど。
「だ、ダメよティナリア!危険だわ」
「大丈夫よ、お姉様。わたくしお友達が話しているのは聞いたことがありましたの。想像できなくて困っていましたが、せっかくの機会です。これから予行練習して鍛えますわ」
「ティナ……」
そのお友達は本繋がりのお友達ね。確か同好会に入っていた気がするわ。
「リリー」
「はい、ティナリアお嬢様」
黒髪のおさげをした真面目な少女が1冊の大判の本を差し出した。何かの絵画集のようだ。
それを受け取ると、わたくしの前に広げて見せた。
「じゃーん、『輝きは僕の腕の中で』の画集ですわぁああ」
見開きいっぱいに描かれていたのは、上半身裸の美少年2人が読者目線で体をくっつけ倒れているフルカラーの絵だった。切ない目線が子犬のようだ。
ぴしっと固まるわたくしを無視し、ティナリアは力説を始めた。
「これは初心者用ってことでお借りしてましたの。中級者、上級者用は購入しようと頼んでましたが、昨日届けていただいたので良かったですわ。しっかり鍛えますわ!」
……昨日届けてもらった?
「え、その画集昨日の包みの中にあったの?」
「えぇ、ありましたわ」
本はしっかり包装されていたから見られていないと思う。多分。
「で、伝票は?受領書はどこに?」
冷や汗が止まらないわたくし。
ティナリアは口元に人差し指をあて、ちょこんとかわいく首を傾げた。
「受領書?それなら受け取りのサインをして、また本屋へ行くと言われたのでサイラス様に預けましたわ」
きぃいいやぁああああああああああああああああ!!
絶望過ぎて声が出なかった。
かくん、と頭をのけぞらせ、だらりとイスに座ったまま意識が遠くなる。
……終った。多分見られていた。
おそらく開封しサインした受領書を、そのままその封筒に入れ渡したのだろう。こっちが開けているんだから、中身なんて帰りの馬車の中で見放題だ。
これは憶測だが、受領書をとどけてもらうなんて滅相もないと母は断ったに違いない。だが、王子様スマイルを展開され、ほぼ強制的にサイラスは手に入れたのだろう。
受領書には事細かに本の題名まで記載されているはずだから、本屋に戻ればどんな本かもすぐわかる。
純愛小説だけならまだしも、まさかの画集。しかも上級者向け。
だからか、あの図書館でのサイラスの妙に落ち着いたあの行動は。
わたくしの趣味と思ったかどうかは知らないが、少なくともどっちかは反応するはずだと思ってやったに違いない。そういえば最初から無駄にはボタン外していたし。
「……やられたわ」
ぽつりとつぶやいたわたくしは、ゆっくり頭を起こした。
「でも、今度はぎゃふんと言わせてさしあげるわっ」
キッと再戦を新たにすっと立ち上がる。
「見てらっしゃい。鍛錬場で這い蹲らせてやるわ!」
そんなわたくしの側で場違いな明るい声が上がる。
「まぁ、お姉様ったら攻め派なのね!ぴったりよ!逞しい殿方をお姉様が足蹴にする姿、素敵!」
「はいっ!できましたら年下攻めでお願い致します」
主と同じ目をしたメイドがいた。
リリー、いつの間に毒に侵されたの!!
いかがでしたでしょうか。また来週更新しますので、どうぞよろしくお願い致します。