勘違いなさらないでっ! 【12】
前半…苦しかった。後半楽だった。
今日も9200文字、お願いします!!
裏表のあり過ぎる男。
いつも優位に立っているようで、でもその裏をかけばちょっとだけ意外な一面が見れる。
あの腹黒い真っ黒黒な根性と性格。
人をおちょくることに喜びを感じているとしか言えないし、いつも予想外のことを起こしていく。
わたくしはゆっくり話し出した。
「……せっかくあと少しで自由にできましたのに。せっかくあと少しだというところまできていたの……、にっ、邪魔に邪魔を重ねてきている得体の知れない人だわ」
段々と目の焦点があってきた。
睨むテーブルのカップも定まり、わたくしの声にも力が入る。
「欲しけりゃ権力で有無言わせず推し進めれば良かったのに、どうしてまどろっこしいことばかりするのかしら。周りだって近しい人からってわけじゃなく、縁遠い人まで懐柔しているけどその順番が良く分からないわ」
でも、悔しいことにしっかり包囲されつつある。
わたくしの言葉が途切れても、3人は黙っていた。
その沈黙に耐えられなくなったわけではないが、わたくしは再びサイラスの愚痴をこぼした。
「妹をはじめとにかくみんなあの王子様キラキラスマイルに騙されているんだから、はっきりいってこれほど心配な人達を見たのは初めてだわ。あぁ、だからみんなも気をつけて。特にぼけっとしてぼーっとしてるレインは、すでに騙されてると思うからなおさら気をつけて」
目線をあげると、レインは「ひどい、シャーリー」とハンカチ片手に涙目だった。
美少女は涙で通常の1.5倍もキラキラすると、改めて認識した。
なるほど、コレにセイド様も落ちたのか。
この顔で言われれば、いくら憎いわたくしのことといえど認識を改めようかなぁ、なんて気にならないこともない。愛妻家といえば聞こえがいいが、溺愛してるだけだし。レインが悪女じゃなくて本当に良かった。
ふふっとマニエ様が口元をほころばせた。
「サイラス様って本当におかしな方ね。隠しているようで隠さない。あなたに手の内を見せているようで、その裏をかいてあれこれ仕掛けてくるなんて。まるで子どもの遊びね」
「笑いごとじゃないですわ、マニエ様。わたくし妹にまでいきいきしてるって言われて、ようやくわたくしも乗せられていたと気づいて焦りましたわ。まったく、どこを警戒して良いか分からないのです。全部警戒しても崩れますし、目星をつけて警戒してたら違うほうから崩されますわ」
紅茶のこぼれたカップを皿ごと控えているメイドに差し出すと、さっと1人が受け取り、もう1人が新しい紅茶を置いてくれた。
ふと目に入った砂糖入れに、ヨーカン丸かじりの姿が蘇る。
「……あの顔でヨーカン丸かじりされたら、ほとんどの令嬢がドン引きしますわ」
「確かにすごい迫力かも。ふふふっ」
マニエ様は口元を手で隠しながら笑った。
「だから次はオシルコというもので対応しますわ」
「オシルコ?」
「小豆を甘く煮てどろどろに溶かしたものですわ」
「だったらそれを飲物にして、プティングか、あまいケーキをご用意なさったら?」
マニエ様に言われそれもいいな、と思って考えると……、強烈な胸焼けがすぐそこまで迫ってきた。
同じくイリスとレインもちょっと顔色が悪い。想像したらしい。
微笑んでいるのはマニエ様だけ。強い。
「ギャフンと言わせる前にわたくしがダウンしそうですわ」
げんなりして言えば、イリスとレインもそろって首を縦に振る。
「まぁ、なんにしてもサイラス様なりの誠意ある求愛行動なのよ」
「どこがです?」
上手くまとめようとしたマニエ様に、わたくしは間髪いれずに突っ込んだ。
「最初に要求したのはシャーリーでしょ?」
バック一杯の宝石なんてすぐ用意できるわけないと思ってましたわ、と反論したいが相手を侮ってしまったわたくしの黒歴史。
「あなたのこともだいぶご理解されているようだし」
贈り物の本のジャンルとか、ウィコットのことよね。ウィコットはツボ。あれは手放さないし、返さない。
「どんなにマニエ様が褒めても無駄ですわ。わたくしやりたいことがありますの」
「何がやりたいの?」
「それは……」
ぐるっとテーブルの面子を見渡して、わたくしはこほんっとわざとらしい咳払いをした。
「この話がなくなって消えてしまったらお話しますわっ!」
ぐいっと紅茶を全部飲み干した。
「でも、それって難しいわよ、シャーリー」
そっと声をかけたのはレイン。
「セイド様から聞いたんだけど、サイラス様は執着心が強いから多分諦めないって」
「執着心の高さはセイド様も人のこと言えないわ。この間のパーティーだって、挨拶がてらあなたをジロジロ見てる人に牽制張ってたじゃない」
「え、そうなの?」
やはり知らなかったか。
レインに向ける顔は貴公子そのもので、あの負のオーラは消えていたから。
うちのレインは天使だ、心のオアシスだと微妙に惚気ているのも知っている。それに関心を寄せれば牽制される。お前は何がしたいんだ!牽制するなら言うな、語るな、隠しとけっ。
「でも、マニエ様は政略結婚をなさったから、わたくしがこれから言うことは失礼かもしれませんが、少なくともサイラス様はあなたを好きでいてくれているのでしょう?わたくしもレインも旦那様が好きで結婚しましたし、今の生活は少々の苦労はあるけど心は満たされてるわ。おかげで頑張ろうって思えるんだけど、シャーリーは何か感じない?」
そうねぇ、とわたくしは考えた。
だが。
「今度こそ這い蹲らせてやるっ!とは思っても、安らぎはないわ。むしろかき乱されて心が休まらない。わたくしの安らぎ返せって怒鳴りたいの」
「そ…それは重傷ね……」
イリスは力なくつぶやいた。
いかん、話を変えよう。
「マニエ様、少しお悩み相談に乗っていただけませんか?」
「あら、わたくしに?できるかしら?」
「えぇ。わたくしは経験がないので、マニエ様と……レインは無理ね。一緒に聞いてなさい」
え、ひどいっと目で訴えられたが、軽く無視してイリスを見た。
彼女はどきっとして背筋を伸ばしたが、なにやら心当たりがあるのかさっと頬を赤らめた。
「さっきの話よ。愛のある結婚をしても夜の関係にまんねりがきたらマズイわ。ついでにまだ1年でしょ?イリスも将軍も奥手だから仕方ないだろうけど、せっかくだから勉強なさいな。ついでにレインもよ。相手があのセイド様なんだから、しっかり聞いときなさい」
「ちょ、ちょっと、やめてよ!」
イリスがあわてて止めに入ったが、わたくしは聞く耳持たず。
レインも期待した目で、いつになく真剣だし、マニエ様はにやにやしてる。
「レインもリシャーヌ様みたいにしっかり手綱もっとかないと、今は新婚という魔法にかかっているだけなんだから。セイド様に寄り付く女をわたくしがいなくとも撃退していかなくてはならないのよ。少ないけどイリスだって頑張んなさいよ。そのためにはどーしても受身じゃない方法が必要なのよ」
うんうん、とうなずくのはレインと控えのメイド達。
もう、みんなまとめてお勉強しましょう。
「イリス、まんねりと感じたきっかけはなに?」
「えっ!?」
イリスは膝に手を置いたまま固まってしまった。
えー、えーっと言いながら言葉を濁し、特に何も語らず目線をさ迷わせる。
「おおかた最中の会話がなくなったんじゃない?」
ぽんっとマニエ様が出した答えに、イリスは顔を真っ赤にすることで肯定した。
「あぁ、よくある話よ。会話のストックがなくなっちゃうのよね。それこそ毎回おなじ台詞言われてちゃ飽きるでしょ。かといって堂々とそういう知識を語り合うお相手もいなさそうだし、真面目さんが行き着くパターンよ」
「そうなんですか。マニエ様はお詳しいですね」
マニエ様が浮気をした事実はないし、今も恋人はいない。
「前の嫁ぎ先におしゃべり好きな子爵夫人がいてね。愛人から夫を取り戻す方法とか言うことで、結構語ってくれたのよ」
実行する勇気はなかったんだけど、やればかわってたかしらとマニエ様は苦笑していたが、浮気癖はなかなか治りません。1度ガツンと痛い目にあわなくてはいけないので、実行しなくて正解だったとおもいますよ。
「カタログ持ってきて」
マニエ様は近くのメイドに言った。
その言葉だけでメイドは「はい」と理解して離れたが、今の話からすればあのカタログかな。
「イリスには2ヵ月程前に良いものを贈りましたの。レインにはまだまだ早いですわ」
「あら、そうでもないわよ。いきなり変わった妻にとまどう夫というのも、なかなかと聞きますわ。場合によっては執着度が増す場合がありますけど、まぁ軟禁くらいですみますでしょ?」
「そうですわね。ここ最近わたくしはレイン達夫婦にいろいろお世話になっておりますし、少し早いけどお手伝いしてさしあげますわ」
ふふふっとわたくしとマニエ様が笑っていると、イリスとレインはお互い手を取り合って、不安げにこっちを見ていた。
……かわいい美少女が2人手を取り合っている。
これは……なんだかこっちが悪者になった気分がする。
わたくしはそっとマニエ様を見た。
マニエ様も思うことがあったらしく、めずらしく少し驚き顔でわたくしを見た。
「……くるわね」
「きますわ」
何がくるっって、そりゃあ……、ナニですよ。
かわいい美少女2人が目をうるませて、手を取り合って不安げにこっちを一生懸命に見てる。
小動物の「いじめないで」と訴える目に似てる。
ティナリアじゃないけど、これってアノ世界もコノ世界も共通よね。
「いいわぁ。また新作出てないかチェックしなきゃ」
実はマニエ様。子爵と離婚する少し前に、何がきっかけか知らないけど百合の世界にどっぷりハマってしまいました。
彼女いわく「この世界ではわたくしのような体型の女はモテまくりですって。やっぱり男は見る目がありませんわね」と、なにやら不思議な立ち直りの仕方をなさっていた。
何度か勧められたことがあるが、丁寧にお断りしておいた。
しかし、まさかこの場にマニエ様の食指の動く対象物が現れるとは……。
だがマニエ様はあくまで二次元が対象だ。ご自身はノーマルでいらっしゃるから、この場には危機などない。
ただ、マニエ様が少しだけ見せた、じっとりとした妖しい目線に2人がびくっと同時に怯えたのはかわいかった。
そうこうしているうちに、メイドが数冊のカタログを持って戻ってきた。
パラパラとページをめくって2人の前に差し出す。
そこには、透け感はないが、タオルをくるっと巻いた感じのものがのっていた。湯上りのバスローブのかわりに着用するものらしい。カチューシャ付きで、お腹を出したセパレーツものもあった。
「これなんか新婚の奥手のレインにどうかしら?」
「えぇええ!?」
「いいと思いますわ。イリスはどう?」
「透けてないから着易いわよ」
「透け!?」
動揺しているレインは真っ赤になりつつ、視線がカタログとわたくし達の間を往復する。
「それが無理なら下着だけ変えたらいいわ。ほら、こっち」
別のカタログをマニエ様が開いて、カタログの上に置いた。
…………。
2人の目が点になった。
赤かった頬もすっかり消え、むしろ白いくらいに顔色がない。
マニエ様、どうしてこのページを選んだんだろう。
意図的だな。面白がっている。
そのページにはただでさえ少ない布地の8割以上が透けており、前だけをかろうじて同色の布で隠している下着が載っていた。ちなみに日常的には使えない。なぜなら股の間が裂けているから。
胸を覆うものもある。もう、本当に下着とはいえない。持ち上げたり、胸の形をキープする作用はどこにもなく、正しく覆うものという形だ。しかも乳首の部分だけ。よっぽど胸の形のいい人か、若い人しか使えないだろう。あぁ、書いてある。胸は大きさで勝負じゃない。ワタシはこの美乳で勝負する、と。
もう半分のページには、紐のTバックって意味ありますかってくらい布地のないものや、これはどうゆう心理が働くのか理解し辛いが、胴体部分を透けたレース網で覆い、ホルターネックになっているほぼ着ている意味がないものまであった。
この先のページをめくるのは勇気がいる。
「まだあるわよ」
勇者マニエ様は、平然と次のページをめくった。
そこにはお尻の形を紐で覆うだけの、もはや体を紐で縛っているように見える下着があった。
「全身用はこっちね」
もはやそれは下着ではなく、紐が体にまとわり付いているように見える。
……。
2人の反応がないので、そっと目線を上げると、予想通り石化している姿があった。
「あらあら、他人事として見れなかったのね。無意識に自分が着てる姿でも想像できたかしら?ふふふっ」
「……マニエ様、もっと初心者向けのものを」
「あら、シャーリー。いきなりこういうことするから殿方はうろたえるんじゃないの」
完全におもしろがっているマニエ様は、カタログのページを折りだした。
絶対送りつけるつもりだ。
「俺はこっちがいい」
指が差されたのは……、って!?
そこからは反射といっていいスピードだった。
開いたカタログをがしっと持つと、そのまま振り向きざまに叩き落した。
多分、そこにいるだろうと思って。
「サイラスッ!」
怒りなのか、焦りなのか、良く分からないが大声を出して睨みつける。
カタログをキャッチしたサイラスは、睨むわたくしをよそに「昼間っから過激なもの見てるな」と。パラパラとカタログをめくっていた。
「どっからわきましたの!?女性の背後に立つなんて褒められたものじゃないですわよっ!気配殺さないでっ」
「気配殺すのは得意なんだ」
「特技披露の場じゃありませんわっ!次やったら坊主ですわよっ!坊主にするまで会いませんからね!!」
「……坊主は嫌だな」
カタログを閉じ、わかったわかったと怒るわたくしをなだめるかのように手を振る。
はっと気がついてマニエ様を見ると、にこやかな微笑みはどこへやら、無表情でイリスとレインの席の先を見つめていた。
その視線を追ってみると、まずそれぞれの旦那に抱きしめられているイリスとレインの姿があった。
すっかり石化からとけ、2組の夫婦はそれはそれはピンク色のオーラを出していた。
あんた達仕事はどうした?
しかし、マニエ様の機嫌が急降下したわけはその先に立っていた。
セイド様に将軍。そしてこのサイラスが来たのは晴天の霹靂というものだろうが、さらにもっと予想外の人物が姿を現した。
年は30半ばなのに、やや若く見える男性。背は特に高くもなく、低くもないが、やや草食系のような優しい面立ちのエンバ子爵が、すがるような目でマニエ様を見ていた。
「マニエッ!」
足早にマニエ様に近づくも、あと1歩というところで座ったままのマニエ様に蹴られてその場にへたり込んだ。
そのエンバ子爵を無表情で見下すように見たマニエ様に、エンバ子爵は絶望し……てなかった。
捨てられた子犬のような目というのは、あぁいった目をいうのだろう。
ただ、捨てられた子犬より何かを盛大に期待して、目がキラキラしているように見える。
「伏せなさい、ダメなコね」
いつになく威圧的な口調と目線に変わったマニエ様は、げしっと座ったままエンバ子爵を踏みつけた。
なんか耳がおかしいかな。ちょっと小声だったけど「あっ」という、なんだか嬉しそうな声が聞こえた気がした。
マニエ様がエンバ子爵を踏みつける光景に、わたくしも2組の夫婦も呆然としてたが、メイド達は見慣れているかのように黙っていた。
ちらっとマニエ様がわたくしと、その後ろに立つサイラスを見た。
「初めまして、サイラス様。駄犬が騒ぎますので、このまま失礼させていただきますが、そもそもこの駄犬を招いたつもりはありませんでしたけど?」
少し怒っているマニエ様だったが、サイラスはいつもどおり王子様スマイルを展開した。
「そうですか。邸の周りにいましたので、こちらの犬かと思ってつれてきたんですが、見当違いでしたか」
マニエ様はちらっと踏みつけているエンバ子爵を見て、はぁっとため息をついた。
「……躾中ですの。それに今日は躾の日ではなかったはずなのに、仕事はどうしたのかしらねぇ」
ぐりぐりっと踏みつける足に力を入れている。
「ま、マニエ様、そんなに摩擦してはハゲますわ」
しかも後頭部だけ。
注意したわたくしに、マニエ様はにっこり笑った。
「いいんじゃなくって、ハゲても。もう伴侶候補がいらっしゃるんですもの、ねぇ?」
すでに邸を追い出されようとしている愛人のことですかね。
しかしこの言葉にあわてたのはエンバ子爵だった。
「い、いないっ!そんな相手はいないっ。ハゲても嫌いにならないならハゲていい!俺にはマニエだけなんだっ!」
頭上のマニエ様の足を両手で包むように抱いて外し、真剣な顔で言い寄ったのだが、マニエ様は冷たい目で見下ろしたまま言った。
「ハゲはいいけど、あなたは好きじゃないわ」
「でも俺は君にされるのが好きなんだっ!」
明後日の方向からの返事が返ってきた。
「彼女に踏んでもらいなさいな」
「嫌だ!怒りしかわかなかったよ。君にしか反応しないんだっ!」
すがりつくエンバ子爵を、マニエ様は黙ってまたげしっと踏みつけた。
……マニエ様限定の局地的なMが誕生していた。
これか。これがあるから抗議文を出さないでいるのか。
確かに危険性がない……かな。マニエ様には。見てる側としてはエンバ子爵のこれからに危険性を感じなくないが。
「マニエ嬢は調教がお上手ですね」
変なところをサイラスが笑顔で褒めた。
だが、マニエ様も不敵に笑った。
「昔から教え込むのは好きでしたのよ。犬も馬も、本当に大好きで、ただ結婚と同時に離れてしまったせいかひどく不安定な性格になりましたの。でも実家に戻って、ようやくこれが本来のわたくしの姿だと気づきましたのよ」
そう言いながら、足で更にぐりぐりエンバ子爵を踏んづけている。
じっとサイラスとマニエ様はお互いを見ていたが、突然2人ともにたりと黒く微笑んだ。
「なぜかしら、お気が合いそうだわ」
「偶然ですね。ぜひ妻同様よろしくお願い致します」
「誰が妻よっ!」
ばしっと左肩を叩いてやる。
ふふっと笑い声が聞こえたのでマニエ様を見ると、穏やかな笑顔があった。
「シャーリー、この方イイわよ。わたくしの直感は外れないわ」
「良くありませんわっ!勘違いなさってませんかっ!?この人は腹黒真っ黒黒なんですよっ!」
「分かってるわよ。でもきっとシャーリーならイケるわ」
……何だか嬉しくないお墨付きを頂いてしまった。
「だいたいなんでサイラスがここに!?マニエ様とはどういった関係なの!?」
キッと横に立つサイラスを見上げると、すっかり王子様スマイルが引っ込んだ顔で言った。
「情報はいろんなとこから収集してるんだが、お前が心の姉と慕うマニエ嬢がどういう人か見てみたかったんで、外交補佐第2席にいるマニエ嬢の兄経由で手紙を交換しただけだ。浮気じゃないぞ」
「そういうとこはちゃっかり権力使うのね!あと、あなたが浮気しようがしまいがわたくしには関係なくってよ!」
「俺は嫌だ。お前が浮気したらいろんなオプション付きで監禁するぞ。ちなみに俺がこの3人の中で1番まともだったんだ。感謝しろよ」
「は?」
3人、と聞いてとりあえず平伏すエンバ子爵は置いておき、ピンクオーラの夫婦達を見る。
お互いこれでもかってくっついているが、抱き合ってはいなかった。マニエ様とエンバ子爵の関係を目の当たりにして、さすがのピンクオーラもどこかへ消えたようだ。
妻達がそれぞれの夫の顔を伺うが、夫達もにっこり微笑んだまま答えなかった。
どっちが1番でも、怖い。監禁コースの上って何?
「エッジ、あなたお仕事どうしたの?」
マニエ様の呆れた目線を嬉しそうに浴び、エンバ子爵は頭上の足を両手で持って頬擦りしながら答えた。
「君とサイラス王子が手紙のやり取りをしていると聞いて、これでもいろいろ警戒してたんだよ。だってサイラス王子はジロンド伯爵令嬢に求婚しているはずだけど、いまだに良い返事がないって噂だからね。もしかしたら君のところに話がいくんじゃないかと心配で心配で」
「それで今日は途中でさぼったのね?ダメなコ」
すっとエンバ子爵の手から足を抜くと、そのままゆっくり立ち上がった。
「伏せ」
足を追うように立ちあがろうとしたエンバ子爵は、その命令に彼は大人しく従った。
……完璧です、マニエ様。
「で、セイド様はサイラス様のお供かしら?将軍は?」
腰に手を当てたマニエ様に言われ、イリスもはっと気がついた。
「あなたもお仕事中ですわよね?」
「あぁ、もちろん今も仕事中だ」
「俺の護衛を変わってもらったんだ。いろいろ聞きたいことがあったし」
やっぱりサイラス絡みか。
「まったく、お茶会が台無しだわ。こんな非常識なことなさらないでっ」
わたくしは呆れた顔でサイラスを見た。
だが、サイラスはカタログを開き、わたくしのほうへ広げて突き出した。
「悪い悪い、だがこういった勉強会は夫の趣味を分かった上でするもんだぞ」
つまり、そのページはイリスやレイン達にも見えるわけで……。
…………。
沈黙が流れた。
最初に体が動いたのは将軍だった。
げふげふと顔を片手で覆って妙な咳をして目線をそらした。ついで叫んだイリスとレイン。セイド様は絶賛硬直中。
その姿を見て、マニエ様がにやっと黒い笑みをもらしたが、この際見なかったことにしよう。
それぞれが反応したことで、サイラスもカタログを引っ込めた。だがパラパラとめくっている。
「お前、処女がこんなの研究してどうすんだ。最初から気合入れてると後が怖いぞ」
一瞬何を言われたのかわからず、は?と言いそうになったが、すぐ口が出た。
「ば、馬鹿ですのっ!誰があなたのために気合なんて入れますかっ!全部そこの2人のためですわっ!」
びしっと指をさすと、さされた美少女達から悲鳴が上がった。
あ、ごめんなさい。
しまったと思ったときは時遅く、しょぼーんとして元気のない夫を前に妻が必死に誤解なのっと言っている図が2つできていた。
悩みすぎると良くない。
ハゲろとは呪ったけど、今日は結構やり過ぎたから全部許そう。
だから悩みすぎて夜がダメになったとかいう相談だけはしないでね、2人とも。
そっと心の中で謝っておき、わたくしはサイラスと向かい合った。
「とにかく、今度は一体何の用ですの?」
こうして突撃で来られた時に良いことなんて1度もないので、嫌な予感がしながらも要件を聞く。
「いや、また数日滞在するんだ」
「そうですか」
「で、今回はジロンド伯爵邸に滞在するから、一緒に帰ろうかと迎えに来たんだ」
「へーそうですかぁ」
聞き流そうとして、流しちゃいけない単語に気がついた。
ジロンド伯爵邸ってうち?
「なんでっ!?」
つかみ掛かる勢いで詰め寄ると、サイラスはなぜか王子様スマイルを展開した。
「伯爵が名乗りを上げてくれたのさ。断るわけにはいかないだろう?」
そして耳元で重低音の悪魔が囁いた。
「そろそろ、いろいろ交流しようか」
うっぎゃああああああああああああああああああ!!
いろんな交流ありますね。私もこの作品で異文化交流してます。
誤字も受付中!
By 腐女に片足突っ込んだ新米より。