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勘違いなさらないでっ! 【3】

 肉付きがどんどんできてしまい、今回1万文字越しました。

 ごめんなさい。

 それからたくさんの方に読んでもらって、ほんとうにありがとうざいます。

 ハートミル侯爵邸から逃げ帰ったわたくしは、贈り物を全部アンに押し付けて部屋に引きこもった。

 

 「何なの何なの何なの何なのよぉおおおおおお!!」

 

 声の限りに絶叫して、そのまま右肘を曲げ、ベットの上のクッション目掛けてダイブする。

 ばぅん、とベットの柔らかなスプリングに弾かれるも、足から着地して体勢を崩さずはぁはぁと荒い息を整える。

 隣国イズーリの第3王子?ふざけてんじゃないのむ?

 でも、レインが嘘つくなんてありえないし、確かにセイド様は学生時代に交換留学生として半年程イズーリに行っている。

 王子ならあんだけの宝飾品をあっさり用意できてもおかしくない。

 

 ……うん、完全にやばいわ。


 狂喜乱舞する両親の姿が鮮明に頭に浮かんだ。

 国の評判を落とすような情報は、どの国も自発的にもみ消している。

 つまりわたくしの悪女イメージはこの国では絶対的なものだが、一歩外の国に出れば悪女っぽいな、くらいで終るのだ。

 しかも、我がライルラド国は小さめの国。

 わたくしが5年弱でここまで警戒される存在になれたのも、この国が小さく平和だったからだ。

 一方隣国イズーリは大国とまではいかないが、うちの国の2倍はある。

 本棚から各国から公開されている資料をまとめた本を取り出す。

 題して『これであなたも情報通!』。

 位置はライルラド国の南で、海に面し、東西に広い領土を持つ。

 中堅国として情報操作や人海戦術はお手のもの、というとんでもない軍国家だ。最近は大きな戦争はないが、小競り合いにはよく加勢を求められており、その収入だけで国が維持できると言われている。また、産業としては南の温かい気候で食物自給率は高く、海に面しているので貿易も盛んときたもんだ。

 もちろん海賊なるものの退治も軍がやる。

 おかげで安全な港として広く利用されている。

 現在の王室には王、王妃、皇太子夫妻、未婚の2人の王子と末姫がいるという。 


 そんな国の第3王子。

 優良物件だ。

 第3王子なら王位が巡ってくる可能性も少ないし、臣下に下っても爵位は公爵か大公。

 王族だから実戦でも、戦場で第一線に立つことはないだろう。

 死ぬ確立は少ないし、高給取り。

 

 あら、素敵!


 ……なーんて思うわけないわぁあああああ!!


 わたくしは心の中の絶叫とともに、力の限り床に本を叩きつけた。

 それをむなしくも拾い上げると、更に怒りが込み上げてきた。

 せっかく居心地のいい位置を見つけたのよ。安全なの。

 それを捨てて、わざわざ未開の地に嫁ぐバカがどこにいるかっていうの。 

 どうしよう。

 レインのいるハートミル侯爵家は国の重鎮だけど、こっちだって恩を売ってきたネットワークは負けず劣らずのエリート貴族ばかり。みんなのおかげでうちの伯爵家が表立って攻撃されずにすんでいる。

 それにセイド様だって、レインが言ったことを全て間に受けているとは限らない。

 レインに見せていた姿も、あの女の企みの一つとかなんとか、勝手に裏の裏まで勘ぐってきて欲しい。そうでなくては困る。応援とか、本気でいらない。

 っていうか、彼どこに滞在してるのかしら?

 まさかハートミル侯爵家だった?


 ……まさか見られてないでしょうね、あの逃走。

 

 図書館にもハートミル侯爵家にもしばらく行けないわ。

 しかしあの結婚式から10日以上経っているのに、彼はまだ滞在してるのかしら?御気楽な王子が友人の結婚式に出席したまま遊んでるのかしら。

 もしかしてその遊びにつき合わされてるんじゃないでしょうね!?

 それがセイド様の復讐!?

 他国の王子まで使っての復讐とか、あの人無駄に輝いてる外見に似合わずお腹の中は真っ黒すすだらけだから、ありえないことじゃない。

 「アン!アンはいる!?」

 「は、はいお部屋の外に控えております!」

 機嫌の悪いわたくしに近寄らずに、ただ部屋の外に控えるというのは鉄則。

 ひとしきり大暴れしたわたくしが呼ぶと、アンは部屋に入るなり毎回卒倒しそうになりつつ足を踏ん張り、その日のわたくしの仮の部屋を思案するのだ。

 でも今日はまだ暴れる前。

 突然呼ばれたアンも、呼ばれるタイミングの早さに戸惑っているようだ。

 「お父様とお母様はどこ?」

 「旦那様は書斎にいらっしゃいます。奥様はお出かけで、お戻りは5時とのことです」

 アンが言い終わると同時に、わたくしはドアを開けた。

 やや乱れた髪なんか気にしない。

 アンがそんなわたくしを目を丸くして見ているけど、気にしないわ。

 「ちょっとお父様とお話してくる」

 殺気が漏れ出そうな勢いで、絨毯のひいてある廊下をどすどすと力強く大股で歩いていく。

 アンがはっとして、急いでわたくしの後ろを追いかけてきたが、声をかけ引きとめようとはせず、今なら眼力で人を気絶させそうなわたくしを心配げに見ているだけだった。

 「ちょっと失礼しますわ、お父様!」

 ノックもなしに、ばぁんっとドアを開いたわたくしを、濃い茶色の短髪と、鋭い目つきの野性味溢れる顔立ちの父が、元軍人という鍛えられた体を大きく揺らして驚いて顔を上げた。

 「しゃ、シャーリー、どうしたんだね、その……め、か、怒ってるようだが」

 体に似合わずやや気の弱い父は、多分目つきは、と言おうとして止め、次に顔と言おうとして止め、最終的に無難な表現を持ち出した。

 「わたくしに縁談きてませんか?」

 「えぇえええ!?え、縁談!?」

 あからさまな動揺を見せる父。

 わたくしはすっと目を細め、つかつかと父の机に近づいた。

 「きてまして?わたくしあてのえ・ん・だ・んっ」

 「ないないっ、そんな命知らずな縁談ないよ、うん。国内からはきてないよっ!」

 慌てふためき過ぎた父は墓穴を掘った。

 ばんっと机を叩く。

 「国外からきてまして?例えばイズーリとか」

 「……」

 父はゆーっくり目線をそらした。

 「お断りしてくださいね」

 「えぇええ!?」

 「暇な王子が遊んでるだけです。断り辛いなら、無視して、返事は思いっきり先延ばしにして下さいまし。あとはわたくしが自分で何とかしますわ」

 にーっこりと笑顔を見せれば、父はイスから転げ落ちそうな勢いで立ち上がった。

 「なにする気だい!?シャナリーゼ!」

 「すでに一戦交えまして、ふい打ちを食らわせたつもりでしたのに、カウンターで返されましたわ」 

 「……え?何かな、それ。お父様良くわからないよ」

 すでに顔色が悪いお父様に、わたくしは闘志に燃え宣言する。

 「こうなったら、王子を振った女として、イズーリにその名を轟かせてやりますわぁ!ほーっほっほっほっ!!」

 「いや、何か違うよシャナリーゼ!お父様もお母様も君の幸せを願ってるんだから!」

 体格のいいお父様が、かなり必死な形相でしがみついてくる。下から睨まれるが、見下ろすわたくしもかなり凶悪。

 「結婚が幸せだなんて、わたくしはそんな夢物語とうに捨てましたわ。わたくしの幸せはすでに見えております」

 「……シャーリー」

 呆けたお父様の全身の力が抜けた隙に、くるりと体を反転させ距離をとる。

 「わたくし来るべき再戦に向け、エネルギー補充に出掛けますわ。ですから、お返事などなさらないで、今まで通り見守ってくださいませ」

 そう言ってスカートの裾を持ち、軽く膝と頭を下げてさっさと部屋を出ていった。

 残されたお父様が、力なくぐしゃりと床に崩れ落ちたらしいが、お母様に頭を撫でられたら復活するだろう。夕方まで石化していて、お父様。

 「お、お嬢様」

 書斎から出るとおろおろしたアンが声をかけ、足早に近づいてきた。

 「出かけるわ」

 「お出かけですか?どちらへ?」

 「シェナックス孤児院よ」

 行先を告げれば、アンはぱっと顔を輝かせた。

 「で、では先日届きましたアレと、馬車をご用意します!」

 「えぇ、頼んだわ」

 さっと頭を下げたアンは、やはり足早にわたくしの部屋とは反対へ去っていく。

 わたくしは部屋に戻り、明度の低いワインレッドのドレスに着替えた。レースも飾りっ気もない、光沢のある布地だけのワンピースに近いそれに、カメオのブローチを付け、乱れた髪をほどくと、そのままくるりと纏め上げ赤いリボンの付いたヘアネットに閉じ込めた。化粧も直すが、アイラインはしない。

 鏡の前のわたくしは年を考えると、随分落ち着きすぎな格好で、悪く言えばローブを着ていない魔女のようだ。ちなみに良くは言えない。



 アンをお供に、馬車でシェナックス孤児院を目指す。

 二頭立ての伯爵家の家紋入りの馬車で2時間弱。王都郊外ののどかな田園風景の広がる農村の一角にあり、茶色い屋根の2階建ての家と、隣接するくすんだ白い小さな教会が目印だ。

 敷地と道の境は壁ではなく、実のなる植木と、大きさの違う丸太で作った柵で囲われており、孤児院と教会の前広場で元気に遊ぶ子ども達が丸見えだ。

 木の板でできた簡素な門は日中はほぼ開けっ放しで、誰に断るでもなく、簡単に馬車は敷地内に入り込んだ。

 馬車が止まれば、広場で遠巻きに見ていた子ども達が駆け寄ってくる。建物からもシスター姿の老女1人と40代のシスターが出てきた。

 「こんにちは、院長、シスターメイラ」

 「ようこそおいで下さいました、シャナリーゼ様」

 目が見えなくなるほどにっこり微笑んだ院長と、やややせ気味のシスターメイラ。

 「こんにちは!!」

 男女の大小の声が重なった挨拶に、わたくしは演技ではない、本物の笑みを浮かべた。 

 「こんにちは、皆さん。今日は北のほうで作られているという野菜の種を持ってきましたの。アンが説明しますから、皆さん手を洗って食堂へ集まって下さいね」

 「はーい!!」

 いっせいに返事をし、下はおぼつかない足取りの2才から上は成人手前の14才になる子まで、20人ほどがそれぞれに手を洗いに走っていく。

 「まぁ、今日も何かお持ちくださったのですか?」

 「えぇ、院長。イモというものですわ。ジャガイモと違って甘味があり、とても美味しいのです。それに肥料もさほどいらず、ツルも食べられますの」

 「まぁ、それはそれは。さっそく畑を広げなくては」

 細いのにやたら力のあるシスターメイラが、さっそく腕まくりしてみせる。

 「ふふふっ、今日は試食も持って来ましたの。保存がききますのよ」

 「まぁ、楽しみですわ!」

 腕の袖を元に戻し、シスターメイラは手を叩いた。

 「そうだわ、畑といえばすごいですのよ!」

 「まぁ、何かしら?」

 シスターメイラはもったいつけるようにふふっと笑い、一度背の低い院長と目を合わせて口を開いた。

 「去年言われたように、畑の土を森の土と交換しましたでしょう?それしたらこれまで小さいものしかできなかったのに、今年は丸々と大きなものが沢山採れてますの。また実りも良くて、あとでぜひご覧下さい」

 「まぁ、それは楽しみだわ」

 「実は周りの農家の数件も、畑の一部を森の土と交換してまして、やはり実りが違うようでとても喜んでましたわ」

 「皆さんが1度直接お礼を言いたいとおっしゃってましたよ」

 「えっ!?」

 院長の言葉に、わたくしはちょっと目を泳がせた。

 「あの、院長、その、お礼は結構と申し上げてくださいな。わたくしは何もしておりませんし、こんな貴族の娘の言葉を信じて実行したのはその農家の方々なんですから」

 そう、特に根拠もなくわたくしは言ったのだ。

 去年、孤児院の畑もだが、村の畑もかなり実りが悪かった。

 肥料を与えても、ここ最近は水不足というわけでもないのにどんどん実りが悪くなる。特に孤児院は肥料などにお金を掛けられず、目に見えて不作だった。

 どうしたものかと考えていたところに、孤児院の数人が森からキノコやらを採ってくるのを見て、ふと思ったのだ。森は肥料を加えなくても毎年実りがあるじゃないかと。

 森に入ればうっそうと木々が生い茂り、人が通る道と獣が通る道がある。しかし土はどこまでも同じだ。畑の土より湿っていて、ざらざらとしていて、腐ってボロボロになった葉や木の枝なんかが混じっている黒い土。

 畑の茶色い土と、森の土を入れかえたらどうかと院長に提案。

 森の一箇所からではなく、広い範囲から集めて運び、畑の土は森に運んだ。

 随分と大掛かりな作業になったが、可能性があるならと1ヵ月かけて頑張った。

 そして今年、畑の土の入れかえなどで種付け作業は遅かったものの、実りは良く、子ども達も大喜びだと聞いていた。

 「お嬢様、荷は全て運び終えました」

 初老の御者に声をかけられ、わたくしは院長と建物の中に入った。

 ちなみにシスターメイラは、わたくしが回想している間に子ども達の所へ向かっていたようだ。

 食堂でまず茹でたイモを配った。

 赤紫色の皮をそのまま食べられる、中が黄色い甘味のあるイモだ。

 「おいしい!」と次々に子どもが騒ぐ。口いっぱいに頬張り、目を輝かせている。

 甘いものを食べる機会が少ない子ども達にとって、このイモは主食にもなり、嗜好品にもなる最高の食べ物だと思っている。

 「育て方はジャガイモと同じよ。肥料は特に必要ないわ。植え付けは丁度今よ。雨季が始まる前に畑を広げて植えるわよ!秋には収穫できるわ!」

 「はーい!!」

 元気のいい子ども達を見ていると、わたくしのイライラもすっとおさまっていく。

 子ども達はわたくしを恐れないし、裏切らない。

 話せば聞いてくれるし、聞いてくれとせがんでくる。

 ここではわたくしは常に頼られ、守るべきものを持つことができる。

 わいわいと騒ぐ子ども達をアンとシスターメイラにまかせ、わたくしは少し離れた席で院長と小声で話をする。

 「院長、資金は足りてますの?」

 「はい、おかげさまで。以前頂いたものでフェリム孤児院にも新しい水場を作る事ができました」

 「そう。今日はあちらには行けないわ。向こうの院長にもよろしく伝えて」

 「わかりました」

 フェリム孤児院はここからまた東に行ったところにある古い小さな孤児院で、そこもわたくしが支援している。

 「今日は、どうなさいました?」

 「え?」

 「ずいぶんほっとされたような顔をされていましたので、また何かあったのではと、老婆心に思ったものですから」

 わたくしはふふっと、院長には勝てないなぁと思いながら笑った。

 「さすがですわ。でも前みたいに男に()り寄るなんて話ではないですの。だからしばらく貢物もないし、寄付金も増額はないの。ごめんなさい」

 「そのようなことは結構ですっ」

 温和な院長が、怒った。

 「あなた様がそこまでする必要はないのです。度が過ぎると、それこそあなた様の身の危険になります。どうか御身を大事になさってください」

 「……わかってるわ。ちょっと聞いてくださる?」

 「はい、喜んで」

 にっこりと微笑んだ院長に、わたくしはほぼ愚痴で占めた今回の経緯を話した。

 「まったく、暇人王子にやれらるなんて、わたくしもついてないわ」

 「ほほほっ、聞いた話だけでは悪意は感じられないようですが」

 「院長は人を疑うことなんてないからそう思うのよ。わたくしから言えば、年下女をからかっている暇人以外の何者でもないわ」

 ふんっと鼻を鳴らし、薄いお茶を飲む。

 「しかし、イズーリの第3王子様といえば、軍所属の指揮官だとお聞きしております。大変優秀な方で、王族としては異例で、良く現場に出向いているとか」

 「あら、院長、詳しいわね」

 「娯楽の少ない田舎に流れてきた噂の1つですよ。多くの情報が飛び交い、消えていく王都より少しだけ耳に入るだけです」

 謙遜する院長をわたくしは見る。

 「他には何か知らない?」

 「そう、ですねぇ。誠実で、女性に大変優しい方だと聞いてますよ」

 「はっ、何それ、絶対嘘よ」

 それ絶対情報操作されているわ。見た目はともかく、あの態度見たら間違いなく嘘。

 所詮噂は噂ね、と温いお茶を飲んでいると、ふとわたくしの周りに人垣ができた。

 「どうしたの?」

 ぐるりとわたくしと院長の周りを子ども達が、にこにこした笑顔で取り囲んでいる。

 「シャナリーゼ様はいつお見えになるかわかりませんので、急いで準備しておいてよかったです」

 「え?」

 院長の言葉にわたくしは首を傾げる。

 確かにわたくしがここへ来るのは頻繁ではない。ここへ訪れていることを知っているのは家族だけ。周囲の人間には絶対悟られていはいけない、わたくしの数少ないオアシスなのだ。

 ちょこっと、5才くらいの小さな女の子が黄色いリボンのついた包みを手に持って近づく。

 「シャナリーゼさま、おたんじょうび、おめでとうございます!」

 「おめでとうございます!!」

 全員の声が重なって、きょとんとしているわたくしへ拍手が送られる。

 

 ……誕生日?わたくしの?


 そういえば再来月誕生日だったと思い出した頃、院長がそっと肩を叩いた。

 「少し早いですが、子ども達がこつこつと溜めたお金で用意したプレゼントです」

 「えぇ!?」

 「みんなで話し合って決めて買ってきたのです。どうぞ受け取ってください」

 院長に促され、横に立つ小さな女の子を見る。

 差し出された箱と、一生懸命に見つめてくる女の子のキレイな瞳に、わたくしはそっと目線を下げた。

 「……欲しいものあったでしょうに」

 「うん、だから買ってきたんだよ。ほらっ!」

 さらに腕を伸ばし、高く自慢げに箱を差し出す女の子。

 「ありがとう!」

 がばっと女の子を抱きしめ、頬擦りした後、顔を上げて泣きそうなのを堪えてみんなを見る。

 「ありがとう、嬉しいわ!こんな嬉しい誕生日プレゼント初めてよ!!」

 「でも、本物じゃないよぉ」

 「そうそう、ニセモノだよ」

 何人かの子ども達がそう言うが、わたくしは大きく頭を振った。

 「そんなの関係ないのっ!」

 「えー。本物が良くないの?」

 わたくしはふふっと笑って、抱きしめていた女の子を開放し、箱を手にした。

 「本物とかニセモノとかではなくて、みんながわたくしを思って用意してくれたってことが一番大事で素敵なことなのよ」

 そしてくるりと周りを見て、今だ納得していないような14才の少年に目線を合わせて微笑む。

 「わたくしの言ったことがわかるようになったら、立派な大人の仲間入りですわよ」

 少年はちょっとびっくりしていたが、やがて頬を赤らめて目線をそらした。

 「さっ、開けてみていいかしら?」

 「いいよぉ!」と子ども達から承諾を貰い、わたくしはゆっくり丁寧に箱を開けた。

 中から出てきたのは、黄色いガラス玉のチャームが付いた混じり物の銀の鎖のペンダントだった。

 「まぁ、かわいいわ」

 わたくしはさっそく首下に装着した。

 「どう?」

 「素敵ですわ、お嬢様」

 アンが褒めると、子ども達も得意げな笑顔になった。

 それからわたくしは畑の開墾作業を子ども達に(なら)って手伝い、ドレスが汚れようが、手が傷つこうが笑顔でいい汗をかいた。

 汗をかけばストレスが吹っ飛ぶというのは本当だ。

 今ならあの男のしたり顔を見ても、鼻で笑ってやれる。ついでに毒も吐けそう。

 夕刻になり、帰るために馬車に乗ろうとした時だった。

 見送りの子ども達の横に近所の農家の大人が混じっていた。

 「ありがとうございました。今年は他の畑も真似して入れかえたんです。きっと豊作になります」

 お父様くらいの年上の大人からお礼を言われるなんて、なんともこそばゆい気持ちになった。

 「か、勘違いなさらないでっ!何も確かな根拠があったわけではないのです。豊作は皆さんの努力の結果ですわ。わたくしには関係ないことです」

 ぺらぺらと口が動いた。

 そう言いながら、わたくしは心の中で深くため息をつく。

 わたくしはいつから素直に「ありがとう、よかったわ」と言えなくなってしまったのだろう。

 「お嬢様お顔真っ赤ですよ」

 孤児の誰かが言った。

 指摘されると余計に顔が熱くなった。

 「んっもうっ!すっかり日焼けしてしまいましたわ!とっとと帰ります」

 院長や見送りのみんなにろくな挨拶もせず、わたくしは馬車に乗り込んだ。

 アンはそんなわたくしに代わって、丁寧にお辞儀をして挨拶をしてから馬車に乗った。

 カタンと揺れ、動き出す馬車からこっそりと、小さくなる孤児院と見送る人々を(のぞ)き見る。

 「お嬢様、院長からお預かりしました」

 アンが差し出したのは、白い封筒。

 受け取ってすぐ開封してみる。

 

 ”いつも輝き続けるシャナリーゼ様へ  未来は1つではございません。紆余曲折を()てたどりつく幸せもございます。世の中は広く、いろいろな運命が待ち受けております。どうぞご自身の可能性を潰さずに、いつまでも輝けるシャナリーゼ様でありますよう、お祈り申し上げます。”


 「……院長?」

 みんなの前で言えなかったこと、ということだろうか。

 「どうなさいました?」

 「え、いえ、なんでもないわ」

 わたくしは手紙をそっと持ってきた鞄にしまった。



 帰り道、わたくしは本屋へ立ち寄った。

 王都で1番大きな本屋で、今日は妹が頼んでいた本が数冊届いていると連絡があったのだ。

 本屋のドアを開けると、カランと鐘が鳴った。

 まっすぐ進んでカウンターに行けば、すっかり顔馴染みの口ひげを生やした老店主が笑顔で待ち構えていた。

 「いやぁ、シャナリーゼお嬢様。ティナリアお嬢様からのご依頼の本をお引取りにこられたのですか?」

 「えぇ。用事で近くにいたの。もう配達した?」

 「いいえ、お返事はまだです。お持ち帰りですね。すぐご準備します」

 そう言ってカウンターの下にもぐり、準備を始めた店主。

 わたくしは待つ間にすぐ側の新刊の並ぶ棚を見ようと近寄った。

 この本屋の蔵書はかなりのもので、本屋なのに店員の他に1人の司書がいる。

 本棚も人の背丈よりはるかに高く、本棚にはレールが通っており、移動式のはしごがついている。

 そんなわたくしが新刊の棚で見つけたのは土壌改良の本だった。専門書とまではいかないが、なかなかの厚みがあり、詳しく書かれているに違いない。

 だが上の方にあり、手をのばしても届かない。

 ちょっとだけジャンプしてみたが、やっぱり届かない。

 しかたない、人の目があるがはしごを使うか。1段くらいなら問題ないし。

 そう思っていたら、背後から黒い袖の手が伸びてきて、ひょいっと目的の本を取ってしまった。

 「あ」と、思わず残念がる声が出た。

 しかし、女性が取ろうとしていた本を()(さら)うなんて、どこのどいつだと、顔を拝んでやるべく不機嫌に後ろを振り向いた。

 「土壌改良?適性地にあった肥料と配合?お前、農業でも始めるのか?」

 ほとんど隙間がないくらいに近くに立っていたのは、この世で今一番遭遇したくない男だった。

 「さ、サイラス……王子」

 「何だ、その認めたくないけど仕方ないって敬称のつけ方は」

 ややむっとしたサイラスに、わたくしは気を良くした。

 「失礼しました。ご友人の結婚式が終っても、ずいぶんごゆっくりご滞在してらっしゃるので」

 早い話が、いてもいなくてもいい存在なんですね、と言うことだ。

 「いや、これでも忙しい。すでに3回帰国しているぞ」

 だったら帰国してそのまま国にいろ、暇人王子!とは言えずにっこり微笑む。

 「まぁ、そうですの?それにしては良く会いますわね」

 「そりゃそうだ。お前に会いに来てるんだからな」

 さらりと真顔で言われ、わたくしは「えっ」と固まって反応できなかった。

 必死で今の言葉を理解しようとしているわたくしの前に、サイラスは本を差し出した。

 「農業はうちでもできるぞ。っというか、お前随分汚れてるなぁ」

 言われてはっと気がついた。

 孤児院で畑の開墾作業を手伝ってきたのだから、スカートはおろか、あちこちに払い落とせなかった土がしっかりついている。

 「それにこの手。まめができてるぞ」

 ひょいっと左手を取られ、まじまじと見つめられる。

 指は長いが、太く筋張っていて、大きな手は見た目よりずっと固く温かかった。

 わたくしは汚れた格好もだが、会いに来たという言葉と手を取られたことに一瞬ドキッとしてしまった自分に、ものすごく恥ずかしさと怒りが込み上げてきた。

 ばっと握られていた左手を振り払うと、そのままキッと睨みつけた。

 「わたくし、王子様のお遊びに付き合っていられるほど暇ではありませんの。失礼っ!」

 ふんっと思いっきり顔を背け、わざと肩をサイラスにぶつけて出入り口に向かって歩き出した。

 「お嬢様、準備できたよぉ!」

 何も知らない老店主が、包装された包みをカウンターに置いて呼び止める。

 「また来ますわっ!」

 完全にとばっちりで怒鳴られた老店主は、目を丸くして驚いていた。ちなみに店内の客も同じように皆わたくしを見ていたが、すでにここ数日で慣れた。

 本屋のすぐ側に止まっていた馬車に乗り込み、すぐ出させる。

 アンが手ぶらのわたくしを見て首を傾げた。

 「やはり重かったのでしょう?だからわたしが参りますと言いましたのに」

 「そうね、今度からお願い」

 「ティナリアお嬢様、がっかりなさいますね」

 いいえ、アン。あの注文の大半はわたくしのものなの。一番がっかりしているのはわたくしよ。

 孤児院で癒されたはずなのに、まさかその日でここまでイラつかせるとは!

 まさかこんな汚れた格好を、よりによってサイラスに見られるなんて、しかも手を握られた!

 馬車の床を睨みつけるわたくしに、アンは本屋へ引き返そうという提案はしなかった。あの店内で何かあったのだろうと察してくれたのだろう。ありがとう。


 帰宅後、やはり楽しみにしていたティナリアにがっかりされた。

 可憐な美少女ががっくりとしている姿は儚げで、本当に見ている周りがどうにかしてあげたいとついつい動いてやりたくなるくらいだった。その庇護(ひご)欲を沸き立たせる可憐さ、清楚さ、少しだけ羨ましい。

 わたくしなんて、泣いても次の瞬間復讐を考えるからいけない。

 ティナリアを部屋に残し、わたくしは湯浴みをした。それもいつもより念入りに、だ。

 随分時間が経ってから部屋でくつろいでいると、笑顔全開のティナリアがやってきた。

 「王子様が本を届けてくださったの!」

 すでに包装の解かれた1冊を頬擦りしつつ、満面の笑みのティナリアの言葉に首を傾げる。

 「本?誰が?」

 「サイラス様よ。お姉様に求婚してるって言われてたわ。素敵な方ね!わたくしドキドキしちゃった」

 「……」

 一瞬気絶していたのかもしれない。

 妹をドキドキさせたのがサイラスらしい。ついでに本を届けに来たらしい。

 ……あのサイラスがっ!

 

 がたんっとイスを蹴飛ばす勢いで立ち上がり、すっかり舞い上がってきゃっきゃっと喜ぶ妹を睨む。

 「サイラスが来た!?今どこ!」

 「あら、もうお帰りですわ」

 さすが妹、わたくしの睨みなんて全然怖くない。

 「お姉様は湯浴みしてましたので、お知らせに行こうかと思いましたが、サイラス様がゆっくりさせてあげなさいって。お母様とわたくしでお話させていただきましたわぁ」

 何を思い出したのか、うっとりしている。

 「あら、欲しいなら上げるわよ。あなたが結婚すればいいわ」

 サイラスもこんな凶悪目つきの女より、可憐な妹のほうがいいだろう。

 むしろ妹の前ではの腹黒さはださないで、いい旦那になるかもしれない。

 しかし妹は喜ぶどころか、急に真顔になった。

 「あら嫌だ、お姉様。サイラス王子は素敵な方で、まるで純愛小説の王子様そのものだけど、やっぱり現実味がないからわたくし見てるだけがいいわ」

 「はぁ!?あの人が純愛王子!?」

 「そうよ。今日もお姉様が自分を見て驚いて帰ってしまったから、荷物を届けに来ただけですって。驚かせたばかりだから、今日は会わずに帰ります、だなんて。それからお詫びにって白いバラの花束も持っていらしたのよ」

 「ひぃいいい!」

 あの人の悪い笑みばかりを浮かべていたサイラスが、妹の言う純愛小説の王子様の仮面を被り、家族と談笑している姿を想像して、おもわず鳥肌がたった。

 そこへノックの音がして、アンが例の白い薔薇の花束を持って入ってきた。

 「い、いらないわ!」

 「で、ですが、こちらはお嬢様へ確実にとのことです」

 そう言ってアンが差し出したのは、白い花束よりもずっと小さなブーケとメッセージカードだった。

 

 ”またお会いしましょう”


 そうメッセージカードには書かれていた。

 やや無骨な文字は、軍人だなっと思わせるものだったが、きっと丁寧に書いてくれたのだろう。

 小さなブーケは3つの白い薔薇の蕾に、真ん中に不釣合いな赤黒い薔薇の花が1つでできていた。

 それを見たティナリアが、まぁっと目を輝かせた。

 「3つの蕾に1輪の花は”永遠にあのことは秘密”って意味ですわ!」

 頬を赤らめ、無駄にきゃあきゃあと、何かを想像してはしゃぐ妹。

 あのことって、多分サイラスの本性のことじゃないだろうか。

 つまりわたくしがいくら言っても、お母様と妹には無駄なくらい立派な王子様面を刷り込みましたよって警告だろう。


 ……腹黒真っ黒王子めっ!いつか全身に墨をぶっかけてやるっ!


 「あら?お嬢様、この花束にも中に1つだけ黒い薔薇が混じってますわ」

 「あら、気がつかなかったわ。花屋が間違えたのかしら?」

 首を傾げる2人だったが、わたくしは分かった。

 それは花言葉でもなんでもない。

 俺は白い王子の皮を被った腹黒ですよ、ということだっ!

 

 わたくしは拳を握り締め、叫んだ。

 「きぃいいいっ!あのクソ王子めっ!覚えてらっしゃい!!」

 「まぁ、お姉様ったら悪役丸出しよ」

 妹のツッコミがあったが、わたくしはクッションに八つ当たりを開始した。



 次で終わりのはずなんですが、もしかしたら、やばいかも。

 ラストはかいているのですが、正直次回がどのくらいの文字数になるかわかりません。

 長くてもいいよ、って思ってくださると嬉しいな。では!

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