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勘違いなさらないでっ! 【23話】

本編再開します。

前話ぶっ飛ばし過ぎましたので、のんびり路線に戻りたいと思います。

ぶっ飛ばし過ぎて申し訳ありませんでしたw

ライアス×→ライアンへ戻します。

 暴走する王妃様を止めたのは、またしてもヤギだった。

「まぁ、クーちゃん!」

「メェエー」

 黄色いリボンをつけた茶色いヤギがゆっくり王妃様に近づき、そのまま体をすりすりと甘えるようにくっつけた。

 というか、ヤギはフリーパスなのかしら。

「そぉだわ、会議資料気になるところがあったのだったわ」

 いきなり真面目な顔になった王妃様は、軽く微笑んで顔を上げた。

「久々にからかえておもしろかったわ。ではお大事ね。シャーリーちゃんもまたね」

「メェエー」

 ヤギに導かれるように、何事もなかったように王妃様は静かに去って行った。


 パタン、と扉が閉まる音が響き、室内は静まった。


「はぁっ」

 がっくりとうな垂れるサイラス。

「疲れた」

「傷口も開いてない?叫びすぎよ」

「……あの人の暴走を久々に見た。あぁやって家族をからかうんだ。最近は人形劇に向けていると思っていたんだが、お前が来て爆発してるんだろうな」

「あのヤギ達は王妃様のペットなの?」

「お忍びで視察に行った時に森で拾ったらしい。だいぶ前に獣に襲われて酷い状態の親の側で衰弱していたそうだ。最初はヤギは飼えないと言われ、これは犬だと言い張ってゴリ押しして飼ったんだ。今じゃそこらの犬より頭がいい」

 確かに絶妙なタイミングで現れる。

「シャナリーゼ様、お着替えをなさいませんと」

 フィセル様が大きめのタオルをかけてくださり、わたくしも薬湯とヤギの乳の匂いが鼻につき始めた。

「こちらは致しますので、どうぞフィセル様はシャナリーゼ様を」

「そうね。ではエージュ殿、よろしくお願い致しますね」

「フィセル。やはり薬湯にアレンジは必要ない。子どもじゃないからどんな味でも飲むから、頼むからアレンジは今後しないでくれ」

 わたくしの横に立ったフィセル様は、返事をする代わりに目をそらして顔をそらした。

「……フィセル……」

 恨めしそうに睨んだサイラスを見て、フィセル様はわたくしを盾にするかのように背中を押した。

「ささ、お着替えに参りましょう」

 部屋を出て人目があるので、胸元のタオルを取って歩いた。

「……シャナリーゼ様」

 急に神妙な口調で先を歩くフィセル様が口を開いた。

「はい」

 立ち止まって振り向くと、そのまま少しだけ頭を下げた。

「どうか王妃様をお嫌いにならないで下さい。あの方はとても優しい方なのです」

「どういうことでしょうか?」

 フィセル様はまっすぐわたくしを見つめたまま言った。

「わたくしが言えますのは、あの方は強く優しい方なのです」

「大丈夫ですわ。イズーリ国の王妃様は厳しい発言もなさる、勇ましい王妃様と伺っております。少しくらい明るくいらっしゃったほうが、わたくしも親しみがあるというものですわ」

 さすがに皇太子妃様のお茶事件はひいてしまいましたけど。

 だが、わたくしの返答にフィセル様は満足なさらなかったようだ。

 なにも言わず、ただ少し困ったように微笑んだだけだった。



。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆ 



 部屋に戻ると、フィセル様はメイドに湯あみの準備と着替えの手配をさせてから、一礼してサイラスの下へと戻って行った。

 メイドに長い髪を優しく洗われながら、ふと今夜の予定を思い出した。

 滞在最後の夜はセイド様はもちろん、わたくしやレインまで晩餐に呼ばれている。しかも主催者はマディウス皇太子殿下。

 …気が重い…。 

「シャナリーゼ様、別の香りをお持ちしましょうか?」

 うかない顔でいたせいか、気を利かせてメイドが聞いてきた。

「大丈夫よ、ありがとう。香りはこれでいいわ」

 レモンのように爽やかなすっきりした香りの香油は、小さい時からわたくしのお気に入り。ティナリアは甘い香りの香油が大好きで、側にいるだけでわたくしにもあの甘い香りが移ってしまうくらい強いものを好んでいた。

 今も相変わらず優しく甘い香りを好んでいるが、ほんのり漂わせる程度に落ち着いている。

 

 タオルでしっかり髪を乾かしてもらい、新しいドレスに袖を通す。

 黄色いドレスは飾り気が少なく落ち着いているが、袖口や裾などには材質の違う厚手の赤い紐が通してあり、ちょっとしたアクセントになっていた。

 髪も軽く結い上げてもらい、ようやく一息つけると思った頃、思わぬ方からの先触れがあった。

 とても断れない相手でもあり、万が一断ったらその夫から数倍返しの報復がくること間違いなしのお相手。

 急ではあったが片づけをしていたメイド達は、更に大慌てで準備に取り掛かった。



 皇太子妃ミティア様は長い黒髪を緩く編んで左胸に垂らしており、茶色い大きな目が印象的な女性だった。年はサイラスくらいではないだろうか。

 ただご気分が悪いのか、顔色があまり良くないし、身に着けているドレスも皇太子妃にしては飾り気のないゆったりとした深い藍色のドレスで、装飾品も小さな首飾り1つに留まっていた。

「急にごめんなさい。ただどうしても晩餐の前にお話したくて」

「こちらこそお越し頂き、おそれいります」

 やはり澄んだ声にも元気がないような気がする。

 失礼を承知で、わたくしは先に声をかけた。

「皇太子妃様、ご気分が優れないのではないですか?」

「え、えぇ、少し。でもどうしてもお話したくて。すぐ終わるわ」

 困ったように微笑まれ、わたくしもこれ以上そのことには触れずに聞くことにした。

 ミティア様と同じ年くらいの青いドレスの侍女がお茶を置いて離れると、若草色のドレスを着た侍女が両手で赤いリボンのついた白い箱を持って近づいてきた。

「殿下が無理を言ったようで、本当に申し訳ないわ。あなたはお客様なのに」

「恐れ入ります」

 なんて、表面上はとんでもないことですわ、とばかりに頭を下げておく。

 本当は厄介ごと丸ごと押し付けられて大変でしたわ、と言いたいけどそこはグッと押さえておく。

「それで、これはわたくしからのお詫びなの。ぜひ受け取って欲しいわ」

 コトリ、と目の前に置かれた白い箱を見て、わたくしは丁寧にもう1度頭を下げた。

「お詫びなんてとんでもないことですわ。どうぞお気になさらずに」

「ではわたくしが気にしないためにも、ぜひ受け取って欲しいわ」

 本当にご気分が悪いのだろう。それでも微笑んで、どうぞと促される。

「……では頂戴致します。開けてもよろしいですか?」

「えぇ。気に入ってくれるといいのだけど」

 白い箱は上から被せるタイプのもので、リボンをほどいて開けてみた。

「まぁ」

 中に入っていたのはヴァイオリン、フルート、チェロ、ハープ、シンバル奏者と指揮棒を持つ指揮者の人形が、透明な硝子ケースに入ったものだった。

「オルゴールなの。巻いてみて」

 言われて見れば、確かに側面に金色のネジが付いていた。

 3回ほど巻くと4人の奏者と指揮者が動き出した。

「素敵ですわ。初めて見ました」

「目で見ても楽しいものね。気に入ってもらえたかしら」

「はい、ありがとうございます」

 箱の蓋を隣に置いて、しばらくオルゴールはそのまま楽しむことにした。

「最初は消えものがいいだろうと思ったのだけど、ちょっと伏せってしまったから時間がなくて。まだ王妃様程じゃないけどお茶のブレンドもしてるの。気分転換にはいいかと候補に上げていたんだけど、用意できなかったわ」

「お茶、ですか?」

「えぇ。王妃様はお茶、特に薬湯に大変お詳しい方なのよ。これもそうよ」

 そう言ってお茶を口にした。

 目上の方が飲んだのに飲まないわけにいかない。

「……ずいぶんすっきりした後味ですわ」

「今のわたくしの体調を考えて作ってくださったものよ」

 飲んだ後に口の中には香りも何も残らない。ただ少し薄い後味だけがある。

 それから気になることがもう1つ。

 黙っていたのだけど、準備の段階でメイドがお茶菓子を用意していないこと。忘れているとか、もしかしたらこれが嫌がらせなのかしら、と考えてはいたのだけど、ミティア様の侍女も何も言わないからきっとミティア様の体調に配慮してのことなのだろう。

「……ミティア様、お顔の色が優れませんわ。失礼ながら、休まれてはいかがですか?」

 お茶を飲んで気をそらしているようだったが、体調の悪さは誤魔化しがきかないようだ。

 すぐ側に控える侍女2人にも目線を送る。

 侍女の2人はすぐに近づいてきて、ミティア様へ声をかけた。

「余計な気を使わせただけだったわね。ごめんなさい」

「いえ、どうぞお大事になさって下さいませ」

 ゆっくりと出て行くミティア様を見送り、わたくしはテーブルの上のオルゴールに目線を落とした。

 ちょっと前のリシャーヌ様、そして最近のイリスと良く似た症状だった。きっと間違いないだろう。

「ふふっ、叔父さんね。帰る前にからかってやるわ」

 いいネタが出来たとわたくしは上機嫌でメイドの1人を呼び止めると、城内にある図書室へと案内してもらった。



。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆



 図書室で調べものが出来たのはわずかな時間だった。

 メイドがやってきて晩餐の準備です、とそれはそれはイキイキとした目で告げられた。

 部屋に戻ってからもイキイキというより、爛々といった感じの気合の入ったメイド達に囲まれ、黙っていてもあちこちから意見が飛び交い準備が進んでいく。

「ずいぶん気合が入っているのね」

「はいっ!」

「サイラス殿下から許可が下りておりますのでっ!」

「こちら全部使っていいと言われましたので!」

 口々にメイドが言い、ふと開け放たれたクローゼットとワゴンに載せられた装飾品を見て大きく瞬きをした。

 クローゼットの中身が先ほどミティア様とお茶をする前と全然違うし、装飾品はわたくしのものですらない。もしものためにとアンが用意してくれていたはずだし、ドレスもそうだ。

「これ、どこから?」

 なんとなく読めたが、あえて聞いてみた。

「エージュ様がお持ちになりました」

 ……やっぱりかっ!

「こちらはどうですか?」

 赤紫の大粒のルビーの周りに小さなダイヤモンドが散りばめられているトップと、花の形をした金細工の大きなネックレスを見せられる。同時に揃いのイヤリングも並ぶ。

「肩が凝るわ。こっちは耳が千切れそうね」

 正直な感想を言えばメイドはすぐ別のものを手にした。

「こちらはいかがですか?」

 サファイアにしてはずいぶん色が濃い。光が当たらないと黒く見えそうなくらいのものを、雫型にしてトップにしてあるだけの控えめなペンダント。おそろいのイヤリングは、同じくらい濃いサファイアの小粒を3つほど縦に重ねたものだった。

「いいわ。これだけで充分。そっちはいらないわ」

 別のメイドが髪飾りを手に取っていたので、鏡を見ながら言うと思いっきり首を振られた。

「お嬢様の御髪にもぜひっ!こちらヘアネット代わりの髪飾りでして、今流行のふんわりまとめ髪専用のものですっ!」

「こちらもお嬢様の金の御髪に映えますわ!最高級のレースで編まれた花と真珠の髪飾りですっ!」

 断ると2倍になってオススメが飛んできた。

 そういえば実家のメイド達もこの時ばかりは、鬼気迫る勢いで断固くじけなかったわね。ティナリアなんて泣き出しても押さえつけられて、しっかり着飾られてた気がするわ。その後鏡の前で照れながらも嬉しそうにしてたから、結果的には良かったのだろう。

 ただティナリア以上に笑顔だったのは仕度したメイド達だったけど。

「……好きにして。ただし、気に入らなかったら外すわ」

「はいっ!!」

 と、気合いの入ったメイド達の返事がするや否や、わたくしは完全な着せ替え人形となった。


 

 明暗の違う青い生地を重ねたドレスを着て、装飾品を身につけやってきたのはサイラスの部屋。

 1人で寝台の上で書類を広げていたサイラスが、わたくしを見て笑った。

「おぉ、お前の着飾った姿なんて初めてだな」

「素直に褒めておけばいいのよ」

「少しは笑え」

「生まれつきよ」

 かわいげのない女で結構。間違ってもあなたの前で照れたりしないわ。

「そうだわ。このドレスも装飾品もエージュが運んできたと聞いたわ」

「お前がいつまでたっても首を縦に振らないから、今日まで日の目を見ずにしまわれていたのを持ってきたんだろう。気に入ったものはあったか?」

「返すからさっさとしまうよう言いなさい。ドレスはどうしたの?」

 過去になぜかサイズを知られていたわたくしとしては、どうしてドレスまでそろえていたのかと目を細めて疑ってしまう。

「マダム・エリアンの店に頼んだ。前に細い女性が来ただろう?」

「あぁ、あの方ね。ふーん、そう。でももうドレスはいらないわ。勝手に作らないでちょうだい」

「お前はチョコレート以外、本当に素直じゃないな」

「わたくしまで無類の甘党のあなたと一緒にしないでちょうだいっ!」

 ふんっと顔をそらして、ふと用件を思い出した。

「そういえばここに呼んだ用事は何?」

「あぁ、俺は御覧の通り晩餐には出席しないから、エスコートをお願いしておいた。どっかの誰かさんはエスコートしないとすぐひがむからな」

 ニヤニヤして言った後半は綺麗に無視することにした。


 わたくしひがんだことなんてありませんわよ、ふんっ!


 そして程なくそのお相手がやってきた。




 ……ねぇ、サイラス。百歩譲ってわたくしがひがんだとしましょうか。


 でもね、そこまで気を利かせるなら最後まで気を利かせなさいよ。




「またせたか?」


 やってきたのはマディウス皇太子だった。


 悪いものにでも当たったかのように、胃がキリキリと痛み出したのは気のせいではないだろう。

 無言でサイラスを睨みつけていると、割と近くから「どうした」と声がしてあわてて笑みを浮かべた。

「聞いておりませんで、大変驚いたのですわ」

「そうだろう。俺が来るとわかっていたら、慣れない異国の料理を口にする以上に食欲が落ちるだろう」

「まぁ、そんな……」

 とんでもありませんわと、取り繕うはずが横槍が入った。

「そうでしょうね。だがご心配なく。シャーリーの精神も胃も、少々のことではへこたれないものですから」

 なぁ、と振るサイラスに心のそこから怒鳴り返したかったが、そこはわたくしの我慢が勝った。とりあえずサイラスの言葉は無視する。

 まぁ、多少周りからとやかく言われたからって、いちいち胃が痛くなったり体調不良起こしたりしてたら、こっちの命が危なくなりますもの。ある程度は打たれ強くならないとやっていられませんわ。

 こうして少しでも自分のいいように解釈して、怒りを抑えるのもずいぶんうまくなったものだわ。


 ……でもあとでまとめて爆発させますわ。

 ここにはちょっとくらい八つ当たりしてもよさそうな人が、ゴロゴロしてますものね。ふふふっ。


 ライアン皇太子は妹姫のエスコート。甘々夫婦はそのままとなると、主催者としては余りもののお相手をするしかありませんもの。

「そうですわ。わたくし皇太子妃様から素敵な贈り物を頂きました。ご気分が優れませんのにわざわざお越しいただいて、本当に申しわけございませんでした」

「あぁ、気にするな。アレが会いたいと無理を言っただけだ」

 ほとんどいきなりの訪問を許すなんて、どうやらマディウス皇太子の溺愛疑惑は本当のようだわ。

 会話に困ったらミティア様の話で乗り切ろう。

「そういえば、今日はフィオテンシカを仕留められたそうですね」

「そうだ。良いものが捕れた」

 サイラスがわたしを見る。

「イズーリでは宴の主催者が自ら狩った獲物を振舞うことが、招待客への最大の礼儀とされる風習がある。フィオテンシカは美味いぞ」

「まぁ、フィオンテシカという名前は初めて聞きます」

「きっと驚く」

 意味ありげにサイラスがうなずいた。

 まぁ、イズーリのおもてなしに驚いたのは最初だけですわ。今更丸焼き、姿焼きなんてレインはともかく、わたくしは慣れっこですわ、ふふふ。

「そろそろ行くか」

 マディウス皇太子殿下にエスコートしてもらって部屋を出る。

 天敵とはいえ、会話の逃げ道を見つけたからには大丈夫だろう。

 もちろん御懐妊の話なんてしない。知らされているならともかく、まだ公にはしていないようだ。

 リシャーヌ様の時にもそうだったが、王族って本当に大変だと思う。

 たまに憧れている御令嬢を見たりするが、本当にこういう世界に一生浸りたいって気持ちがわからない。

 

 晩餐は小規模とはいえ、とても豪華なものだった。

 少人数ということで円卓が儲けられ、細かい銀細工が施されたカトラリーに、金の取ってや華やかな絵柄がついた食器。部屋には見上げると眩しいほどのシャンデリアが輝いており、落ち着いた白を貴重とした部屋を明るく照らしていた。

 男女が交互になるように席に着く。

 マディウス皇太子とライアン皇太子の間に着席したのは、イズーリ国唯一の姫、アシャン様。

 両側だけ編みこみ後ろで金の髪飾りでとめ、あとは背中にゆったりと流れる艶のある黒髪。前髪はきっちりそろえており、見た目はティナリアと同じくらいにしか見えない華奢でもの静かな美少女だが、目が物思いにふけっているように見えるせいか大人びて見える。レインも年下の姫と思っていたのに、彼女のまるで気にも留めていないようなその姿に少し動揺していた。

 確かに目が合えば何かしらの行動が取れるのだが、隣のライアス皇太子にすら一言小さく挨拶をしただけで終わっている。

 マディウス皇太子とライアン皇太子が主に話すという、緊張しないでというのが無理な晩餐が始まった。

 いつもなら変わったソースや盛り付けにレインと2人して話しながら食べるのだが、右側にマディウス皇太子と話すライアス皇太子。一方的だが、マディウス皇太子の視界に入っているので一口食べるだけでも神経を使う。

 一方左側にはセイド様がいるが、こっちもこっちで気がそぞろだ。

 なんせレインの隣はマディウス皇太子。

 最愛の夫が隣とはいえ魔王には対処できない。わたくしが隣でも無理そう。

 とにかく人生で1番緊張しているだろうレインの顔は蒼白で、義務的に手を動かし食事をしているようにしか見えない。その妻の姿を気にしつつもどうにもできないセイド様は、とにかくわたくしのことなどとうの昔に忘れ去り必死に目線でエールを送っている。

 ちなみにマディウス皇太子はちゃんとレインにも声をかけているが、本人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しく、その上で必死にうなずいたり声を搾り出して頑張っている。

 そんなレインを熱のある目線で応援するセイド様。

 見ているだけならおもしろいが、決して混ざりたくはない。

 声をかける時間は短いが、時々思い出したかのように声をかけてくるマディウス皇太子は、この夫婦をからかっているだけだ。

「お2人は仲がとてもいいのだな。すばらしいことだ」

 しばらくからかった後のマディウス皇太子のこの一言で、レインは数十分ぶりにほっとしたように微笑んだ。それを見てセイド様も安堵したようだ。


 ……さて、わたくしはというと、とんでもない方向からの視線に耐えていた。


 例えるなら、わたくしの右頬には無数の目線の矢が突き刺さっているに違いない。

 もう突き刺さるところがなくて、どんどん跳ね返しているかもしれない。

 そんな熱い視線、いえ、鋭い視線をビシビシ当ててくるのは、言うまでもなくアシャン姫。

 チラリと目線を合わせるが、彼女には動揺1つ起きない。

 ジィッと目をそらすことなく、あまり感情の浮かんでいないその大きな目を向けてくる。

 前にリンディ様から浴びた好奇の目線による観察とは違い、本当に植物か何かを観察するような目にどうしたものかと頭を悩ませる。

 助け、といってもライアン皇太子は無理とはなから諦めているし、マディウス皇太子なんて望んでもいない。

 そうこうしているうちに、メインの登場となった。

 あぁ、そういえばフィオテンシカという鹿だったわね。

 いつも出てくる鶏くらいの大きさには慣れたレインだったが、キュッと口を結んで身を引き締めたのがわかった。

 わたくしも鹿の大きさはわからないが、いつもの倍くらいの大きさだろう、とのんびり構えていた。



 ・フィオテンシカ

  メスは頭の前に短い角、オスはその後ろに大きな角を左右にあり、4本の角を持つ大型の鹿。

  メスは体長1.3メートル程。オスは大きいもので2メートルを越す。

  皮が厚く普通の矢では仕留められないので、大型の特殊な矢や槍を持って仕留めることが一般的。

  性格は攻撃的で、集団で行動しているので見つけたら足音を立てずに離れるのが鉄則。

  ただし皮は古来より防具として、または丈夫な革製品へと加工され、肉についても大変美味である。

  (動物学者デールマン著 『知っておきたい危険な動物』より抜粋)



 そんなカードが只今生首の前に置かれている。

 生首というのは文字通りフィオテンシカ(オス)の首である。

 白い布が被さった大きなワゴンが来たと思ったら、給仕の男性が最高の笑顔で布を取り去った。


 その下から現れたのが巨大な角を持つ鹿の首。


 さすがに驚いて声がでなかったけど、視界の端でレインの体が力なくぐにゃりと崩れるのを見て焦ったが、間一髪セイド様が反応して抱きしめた。

「イズーリではこうやってお披露目することも大事なんだ。俺も最初見たときは言葉が出なかった」

 こそっとライアン皇太子が教えてくれたので、こういうことはもっと早く言うべきですわと返しておいた。特にレインはやっと緊張がほぐれたところでのこの仕打ち。ちょっとどころでなくかわいそうだ。

 アシャン姫はというと、さすが慣れたものなのかケロッとしている。

「……傷がない」

 小さい声だったが、誰も話していなかったので思ったよりアシャン姫の声が響いた。

「馬上から槍で一突きで仕留めた」

 豪快な仕留め方ですこと……。

 こちらのカードには危険な動物とありますが、真に危険なのはこの方ではないだろうか。

 もうイズーリの王族の先祖は狩猟民族に違いない。

 放心状態だったレインもセイド様が何かをしたらしく「うっ」と、小さく身をひねって気を取り戻していた。少し涙目でセイド様を睨んでいたが、すまないと謝る二人の世界はそれ以上続けさせない。

 続いて運ばれてきた大きな胴体の香草焼きに、レインは気を張り詰めて対応しなくてはならなかったからだ。

 でも切り分けられ、ソースをかけられたフィオテンシカの肉は驚くほど柔らかく、噛むと口の中いっぱいに肉汁があふれて少し酸味のあるソースと相性が抜群だった。

 濃厚な味の肉質ということで、昔は干し肉として加工され長期保存されていたそうだ。

 ……フィオテンシカの巨大なミイラなんて見せられたら、さすがのわたくしも卒倒するかもしれませんわ。

 ちなみにアシャン姫はフィオテンシカのお肉が大好物だそうで、わたくし達の2倍以上の量をあの華奢な体で食べていた。


 デザートが終われば解散とならないのが晩餐。

 

 これからは男性と女性にわかれて交流しなくてはならないのだ。

 男性のホストはマディウス皇太子で、さっそくライアン皇太子とセイド様をつれて別室へと向かわれる。

 女性側のホストはというと、アシャン姫であるが、何せ口を開いたのはあの1度っきり。今も場の雰囲気にあわせて立ったものの、わたくしもレインもその場から動けずにいた。

 こちらから催促するのも失礼だし、かといって意見できそうな人物はこの場にはいない。

 こういう時いつもならタイミングよくエージュがやってきそうだが、さすがに今日それはないだろう。


 だが、タイミングよく現れる方がいた。


「まぁ、お困りのようね。ふふふっ」

「メェエー」

「メー」

 二頭のヤギを従えた王妃様が羽のついた扇を胸に当て、緩やかな弧を口元に浮かべてやってきた。

「まぁ、王妃様!」

 あわててレインが膝をおる。わたくしもそれに続く。

 王妃様はゆっくりとわたくしの側までやってくると、扇で口元を隠して顔を寄せた。

「アシャンはなかなかの強敵よ。今日は手助けしてあげるわ。嫁姑戦争は一時中断ね」

 ふふっとなぜか勝ち誇った笑みを浮かべて、王妃様は「こっちよ」と先頭を切って歩き出した。



 勘違いなさらないでっ!王妃様!!

 わたくしむしろ不安でいっぱいですっ!





読んでいただきありがとうございます。

沢山ご指摘頂いたりして、本当に励みになりますし、誤字の修正頑張っています。

今年もよろしくお願い致します。

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