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勘違いなさらないでっ! 【2】

 いきなりですが、大方書いてたら4部作になりそうです。

 

 しんと静まった館内は、木目の綺麗な落ち着いた雰囲気で来館者に安らぎを与えていた。

 もちろんわたくしもその1人。

 この図書館には一般広報誌の他、軍関係の広報誌、王宮関係の広報誌等さまざまなものがあり、その内容は貴族の結婚式からゴシップ、最新軍事情報まで詳細に書かれている。ただし、それが真実かどうかはわからない。

 そんな広報誌の中から軍関係を選び、別にお気に入りの恋愛小説と、心理学の本を手にして受付カウンターから死角になる、すみの席に座ってじっくりと読んでいた。

 軍の広報誌には演習のことが載っていた。

 そして数人の騎士の姿絵とそのコメント。

 あら、本当にお兄様だわ。

 数少ない友人のイリアが「ジェイコット様が載ってるわ」と教えてくれたのだ。

 どうりでうちにあるはずの広報誌が消えているはずだ。兄は照れ屋だから、さっさと処分してしまったに違いない。

 わたくしとおなじ金髪で、母と同じ緑の目をした兄が照れる姿と、広報誌を急いで処分する姿を想像して、思わずふふっと笑みがこぼれた。

 「なんだ、普通に笑えるじゃないか」

 突然聞こえた男性の声が、わたくしに言われた言葉だと理解するのに少し間があいた。

 笑みを消し、ゆっくり目線を上げる。

 テーブルを挟んだ向かいの席に、頬杖をついた若い男が微笑しながらわたくしを見ていた。

 ……誰かしら?

 さっそく頭の中で、今まで出会った男達と目の前の男を照らし合わせる。

 まず顔は整っているが、キラキラオーラはない。むしろ顔に似合わずがっちりした上半身から、軍関係者と思われる。

 日に焼けた健康的な肌に、襟足にかかる程度の漆黒の黒髪。真っ青な目はわたくしといい勝負のつり目ではあるが、笑っていても眼力は鋭く猛禽類のようだ。薄い唇は面白いものを見ているように弧を描き、その顔立ちからして首やわずかに見える襟元、指の太さからかなり鍛えていると推測される。

 お兄様関係かしら?でも見たことないわ。

 お手上げ、と判断して、わたくしは広報誌を畳むことなくそのまま口を開いた。

 「どなたでしょう。お人違いではないのですか?」

 「いいや、シャナリーゼ・ミラ・ジロンド伯爵令嬢だろう?」

 こちらが知らなくとも、この国の貴族で有名なわたくしの顔と名を知っているなんて良くあることだ。

 「そうですわ。なにか?」

 そっけなく答えて、無関心そのままに視線を広報誌に落とす。

 「さっき玄関前で見た」

 「あらそうですか」

 「いつもあぁして身を守っているのか?」

 わたくしはちらっと視線を上げ、にっこり微笑みを作った。

 「今日は周囲の目もありますから、穏便にすませましたのよ。これが夜で人が少なければ、二度と女性の前に現れないくらいに、再起不能にしてやりますわ。わたくし脚力には自信がありますのよ」

 女性を暴力で屈しようとするなら、兄に最終手段だと教えられた急所攻撃を即効で繰り出してやりますとも。ドレスの中とはいえ、たるんだ太ももなんてしてませんよ。回し蹴りは得意です。

 「武芸ができるとは聞いてなかった」

 今だにやにやと上機嫌な男に、わたくしは警戒を始めた。

 ……何かしら。この男、変。

 妙な胸騒ぎを覚えたが、それを悟られまいと作り笑いを更に繰り出す。

 「それで、御用は何かしら?」

 「気っ持ち悪いな」

 ……は?

 わたくしは用件を聞いたはずだが、この男は嫌悪を込めて言い捨てた。

 「あんた何その不自然な表情筋。顔の筋肉自由に鍛えすぎじゃないのか?ものすごい見本みたいな笑顔で気持ち悪いぞ」

 ……気持ち悪い?

 その感情を持ったきっかけであるあの変態侯爵を思い出し、わたくしの中で一気に敵意が膨らんだ。

 すっと笑みを消し、覚めた目で男を見る。

 「御用がないなら消えてくださいな」

 「あぁ、ようやく感情がでたじゃないか」

 なぜかやや嬉しそうに目を細める。

 ……女を怒らせて喜ぶタイプ?やっぱり変態の部類ね。

 「あんたどんな本を読むんだ、と思ったら軍?で、こっちは恋愛か」

 隠すように一番下において置いた本を見られ、わたくしはいささか焦った。

 この本は実はものすごい王道純愛物語シリーズ。わたくしと良く似た悪役がいて、最後はしっかり報復される。

 「これって歯が浮くような台詞がぼんぼんでる物語だろう?」

 「あら、ご趣味ですの?」

 「いや、妹が騒いで読んでるからな。あんたもかわいい趣味があるんだな」

 「まさか。対策ですわ」

 冷めた表情はそのままに、わたくしの心の中はものすごく羞恥で転がりまくっていた。

 「恋愛はいろんなパターンがありますので、こんな幼稚な本でも案外役に立ちますの。とくにこういう純愛をお好みの男性を相手にするには、もってこいの教本ですもの」

 ……本当は嘘、大嘘!大好きでたまらないのっ。妹に買わせて仲良く見てる。

 「へぇ~」

 男はにやにや笑ったままだった。

 その笑みがなんとも胡散臭い。

 とうとうわたくしは広報誌を畳んだ。

 場所を移動しよう。付いてきたらもう帰ろう。

 そんなわたくしの行動を先読みしたのか、男が口を開いた。

 「あんたさ、いつまでそんな役柄演じるの?きつくない?」

 ぴたり、と思わず動きが止まった。

 「役、ですって?」

 「そう。仲を取り持ったのが5件と離婚寸前を復縁させたのが3件、離縁したい友人を助けたのが2件」

 「たまたまそうなっただけです。実際にその倍の数の男女の中を引き裂いておりますわ」

 ふんっと鼻であしらってやると、男は笑みを消し、じっとわたくしを見た。

 「あんたの最初の婚約者って、女好きが一変して古くからの愛人だけ囲って若い女避けてるって話だな。美形揃いの兄と妹にも圧力のかかった縁談はきてないそうだし」

 「さぁ、昔の事は忘れましたわ。兄と妹の縁談の妨げになっているようですが、本人同士が強く望んだら、わたくしなど障害にもなりませんわ。でもそうなるなら、両親が離縁すると申し出るでしょうね」

 愛人や一夜の恋のお誘いはよくあるけど、これからはばっさり切り捨てていくつもりだ。

 これ以上の牽制はいらない。

 もう誰もわたくしと結婚しようとは思わないでしょうから、自由に1人気ままな人生を謳歌してやる。

 「離縁、ね。そうなったらどうやって生きるんだ?」

 「尼院にでもお世話になりますわ」

 「断られるんじゃないか?」

 うん、多分断られると思う。相当の寄付金を積まないといけないだろう。

 そんな寄付金を積むくらいなら、その資金で王都を離れた町に住み、ひっそり仕事に就きたい。

 売女、尻軽女と影で言われているのは知ってる。

 誰とも寝たことはないのに、自慢する男がいるのも知ってる。

 でも全部否定せずに黙ってあいまいに微笑んでいれば、あとは誇大に広まっていく。

 「名前も知らない、初対面のあなたに心配される筋合いはありません。余計なお世話です」

 がたっと音を立て、わたくしは立ち上がった。

 そして尊大に見下ろしてやる。

 「二度とお目にかかりませんように」

 そう言えば、男はまた意味ありげににやりと笑った。

 「そりゃあ無理だ。俺はあんたに求婚しに来たんだから」


 ……は?


 「求婚というか、もう今からでも挨拶に行っていい。嫁になるのは今夜でいい」

 「バカですの!?」

 目を見開き、思わず大きな声が出た。

 しんっと静まった図書館にわたくしの声が響き、一気に周囲の視線を浴びる。

 本当ならそのまま済まして退出していきたいのだが、わたくしは両手をテーブルにつき男を睨みつけた。

 「これまでの態度のどこに好意がありまして?バカにするのもいい加減にしてちょうだい」

 「いやいや、嘘じゃないさ。あんたが近々離縁して伯爵家を出るかもって話が来たから、こうして急いで会いに来たんだ」

 そこでわたくしはピンときた。

 つまりこの男は伯爵令嬢と結婚したいのだ。

 身なりも良いし、正騎士は貴族が大半だが、ごく一部の正騎士と従騎士には実力や財力のある平民が授与されることもあると聞く。つまりこの男はそういう者なのだ。

 若いので従騎士なのだろう。正騎士へ昇格するには実力はあってもやはり爵位持ちとの縁故はあったほうがいい。わたくしの兄は正騎士なので、とっても利用価値があるのだ。

 「わたくしを利用しようなんて、とんだ食わせ者ね」

 怒りの感情のままぎろりと睨みつけるが、男はおもしろそうに微笑している。

 このまま帰るのは我慢ならず、どうしたものかと考えていたら、ふと名案が浮かんだ。

 すっと怒りの感情を押さえ込み、両手もテーブルから離して腕を組んだ。

 「……まぁ、確かに貴族の女が1人で生きていけるほど世の中甘くありませんわね」

 「だろう?」

 したり顔の男に、わたくしは意地悪な笑みをこぼした。

 ひょいっと隣のイスに置いておいた、小さなバックを手にする。それは片面両手を広げたくらいの大きさで、円筒の形をしたバックだった。

 「わたくしとってもお金がかかる女ですの。破産寸前まで追い込まれた男や、別邸を売り出した貴族をご存知かしら?」

 いろいろあったけど、どんどん貢いでくる男達がいたのは事実。

 貢物はしっかり有効利用させてもらっている。

 とんっとテーブルの上にバックを乗せる。

 すっかり勝ったと余裕で微笑したままの男に、わたくしはゆっくりと爆弾を落としてやった。

 「このバック一杯の宝石をいただけるかしら?結婚はそれからですわ」

 ふふん、と勝ち誇る。

 だって、男ときたらさっきまでの余裕のある顔を消して、きょとんとしてるんだもの。

 「期限は明日のこの時間まで。わたくし愚図は嫌いなの。それでは失礼、未来の旦那様?」

 さっと本を抱え、皮肉を残してわたくしはさっさと席を離れた。


 帰りの馬車の中、わたくしはバックを見ながら笑みを浮かべる。

 貴族でも難しいだろうし、平民がこのバックに一杯の宝石なんて、数日で用意できるはずがないわ。それを明日までに、だなんて絶対に無理よ。

 それでも一応明日も図書館には行く。

 だって持ってきてないのに持ってきていたのにいなかったなんて言われたくないし、まぁ多分こないだろうけど、今日は読みたい本も読めなかったから行っても損はない。

 上機嫌で帰宅したわたくしを見て、アンが首を傾げた。

 「シャーリーお嬢様、何かあったんですか?」

 「うふふ、聞いてくれる?」

 わたくしは事の顛末を話した。

 「ほーっほっほっほっほっ!あの顔といったら見せてやりたかったわっ!」

 「お嬢様ったら、どこのどなたかも分からないのでしょう?そのようにからかってはいけませんよ」

 「あら、わたくしと知って挑んできたのよ?手加減無用よ」

 ふんふーんと鼻歌交じりに悪女メイクを落とし、図書館で読めなかった純愛小説を読むべく妹の部屋へ向かった。



 翌日、わたくしは早めに図書館に来ていた。

 妹からとある作家の本をオススメされたのだ。

 もちろん妹は注文はしていたのだが、新人作家の爆発的人気に増刷が間に合わず入荷待ちらしい。図書館にはあるというので、こうして読み漁っているのだ。

 ちなみにこの本は純愛だが、歳の差愛。イリスもびっくりの20才差愛だ。

 挿絵を見る限り主人公の兄くらいにしか見えない。

 さすが二次元の世界だ!

 現実世界で変態と外見通りの25才差婚させられそうになったわたくしには、羨ましい限りのお話でした。

 そこへふっと影がかかった。

 見上げれば昨日の男がテーブルを挟んだ前の席に立っていた。

 「あら、いらしたのね」

 正直驚いた。

 何しに来たんだろう。

 「あぁ、約束だからな。ほら」

 そう言って男は口が紐で縛られた、白い布の袋をテーブルに置いた。

 がちゃりと音がしたがなんだろうか?

 あぁ、もしかして宝石のかわりに金貨を持ってきたのか。

 わたくしはくすっと笑った。

 「代用品ですの?」

 「何を言ってるんだ。ほら、確かめろ」

 そう言って男は紐をほどき、袋の口を大きく開いて見せた。


 そこには拳ほどもあるダイヤが光る重そうな金のネックレスを始め、黄色、緑、青、赤、真っ白の輝く宝石がちりばめられた宝飾品がぎっしり入っていた。


 「……は?」

 素で目が点になった。

 こんな衝撃はあの変態侯爵の誕生日プレゼント以来だ。 

 「ほ、本物?」

 かすれた声で問えば、男は眉間に皺をよせた。

 「本物だ。手にとって確かめろ」

 そんなこと言われても鑑定士ではない。

 だがおそるおそる1つを取ってみるが、ガラス品で作られたイミテーションのように気泡があったり、くすんだ色合いではない。もう1つも、次も、次も、次も……本物だった。

 これはどういうことだろうか?

 ぐるぐると何故?という疑問だけが頭の中を巡る。

 この袋全部が宝石なら、バックから溢れること間違いなし。

 「さぁ、これで気がすんだか?」

 清清しい笑みを浮かべる男を、わたくしは呆然と見ていた。

 平民ではないの?では貴族でわたくしを嫁に、なんて言ってくる男がまだいたというの? 

 「あ、あの……あなたは……」

 「あぁ、未来の旦那様でいい」

 「名前教えて!」

 皮肉を返されとっさに大きな声が出た。

 また周囲の目線がわたくし達に突き刺さっているんだろうが、そんなことまで気が回らない。

 「そうだな、サイラスという」

 家名はないの?

 「わたくし、あなたに会った記憶がないわ」

 「俺もあんたを見たのは、この前出席したセイドの結婚式が初めてだ。ほら」

 サイラスが差し出したのは、コスモスの刺繍が施された絹のハンカチだった。

 「これ、わたくしの……」

 「そう。庭で見つけた。あんたが花嫁の涙を拭いてやったやつさ。全部見てた」

 カッと顔が熱くなった。

 どこで見ていたのだろう。

 「セイド様のご友人でしたのね」

 レインの旦那はとにかく男女にモテた。彼の男友達も調査済みだったはずだが、サイラスは引っかからなかった。

 つまりサイラスはセイド様の友人と嘘をついているのか?

 「あんたのことはセイドからも聞いたが、レイン嬢からも聞いた」

 ぴくりと頬が引きつった。

 レイン、あなた余計なこと言ってないでしょうね。

 「新婚旅行に同行してやろうかと言ったら、2人ともしっかり教えてくれたよ」

 にっと口角を上げ、意地悪く笑った。

 「無粋ね。新婚の惚気に当てられて頭がおかしくなったんじゃないの?」

 「何が?」

 「2人に聞いたなら、わたくしがどんなに狡猾に邪魔をして、レイン様を泣かせていたか知っているでしょう?それを知って結婚だなんて、人をからかうのもいい加減にして」

 「でも約束だろう?」

 ほら、と宝石の入った袋をわたくしの方へ押しやる。

 そうだった、と目の前の宝石の入った袋を見つめ、再び言いようのない不安に襲われる。


 ……つまりわたくしの負け。……負け?


 がたんっとイスを倒す勢いで立ち上がる。

 そしてそのままバックだけ手にすると、脱兎のごとく逃げ出した。

 もう、見栄も何もない。

 とにかく敗北感一杯で、無我夢中で逃げ出した。

 女の足だから、サイラスが追ってくるなら捕まっただろうが、彼は追いかけてはこなかった。

 図書館を出て、敷地を出て、街中を走って横腹が痛くなってようやく止まった。

 はぁはぁと肩を大きく上下させて息をし、これからを考える。

 今日はとりあえず逃げた。

 でもサイラスはわたくしの家も知っているだろう。

 明日はどうしよう。その次は?

 両親が知ったらどうしよう。今まではどうにか見守ってきたものの、最近はお嫁に行かなくて良いから無理はしないで、と泣きそうな顔で言われた。

 サイラスというあの男。口はともかく身のこなしは洗練されている。優雅と言ってもいい。立ち姿も絵になる。 財力もあると分かった。そして年齢も問題ないし、職も問題ない。顔もいい。


 ……あ、ピンチ。


 今度こそと喜んで賛成する両親の姿が目に浮かんだ。


 「嫌よ。……男の心配しながら生きていくなんて、絶対嫌」

 ぐっと涙を堪えて、顔を上げる。

 敵を知らねば対策もできないわ。

 わたくしは急いで辻馬車を捕まえた。

 自宅へ向かいながら考えた。

 行先はまず軍という共通点でイリスのところだ。そしてそのまま泊まらせてもらおう。そして明日は今日新婚旅行から帰ってくる予定のレインのところに行こう。

 こうしてわたくしは1度家に戻り、アンにイリスのところへ行くとだけ伝え、簡単な荷造りで嵐のように立ち去った。


 夕食時間間近になって訪れた非常識なわたくしに、イリスは驚いたものの快く迎えてくれた。

 残念ながら旦那様は仕事でお留守だったが、夕食をご馳走になりながらサイラスのことを聞いた。

 「ごめんなさい、知っている騎士や従騎士の方でそのお名前の方はいないわ」

 「そう」

 残念そうなわたくしに、イリスは「ごめんなさい、お役に立てず」と申し訳なさそうに言った。

 サイラスが騎士か従騎士かなんてあくまで予測なので、イリスが知らなくても仕方ない事だった。

 あわててわたくしは話題を変えた。

 話題はもちろん手紙の件だ。

 給仕を下がらせて、わたくしはにんまり笑ってイリスに言った。

 「いいものを贈ったわ。明日にでも届くだろうから、頑張って」

 「まぁ、何かしら?」

 やや頬を赤らめながら期待するイリス。

 箱を開けたとたんに硬直するかもしれないわ、と予想して「内緒」と笑って期待させた。



 翌日訪れたハートミル侯爵邸。

 まさか超ど級の爆弾が投下されようとは思いもしなかった。


 帰って来たばかりだが、セイド様は出仕しており留守。

 心置きなく話ができると、レインとともに中庭の見えるテラスでお茶をしながらサイラスの話をした。

 「それで、イリスも知らないっていうの。彼は従騎士ではなくて軍部の人間なのかもしれないわ」

 騎士団と王立軍は別物として存在している。

 騎士団は主に王城や王侯貴族の守護を行っており、その他のものを王立軍が一手に引き受けている。もちろん戦争になった場合も、彼等が最初に動くのだ。

 そのせいで軍部組織は巨大だし、人も多い。

 イリスが知らないのも無理はない。

 「で、絶対知ってるわよね、レイン。あの男はどこの誰なの?」

 じっとレインを見つめると、彼女は困ったように目線をさまよわせた後、長い沈黙に耐えかねて観念したようにぽつりと衝撃の告白をした。


 「あの方は隣国イズーリの第3王子様なの」

 「なぁんですってぇえ!?」

 おもわずあげた大声に、レインはビクッとしたが、わたくしの勢いは衰えない。

 「何で隣国の王子があなたの結婚式に出席してるの!?」

 「あ、実はセイド様の留学先の学校で意気投合したそうで…」

 「そう、あなたの旦那は無駄に頭が良かったからね。腹黒同士でお友達なんて最悪だわ」

 ふふっと困ったように微笑むレインを尻目に、わたくしは行儀悪くも紅茶を一気に飲み干す。

 そしてはたっと気がついた。

 王子と友達ということは、わたくしの評判は黙っていてもセイド様が面白おかしく誇大に話してくれるだろう。きっと諦めるように、むしろ嫌うように説得してくれるに違いない。

 「ふふっ、ごめんなさい、レイン。わたくしもう大丈夫よ」

 「え?」

 さっきまで怒っていた女が、いきなり余裕の笑みを浮かべたので驚いている。

 わたくしはにっこりして、レインにその理由を教えることにした。

 「だって、セイド様なら絶対彼を止めてくれるはずよ。だって、あなたにどれほど意地悪だったかをご存知ですもの。ほーっほっほっほ!」

 愉快愉快と笑い出すわたくしを、なぜかレインは泣きそうな顔で見ていた。

 え?何、そんなにわたくし残念なの?

 「れ、レイン?わたくし変?」

 おそるおそる聞くと、彼女はますます瞳を潤ませて首を振った。

 「どうしたの、レイン?何が悲しいの?」

 やっぱりわたくしが壊れたとでも思ったのだろうか。

 「違うの、シャーリー。わたし、あなたのこと旦那様に言ってしまったのっ!」

 何を?

 それは顔に出ていたのだろう。レインはぽろりと涙をこぼした。

 「ごめんなさい。本当はあなたが必死で悪女の振りしてるって言っちゃったの」

 一瞬の間の後、わたくしは絶叫した。

 「えぇえええええ!?何で、どーして言っちゃうの!?わたくしと約束したじゃない!」

 「だって、あまりにセイド様がシャーリーを悪く言うから、つい……」

 「ついって、あなた!」

 「ごめんなさい!」

 本格的に泣き出したレインを見て、わたくしはそれ以上糾弾できず、とりあえず立ち上がってレインの肩に手を置いてそっとハンカチを差し出した。

 「泣かないで。あなたは優しすぎたのね。大声出してごめんなさい」

 「いいえ、わたしが約束を破ったの。ごめんなさい!」

 涙の溢れる瞳がわたくしを見つめる。

 ……とっても罪悪感を感じた。

 そっと目線を回りに走らせる。

 こういう場合、奥様を泣かせた女っていう鋭い目線がくるはずなのに、さっきからちっとも気にならない。控えているメイド達の(しつけ)が良過ぎて無関心なのか?冷たい家なのか?

 だが、わたくしの目に入ってきたのは、声を押し殺して涙ぐんで控えているメイド達だった。


 (……何があった?)

 きょろきょろと視線が定まらないわたくしに気づいたレインが、泣くのを止めて首を傾げる。

 「シャーリー?」

 「な、なんでメイドまで泣いてるの?」

 「あぁ、みんな知ってるの、本当のあなたを」

 「はぁっ!?」

 素っ頓狂な声を出したわたくしに、レインはまた泣きそうな顔で言った。

 「わたしが食事中にセイド様に申し上げたから、みんな知ってるの。お邸のみんなはあなたの味方よ」

 いえ、それ味方じゃないし。

 っていうかなんで食堂で話すかなぁ。せめて2人きりの部屋の中で話して欲しかった。

 「あなたのことで悩んでいたら、セイド様が食欲ないのかと聞いてきたの。悩みならすぐ言えとおっしゃって、またあなたが何か意地悪してるのかって言われて、わたしとうとう耐え切れなくなって!」

 「わ、わわわ分かったから、落ち着いて」

 いつのまにか肩を鷲掴みにされ、すがりつかれているのに気圧されて思わず背をそらす。

 「そ、その時のセイド様は何かおっしゃって?」

 「難しい顔をされていたわ」

 そりゃあそうだろう。今まで愛しい奥様に散々意地悪していたのが、実は嘘でしたぁなんていきなり聞いても信じられないのが普通だ。

 「その後もわたし気持ちが高ぶってしまって、みんな必死にわたしを慰めてくれたの」

 そうか、それはいい家に嫁いだね。

 「どんなにあなたがいい人か話して聞いてもらったの!」

 おいおい、それは余計だわ。

 「そしたらみんな号泣して…」

 「ちょっと!今すぐ執事を呼んで!緘口令(かんこうれい)徹底させなさい!!」

 他所のお邸だったが、すぐさま呼んできてもらった。

 ぐすぐすと嗚咽が続くレインを座らせ、その横で仁王立ちしてピンと背筋の伸びた老齢の執事と向かい合った。思えばこの執事も突撃訪問したわたくしを、渋顔で睨んでいたっけ。

 「お邸中の使用人全てに、レインが話したわたくしの噂を外に漏らさないようにしていただきたいの。緘口令をお願いしますわ」

 「かしこまりました、シャナリーゼ様」

 深々と頭を下げた執事だったが、上げた顔は慈愛に満ちた微笑が浮かんでいた。

 「若奥様のためにご自身が犠牲になられるなんて、なんと慈悲深い方でしょう。我々はいつでもあなた様を歓迎してお迎えいたします。どうぞこれからも、一時の憩いの場としてご訪問下さいませ」

 あの渋顔執事が微笑み、訪問するたびにさっさと帰るように促していた、あの執事が訪問を勧めてくるなんて!

 わたくしは微笑むレインをチラリと見た。

 このこ、なんて言ったのかしら。

 むしろどんな話術で懐柔したのかしら。

 嫁ぎ先で上手くやっていけるかしら?なんて心配皆無だったってこと!?

 周囲の暖かい視線に耐え切れなくなったわたくしは、逃げるように侯爵邸を後にした。

 ちなみに帰る際に侯爵家の料理長から、特製の焼き菓子とケーキを沢山お土産として持たされ、庭師からは花粉の処理をされた真っ白な百合の花束を贈られた。

 あまりのことに顔を真っ赤になりながら、逃げるように馬車に乗り込んだ後、わたくしはがっくりと頭を垂れた。

 「……しばらくレインには会わないでおこう」





 読んでいただきありがとうございました。


 短編って私に向かないみたいです(泣)

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