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勘違いなさらないでっ! 【11】

本日1万字。ちょっと後半シリアス…かな。

 まぁ結論から言えば、結局サイラスの足首粉砕はできなかったわ。

 

 用意周到で腹立つわっ!


 サイラスが挨拶に来たと客間に出向いてすぐ、わたくしは足早に近づいた。サイラスもすっと立ち上がってくれたんで、ここぞとばかりに左足首目掛けて鋼鉄の靴で蹴りをいれた。


 でもね、予想外の痺れと衝撃がわたくしの足を襲った。

 ガァアアン、という感じだった。

 キッとサイラスを睨むと、彼はイタズラが成功した子どものようににんまりと笑っていた。

 「その靴を贈ってから俺も改良したのさ」

 お前の考えはお見通しだ、と言わんばかりのしたり顔にわたくしは更に悔しくて目を吊り上げた。

 サイラスは少しだけズボンの裾をめくった。

 「俺のブーツは全面鋼鉄を入れているが、今回は二倍の強度にした。脛の部分までカバーし、重さはあるが筋力トレーニングと思えば苦にならない」

 日常的にトレーニングする気かっ!

 そのうち腕輪も宝石じゃなくて鋼鉄仕込みに、最悪服にも細工しそうだ。そうなったら最早トレーニング馬鹿の称号を贈ってやろう。Sのクセに自分を苛め抜いて筋トレしたいだなんて、実はMっ気もあるのか?あなたの属性には似合わない。

 まさか自分にもSを施す新手のS……って、それって単なるMだ。

 いろいろ考えながらぶつぶつと何か呟いていたらしい。

 「……お前、何か妙なこと考えているだろう」

 何かを察したサイラスが目を細めているが、わたくしはふふっと笑って首を傾げた。

 「何も。ただ、頬の腫れはすっかり消えているようで安心しましたわ」

 もちろん、嘘。安心も心配もしていない。

 むしろ残っていないのが悔しい。

 「日頃から傷や打ち身は良くしているからな。体も慣れて治りも早いさ」

 「まぁ、見かけによらず女性の扱いがやはり下手ですのね。そんなにひっぱたかれていては頬の皮も厚くなるわけですわ」

 ほほほっと笑うわたくしに、サイラスはむっとしたように口を開いた。

 「……妙な解釈をするな」

 「ふふっ、人を物のように担ぐ方ですもの。慣れてないか下手かのどちらかですわ」

 「そんなことを根に持っているのか」

 やや呆れたようにサイラスは肩の力を抜いた。

 「そんなことって、女性からみたら失礼な話ですわ」

 「そうか、お前も一応お姫様抱っことやらに憧れがあったわけだな。まぁ、アレを読んでいるからないわけないか」

 にやっと笑ったサイラスに、わたくしはぐっと口をつぐんでふんっと顔をそらした。

 一体わたくしを何だと思っていたのかしら!?

 純愛に憧れてなくっても肩担ぎはNGだわ。

 「で?帰るの?お疲れ様。お気をつけて」

 さらっと言えばサイラスは「時間はまだある」と言って、再びソファにどっかりと座った。

 「……いいものがあるわ」

 わたくしはチリン、と呼び鈴を鳴らし控えていたアンが入ってくると、そっと耳打ちして用意させた。

 

 今、サイラスはテーブルの上を一点集中して凝視してる。

 すなわち、これは何か?と。

 わたくしはサイラスの近くにある1人掛けソファに座ると、一つ一つ説明した。

 「こちらは東の国へ友人が所要で滞在した時に出合った品ですわ。保存が効きますので今日まで少しずつ頂いてましたのよ。こちらが『ヨーカン』というものですわ。味がいくつかありますが、基本甘いです。アズキと言う豆を砂糖で煮て固めたものだそうです。黒っぽいですが、これが基本ヨーカン。中に栗を混ぜた栗ヨーカン、こちら白い豆から作った白ヨーカン、こちらはその白ヨーカンが入った基本ヨーカンの変り種。そしてこの緑はマッチャというお茶が混じったもので、カビではありませんの。で、このヨーカンにあわせるのがこのマッチャというお茶ですわ。少々苦味がありますが、わたくしは好きです。でもあなたには……無理かもしれませんわねぇ?」

 語尾はすっごく馬鹿にして言った。

 でも、サイラスはヨーカンに気を取られて、そんなわたくしの嫌味なんて聞いちゃいなかった。

 まずは試しにとすべてを1つづつカットして皿に出したのだけど、それをフォークで突き刺して食べていくサイラスを、わたくしは黙って見ていた。

 だって、まったく無反応なんですもの。

 「甘い」だの「まぁまぁ」だの何らかの反応してくれないと、無理してこんな近くに座った意味がないのに。でもマッチャは飲まない。苦いって言ったからかな。

 でも最後にサイラスはマッチャも飲んだ。

 そして真剣な顔でこう言った。

 「……まどろっこしい」

 ……何が?

 は?となるわたくしを見もせず、気にもせず、手を伸ばしたサイラスが取ったのはまだ切られていない基本ヨーカンの残り。棒状のそれをバナナのように包装をむき、かじりついた。

 勢い良くがぶっといった。そのまま咀嚼、飲む。

 マッチャが入っていたカップをわたくしの前に突き出し、ヨーカンをかじりながらサイラスは言った。

 「ホットミルクくれ。甘くしろよ」

 甘いミルクでヨーカンの甘さがマイルドになるとでもいうのか!?いや、ならない!なぜならミルクも甘いからだ。お前の甘い感覚は昨夜知ったが、今言ったホットミルクも、もはや砂糖牛乳に違いない。

 サイラス、あなたの家の砂糖消費量半端ないでしょうね。

 「アン、砂糖これでもかってたっぷりのホットミルクにして。最低大匙5杯ね」

 「わかってるじゃないか」

 ちょっと褒められた。

 ……嬉しくない。

 アンはひきつった笑顔のまま部屋を出て行った。

 その間に栗ヨーカンまでなくなった。お前はいくつ食べる気だ。

 「帰ったら演習と会議があって、またしばらく来れない」

 どーでもいいが、ヨーカン気に入ったの?頬張りながら言わないで。

 じろじろと人を不躾に見て、サイラスはぽつりと言った。

 「うちにも女性騎士がいるが、体術ならお前が上かもな。基礎体力かわらなそうだし」

 「戦場で戦えるほど根性ありませんの。わたくしはあくまで自分の護身のためですもの。って、あなたわたくしを何だと思ってますの!?」

 「いや、ただ思っただけで、お前に戦場行けとか言わないさ。お前達女は別の戦場持ってるだろう?あぁいうとこって、お前も経験あるだろうけどいろいろ情報が飛んだり落ちたりしてるわけだよ。そういう戦場でたった1人で戦ってきたお前って、本当にすごいなって思ってな」

 「……ヨーカン男に言われても嬉しくないわ。とにかくわたくしはそういうことはもうしないわ。この国でのわたくしの役目は終ったの。後は自由に生きたいの。あの何とかっていう変な会が、そんなわたくしを追い出そうとしているのは良く分かったわ。でもそれはあなたと結婚するとかじゃなくてもいいと思うの。だからあなたと結婚はしません。お友達ならずっとこうしてお茶できますわよ」

 そうよ。夫婦になって亀裂が入ったらどうするの?

 お互いを疑惑の目で見て、嫌いあって、お茶どころか同じ家にいながら顔もあわせず、お互いを気にしてるくせに気にしないように振舞って生きる。それのどこがいいのよ。

 たまたまわたくしが関わった方達は修復できた。ただの誤解だけで済んだけど、その時受けたお互いの傷はずっと忘れられないわ。他人だからこそわたくしだって言えたし、叱咤できたのよ。それを良く分かってるの。

 だから、わたくしは自分の大切なものを作りたくない。

 サイラスも出会いは最悪だったけど、嫌いじゃないわ。それは認める。

 だからいつまでも『お友達』がいい。

 「わたくしお友達は大事にしますわ。お友達がいっくら甘いもの食べても飲んでも、愚痴こぼしても笑ってあげますわ」

 そこへノックの音がして、甘い香りのするホットミルクを持ったアンが入ってきた。

 サイラスの前に湯気のたつホットミルクを置き、アンは本当に飲むんですか?と言わんばかりの顔で隅に控えた。ちなみにホットミルクはマグカップに入れられている。砂糖5杯だから仕方ない。

 すでに4本目を完食間近だったサイラスは、1口ホットミルクを飲んだ後、顔をしかめた。

 「どうしたの?」

 「足りない」

 コトッとテーブルにマグカップを置くと、テーブルの上の砂糖をざばざばと数杯足した。

 ちらっとアンを見ると、信じられない顔をしている。

 「アン、砂糖沢山入れたの?」

 「はい入れました」

 「砂糖が残ってないぞ」

 マグカップをかき混ぜていたサイラスが不満を言う。

 「はい、お鍋でしっかり溶かしましたので」

 「アン、それってお鍋にまだミルクが残ってるってこと?」

 「はい」

 もちろんそうです、とうなずく彼女に、わたくしは苦笑した。

 「ごめんなさい、アン。この人規格外の甘党なの。カップ1杯のミルクに対して砂糖5杯の指示だったの」 

 ひえっとアンは驚愕していた。

 「驚くのも無理はないわ」

 わたくしも驚いたもの。

 目の前で最後のヨーカンを手にしたまま、ホットミルクを飲むサイラスを見てため息が出た。

 「あなた、よく今まで太らずに生きてこれたわね」

 「昔は嫌いだったぞ」

 予想外の答えが返ってきた。

 「嘘はいいのよ」

 「嘘じゃない。そもそも俺がこうなったのは戦場に行ったからだ」

 「大怪我して脳内中枢でもやられたの?」

 まだ嘘だと思って、目を細めて今更という感じで言うと、サイラスは首を横に振った。

 「そうじゃない。戦場から返るとだいたいの男は気が高ぶってて、物に当たって発散するか、よくある女に慰めてもらうかして落ち着かせるんだが、俺はその時どういうわけか全く落ち着かなかったんだ。だいぶ破壊したし、女は面倒臭くなってしまってよけいイラついてしまうし、もう酒でも飲むか、と散々飲んだんだが、酔いもしない。そんな時メイドが言ってるのを聞いたんだ」

 「なんて?」

 「『イライラした時は甘い物が1番』と」

 はい、女のコ良く言いますよぉ。

 もう、甘いもの食べる時の呪文。大義名分。自分への言い訳、その他諸々のことを丸っと解決してくれる魔法の言葉。 

 サイラスは最後のヨーカンを食べきり、ホットミルクを1口飲んでまた真剣な顔で口を開いた。

 「俺は生まれて初めて菓子を買った」

 ……気が高ぶったサイラスは昨夜見た。アレかあの顔で店に行った?

 その店、というか店員かわいそうだ。トラウマになってないといいけど。

 「どうにか買ってきた菓子を食べたら、少しだけ気が晴れた」

 菓子を買いに行っただけで「どうにか」が付く……、もう、あなた殺人犯みたいな殺気出して買いに行ったのね。菓子屋って殺伐な雰囲気の対極にあるものなのに、店員とその場にいた誰か、かわいそうに。

 そっと心の中でそのときの被害者達にお悔やみを申し上げ、わたくしはサイラスの話の続きを聞くことにした。

 「で、その日の夕食を菓子にするよう伝えた」

 第二の犠牲者は邸の厨房だったようだ。

 「腹が減っているわけではなかったが、とにかくすごい量を食べた記憶がある。翌日料理長が執事に砂糖と小麦粉を臨時補充したいと泣いていたな。おかげで俺はすっかり元に戻った」

 「……つまり、今もイライラしてるの?」

 「いや、それから甘い物が好きになってな。逆に定期的に摂取していないとイライラする。これから帰国してからのことを考えると、甘いものは取れるときに取っておかないとどうなるかわからない」

 またあの黒いサイラスが降臨するのか。

 部下も会議の出席者も大変だ。側近、とくにあのエージュという男はもっと大変だろう。

 「そんな時お前の話を聞いたんだ」

 「誰に?」

 その問いには曖昧に笑って答えず、サイラスは言った。

 「お前の話を聞くと呆れるやら笑えるやらでな。高ぶった気もあっという間に消えていくんだ。砂糖の取りすぎは良くないと叫んでいるうちの執事が、最近の俺を見て喜んでいるぞ」

 「それって、エージュ?」

 「あいつは執事じゃなく補佐の1人に近いな。まぁ、もともとうちの第2執事だったからな」

 ふーん、と流そうとしてはたっと気がついた。

 「ちょっと、あなたわたくしを甘い物変わりにおちょくってましたの!?」

 「いや、いい加減安らぎを手に入れようかと……」

 何が安らぎだ!

 確かにあなたからの贈り物のおかげで読めなかった本が読めたし、プッチィとクロヨンがいるし、妹は新ジャンルに目覚め……いや、何を言っている自分っ!

 「無駄なことしないで、あなたは砂糖消費に財政を傾けていればいいですわっ!残りのヨーカンお土産に渡しますから、とっととお帰りなさいませっ!」

 「土産をくれるのか?」

 嬉しそうなサイラスに、わたくしはびしっと指を差して言った。

 「勘違いなさらないでっ!ヨーカンは甘くて苦手ですの!多量にありますのでもったいないから処理させようって話ですわっ!」

 そういいながら、栗ヨーカンだけは1本残しておくようにアンに指示した。

 これ結構お取り寄せに時間がかかりますのよっ!

 

 こうしてわたくしはサイラスを追い出した。

 最後にサイラスは笑って「またくるぞ」と言っていた。

 つぎはオシルコなるものを大鍋いっぱいにくれてやろう。

 



 そう考えた数日後、わたくしはひたすらしゃべっていた。

 「と、いうわけでわたくしとサイラスの関係はお友達なのよ。むしろケンカ友達が近いかもしれませんわ。まったく馬鹿馬鹿しいでしょう?」

 一通り話して、わたくしはそっと目を開けた。

 

 ここはアルシャイ子爵別邸のサロン。

 目の前で微笑むのは別邸の主、マニエ嬢。25才になり、赤い豊かな髪をゆったりと背中に垂らし、少しタレ目がちな黒目はおもしろそうにわたくしを見ていた。左の目の泣きホクロが特徴。丸みのある体は太っているからではなくて、あくまで女性的なもの。ふくよかな胸、お尻、だけど腰は細く、簡素な飾りのないドレスも、彼女が着れば魅惑的なものに移ってしまう。そんな色気のある女性だ。

 政略結婚して4年。愛人を大事にする夫に嫌気がさしたマニエ嬢は離婚して帰ってきた。ちなみにマニエ嬢の元旦那エンバ子爵はその後その愛人を本邸に呼ぶが、いろいろあってマニエ嬢を慕っていた家人達に冷たくされ孤立中。ま、愛人いるからいいじゃない、という話だったがなんとも上手くいかない。早い話、正妻がいなくなったので愛人が正妻気取りをとったのだ。そしたらエンバ子爵はマニエ嬢と比べだした。だから上手くいかない。当たり前だ。

 数度愛人を見たが、ほっそりしてたが、結構気の強い女性だった。

 マニエ嬢は自分の体型を気にしてダイエットして、体を壊した。そうしてやつれた姿に、彼女は「あの人の理想に少し近づいたかしら?」と言ったそうだ。彼女の体型は離婚後元に戻り、こうして健康的な魅惑な笑みを浮かべている。

 「……そんなにわたくし滑稽かしら?」

 ゆっくりとマニエ嬢は首を横に振った。

 「いいえ、素敵よ。今のあなたは今までにないくらい輝いてるわ。二番目に輝いてたのは、わたくしの離婚が成立した時の顔かしらね」

 「だって、あの色男で愛人が1番と公言していたエンバ子爵が「やっぱり嫌だっ!」て、文字通りあなたの足にしがみついたんですもの。胸がすーっとしたわ」

 「あなたに言われて巻きスカートなんてものを別に上から巻いておいて、本当に良かったわ。あの時そのスカートを解いて、上からあの人を踏んでやった瞬間、わたくしも憑き物がおちたように晴れ晴れしたわ」

 その後、サインされた離縁状を教会に送って、受理された書類を持って役場で処理して離婚成立。同時進行で手早く済ませたので、エンバ子爵の離縁撤回状なるものは認められなかった。なんたって愛人が1番と公言していたし、家人の証言もとれていたし、ジロンド伯爵家もアルシャイ子爵家をまるめこんでマニエ嬢を支持したのだ。

 それが7ヶ月前の話。

 逃した魚は大きかった、ということだ。

 実はすっかりマニエ嬢に精神的に依存していたエンバ子爵は、今も懲りずに手紙、贈り物を欠かさない。傷心して愛人を本邸に呼んだが、今は本邸の離れに追い出したらしい。これには家人も協力したようだ。

 「そろそろパーティーにでも出ようかしらって思ってるのよ。こんな出戻りでいいって言ってくれる奇特な方がいるかもしれないわ」

 「さすがね。また恋する気が起きるなんて」

 わたくしは少し呆れてため息をついた。

 「だってまだ若いでしょ?それにこのままのわたくしでいいんだって言ったのはあなたよ、シャーリー」

 「あなたが魅惑的なのは本当よ。でもまだしつこいエンバ子爵がいるじゃない。周りでうろうろしてもらっては、出会いだってつぶされるわ」

 本当はしっかり潰そうかと思ってたけど、マニエ嬢からストップがかかった。

 後は自分でするから大丈夫だ、と。

 でもそれからずっと、エンバ子爵の復縁迫りが続いてる。

 抗議文の一つも出さずにアルシャイ子爵も黙ってみてる。まったく、どういうことなんだろう。

 「いいのよ。今なら彼に会ってもわたくし負けないわ。愛人のあの人に会っても大丈夫。絶対言ってやることがあるのよ」

 「何を言うの?」

 マニエ嬢はふふっと楽しそうに微笑むと、嬉しそうに言った。

 「『あなたの恋人はまだ元妻に未練があるみたいで、いまだに押しかけてきますの。どうにかしてくださらない?』て」

 不仲の2人に決定的な打撃を落とすつもりのようだ。

 「素敵ね」

 「そう思ったらいつパーティーにでようかと楽しみになってきたのよ」

 ちょっとした仕返しよ、とマニエ嬢は笑った。

 「シャーリーもサイラス様のおかげで随分立ち直ったんじゃないの?」

 

 ……は?


 目が点になった。

 「な、何が?」

 本気で意味が分からなかった。

 わたくしが何から立ち直ったと言うのだろう。

 そんな顔を見て、マニエ嬢は困ったように笑った。

 「シャーリーったら、自分のことは分からないのね」

 いえ、全然意味がわかりません。

 失恋というものをしたことがないし、恋すらしてないからしようがないんですが。わたくしは何というショックから立ち直ったのですか?

 「いいわ、もうすぐイリアもレインも来るの。きっとみんなもそう言うわ」

 「言うわけないわよ」

 そうして大した時間をおかずにイリスとレインがやってきた。

 茶髪の髪を結上げた背は低いが出るとこでてる大人しいイリス、と似たような雰囲気ながら、やや幼さがめだつ淡い金髪の華奢な美少女レイン。

 どちらかといえばマニエ嬢はわたくし派、と見える。

 4人そろって席を囲めば、まるでわたくしとマニエ嬢が可憐な令嬢2人をいびっているかのような図ができあがった。むろん、この別邸にはそんな解釈をする者はいない。

 遅れた2人にマニエ嬢はおもしろそうに、今までのことを話していた。

 その話は飛躍したものではなかったので、わたくしも黙って紅茶をすすっていたのだが、最後に2人がマニエ嬢に賛同したのには反発した。

 「言っておくけど、わたくし恋も失恋もなかったのよ?しかもあのサイラスが何をしたというの?勝手に求婚してきて待ち伏せして、あっちこっちに手を回して、終いにはリシャーヌ様の前でお友達宣言よ?挙句に招待状を持ってきたのにエスコートできないとか、わたくしをからかっている以外に何があるのよ」

 悪いが数日前の城での出来事はしゃべっていない。何事もなく帰宅したということにした。

 「確かに、サイラス様は公爵令嬢をエスコートなさっていたけど、少しはお話できたんでしょう?あのフィニア様は熱狂的なシャーリーのファンだって聞いたし」

 唯一あのパーティーに出席していたレインが、ためらいがちに言った。

 「一応話したわ。そこで初めてそのくだらない会の存在も知ったわ」

 「あら、結構有名よ、ねぇ」

 わたくしの左横にいるイリスがレインとマニエ嬢に振ると、彼女達はこくっとうなずいた。

 「……わたくしは初耳だったわ」

 「サイラス様ったらいろんなとこから攻めてきたのね。さすがのシャーリーもお手上げでしょう?まだ吹っ切れない?」

 「だから何をよ!」

 声を少し荒げたわたくしに、優しい面持ちのイリスは笑みを消して言葉を続けた。

 「あなたの唯一の婚約話よ。あの侯爵のこと」

 それはわたくしを一瞬にして凍らせた。

 レインもマニエ嬢も痛々しそうにわたくしを見ている。

 「もう過去のことよ。忘れなさいとは言わないけど、あなたはあの侯爵に囚われすぎよ。あの人を基準に男性を見て、あまり評判の良くない男性を騙された女性に代わるように罰を与えて、そして笑いながらあなたはずっとあの侯爵のことを考えてる」

 考えてないっ!と、叫びたかった。

 けど声がでなかった。

 「わたくし達こうやって集まってはあなたから、いろんな男性のことを聞いたわ。例えばわたしの旦那様はむっつりだ、とか。年下のわたしを年甲斐もなくべたべた可愛がって、結婚したら苦労するわよとか言ってたし、セイドリック様に対しても、昔から留学先でモテていたし、皇太子の覚えも良くて、将来優良株筆頭だけど、その分女関係が嫌でも周りをうろつくから、レインには耐えられないから諦めろって言ってて、結局一役も二役もかってでて結びつけた。エンバ子爵のことだって、本当はマザコンでいきがってスレンダー美人を愛人にしてるけど、本当は胸フェチだとか言ってたけど、あなたあの侯爵のことだけはいまだに言わないわ」

 「…………だって気持ち悪いんだもん」

 その声は誘われるように出てきた。

 わたくしはただテーブルの上のどこかを一点にみつめたまま、誰の目も見ずに呟くように言い出した。

 「……気持ち悪いのよ、あいつ。自分から目を合わせたことはないわ。だけど、鼻息のかかる至近距離で頬をつかまれて目を合わせられた。その目が気持ち悪くて、今でもあの客間には入らないわ。模様替えも改装もしたけど、あの客間だけは入らない。タバコのにおいの混じる息も、香水も、無駄につけた宝石も嫌いだわ。全部あいつがつけていたものだもの」

 突然わたくしの中に、例えようのない怒りがこみ上げてきた。

 ぐっと拳を握り締めると、そのままダンッとテーブルをたたきつけた。

 紅茶がこぼれたが、控えているメイドもマニエ嬢に制されてとどまった。

 わたくしはなおもぶつぶつと言い続ける。

 「……イリスの旦那様は見かけこそ渋いけど、本当に軍人かってくらい女性の発言で心折れるし、弱いし、もう足蹴にしてごめんなさいって謝らせたいくらいに軟弱で、言い寄ってきた女を傷つかないように断ろうと全面に出てて、それを逆手に取られてオタオタして、本当に情けなかったわ。そして今は新婚1年にして夜が淡白って、そりゃあ甲斐性ないわ。イリスの努力が実ったとしても彼を改造しなきゃダメよ。やっぱりMなのよ。きっとそうよ。本もあると思うわ。きっとウケだわ。ネコよ、ネコ。ギャップ萌え炸裂してるわ。職場も軍だし、もう狙われてるわきっと」

 「……シャーリー、今更わたしの旦那様のことはいいわ。あと、ネコって何?」

 イリスは微笑みながら引きつっていた。

 それをチラッと見て、次はレインを見た。

 びくっとしたレインだが、それはわたくしの虚ろな目のせいか、これから言われる悪口のせいか。

 わたくしは再び視線を下に落とした。

 「……セイド様は元遊び人だしね。後腐れのない女ばかりで数こなして、正直あんなに手際の言い目利きの男を見たのは初めてだったわ」

 「しゃ、シャーリーったらひどい!」

 レインの涙声を聞いたが、そんなことでは止まらない。

 「それがレインの夫になって、ことあるごとにわたくしの周りに荒波立てて、もうレインの夫でなかったら自分の操かけてでもハゲにしてやるのに。いっそ燃やしてやりたい。心労から白髪になり、毛根ダメージMAXで若ハゲ、ついでに下ももげろ。そしてお前もネコになれ」

 レインは絶句していた。

 そしてマニエ嬢を見た。

 彼女は不適な笑みで微笑んでいた。

 「……あの子爵は10も年上のくせにあなたに依存してるわ。その上で愛人なんて作って、その愛人との仲もまさか妻が取り持っていたなんて知れたら笑いものだわ。今なんて離縁されたくせにまだ復縁を迫っている器の小さな男。そんな男を見守っているマニエ様もマニエ様だわ。あの男のせいで体を壊し、泣いた日々をお忘れなの?」

 わたくしの目は睨んでいなかったけど、それでも虚ろな目で上目づかいに見ていたのだ。かなり怖い顔だったに違いない。

 だけど、マニエ様はにっこり微笑んだ。

 「忘れてなんかないわ。手首の傷もまだあるもの。でも、わたくし自分の価値に気がついたのよ」

 「……価値?」 

 「そうよ。わたくしそんな男に囚われられるほど安くないわって。わたくしの時間はわたくしのものよ。考えれば考えるだけその男に使ったことになるの。そんなのもったいないわ」

 「……もったいない……」

 わたくしは繰り返して、それは自分が言っていた言葉だと思い出した。

 「気づいた?あなたずっと他人のために大事な自分の時間を使ってたのよ。感情を押し殺して、自分の思い通りの目を向けられないと自分が安心できなかったんだわ。だからあなたは役に徹した。自分の思うとおりの目で自分を見てもらうために。そうしなければ、いつまた自分に不幸が襲いかかるかわからないから。誰も近寄ってこなければ、もう2度としなくていいからと必死に悪女であり続けたんだわ。そして最後にあなたは誰に恋しても恋が実らない女として、レッテルを自分に付ける為に縁結びをしてたんだわ。そして見事に貼り付けた」

 

 ……そうよ。これでやっと静かになるんだって安心したのよ。

 なのに、あいつがやってきたんだわ。

 サイラス!!


 


思ったように罵詈でなかったです。

次回、シャーリーがキレます。

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