勘違いなさらないでっ! 【14】
お久しぶりです。
よろしくお願い致します。
わたくしは部屋に閉じこもった。
普段は柔らかく泡立てた泡で優しく洗い上げる顔を、何度も何度もこすり洗いした。
キメが乱れるじゃないのっ!
すぐさま冷却パックして、化粧水をたっぷりコットンに含ませてそのまま貼り付ける。その次は保湿パック。当たり前だけど手持ちの一番良いのを、まるで夜会に出る準備をする時のようにたっぷり使った。
「許さないわ、絶対っ!」
拳に力を入れ、ドンッとテーブルを叩く。
カチャンッと紅茶の入ったカップが音を立て、サンドイッチなどの軽食が盛られた皿が揺れた。
「さすがに今回はサイラス様が悪いのですが……」
「ですが、何?」
ギロッとパックしたままアンを睨む。
「そのぉ、……どうしてサイラス様がお部屋にいらしたのですか?」
「……アンにならいいわ」
わたくしは昨夜の話をした。ちなみに家族には具合が悪いと言って閉じこもっている。
「油断してたけど、普通寝てる女性にイタズラするかしら!?しかも、こぉっんな子どもじみたイタズラをっ!わたくし話に聞いたことはあっても、見たのもされたのも初めてだわ!!」
むしゃくしゃしてもお腹はすく。手近にあったサンドイッチを頬張ると、黙ってしまったアンを見上げた。
彼女は若干青ざめていた。
風邪でもひいたのかしら。
「どうしたの、アン。顔色が悪いけど、具合でも悪いの?」
具合の悪い人に愚痴や世話をさせるほど、わたくしひどい主人じゃないわと心配すると、アンはいきなりまくし立てるように言った。
「なんて危ないことをなさるのですかっ!ご結婚前だというのにもっとご自分の身に危機感をお持ちくださいませっ!」
「え?」
顔色が赤い。具合は悪くないようだ。
しかし危ないといっても、危ないことをしていたのはサイラスだ。わたくしはバルコニーに出ただけ。
「アン、わたくし屋根になんか上ってないわよ」
「当ったり前でございます!そもそも異性をお部屋に入れるなど言語道断でございますっ!」
「え、いや、だってわたくし立てなかったし」
「わたしを御呼び下されば良かったのですっ!」
「でも、そんな暇なくて、勝手に入ったのよ?」
すごい剣幕のアンに、わたくしはちょっと身を小さくした。
「勝手に!?」
とうとうアンは両手で顔を覆い、天を仰いだ。
そして数秒後。
「……お嬢様、サイラス様が紳士で何よりでした」
と、びっくりするようなことを言った。
「紳士、ですって!?」
わたくしは眉を吊り上げた。
寝ている女性の顔にラクガキするような紳士なんて聞いたことがない。と、いうかサイラスが紳士という認識自体わたくしはしていない。
「あの腹黒真っ黒胡散臭い笑顔のラクガキ王子が紳士!?アン、あなたどうしたのよ!?」
やはり病気かも、と心配になった。
だが、ゆっくり両手を外し、顔を戻したアンは真剣な顔つきでうなずいた。
「サイラス様は紳士でございます。もしそうでなかったら、今頃お嬢様はイズーリ国へ旅立つお仕度をなさっていることでしょう」
は?と、わたくしはマヌケにも口がぽかんと開いてしまった。
なぜ旅立つ準備?
意味が分からないわたくしに、アンは静かに告げた。
「貞操の危機でございました」
……シーン……。
「……そうね」
信じられないことに、わたくしはようやくそのことに気づいたのだ。
ちょっと鍛えてます、くらいの男ならどうにか撃退できる。だが相手が腕の良い軍人となると話は別だ。やはりそこはどんなに頑張っても男女の差が歴然としている。
下賎な言い方だが、男は自分の両手両足を使って女を押さえ込んだとしてもできるのだ。
「迂闊だったわ」
反省するわたくしに、アンはうんうんと大きく縦に首を振った。
「でも、サイラスですもの。多分泣けばやめてくれるわ」
「えぇ!?」
ぎょっとするくらいアンが驚きの声を出した。
今度は何?
「あなた、今サイラスが紳士だと褒めたじゃない」
「い、いえ、そのことではありませんっ!お嬢様が言われたことに驚いてしまって……」
ん?とわたくしは頬に指を当てて考え出した。
しかし、どうしてアンが驚くのかわからない。
あのサイラスだもの。本気で嫌がったらやめてくれそうじゃないか。からかうことはあっても、嫌悪感を持たせることはこれまでもしなかった。
「お嬢様が男性を信じられるなんて……」
ぶつぶつと小声でつぶやくアンの独り言を聞き。あぁそうか、とわたくしも気づいた。
なんでかしらね。多分だけど無理やりはない気がするのよね。
昨夜のマッサージでも別に変なとこ触られてないし、夜着とはいえ色気があるとは言えなかったはずだ。だって顔が緩んで、一歩間違うと涎垂らしてたと思うし。
うん、やっぱりないわ。
「アン、サイラスは人の顔にラクガキしていくような奴よ。それに国に戻れば女性に不自由してないと思うの。そんな人が何かすると思う?」
「お嬢様。わたしはサイラス様が、お国で他の女性を相手にしていることのほうが信じられませんわ」
「あの腹黒性格を出してるなら寄ってこないでしょうけど、縁談がきてるって話だから王子様の仮面被ってるはずよ」
「そりゃあもう被ってるさ。一部を除いて」
「でしょうねぇ」
と、答えてぴしっと固まる。
ぎぎぎっとさび付いた音をさせるように、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「よっ」
軽やかに右手を上げたサイラスが、昨日とは別の窓の前に立っていた。
「サイラス!」
がたんっと立ち上がりざまにイスを飛ばすと、そのままズカズカと歩み寄った。
涼しい顔してイライラするわっ!
「なんってことしてくれるのよっ!インクは肌に悪いのよっ!あんな子どもでもしないようなイタズラするなんて、なんて人なの!?わたくしの中でちょっとだけ上がっていたあなたの評価が一気に下がったわよっ!」
「仕方ないだろう。ラクガキして下さいと顔に書いてあったんだから」
「んなわけないでしょっ!」
っていうか寝顔見られたの!?……って、ラクガキしてあったから見られてるか。くそぉっ。
にやりと意地悪い笑みを浮かべると、怒るわたくしの唇をつんっと指先でつついた。
「半開きで、今にも涎を垂らしそうないい寝顔だったぞ」
言われた瞬間、カッと顔が赤くなるのがわかった。
「このっ変態っ!!」
「その顔で怒鳴られても迫力ないぞ」
言われてハッと気づいた。
そうだ。思いっきり顔パック中。
あわてて両手で顔を覆ったわたくしの横から、アンが厳しい口調で援護に入った。
「サイラス様!窓からお部屋に入るなんておやめ下さい!!」
「気にするな」
さらっと言い返したサイラスに、アンは一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐ顔を引き締めて言い返した。
「そういうわけには参りません!」
「堅物だな」
「一般常識よ」
やれやれといいたげなサイラスに、わたくしもショックから立ち直りつつ言った。
とにかく、とぺろりとパックをはがす。もちろんスッピンだが、見られたからといって幻滅させるほどではないだろうし、ちょっと傷つくが、これで興味をなくしてくれればと思ったのだが。
「……なんですの?」
テカテカとはしていないはずなのに、なぜかわたくしの顔を凝視する。
アンに差し出された手鏡で確認したが、パックのはがし残しはなかった。さすが最高級品。
「お前、化粧してないとちょっと幼く見えるな。ただ目つきはそのままでまるでいじめっ子だな」
ガンッと頭を鈍器で殴られたかのようなショックだった。
お、幼いですって!?
「ティナリア嬢が幼顔だからな。姉のお前も少しはその気があったということか。昨日は暗かったし、お前の顔良く見てなかったんだが、へぇー」
まじまじと見られて、わたくしはたじろいだ。
顔を盛大にひきつらせて、数歩後退する。
と、そこへやはりバルコニーからエージュが現れた。
「書類の準備が整いましたのでお戻り下さい」
「そうか」
あっさりとサイラスは引き下がった。だが、どうしてかバルコニーへ向かう。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
ペコリと頭を下げ、サッと踵を返したエージュだったが、やはり向かうのはバルコニー。
「ち、ちょっとそこから!?」
あわてて引きとめようとすれば、どこからか垂れ下がった黒い太い紐のようなものを手に巻きつけるサイラスと、やや恐縮した顔で振り向いたエージュが再度頭を下げた。
「ご心配なく。慣れております」
慣れるな!そんな心配はしていない。
ドアから出て行けば良いと言う前に、彼らは揃ってバルコニーから消えた。
残った黒い紐も2回揺れたかと思ったらすぐに引き上げられた。
「……イズーリの慣習でしょうか」
ぽつりともらしたアンの言葉に、わたくしは片手で顔を覆った。
「あの方々が変なだけよ」
白昼堂々と伯爵家の屋根に上るなんて、誰かの目に止まったらどうしてくれるんだろう。むしろそれをやっているのが、隣国の王子とかもうどんな噂になることやら。
「バルコニーのない部屋に篭ろうかしら」
半分本気で考えるわたくしに、アンはまだ2人が去ったバルコニーを呆然とみつめていた。
翌日、わたくしはティナリアの願いを叶えた。作家のリンディ様に会わせたのだ。
もちろん半分は(サイラスは知らないだろうが)嫌がらせのためである。
見た目物静かな才女のようなリンディ様は、時々鼻息荒く熱心にサイラスを観察していた。それに気がついた時はわたくしも驚いたが、サイラスの注意をティナリアが引き受けていたのできっとバレていないと本人は思っているだろう。
だがリンディ様。時々身もだえしていたのはなぜですの?
それと、わたくしと目が合ったときも同じようにされたのですが、なぜですの?
午前中のお茶の時間にあわせたものだったので、あまり長いものではなかった。
付き合わせたんだから、次は付き合えとばかりにサイラスに連れ出された。
先に言いつけてあったのだろう。執事から昼食とおもわしきものが入ったバスケットを手渡された。
こんな時間からどこへ!?
手渡された昼食を考えると遠乗りかと思ったが、ここは王都だ。一応ジロンド家も貴族街にある。
森などへ行くには時間が遅すぎると思ったのだが。
「セイドが式を挙げた神殿の裏は神殿所有の森林公園だろう?そこへ行く」
それならば近い。
「では着替えてまいりますわ」
今は室内着なのだ。だがサイラスは首を横に振った。
「馬で行く。着替える必要はない」
「馬ならわたくしも乗れますわ。ますます着替えなくてはなりません」
乗馬はどちらかといえば男性のスポーツだ。
だが、わたくしは14才のあの日から練習を始めた。もし、万が一にも馬さえあれば逃げ出せるようにと、特訓したのだ。おかげで伯爵領に帰ったときは、人目も気にせずゆっくり馬に乗って楽しんでいる。あくまでゆっくりだけど。
「それ以上華美にする必要はない。さっさと行くぞ」
ぐいっと手首をつかまれ、半ば引きずられるように外に出る。
そこには馬丁が1頭の栗毛の馬を用意していた。
「借りるぞ。……お前はこっちだ」
「きゃっ」
ひょいっと馬の背に乗せられる。もちろん跨ることはしなかったが、横座りは不安定で、思わず背後に跨ったサイラスにしがみついた。
「どうぞ」
にこにこ笑顔の執事がバスケットを差し出すのを見て、わたくしは口をへの字にして無言で受け取った。
馬がゆっくり動き出す。
ぐらっとしたのでサイラスを掴む手の力を入れたが、綱を持つ彼の手がわたくしを挟むように囲んでいるので妙な安心感があった。
何かの思惑を込めて意図的に異性に近づいたことはあったが、それ以外にこんな近くに男性を感じたことはない。
ドキドキしてないかしら。
してると思ったので、あえて顔は上げずにずっとサイラスの胸の辺りで顔を伏せていた。
時間は短かったのか長かったのか分からない。
ただ、どちらも一言も話さずに神殿に着いた。
神殿の一画にある馬車や馬を預けるところへ進み、そこから裏手を目指して2人並んで歩き出した。手はもちろんつないでないが、なんとなく歩調をあわせられているようだ。しかも神殿裏手の森林公園は整備されているがほとんどが自然のままに生かされており、自由な出入りが可能なことから市民の憩いの場として広く慕われている。
つまり、貴族はめったにこないのだ。
天気のよい昼間、しかもご飯時。行きかう人は意外と多く、その大部分の人が見目が良い、だがバスケットを持つサイラスを目で追うように注目している。
当の本人はどこふく風とでもいうのか、まったく気にしていないようだ。
わたくしははぁっとため息をつきたくなった。
顔を隠そうにも帽子すら持ってきていないのだ。執事め、バスケットを用意したのなら気をきかせて帽子か傘を用意していれば良いものを、と心の中で悪態をつく。
「ここでいいか?」
日焼けといい、注目される居心地の悪さなどに気をとられていたわたくしは、急に立ち止まったサイラスを追い越したらしく、気がつけば手首を捕まれて立ち止まった。
いわれた場所はちょっと木の陰に入ったところで、目の前には長方形の形をした簡単な木のベンチがあった。
バスケットの中身は具沢山のサンドイッチ、スープと紅茶が入った水筒が2つ。それぞれ内蓋があったので、それに注いで準備完了。
「いただきます」
と、お互い言えば、サイラスは野菜とチキンが挟んである分厚いサンドイッチを頬張った。
わたくしはハムとチーズと野菜の挟んである、できるだけ厚みのないものを選んだ。
周りを見ればちらほらと人の影がある。その中でわたくし達の装いはちょっと浮いていた。外出着に着替えなくて正解だった。
「だんまりだな。何か話せ」
急に言われても、だんまりはお互い様だ。
ムッとしつつ口の中のものを飲み込む。
「普通こういうことは事前に言うべきですわ。日焼け対策も何もしてませんのよ」
じろっと睨みつけると、サイラスはわたくしを上から下に何度も見た。
「それ以上白くなってどうする。少しくらい日に焼けて健康的に見えたほうがいい。青白い素肌を見た日にはその気も失せる」
「ふんっ!」
そのくせ男は色白がいいと言っている。矛盾してるわっ!
女は必死で日焼けにシミ、ソバカス、しわ対策をしてるっていうのに、男なんて気楽なもんだわ。
「不満そうだな」
「いぃえ、なんでもございませんわ。ただ、男性は女性ほどご自身を磨くようなことはなさいませんから、今のわたくしの気持ちなんて一生理解不可能ですわ」
「心外だな。男だって自分を磨いたりするさ」
「そぉでしょうか?」
胡散臭げに見上げれば、サイラスはにやにやと笑っていた。
「なんです」
「いや、本の中ではこういう場合は『良い天気ですね』なんて、どーでもいいことを恥ずかしがりながら言うのが常識だろうに、それを読んでいるお前はちっとも可愛げがないことばかり言うんだなと思って」
ムカッ!
「勘違いなさっているようだけど、それは好意を持った相手と過ごすときの台詞ですわ。少なくとも今のわたくしには言えないものですの」
ふんっと鼻で笑ってやれば、サイラスはそのにやにやとした笑みを深めつつぐっと身を寄せてきた。間にバスケットがなければ完全に肩が触れ合っていただろう。
「素直じゃないなぁ」
なぜか嬉しそうに言われた。
若干目尻が下がったように見え、普段見れないような感情が会った気がしたが、言われた言葉に驚いたわたくしは気づかない振りをして睨みつけた。
「誰が人の顔にラクガキするような方を好きになるものですかっ!」
「あれは寝たお前が悪い」
「仕方ないでしょ!疲れてたみたいで、気が抜けたんだから」
「またしてやろうか」
うっと言葉に詰まった。
確かにあのマッサージは気持ちよかった。だが、未婚の男女がそう何度も体を触らせるのは良くない。
「……結構ですわ。アンにしてもらいます」
言ったものの、実はアンは下手。力がないというか、どうもわたくしには物足りない。
「まぁいい、いつでも言えばしてやる。ただ昼間限定だ」
「え?」
「嫁にきたら夜だろうが朝だろうが時間があればしてやる。それまでは昼間だけだ。絶対っ」
なぜか絶対を強調するサイラス。どうしてか目線も違うところ見て言っていた。
「嫁、嫁と、結婚しろと催促されていないのでしょう?いい加減怒鳴るのも疲れましたわ」
「じゃあ(嫁に)くるか?」
「いきません」
はぁっとわざと大きなため息をついて目をそらす。
「どうしてもというなら、あなたには最終手段があるじゃないですか。お使いにならないの?」
「それじゃあおもしろくないだろう?俺はお前にうなずいて欲しいだけだ」
「……うなずいたら、飽きて他の方を落としにいくのですか」
「なんだ、そんなこと気にしてたのか?」
少し明るくなった口調に、わたくしはあわてて首を振った。
「ち、違います!」
おやっとサイラスがおもしろいものを見たように笑う。
「照れてるのか」
「違いますっ!」
ふんっと顔を横に背けて、そのままぼんやりと森を見ていた。
そんなわたくしと同じように視線を遠くに向けた後、サイラスは立ち上がって前に来た。
「少し歩くか」
差し出された手に見て、わたくしはそっぽを向いたまま手を乗せた。
そしてそのまま立ち上がったとき、ふいに親指の付け根をぐっと押された。
「イタッ」
何をするんだと目線をあげる。
「お前手も硬いな」
余計なお世話だ。
しかしそのまま右手を両手でふにふにと揉まれると、痛みが多少あるもののあっという間に体の力が抜けた。半分立ち上がったままだったので、腰がひけているような妙な格好のままわたくしは耐えた。
「うっ……んっ……」
痛い、けど気持ち良い。
体中の力が抜けそうになるのを、目を瞑って耐えているとふいにサイラスが「座れ」と促してくれた。遠慮なく、すとんっと座らせてもらう。
体は考えものだけど、手なら問題ないだろう。
しかし手というのもこんなに凝るものなのね。すっかり骨抜きにされたわたくしは、とにかく痛気持ちい快感に唇をきゅっとかみ締めて耐えた。
ちなみに止めてもらう選択肢は浮かばなかった。
ふっと右手の刺激がなくなったので、わたくしはうっすら目を開けた。
見えたのはサイラスの足だったけど、ついでとばかりに図々しいお願いをすることにした。これで今朝のイタズラの件は許してやろうと思って。
「あっ……こっちも……して?」
左手を差し出しつつ上目遣いに見上げると、なぜかサイラスは眉を寄せて困ったような顔をしていた。
……図々しすぎたのかしら。
ちょっと不安げに見ていたら、サイラスはその表情のまま黙って左手もしてくれた。
「うっ……くぅっ……」
痛いけどやはり気持ち良い。この技術盗みたい。
血行が良くなったのかしら、体がすこし温まってきたみたいだった。お昼の日の光りのせいでもあったのかもしれない。
やがて左手の刺激がなくなり、わたくしがぼんやりと目を開くと、そこにはなぜかサイラスの近づきすぎる顔があって……。
なぜか恍惚としたような顔をしていた。
……はい?
きょとんとしたのは一瞬。
次の瞬間、わたくしの目は極限まで大きく見開かれた。
唇に触れているのは何でしょう?
すこし冷たいけど、柔らかな感触。
黒い髪が間近にある。
いつの間にか肩を抱かれてる。
短い時間だったが、確かに今、キスされていた。
無言で離れたサイラスが、なぜか軽く驚いたようにわたくしを見た。
その顔にわたくしの中の理性が蘇った。
「こぉの、節操なしっ!!」
バチーン!と良い音が響いた。
振り上げた右手は見事に彼の頬を赤く染めた。
「お前が悪い!」
彼はその後何度も何度も、子どものようにわたくしに言った。
悪いのはあなただ。
帰宅後、頬が赤いサイラスを見て、エージュは息が続く限りの深ーいため息を盛大に吐き、わたくしに「大変申しわけありませんでした」と深々と頭を下げた。
またやったw。
誤字などお待ちしてます。シャーリーは刺激に弱いですw