勘違いなさらないでっ! 【13】
間空きまして、楽しみになさっていた方、すみません。
ようやく手が開きましたので更新しました。
そういえば……お気に入りが初の5000件突破!ありがとうございます!!
これで全てが終る。
わたくしはきゅっと唇をかみ締めた。
大勢の人の前でわたくしは偽りの愛を誓い、夫となる人の側に立てばいい。
口を開こうとしたその時、ざわざわと静かな聖堂の中に波のようにざわめきが広がっていった。
何事かとわたくしも含め、皆が聖堂の入り口を見つめていると、いきなりその扉が開かれた。
「ソフィアッ!」
響いた男性の声に、わたくしは涙が溢れだした。
彼は聖堂を見渡し、ほっとしたようにうなずいた。
「間に合った」
つぶやく彼の後ろから騎士達が入り込んできた。
月夜の晩に、ふいに開かれた窓。
月光の照らす中に現れたのは、夢で良いからと思い描いていたエドワード様だった。
「エドワード様!」
わたしはおもわず、その冷えた体に抱きついた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「乱入乱闘事件と不法侵入か。警備はどうした。鍛え方が足りんというか、そもそも月夜の晩に侵入するか?俺なら新月にするぞ」
わたくしの部屋の本棚を勝手に物色し、勝手にイスに座ってお気に入りの小説の数々に難癖をつけている。
……誰か、こいつを逮捕して。
今、切実にそう思った。
「不法侵入はあなたよ。かってに人の部屋に入らないでくださるかしら。あなたが紳士ならわかってくださるわよねっ」
夕食前にウィコットの世話をして戻ると、なぜかサイラスがいた。
あなた部屋あったでしょ?暇なら遊戯室へどうぞ?
こめかみに青筋がたちそうなくらい怒っているわたくしに、アンはおろおろとわたくしとサイラスを見る視線を往復させる。
今日のお茶会はあのあとすぐにお開きとなった。
わたくしは混乱していたし、マニエ様も予定外の躾が入ったと再び足蹴にしていた。
サイラスはセイド様と将軍に、この場で職務終了、直帰を命じた。
すんなり従ったセイド様と、やはり護衛という任務だったせいかそれはできないと渋った将軍。しかたがないので、ジロンド伯爵邸までイリスとついて来てもらって先程帰ってもらった。その時は客室で先に来ていたエージュと話をしていたようだったのだが、なぜここにいる。
「エージュはどうしたの?話は終ったの?」
「エージュは部屋へ下がらせた。俺はお前と交流しに来たんだが、その前にお前の趣味の異文化を知っておこうと思ったんだが」
「異文化じゃないわ」
純愛小説というカテゴリーよ。
それが異文化ならティナリアのアレはどうなる。それより何より、あなた自身がわたくしにとって異文化なんですけど!?
イライラしながら睨みつけていると、サイラスは読み散らかした本を棚に直した。
ちなみにアンが手伝おうと駆け寄ったが、わたくしを見て、アンに俺を手伝うのはやめておけ、といわんばかりに手を振って断っていた。アンも恐縮しながらお辞儀をして、そのままの顔でわたくしの横へ戻ってきた。
「さて、夕食はジロンド家全員が揃うのだろう?楽しみだな」
「そう、ならさっさと出て行ってくれないかしら?時間がないのよ」
そう、これからわたくしは夕食のために支度しなくてはならないのだ。
それもこれもサイラスという客人がいるために、コルセット着用の正装をしなくてはならない。ティナリアもさっきからメイド達の着せ替え人形になっている。
「あぁ、仕度か。やれやれ、客人扱いしなくて良いと言っておいたんだが」
「そういうわけにはいかないでしょ。あなたご自分の立場がわかっておいでなの?」
まったく、とわたくしはため息をつきそうになったが、あえてそれは飲み込んでクローゼットの前に歩み寄る。
「わかったなら御退出願いますわ」
今から着替えるんだからという態度を見せると、サイラスはやれやれとようやくイスから立ち上がった。
「立場も何もどうせ義理の息子になるんだ。気を使わなくていいのになぁ」
大きな独り言を呟いたサイラスに、わたくしは反射的に言い返した。
「ティナリアは渡しませんわよ!」
「俺はお前に求婚してるんだぞ!?」
なんでそうくるんだと言わんばかりに言い返してきたサイラスを見て、わたくしはにやっと笑った。
サイラスもむっとしたように目を細めた。どうやらわざと言われたと気づいたらしい。そのまま部屋を出て行った。
はー、すっきりした。
小さな勝利にわたくしの機嫌が良くなった。
それを見ていたアンはこっそりため息をついていた。
「……まったく、素直じゃないんですから」
「何か言って?」
「いいえー。さぁ、着付けますよ」
アンはさっさとクローゼットを開くと、手際よく準備を始めた。
すぐに手伝いのおさげの若いメイドがやってきて、ドアに鍵を閉めて仕度を始めた。
まったく、こんなに締め付けなくても食べすぎなんてしないわよ、と思う。食欲コントロールできる人は着用不用とかにならないかしら、といつも思ってる。コルセットなしでも背筋のばしていられるしね。
今夜のドレスは家庭内の晩餐。飾り気の少ないもので十分だろう。
落ち着いた紺色のイブニングドレス。ただし背中も胸元も鎖骨の数センチくらいまでしか開いておらず、胸元には2本の白いラインがあり、白のスパンコールで縁取りしている。いつもつけているあの贈り物のペンダントは外し、専用ケースに入れ、変わりにサファイアが1粒ついたシンプルなペンダントをつける。髪は結上げ、白い幅のあるリボンを巻き、右耳下で花のコサージュで止める。イヤリングも小さなものを選んだ。
すっと立ち上がると、控えめに広がったスカートが足の長さを強調するかのように、綺麗なドレープをつくっている。
「ティナリアの準備はできたかしら」
「確認してまいります」
アンが目配せでもう1人のメイドに片づけをお願いして、そっと部屋を出て行った。
片づけをしていたメイドが、鏡を通してわたくしと目が合うとにっこり微笑んだ。
「なぁに?」
「いえ、あと何度お嬢様の髪結いをできるのかと思いまして」
2年程前から働いている気さくな性格のシリーに、わたくしは首を傾げた。
「わたくし結婚しないわよ?」
「え!?」
そんなに驚くことだろうか。
シリーは全身を大きく上下させ、目を丸くして固まった。
「サイラスが我が家に滞在することになったせいね」
はぁっとわたくしはため息をついた。
「小姑としてこの家にいつまでもいるつもりはないわ。かといって、今現在でサイラスとの結婚はわたくしの中ではないのよ」
困ったように言えば、シリーは呆けたまま「はぁ」とわかっていない返事をした。
まぁ、あちこちの貴族が勘違いしていることだけどね。
いつまでも返事をせず、じらせている女という噂もでているらしい。
それ誤解。はっきりお断りしてるんだけど、どうしてもその言葉が通じないだけ。
……まぁ、ちょっと何のアクションもなく音信不通になって、ちょっと気になった時期があったことはあったけど、まぁ、あれよあれ。誰だって見知った人が突然いなくなったら気になるのと一緒よ。
ついでにいえばサイラスはわたくしを諦め、他の令嬢を探しているらしい。だから先の舞踏会でわたくしがエスコートされなかったのだ、という噂もある。
この噂に乗って我こそはと立候補する家がないだろうか?
コンコンとノックされ、返事をするとアンが入ってきた。
でもドアを閉めたところで、手を前で重ねて立っている。
「あの、お嬢様、サイラス様がお見えです」
言いにくそうに段々声量を落として告げられたその言葉に、わたくしは目を閉じ、天を仰いだ。
「……行くわ」
エスコートなんていらないのに。
ぶつぶつ言いながらわたくしは立ち上がると、なぜか期待に満ちた目で「いってらっしゃいませ」と見送るシリーにうなずきつつ部屋を出た。
アンとともに出た廊下には、一般的な黒い正装に身を包んだサイラスがいた。
王族の紋章も飾りもない、普通の見目の良い貴族の男性になっている。
「おや、おそろいか」
「何が?」
軽く首を傾げると、サイラスは「なんでもない」と首を横に振った。
隠しごとか、とわたくしはちょっとむっとなり、出てきた言葉はトゲのあるものだった。
「あらあら、今夜はお相手していただけるのね」
「いつまでも根に持つやつだな」
軽く鼻で笑われ、わたくしも笑い返した。
「わたくし執念深いんですの。昼間の話じゃありませんが、浮気なんて論外ですわ。相手もろとも呪って奈落の底に叩き落してやりますわ」
「ハゲろ、てやつか」
くくっと笑っているサイラスを冷ややかに見つめた。
「毛根が尽きるのを待っているほど気が長くありませんの。夫には容赦しませんわ。無抵抗の状態でわたくし自らが施しますわ」
「髪を剃るのか。流血沙汰だな」
「まさか。そんなことしませんわ」
とんでもない、とわたくしは首をゆっくり横に振ると、おもしろそうにしているサイラスに口角を吊り上げてゆっくり言った。
「抜いてさし上げます。場所は床でも、外でも、寝所でも選ぶ権利は与えますが、毛根から抜けるように時間をかけて抜きますから、冬は室内をオススメしますわ」
……サイラスはおもしろそうな表情を変えなかった。
ただ、何も言わなかった。
もっと反応してくれていいのに。アンみたいに。
ちらっと後ろで控えているアンを見れば、彼女は涙目でわたくしを見ている。
想像したの?それとも……、あぁ、それ以上言わないでって顔だわ。
「最後に焼き鏝でも押し付けますわ」
「頭にか!?」
ようやく反応したサイラスだった。
わたくしはふふっと笑っただけで、とりあえずその肯定も否定もしなかった。
サイラスがふとアンを見た。
なぜかアンは必死に頭を下げていた。
……なぜあなたが謝るの、アン……。
「さて」
仕切りなおしたかのようなサイラスの声に、わたくしは顔を上げた。
差し出された手が目に入る。
「お相手願えますか?レディ」
お得意の王子様スマイルだ。
若干気持ち悪っ!と思ったのは内緒。
「いいわ」
尊大な返事をするも、サイラスは微笑んだままわたくしの手をとり、自分の腕に絡めた。
で、そんな登場したから仕方ないんだけど。
晩餐中、いかつい目つきの悪い父と美人だが押しの強い母が浮かれる浮かれる。しゃべるしゃべる。
勘違いなさらないで、お父様とお母様。別に仲が良くなったわけじゃありませんわ。え?
長方形のテーブルに、入り口から遠いホスト席に父、近いところに母。父の左側にサイラス、その横にわたくし。父の右にお兄様、横にティナリアが座った。
さして大きくない家族用食堂のテーブルだったので、言葉のキャッチボールが夫婦の間でぽんぽん交わされる。そして巻き込まれるサイラスとお兄様。
何がきっかけかもう思い出せないが、とりあえず両親の半分惚気の入った話を変えようと兄が動いた。
「そういえば、シャーリーとティナはおそろいだな。ティナもそういうデザインが似合うようになったんだな」
褒められたティナは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
もう、かわいい。
その照れる姿に両親はきゅん、となっていた。あ、父の顔見てサイラスがびくっとした。
そう、今日のティナのドレスはわたくしのドレスと色違い。ピンクのドレスに、白い線はレースで縁取られている。髪はシリーが担当したのだろう。ほぼ同じで、リボンはレースだ。
「こ、この前作っていただいたのです。お姉様のドレスを真似してみました」
恥ずかしそうに告白するティナに、両親はうんうんと何度もうなずいている。
お兄様が「似合うよ」といえば、ティナは更に赤くなっていた。
ちらっとわたくしの方を見たので、わたくしもにっこり笑ってうなずいた。
ぱぁっと花が咲いたように笑顔になったティナに、また両親はきゅんっとなったようだ。あ、またサイラスがビクッとした。
……いいわ、お父様。そのままキワモノでいてくださいませ。
柔らかいステーキを赤ワインソースで頂きながら、話がまたも急転換した。
ちなみに我が家はレアだ。妖精姫が食べる姿はまだいいが、父、兄、サイラスとわたくしにいたっては似合い過ぎるという中、その話は始まった。
ちなみにきっかけは母だ。
「サイラス様、ひとつお伺いしたいことがありますの」
「なんでしょう?」
この部屋に入ってからずっと王子様スマイルのサイラスは、やはり変わらぬ笑顔を母に向けた。
「あの、申し上げにくいのですが、我が家の娘にお話を頂いたことは大変嬉しく思いますが、どうしてもサイラス様のお国の反応が気になるのです」
あ、本当だ。その話全然聞いてない。
わたくしも初めて気がついた。
第3王子で王位は遠いが血筋と地位はバッチリの王族。顔もいい。性格は腹黒真っ黒黒だが、王子様スマイルを展開しているなら問題なく隠れているだろう。何度も言うが優良物件だ。婿にいっても、臣下に降下しても高位の爵位が与えられるだろう。
そんな王子の相手が他国の姫じゃなくて、普通の伯爵の娘だなんて反対が起こっても賛成はないだろう。
「あぁ、そのことですか。わたしの結婚に反対が起こっているのではないかという心配ですね」
「はい」
こくりとうなずいた母。父も気になっているようで口を挟まずじっと見守っている。
「大丈夫です。問題ありません」
今日一番の笑顔でサイラスは言った。
「わたしの結婚に関しては婿入りする以外なら、自由に選んで良いと議会からも承認を得ています。陛下からもそうお言葉を貰っておりますので、ご心配なく」
「まぁ、安心しましたわ!」
母は本当に嬉しそうに笑った。
その母とサイラスに挟まれたわたくしは、居心地が悪いったらありゃしない。
「何言っているのお母様。自由が承認されているなら、それこそ階級関係なしに縁談持っていき放題じゃないですか。たくさん頂いてるんでしょう?」
ねぇ、と視線を投げれば、サイラスは速攻でうなずいた。
「きてますよ。粗方叩き潰したんですがね、ちょっとズレたところからきてるんですよ。もう面倒なんで放置して、わたしがさっさと結婚するのがいいんですよ」
「あらあら、選り取りみどりじゃないですか。じっくりお考えになったらどうです?」
ふふふっと笑い返せば、サイラスも笑顔のまま答える。
「時間がないし、面倒なんですよ」
「こちらに来る時間があるのでしたら、その方々とお会いする機会をつくったらよろしいんじゃなくて?」
「会うのが面倒ですねぇ。あぁ、そうだ。わたしのことをそろそろ理解してくれているあなたが代わりに会って下さい。すぐにでも機会をつくりますよ(訳:イズーリに来い)」
「わたくしこの国から離れて生きられませんの(訳:嫌よ)」
「土があるから生きられますよ(訳:チッ)」
ふふふっと2人して黒い笑いを続ける。
誰も口が挟めない雰囲気が漂い始めたが、それをぶち破るのはやはりこの子だった。
「んーっ!このシャーベットおいしい!」
口直しのシャーベットを、幸せいっぱいの笑顔で食べているティナリア。
すかさず控えていた執事が口を開く。
「こちらのシャーベットは、本日サイラス様から頂いたイズーリ国のメロンという果物で作ったものでございます。大変甘味があり、香りも豊かで我が国でも最近輸入が開始されたと聞いております」
「そうなの!?サイラス様、ありがとうございます」
にっこにこの妖精姫の笑顔に、わたくし達も毒気を抜かれてしまった。
サイラスは「また持ってきますよ」と口約束していた。
そこから父はまたしゃべりだした。
2度と不穏な雰囲気にさせまいと必死のようだった。
その後はそんな父の努力のせいか、結婚を匂わす会話はなされなかった。
デザートはメロンと甘さ控えめのプチケーキだった。
ブラックコーヒーを一口飲んだサイラスを見て、わたくしはシュガーポットに手を伸ばし、中の角砂糖をぽいぽいとコーヒーに入れた。
ティナリアがぎょっとして見ていたが気にせず、6個入れたところでティースプーンでかき混ぜてみた。
うん、ざらざらと抵抗感がある。
「あら、入れすぎたわ。もったいないからこれ飲んで」
ずいっと皿ごとサイラスに押し付けた。
さすがにそれは、と控えのメイドが下げようと近づいてきたが、サイラスはこれでいいと受け取った。
代わりにわたくしに新しいコーヒーが運ばれる。
黙ってブラックコーヒーを飲むわたくしと、嫌がらせとしか見えないくらいの砂糖を溶かしこんだコーヒーをしれっと飲むサイラス。こんなわたくし達を見て、さすがの父もわたくしを咎めるように見ていた。別にいいけど。
晩餐が無事終わり、サイラスは兄に遊戯室へ誘われて行った。
部屋に戻ってさっさと着替える。
食堂を出る際に父に「子どもじみた嫌がらせをするんじゃない」と小言を言われたが、本当は大の甘党だと知ったらどう言うだろう。言うつもりはないが、あのケーキじゃ糖分が足りないんじゃないかと思っただけの、単なるお節介だったんだけどね。
湯浴みして、寝る準備して寝台に入ったとき、ふとこの邸にサイラスがいるということが気になりだした。
妙な感じだ。
客人が泊まっていくことは、今までも何回もあった。
でもこんなに気になるなんてことはなかった。
……嫌だわ。どこまで入り込んでくるのかしら。
安眠香でも焚こうかしら、と暗い室内で考えていた時だった。
……戸締り確認しよう。
アンがしてくれたけど、わたくしはもう1度自分で見回ることにした。
まずはドア。大丈夫。部屋の窓も1つずつ確認し、最後の窓の鍵を確かめると、わたくしは鍵を開けてバルコニーへ出た。
涼しい夜風が弱く吹いている。
目の前に広がる表の庭を見つめていると、それは突然現れた。
ストッと黒い影が左横に落ちてきた。
なんだろうと目を向けたと同時に、わたくしは驚きのあまり叫ぶこともできずにその場に崩れ落ちた。
「お前、何してんだ?」
それはこちらの台詞だわ!サイラス!!
なんで人が落ちてくるのだろう。
あ、あ、と短い言葉しか出せないわたくしを前に、サイラスは右手に絡めていた紐をぐいっと引っ張って巻き取っていた。
「俺か?俺は今更なんだが、まだまだどっかの誰かさんが承諾しないんで、仕方ないから警備の抜けがないか見て回ってたんだよ。……っていうか、お前大丈夫か?」
口をパクパクさせているわたくしと目線を合わせるため、サイラスは片膝をついて覗き込んできた。
「立てるか……って無理そうだな」
そう、無理。なんせわたくし、人生で初めて腰を抜かしてしまっているんだから。
足が変。力が入らないし、自由が利かない。
「しょうがない、ほら」
背中と膝の下に手を入れられて抱っこされる。
そのまま部屋に入って、寝台の上に寝かされた。
「あ、ありがと」
やっと戻ってきた声でそう言うと、サイラスはふっと鼻で笑った。
「俺のせいだしな」
「あなたって隠密みたいなこともするのね」
普通の王子様は邸の屋根やらに上ったりしませんからね。
「まぁ、実際見て確かめないと気がすまない性質だからな。エージュも最近は何も言わないな」
諦めたか。言って聞くなら言うが、サイラスは聞かない人間だから諦めたほうが自分のストレスも少なくてすむ。
「それよりっと」
語尾の「と」でわたくしは反転させられた。つまりうつぶせ。
「は!?」
ぎょっとして声を上げたが、サイラスは遠慮なく寝台に上がってきて、わたくしの横に落ち着いた。
「腰を揉んでやるよ」
「いぃ!?」
「遠慮するな」
「やめっ!」
やめてっ!触らないでっ!触ったら大声出すわよ暴れるわよ!ついでに寝込みを襲われたと言いふらすわよ!という長い台詞を吐こうとしたのだが、ぽすっとサイラスの親指(?)が腰のとある1点を突いた。
はぅっ!?
声が出なかった。
はっと短く息が漏れる。
じんわり痛みが広がるけど、けっして不快じゃない。痛気持ち良いってやつだ。
ぽすぽすと良いツボを刺激され、あっという間に抵抗する気力を失った。
……気持ち良い……。
「こってるなぁ」
「うぅー……」
うるさいわね、と言いたいがあまりの気持ちよさに脱力中。
いくら体を動かしたって、昔から気苦労したせいかこりやすいのだ。
「しっかり鍛えてるけど、やっぱり付き方が薄いな。女にしては硬いかもしれないが」
「うっ、くっ……はぁ、だ、誰と比べてるんですのよっ」
ツボの刺激に耐えつつ、イラッとして少し振り返る。
手の動きは止めないが、サイラスは少し意地悪そうに笑った。
「気になるか?」
「くっ、あっ……、勘違いしないでっ、だ、誰が気になるもんですかっ、あっ……」
「…………」
うぅっ、なんでこんなに気持ちいいんだろう。
特技指圧、とかなんて武器持ってるんだろう。毎夜させたい放題ね……って、そうはいかないか。
しかし、ちょっと、もう、……息苦しい。
わたくしは痛みと快感を耐えるために握っていた手を開き、近くにあったクッションを手繰り寄せるとそのまま顔の下に抱き込んだ。
……はぁ、呼吸が楽になった。
刺激は徐々に上に上がってきた。今は背中の中腹。
肺の後ろを刺激されているせいか、何度も短く息が漏れる。
背中も相当こっているようだ。時々背中を反ってしまうくらいの痛みがくるが、まぁ仕方ない。
「おい」
「な、に、んっ」
「……いつもの憎まれ口はどうした」
「えっ、……あっ」
え?まさか罵られたいの?
「これならどうだ」
言うが早いか、サイラスが腰の上に跨った。
重さはあまり感じないので、自分の膝で負担しているのだろう。
そのままわたくしのわきの下に手を入れて、ぐいっと背中を反らせた。
「やぁああん!」
「!?」
急にわきの下から手を抜かれ、わたくしはぼてっとクッションに顔から落下した。
しかしすっかり骨抜きされてるわたくしは、わざわざ顔を上げて文句を言おうなどということはしなかった。クッションに顔をのせたまま文句を言う。
「いきなり痛いじゃない。するならゆっくりしてよ」
もちろん文句を言い返してくるだろうと思っていたのだが、少し間を置いて返ってきた返事は「あぁ、わかった」だった。ちょっと元気ないな、疲れたのかな。
わたくしも背中がじんわり熱くなって、目もちょっと重くなってきた。
すぐ指圧が再開された。
肩と首の指圧は気を抜くと口が半開きになって、とても人様に見せられるような顔じゃなかった。もう、涎でそうだった。
その頃になると段々視界がぼやけてきて、意識もふわふわして起きてるのか寝てるのかわからなくなっていた。
時々サイラスが何か言っているようだが、正直返事はしていない。ただ口から出るのはツボの刺激で出る「あ」とか「う」とかだけ。内容的にはからかっているようだったが、もう聞こえない。
「……シャーリー、なぁ……。おい」
「ぅー……」
何よ、眠いってば。
それっきり何も聞こえなくなった。
その時、サイラスがものすごい形相でわたくしを睨み下ろしているなんて、全然知らなかった。
だって眠かったんだもの。
おやすみなさい。
くーっ……。
「おはようございます、シャーリーお嬢様」
アンの声がして、わたくしは深い眠りの底からゆっくり意識を覚醒させた。
夢も見ないでぐっすり眠っていたらしい。
はっとして飛び起きる。
サイラスはどうしたの!?
きょろきょろと部屋を見るが、彼の姿はない。さすがに朝まではいなかったようだ。
一応自分の体も確認するが、とくに変わったことはない。体はかなりスッキリしているけど。
……そういえばわたくし、何も羽織っていなかった。
夜着のままサイラスになんてことさせたのかしら!?
今更顔から火が出そうになるくらい恥ずかしくなった。
「お、お嬢様!?」
何かに驚いたアンの声がした。
顔を上げてアンを見ると、目を丸くしてわたくしを見ている。
「アン?」
どうしたの、と声をかけると、アンは自分を落ち着かせるようにごくりとつばを飲むと、ゆっくりとした口調で「お顔が」と言った。
顔?顔がどうしたのかしら。
あ、まさか涎たらして寝てた!?
あわててサイドテーブルから手鏡を取り出し、顔を写してみた。
そして硬直した。
ナニコレ。
鼻の先に黒い丸。頬に三本のヒゲ。目と口の周りは黒く囲まれている。
「き……きゃああああああああああああああああああ!!」
「お、お嬢様ぁあ!」
朝から響いた悲鳴に1人が黒く微笑み、1人がため息をつき、その他大勢が何事かと手を止めたという……。
誤字、脱字カモーンw!!
えー、ちょっと後半おかしな展開w。
サイラスカワイソウ。えーっと、察してやろうねw。