勘違いなさらないでっ! 【16】
こんにちは、今週も1回更新です。すみません。
プリーモの月変わり新作チョコレートが届いた。本店と2号店の限定品。
届けてくれたのはエージュでもない、ただの貴族御用達の配達人だった。
ティナリアをお茶に誘い、本店のチョコレートを振舞った。
感激して頬を薔薇色に染め、口の中に広がる余韻をうっとりとして楽しむティナリアを見て、わたしもピンク色のチョコレートを手に取った。
「あの、お姉様、サイラス様はまだいらっしゃいませんの?」
「さぁ。何の便りもないから、まだお仕事中でいらっしゃるのでしょうね」
我関せず、と紅茶に口をつけていると、睨むようなティナリアの視線を感じた。
「なんです、ティナ。あなたが睨んでも、ちっとも怖くないわ」
「迫力の問題じゃありませんわっ!」
ぷんすかと怒るティナリアもまた可愛らしい。戦慄を覚えるのは彼女の本棚のコレクションのみだ。
「ねぇ、お姉様。もうすぐ3週間よ?気にならないの?」
「気になったところでどうするの?下手に連絡をとるより、お仕事に集中させていたほうがいいこともあるのよ。特にあの人はそういう仕事をしているのだから、下手に手を紛らわせてはいけないわ。あなたも勝手なことをしてはダメよ」
そう言ってティナリアを見れば、なぜか呆けていた。どうしたの?
「ティナ?」
「あ、はい。わかりました。何もしませんわっ!」
早口に返事をすると、ティナリアは打って変わってご機嫌な様子でチョコレートをつまみ出した。
……変な子。
ふと庭を見ると奥の木が、わずかに赤や黄色に色づいていた。
「もう秋がくるのね」
ポツリと漏らした言葉に、ティナリアも庭を見た。
「来週お姉様のお誕生日ね」
「そうね」
貴族は誕生日などのイベントが大好きで、余裕がある家は大なり小なりパーティを開いたりするが、なんせ悪名高いわたくしのパーティなんて出席者も限られるので開いていない。最後に開いてお祝いしたのは12才の時だ。それ以来は家族で祝うささやかなもので、ティナリアに言われるまでわたくしも忘れていた。
夏の始めにレインとセイド様の結婚式があり、それから10日も経たないうちに現れた妙な求婚者。いろんなことがあった騒がしい夏ももう終わり。朝晩がすっかり過ごしやすくなった今日この頃、あと5日でわたくしも20才になる。
いろいろあって孤児院には行けてない。
そろそろ訪問するのもいいかもしれない。頻繁に出入りすると、どこで噂が広まるかわからないから面倒だ。
胸元で静かに揺れる黄色いペンダントを摘み、わたくしは自分の誕生日祝いに何を持って行こうかと考えた。
きっと喜ぶだろう大きなケーキは絶対必要だし、それ以外にも沢山の焼き菓子が必要だ。なんせ日持ちするから後日ゆっくり食べられる。それから食べ盛りが多いし、小さい子でも食べられる柔らかいパンとパスタとパイ包みの料理もいいわ。冷たいものは溶けてしまうから、でもスープは欲しいわ。あっちで温められるし、あっさり味とこってり味の2つは欲しい。それから……。
バタバタ……バタン。
ざわざわ……。
「何でしょう?」
突然騒がしくなったことに、ティナリアが不安げにドアを見つめた。
「お客様にしては妙ね」
そんな話は聞いていないし、突然訪問もないこともないが、ジロンド家にはサイラス以外ここ数年突然訪問するような人物はいない。
「悪いけど、様子を見てきてくれる?」
側に控えていたアンに言えば、サッと頭を下げ出て行った。
そうして戻ってきたアンだったが、なぜか顔色の悪いお父様も一緒にやってきた。
「どうなさったの?お父様」
わたくし達がゆっくり立ち上がると、お父様はツカツカと大きく足を開いて近づいてきた。そしてがしっとわたくしの肩を両手で掴んだ。
「落ち着いて聞くんだぞ、シャーリー」
「はい」
「…………」
なぜか父は無言でわたくしを睨んでいた。
「……お父様こそ落ち着いていらっしゃらないのではないですか?」
「そ、そうか!?」
「何があったのですか?」
「…………」
やはり父は言い出せなかった。
わたしは父をじっと見たまま「アン」と呼んだ。
「お母様は?」
「お倒れになっておいでです」
「は!?」
ぎょっとして父の肩越しにアンを見た。
ティナリアも「まぁっ」と口を両手で覆っている。
「何があったんですの?お父様」
とっととおっしゃいませ、と睨みつけると、父はようやくもごもごと口を動かした。
「……怪我をされたと連絡があった」
「誰がですか?」
「サイラス様だ。任務の最中で大怪我をなさったと言う話だ」
「……そうですか」
淡々としたわたくしの声色に、父はおろかティナリアも目を見開いた。
「あれだけ怪我がないように、と言いましたのに。まぁ、指揮官でも怪我はするものだということですわね」
「シャーリー、お前何をのんきなことを!」
「お父様こそそんなに動揺してどうしますの?サイラスの仕事についてはお父様もご存知だったではないですか」
わたくしはちらっとティナリアを見たが、やはり動揺しているので放っておくことにした。
父に目線を戻すと、わたくしの肩から手が離れ、顔色も幾分元に戻っていた。
「で?その怪我というのは本当ですの?また手の込んだイタズラではありませんの?」
すっかり疑い深くなってしまったわたくしに、父はふるふると小さく首を振った。
「真実だ。早速だが友好国と御学友という間柄ということで、皇太子様と補佐のセイドリック殿と他数名がイズーリへお忍びでお見舞いへ行かれる。ジェイコットも護衛で向かうことが決定した」
「そうですか。ではお手紙でも早急に書きますわ」
「お前も同行するんだ」
言われてからたっぷり数十秒間が空いた。
…………。
「はい?」
こんな真顔で固まって声だけマヌケな声って、結構笑えるのかもしれない。でもこの場で笑うような猛者はいない。
「陛下よりお達しが来た。拒否は許されない。お前は婚約者候補として同行するんだ。お前の話し相手として、セイドリック殿の妻のレイン夫人もご同行される」
「ちょっと待って、お父様!婚約者候補ってどういうこと!?」
「イズーリではお前がそう認識されていると言うことだ。とにかく今夜出発するそうだ。さっさと準備しなさい。王城から迎えが来てしまうぞ!」
「まぁっ!それは大変ですわっ!」
急にアンが活き活きと動き出した。
「さぁ、お嬢様お部屋へ!」
さぁさぁ、と言わんばかりに背中を押してわたくしを連れ出す。
「お父様。わたくしも少し出て参りますわっ!」
後ろからなぜかあわてたようなティナリアの声がしたが、そんなの気にすることもできないまま部屋へとアン、それにいつの間にか増えた2人のメイドと一緒に連行された。
「ちょっと、滞在期間もわからないのよ?」
「とりあえず一週間分ご用意いたします。わたしはお供できませんが、不自由がないようしっかりご準備させて頂きます!」
「頂きます!」
と、2人のメイドも意気込む。
「そうだわ。プッチィとクロヨンのお世話はアンに任せるわ」
「はい。お任せ下さい!」
そういいながらもクローゼットの中身をチェックしていく。
「レインまで行かせるなんて」
ポツリとつぶやいた言葉には誰も気づかない。
ライアン皇太子はわたくしの性格をご存知だから、わたくしが1人でも全然退屈しない女だってことは知っている。おそらくわたくしの話し相手に、という口実はセイド様の入れ知恵だろう。そこまでして一緒にいたいのか、あの新婚残念男っ!
「あ、そうだ。アン、あの靴持って行くから」
言えば、アンはこくりとうなずいて、あの重い凶器の靴を取り出した。
さてさて、何があるかわからないからこちらも準備していかないといけない。イズーリの第3王子としてのサイラスの顔を知らないので、正直どういう周囲に囲まれているのかわからないのだ。あの腹黒全開でいるわけではないのは確かだし、かといってあのキラキラスマイルオーラ全開でいるのだろうか。後者だと厄介な女の影がぷんぷんする。
「アン、胃薬と解毒薬、それから精神安定と安眠の薬茶葉も大量にね」
「かしこまりました。頭痛薬と痛み止めもご用意いたします」
「よろしく」
わたくしの危惧するところがわかったのだろう。アンは2人のメイドにそれぞれ指示を出して、部屋を出て行った。
……さて、とわたくしは準備するメイド達を見ながら考えた。
サイラスの大怪我と言うのが気になっていたのだ。ライアン皇太子までお見舞いに行くとなるとうそではないようだし、軽くもないのだろう。もしかすり傷くらいでこの騒ぎなら、とんだ王子様サマだわ。それこそ鼻で笑ってやる。そしてこれ以上ないくらいに子どもを相手にするように、あの黒い髪の頭をこれでもかとなでてやろう。ついでに子守唄でも歌って布団でもたたいてやろう。
……でも、本当に大怪我ならどうしよう。
父が血相を変えていたのを見て、わたくしも心底驚いた。聞いたときは、これでも呼吸を忘れるほど驚いたのだ。
でも聞いて倒れる女をサイラスは必要としていないだろうし、わたくしが倒れるなんて聞いた日には、一生笑いのネタにされるだろう。わたくしが動揺すればティナリアもあれ以上の衝撃を受けるだろうし、それこそ母と同じで倒れたかもしれない。父もわたくしを少なからず心配する。
あの場で動揺したって倒れたってサイラスが回復するわけではないのなら、わたくしは平然と事実を受け止めるだけだわ。しっかりした頭でお見舞いの手紙を書くつもりだったもの。
でもまさか同行させてもらえるとは思いもよらなかった。
婚約者候補ということで呼ばれているのなら。少なくともイズーリでの候補達もサイラスのお見舞いに訪れているのだろう。
…………。
……いろんな覚悟しておいたほうがよさそうね。
はぁっと知らずにため息がでた。
最近ちょっとその手の世界から離れていたので大丈夫かしら。まぁ、嫌味合戦ならどうにかなりそうだし、実力行使も多勢でなければいけるでしょう。あの靴もあるし。
次々と膨らんでいく大型のトランクが6つを越えた頃、さすがにあれもこれもと持って行き過ぎだわとアン達を止めた。足りない時はむこうでそろえるからいいわ、と言えばようやく彼女達の手が止まった。
「お姉様っ!」
部屋の片付けがそろそろ終わる頃、息を弾ませてティナリアがやってきた。
「これ、わたくしとリンディ様から」
そっと差し出されたのは腕の肘から上の長さくらいの長方形の箱。黄色と赤のリボンが花のように結ばれていた。
「まぁ、これは何?」
本ではなさそうだが、それでも不安は残る。
「きっと役立つと思うの。だってあっちには悪い女の人がいるかもしれないし」
「大げさね。悪い女なんてその辺ごろごろいるわ。わたくしもそう言われているのよ」
ふふっと笑えば、ティナリアはぷぅっと頬を膨らませた。
「お姉様は悪い人じゃないわ。みんな見る目がないんだから!」
「いいのよ。見る目がないほうが静かでいいわ」
サイラスみたいのなのが何人もいたんじゃ、心身消耗で寿命が減るわ。あの人は1人でたくさんです。
箱を開けようと思ったのだが、ふと窓を見れば薄暗くなっていた。
「時間がないみたい。あとで開けてもいいかしら?」
「えぇ、そうして!」
にっこり微笑んだティナリアに、わたくしは何で不安を覚えたのだろうと、疑った自分を反省した。
ほどなく迎えに来た馬車に荷物とともに乗り込み、そこから小一時間程駆け足の馬車に揺られ王城を目指した。
わたくしは陛下に謁見することもなく、とある客室へと通された。
絢爛豪華な客室にはレインがおり、わたくしを見るとぱぁっと顔を輝かせた。
「シャーリー!」
「まぁ、レイン大きな声を出してはダメよ」
そっとたしなめると、レインは控えている数名のメイドをチラッと見て「ごめんなさい」と小さく口元を押さえて言った。
白い豪華な長椅子にゆったりと座ると、サッとメイドが紅茶を持ってきた。
「セイド様は?」
「ライアン皇太子様と陛下に謁見されてるわ」
「あなたも急なことで大変だったんじゃない?」
「そうね。自分だけじゃなく、セイド様のご準備も任されて大変だったわ。今でも忘れ物がないか不安だもの」
「ふふっ、大丈夫よ」
心配性なレインをやんわりと慰めていると、客室の両開きのドアがノックされた。
ガチャリと両側に控えたメイド達が同じタイミングで開くと、そこには金髪の正統派優しい王子様代表のライアン皇太子と、やはり金髪に青い目の凛々しい貴公子代表セイド様の姿があった。
だが、この2人の中身が残念なくらいの「妻命!」で、しょっちゅう妻のことで悩み悶えている。ほら、今だってライアン皇太子はセイド様を睨みつつ「リシャーヌが妊娠してなかったら一緒に行けたのに。でも子どもは嬉しいし……あぁっ!」と小さく嘆いている。その横でセイド様はレインだけを一直線に見つめている。
……もう、勝手にしてて。あなた達サイラスのお見舞い本気で行く気あるの!?
やや怒鳴りたくなったのは許して欲しい。
ここが王城でなかったら絶対怒鳴っていた。
でもそんな想いより先にわたくしの口が動いた。
「旅行に行くんじゃありませんのよ」
冷ややかに見つめるわたくしの前で、ライアン皇太子とセイド様はピタッと固まった。
「朝を待たずに出立するなんてよほどのことでしょう。わたくしなんてお見舞いの品も用意できないまま来ましたの。……とっても心配ですわよねぇえ?」
どうだ、とばかりに固まった2人を見れば、サッとライアン皇太子が顔色を変えて動き出した。
「そ、そうだ。手紙に詳しくは書かれていなかったが、シャナリーゼ嬢を必ずイズーリへ向かわせるようにと、イズーリ王妃の署名があったのだ。サイラスは任務終了間際に事故に巻き込まれたようだ。本来なら回避していたはずだったが、どうにも動きの悪い部隊がいて、その指揮を直接とるため戻った際に巻き込まれたそうだ」
「そうですか」
レインが痛ましげにわたくしを見ているが、鍛えた表情筋は無表情を貫いていた。
「その部隊に死者は?」
「ない、と聞いたが。怪我人はいるようだ」
「なら安心しましたわ」
は?とライアン皇太子がおかしな顔をした。
セイド様も意味がわからないといった顔をしている。
「サイラスがわざわざ指揮をとりに戻ったのでしょう?自分が怪我してまで指揮をとったのに、おめおめ死者なんて出していたら、彼にとっては『骨折り損のくたびれもうけ』ですわ」
「そ、そうだな。サイラスがいたから死者がでなかったのだからな」
「そうです。もっと言えば彼以上の怪我人もいないことが好ましいですわ」
「……シャナリーゼ嬢、どこまで君は強いんだ」
しゅんと叱られて犬のようになってしまったライアン皇太子に、わたくしはにっこり微笑んだ。
「勘違いですわ、ライアン皇太子殿下。もしわたくしが彼なら、と思っただけですわ。まぁ、見事に回復した暁には、その部隊を徹底的に使い物になるように仕込みますけどね。ふふふっ」
にたりと思わず口角が上がったわたくしを見て、レインは「まぁ、シャーリーたら」と冗談だと思って微笑んでいる。
本気だ、と思った男性2人はおもわず生唾を飲み込んだ。
「さぁ、その部隊をしば……いえ、サイラスのお見舞いに参りましょう」
ついでた本音を打ち消すように、わたくしはにっこりと微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます。また来週更新致します。




