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勘違いなさらないでっ! 【15】

お久しぶりです。最近ストレスがたまらず、更新が週1になってますね。

 「本日は真に申しわけございませんでした。主がいまだにすねておりますので、大変失礼ながらわたくしめが代わりに謝罪させて頂きます」

 サイラスが滞在している客間にある応接室で、エージュはしっかりと腰を折り頭を下げた。 

 その横の長椅子に顎を乗せて肩肘をつき、ふんっと顔をそらしているサイラスがいる。

 わたくしはその向かいの長椅子に座り、アンはワゴンの側で控えていた。

 「お詫びの品としては時間がなくご用意できておりませんが、こちらイズーリ国王都のチョコレート専門店プーリモの今月限定のギフトBOXという詰め合わせでして、数量限定ながらどこぞの誰かさんがわがままを言われて増産させたというものです。どうぞ」

 赤や黄色の大きめの水玉がプリントされた、まるでケーキが入っているような大きな箱を差し出す。それに気づいて血相を変えたのはサイラスだ。

 「おいっ、エージュ!」

 「お黙り下さい色魔の旦那様。これでもわたしはあなた様のお味方なんですよ」

 横目でサイラスを冷たく見下ろすと、次の瞬間にはにっこりとわたくしに微笑み箱を差し出した。

 「お受取頂けますか?」

 「喜んで」

 わたくしはにっこり微笑んでその箱を受け取った。

 「プーリモの店は純度の高い品質にこだわった品ばかりと聞くわ。大量生産すると質が落ちるからと懸念して、オーナーが支店を増やさないことで有名ね。おかげで手に入りにくいから、うちの国ではこちらのチョコレートを贈り物にすると大変喜ばれるのよ」

 「それはようございました。質の良いチョコレートは適度に摂取すると体に良いものとされています。ちなみにそちらは本店限定品でして、お気に召されたようなら2号店限定品のギフトBOXも後ほどお部屋に運ばせていただきますが?」

 「エージュッ!」

 とうとう横のサイラスが立ち上がった。

 しかしエージュは顔色を変えなかった。

 「本来限定品は味わって食べるものです。それを夜中にヤケ食いのように食べ散らかされては、あのチョコレート達がかわいそうです。ここはお詫びも含め、チョコレート達のためにもシャナリーゼ様に召し上がっていただくのが1番です」

 「だからと言って2つも渡すか!?」

 「乙女にひっぱたかれるようなことした方が何女々しいことおっしゃってるんですか。それにまだあるではないですか。全部並べましょうか」

 「…………チッ」

 サイラスは盛大に舌打ちして、どっかりと長椅子に座り込んだ。

 「ふふっ、エージュはずいぶん意地悪ね」

 わたくしは箱をテーブルの上に置いた。

 「エージュ、これ以上サイラスから甘いものを取り上げたら大変なことになりそうだわ。それにわたくしも一矢報いているのだから平気よ」

 「シャナリーゼ様がお優しい方で何よりでした。世の中奇異なことにキスで妊娠する女性がいるようで、わたしもその昔対処に苦慮したものです」

 さらりと暴露された話に、サイラスは苦虫をつぶしたような顔でエージュを睨み、わたくしはぷっと吹き出した。

 「ほほほっ!すごい女性がいるものね。キスで妊娠するなんて、それが本当ならわたくしは何十回と妊娠してますわね」

 にこやかに爆弾を落とせば、エージュはすぅっと笑顔から真顔へ戻り、サイラスは黙ってわたくしを見た。アンは黙って控えていたが、内心オロオロしていただろう。

 そんな2人を見て、わたくしはふっと口元をほころばせた。

 「そんな女に求婚してますのよ、あなたは。いい加減目を覚ましたらよろしいわ」

 実はキスされて頬を引っ叩いたのは初めてだった。

 急にされたことがないわけじゃなかったし、その時も驚きを必死に抑えて笑顔で耐えた。キスはちょっと不細工な犬や猫にされていると思えばいい。そう思って耐えてきた。

 最近はしてないけど、まぁキスというカウントに入れたくないということですっかり忘れていた。

 「目は覚めてる」

 「色魔の旦那様とアバズレ女。良い組み合わせとでも?」

 「そうやって無理に自分を落とすな。お前がやっていたことは、こっちで調べがついてる」

 「あらあら、やっぱりあなたは変わり者だわ」

 全部知ってて求婚するなんて、本当に馬鹿だわ。

 他国の伯爵家で、特に有名でもなければ権力があるわけでもない。財産も中の中。お兄様は出世頭で妹は妖精と称えられる美少女だけど、その足をひっぱるわたくし。

 「本当によく分からない人ね、あなた」

 「俺もお前が何にそんなにこだわっているのか、さっぱりわからんな」

 「お分かりにならなくて結構よ」

 ひょいっと箱のリボンをほどく。かぱっと箱を開けると、一口大の大きさの丸やハートの他、花の形や動物の形をした繊細なチョコレートが、一つ一つ虹色のセロファンに包まれて並んでいた。

 チョコレートといっても黒や茶色だけではない。白はもちろん、花は赤やオレンジの色がはいっているし、リスの形のチョコレートは微妙に頭としっぽの先の栗色の色が違う。

 「こんな繊細なチョコレートをヤケ食いだなんて、なんてことするのよ」

 「お前のせいだ」

 「あなたさっきからそればっかりね!」

 こんなお子様には付き合っていられないわ。

 わたくしは無難なハートのチョコレートを摘んで食べた。

 

 おいしい!!


 桃色の色をしたそれは、口に含んだ瞬間に桃の香りがすっと鼻に抜けていき、中から甘い香りと味が何回も広がる。でも最後にはすっきりした少し苦味のある甘さになり、けっして喉が渇くような甘ったるさはなかった。

 「良い笑顔だな」

 「さようで」

 うんうんとうなずくエージュに、わたくしははっと顔を引き締めた。

 「プリーモのチョコレートは最高だからな。いかに怒っていようが、すぐ笑顔になる」

 そう言ってさも当然のように、サイラスは箱の中から1つ摘むと口に放り込んだ。

 「弦まで再現されたバイオリンを見ないで1口!?あなたは大量生産された甘いチョコレートでも頬張っていればいいわ」

 「失敬だな。味にはうるさいぞ」

 「見た目も味わいなさいませっ!」

 プリーモのオーナー。姿を見たことはありませんが、あなたにわがままを言った人間はこのチョコレートを愛でることを知らないようです。今度から適当に型で固めたものだけ渡してください。

 「……お前、俺を残念な目で見るな」

 「見ますわ」

 「そんなにこれが気に入ったのか」

 「あなただってお気に入りなんでしょう」

 だからエージュが差し出したときに焦ったのだろう。


 ……チョコレートくらいでうろたえるな、腹黒王子。限定品だっていうのが弱点か?お前は女子かっ!


 「そんなに気に入ったなら、今度うちに遊びに出てくるといい」

 「嫌です。その手には乗りません」

 「信用ないな」

 むっと心外だとばかりに顔をしかめる。

 だが、その横でエージュは困ったように微笑んでいた。

 「信用なんてございませんわ。アンはあなたを紳士だと言っていましたが、わたくしだってわざわざわが身を危険に晒すことなんてしませんわ」

 「監禁するとでも思ってるのか」

 「思ってます」

 「信用ないな」

 「ありません」

 言葉のキャッチボールでなく、言葉の打ち返しと言ったほうがいいだろう。

 お互いじっと見た後は、一気に力を抜いてため息をついた。

 「しょうがない。来月の限定品を少し増産してもらおう」

 「かしこまりました」 

 どうやら自分の予約分を分けてくれるのではなく、オーナー泣かせになるようだ。宝石は出すクセに甘いものに関してはケチだ。

 「そういえば明日はまた鍛錬場に行くと聞いてるけど、問題起こすのはやめてね」

 「お前も来るか?」

 「行かないわ」

 「ティナリア嬢は行くぞ」

 「はぁっ!?」

 いつの間にそんな話になったのだろう。まさに寝耳に水。

 「今日会ったリンディ嬢も一緒らしい」

 「どうしてリンディ様も?」

 ふとエージュを見ると、なにやら知っているような笑顔であったので「エージュ?」と聞いてみた。

 「はい。実はお帰りの際にティナリア様がお話になっておりまして、リンディ様が羨ましいとおっしゃっていたのです。差し出がましいと思いましたが、お声をかけさせていただきました」

 「そう。それじゃあ仕方ないわね」

 わたくしは長椅子の背にもたれた。

 「来るか?」

 「行きませんわ。ティナリアももう16です。いつまでもわたくしがくっついていい年ではありません。それにお友達とご一緒するのですから、邪魔をしてはいけませんわ。わたくしはのんびり部屋でくつろいでおきます」

 それから本当にたわいもない話をして、ウィコット達を見せて、戯れて毛だらけになって母が卒倒しそうになったり、メイド達がバタバタと着替えだとコロコロを片手にやってきて掃除したりして、その日はやっと終わった。



 翌日。わたくしは母と共に兄とサイラス、そしてティナリアとリンディ様を玄関で見送った。

 「さぁっ!厄介者がいないうちにたまった愛読書を読むわよぉっ!」

 わたくしのオアシス。心の栄養。

 ……そういえば、リンディ様から何を頂いたのかしら?

 先程やってきたリンディ様は、小さな花のブーケと共に本だという包みをくれたのだ。

 部屋で早速開けてみた。

 すると中から木の実が……、じゃなく『森の中の貴方』というタイトルの画集が登場した。

 

 ……え?わたくし染められようとしてますか?


 罠だとわかっていながら、わたくしはページを開いた。

 ところが、その画集は意外なことに服を着た男女の画集だった。多少乱れたところがあったのは気にしないでおこう。

 時々精霊と思わしき姿やエルフといった、神話の世界のような話を図にしてあるものもあり、これはこれで美しい画集だった。

 絵柄がページごとに違うな、と思っていたら、最後のページに作者の名前が連立していた。どうやら合作集のようだ。

 ……後で知ったが、連立している全ての作者はすべてボーイズラブ系作家だった。

 つまり、意図的に服を着て書かれているが、全て男性の可能性があるということだった。まぁ、美しいからいいや。

 2冊目は他の作家さんが書いた筋肉を題材とした画集と、3冊目はわけあって姫として育てられた王子とその王子に恋する悪い魔法使い、そして弟を慕う兄王子の物語の本だった。

 ……3冊目、濃いな。

 登場人物紹介だけ目を通して、これは今読んで良いものか悩んでいると、部屋のドアがノックされた。

 入ってきたのは母だ。なにやら大きなバスケットを持っている。

 「シャーリー、ティナが忘れ物してしまったの。お昼を届けてくれる?」

 「お昼、ですか?」

 「そうなの。リンディ様とお外で食べたいんですって。貴方達みたいに」

 最後の母の一言で、わたくしはひくっと顔をひきつらせた。

 しかし母はにっこり微笑んだまま、バスケットをずいっと突きつけた。

 「よろしくね」

 「……お母様が行けばいいではないですか」

 「あら、ダメよ。お母様は今からお呼ばれしてるのよ。急がなくっちゃ。ではよろしくねぇ~」

 ほほほっと笑いながら、母はにこやかに押し付けて去っていった。

 そこへ示し合わせたかのようにアンがやってきた。

 「……お嬢様」

 「……仕度するわ」

 こうしてわたくしは再び第1鍛錬場へと向かった。

 ちなみにアンから「奥様からです」と、許可証を手渡された時にはうんざりした。


 そして今、わたくしは物陰からこっそり、見学席に座るティナリアとリンディ様を見ている。

 なぜ物陰からか。

 それは……彼女達が1人の男性と仲良く話しているからだ。

 これが迷惑そうな雰囲気なら堂々と合流できるが、とっても和やかに話しており、男性は同年齢くらいで身なりもいい。茶色の短髪で、まだ幼さが抜けていない顔立ちだが、優しそうに見える。見た目の第一印象は良い。

 ティナの横に少し距離を置いて座っているのもいい。

 しかもティナの横に座るリンディ様にも話しかけ、3人とも鍛錬場を見ては少し会話し、また鍛錬場を熱心に見ている。ナンパではないようだ。

 わたくしはそっとバスケットの中身を確認する。

 少し重たいそれはしっかり3人分以上あるようだ。

 これは、チャンスだ。

 ティナリアにも、少しだけ異性と健全な意味で触れ合って欲しい。

 わたくしのようなドロッドロで緊張と上っ面の触れ合いではなく、本でもなく、生身の男性の良いところを知って欲しいと思っていたのだ。

 ……わたくしじゃ、とても無理だ。

 彼女は守られるべきで、わたくしのように戦う女になってはダメだ。

 よし、お昼を渡してさっさと立ち去ろう!

 もともとさっさと帰るつもりだったので、アイラインは引かずに来た。良かった。これであの少年がわたくしを必要以上に怖がることはないだろう。

 なるべく優しい笑みを浮かべ、わたくしは3人に近づいた。

 「あ、シャナリーゼ様」

 最初に気づいたのはリンディ様だった。

 ……膝のスケッチブックとメモ帳が気になりますわ。

 「お姉様、いらしたのね」

 「えぇ、お母様から貴方に渡すように言われてきたの。はい」

 さっとバスケットを差し出すと、ティナリアはすっと立ち上がって両手で嬉しそうに受け取った。

 「こちらは?」

 「はい、お兄様が騎士をされているセナ様です」

 少年はさっと立ち上がり、人懐っこい笑みを浮かべた。

 「セナ・アイル・ウィングラーと申します」

 「ティナリアの姉のシャナリーゼ・ミラ・ジロンドですわ。ウィングラー男爵のお身内の方ね」

 「はい」

 セナ様の顔を良く見ると、誰かに良く似ていることに気がついた。

 「あの?」

 少し赤くなり照れたセナ様に、わたくしはふふっと笑った。

 「ごめんなさい。従騎士の方にセナ様に良く似た方がいたので、つい」

 「エドですか?」

 「まぁ、エド様をご存知なの!?」

 横からティナリアが驚いた声を出した。

 気づかなかったのかしら。そういえば、あの時見てたのは顔じゃなくて筋肉だった気がする……。

 「お身内だったのね」

 「はい。彼は兄の勧めで入団したんです。僕は試験に落ちてしまいまして」

 ははっと気落ちしたように笑うセナ様に、わたくしはにっこり微笑んだ。

 「でも妬んだりしないで応援なさるなんて、お優しいのね」

 「……もともと受からないとは分かっていたんです。僕は、少し足が悪いので」

 「でも挑戦なさったのね。すごいわ、ねぇ?」

 「えぇ!わたくし達も先ほど聞くまで分かりませんでしたもの。ねぇ、リンディ様」

 「そうですわ。それに先程聞かせていただいたご解説は、素人のわたくし達にも分かりやすかったですわ」

 そう言われると、セナ様は困ったような照れた笑顔で頭をかいていた。

 そしてリンディ様の「あ、模擬試合が始まりますわ」の一言で、わたくしはティナリアとセナ様に着席を促され、リンディ様の横に座ることになった。

 「あの模造剣はわざと柄の部分に(おもり)がしこんであるんです」

 「まぁ、では上腕二頭筋や三角筋だけでなく、総指伸筋や尺側手根伸筋しゃくそくしこんしんきんなどあらゆる所が鍛えられますのね」

 「今纏っている胸や脛の皮宛ても錘が入っているんです」

 「なるほど、立派な広背筋(こうはいきん)下腿三頭筋(かたいさんとうきん)(要するにふくらはぎ)が育ちますのね」

 ……横の会話が噛み合っていないような気がするのは気のせいかしら。

 しかしセナ様もにこにこと解説をしているし、ティナリアは鍛錬場の様子を見ている。リンディ様もセナ様の解説に相槌をうちつつ、密かにペンを走らせている。

 ……退席していいかしら。

 その前に、と思って目線を走らせるが、見える範囲に兄とサイラスの姿はない。どうやら奥で騎馬でもやっているのだろう。

 そんな時に、わたくしはやや小さな声でリンディ様から声をかけられた。

 「シャナリーゼ様にお聞きしたいことがあります」

 「はい。わたくしで答えられることなら何なりと」

 ちょっと恥ずかしがった様子のリンディ様。だがすぐ意を決したように顔を上げた。

 「あのっ……人を蹴ったことはありますか!?」

 「ございます」

 「どうなりましたか!?」

 若干大きな声になったものの、ティナリアもセナ様も気づいていない。

 「悶絶してその場に倒れこむか、吹っ飛びますわ」

 だってこっちはか弱い十代の令嬢よ。手加減なんてしてたら、こっちの身が危ない。やるなら全力で、がモットーだ。兄もそう言っていた。

 「やはり吹っ飛ぶことは可能なのですね」

 「そうですわね」

 こくっとうなずいたわたくしに、リンディ様は更に目を輝かせて聞いてきた。

 「あの、鞭を持ったことはございますか?」

 「……乗馬の際にはもったことがありますが、お聞きしたいのはそれ以外ということでしょうか?」

 先手を打てば、リンディ様はためらいなく、期待を込めてうなずいた。

 ……わたくしは考えた。

 そして、正直に言うことにした。

 わたくしと目が合うと、リンディ様はごくりと息を飲み込んだ。

 「ございます。いろいろ事情がありまして、身の危険を感じたので使用しました」

 「どうなりましたか!?」

 またも若干声が大きくなるが、やはり2人は聞いてはいない。

 「痛みに悶絶し、更に怒るかと思ったのですが、わたくしはついておりました」

 そしてわたくしは、そっと目線を遠くに飛ばした。

 「その方の新しい扉を開いたようで、ご本人も最初は自問自答して戸惑っておられましたが、わたくしも段々別な意味で怖くなりまして……、気がつけば懇願されておりました」

 「まぁっ!」

 リンディ様は期待を込めて目を見開き、息をごっくんと飲んだ。


 勘違いなさらないで、リンディ様。わたくしにその筋の趣味はございませんよ。


 その目に先を促され、わたくしは抑揚のない声で先を語った。

 「あれは恐怖でしたわ。打っても打っても(すが)ってきます。わたくしも妙な才能がありまして、的確にその場所を打てるのです。足蹴にし、髪を掴みましたが実にうっとりされてしまい、やはり打つしかありませんでしたわ」

 「まぁあ」

 わたくしとは逆にキラキラしているリンディ様。

 「とにかく最後は執事が助けてくれまして、その方にはその筋の専門の方をご紹介したのですが、なぜか年下の貴婦人に打たれたいという願望が抜けず、今も苦労しているそうです」

 そう、これは現在進行形の問題だ。

 いまだに「君が忘れられない」と手紙が来る。

 もちろん燃やす。

 もともと女性を痛めつける趣味のあった男だった。皇太子の依頼で近づいた男だったが、まさか40過ぎで新しい扉が開かれようとは、本人にとっても予想外だっただろう。ちなみに彼はターゲットの男性に近づくための繋ぎだったので、今も平和に暮らしている。……性癖さえなければ。

 あの時、あまりにひどいなら止めるつもりでいた執事は、いつもとは違い主の悲鳴のような、しかしどこか違う声とわたくしが何も声を上げないことに首をかしげていたそうだ。しかし、段々と興奮し大きな声を出した主の言葉を聞き取り、これはマズイと決死の覚悟で止めに入ってくれた。

 ちなみにわたくしの護衛という名の、もちろん本当に危ない時には助けてくれる者たちが近くで様子を見ていたのだが、予想外の展開にどう対処して良いか悩んだようだ。わたくしが泣くなら助けただろうが、怖くなったわたくしは無表情のまま鞭を振るい、足蹴にしていたのでこれも作戦かと思ったとのこと。


 ……そんな作戦あるかっ!


 ちょっとだけ昔の話をしたわたくし。もちろんこれ以上のことはお答えしませんでしたわ。

 結局お昼は鍛錬場の周りを囲む公園で食べた。

 セナ様と兄のセディ様、エド様も加わり、こちらはお兄様にサイラス、エージュ。そして女性が3人。なかなかの大所帯でのお昼になった。

 もちろんわたくしが持ってきた分では足りず、セナ様達は遠慮しようとしたのだが、エージュがすでに足りない分を用意していた。

 外で食べるのは気持ちが良いが、ふと気づけばあちこちからいろんな視線が飛んでくる。

 ティナリアもリンディ様もそれらには全然気づいておらず、とても楽しそうなので悪意のある視線だけは目ざとく見つけておいた。だいたい目が合うとさっと目をそらすか、ビクッとするのですぐ片付く。

 ちなみにセディ様とお兄様は同じ騎士とはいえ、所属している隊が違うということもあり、あまり面識はなかったらしい。セディ様はわたくしと同じ年で、騎士に成り立て。兄と話せることが嬉しいのか、わたくしの目から見ても緊張しているのがわかった。

 交流できたのは良いことだ。

 ……たとえサイラスがキラキラ王子様スマイルを全開で披露している横に座り、やや空いていたはずの2人の間がいつの間にか密着していたとしても、帰りは送るといわれてもだ。

 人の付き合いは良いことだ。


 なんだかんだで疲れる日が続き、ノック無しにサイラスの部屋を突撃して文句をいうこともしばしばあり、それが家人達にとって当たり前と慣れた頃、サイラスは帰国した。

 

 「仕事でとある国境沿いに行く。早くても1ヶ月は向こうだ。浮気せず大人しくしておけよ」

 「まぁ、勘違いなさってばかりね。わたくしが明日にでも運命の方に出会ったとして、それがあなたに何の関係がありますの。馬鹿なこと考えずに、しっかりお仕事に精を出されるといいですわ」

 そんな憎まれ口を別れ際に言い合った。

 後日、お兄様からサイラスがどこの国境沿いに行ったのか聞いた。

 「ヴェバルーガ地方の国境だ。つまりアジャン国とベルシャ国の国境で、ベルシャ国の自治区と政府が鉱山覇権を争っているところだ」

 それは国を1つ隔てたところにある紛争地帯の名だった。 


 もやもやした気持ちを胸に、わたくしは1階のサロンから中庭をぼんやり見ていた。

 そこへティナリアがリンディ様を連れてやってきた。

 「お姉様をモデルにお話を描きたいんですって!」

 キラキラ笑顔のティナリアに、わたくしは一瞬間を置いて驚いた。

 その道の作家さんだと思っていたリンディ様は、実はノーマルも描けるのかと見方を改めたのだった。

 「楽しみにしておりますわ」

 そして、一週間後。

 ラフ画だという下書きを見て欲しいと言われた。

 さすがのわたくしもノーマルとはいえ、自分をモデルにした絡みを見たいとは思わなかった。ここにきてようやく兄とその他の騎士達の心情が分かった気がした。でもどうしてもと押し切られ、興味がなくもないのでしぶしぶ見せてもらったわたくしは、とんでもない方向に期待を裏切られた。

 リンディ様はやはりボーイズラズ作家だったのだ!

 わたくしをモデルとしたキャラクターは、長い金髪で線は細いがれっきとした男性として描かれていた。しかも主人公を責めたてる鬼畜な性格で、主人公以外にも(かしず)かせるキャラクター数人がいる(もちろん男子)という設定だ。しかもなぜか黒い眼帯。

 「シャナリーゼ様とサイラス様を見ていたら彼が生まれましたの。本当にありがとうございます。わたくしの本の中でもトップクラスのS属性の鬼畜キャラが誕生しました」


 とっても嬉しそうに言われたわたくし。どう返したらいいかしら?



さてさて、どうなるかなっと。

また誤字などお知らせお待ちしております。

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