勘違いなさらないでっ! 【10】
舞踏会後半。8600文字。誤字報告お待ちしてますw
胸キュン。
それは恋に落ちる一瞬のときめき。
これから恋を自覚する自分への警告、そして期待。
どうして?と思うけど、それはいつの間にか芽生えた気持ち。
これからどんどん、あなたのことが気になりだすの。
だって、気づいたんだもの。
いつの間にか近くにいて、歩いて、話して、笑っている自分とあなた。
そっけない態度とってみたりするけど、されると辛い。
憎まれ口叩かれても……、本当は嬉しいの。
ひぃいいいいいいいいいいい!!
只今心の中は絶賛大絶叫中です。
そして頭の中では、ちょっと前に読んだ純愛小説の前振りがなぜか降り注いでいる。
間違っている!
この状況のどこに胸キュンが発生しているのだ!?
むしろゾォッと寒気がして、悪寒が止まらない。
その恐怖を振り払うべく、ぐっと拳を握りしめると、わたくしはようやく自分の体に力が入るのが分かった。
「……いいなぁ」
にたぁという表現しかない笑顔。悪魔か吸血鬼か、そんな人外の魔物の笑顔が見えた瞬間、わたくしはぷっつんと理性が飛んだ。
ばちぃいいいいん!
力加減なしで両手でサイラスの頬を挟むようにひっぱたいた。
びくっとサイラスの手が震え、隙ができたのでわたくしはさっと距離をとった。
人間、恐怖が高まりすぎると声が出ないらしい。
「……ってぇ」
両手で顔を覆い、やや体を捻って顔を下に向け痛がっているサイラスを見て、わたくしはハッと気がついた。
「ひどいじゃないのっ!」
「そっちがだろっ!」
赤くなった頬をなでつつ、サイラスは顔を上げた。
良かった。いつものサイラスだ。
「怖いわよ!ご覧なさいよこの肌!」
ずいっと曲げて見せたのは左腕。鳥肌がたっている。
「こんなんじゃ戻れないわ。まったくロクなことがないわ」
これもあのハートミル侯爵家の若夫婦と話したせい……、にしたいわ。諦めがつくもの。
で、とりあえずセイド様を呪う。
ハゲろっ!
「と、いうことで、あなたはさっさと会場に戻ったほうが良いわよ。先程囲まれていたご令嬢様達が、首を長~くしてお待ちでしょうからね」
鳥肌に加え、すこし寒気すらした体を抱くように腕を組み、ふふんとサイラスを見上げた。
サイラスは眉をひそめた。
「お前、俺にこの顔で戻れっていうのか」
そうよ、その赤い頬のまま戻れ。そして恥をかけっ!
……なんて、さすがに言えないけど、無言で微笑んでおく。
「……そうか」
諦めたのか、サイラスは少し目を伏せて歩き出した。
そしてわたくしの横を通り過ぎようとした時、わたくしは「勝った!」と見えないように顔をそらして会心の笑みを浮かべた。
だから、また気づかなかったのだ。
どうしてサイラス相手だと危険予知が鈍るのだろう。
通り過ぎる時にガシッと前から腰に手が回った。
はい!?
そのままぐっと力を込められ、視界がぐるっと回った。
デジャヴだわっ!
思ったとおり、いつかのハートミル侯爵家の庭でのように肩に担がれていた。
離せっと言おうとする前に、サイラスは走り出した。
「しゃべると舌かむぞ」
ぎゃぁああああああああああああああ!!
再び心の中で大絶叫!
ノンアルコールとはいえ、食べずに飲んでばかりいたから揺れる肩に刺激される腹部が気持ち悪いし、痛いぃっ。
せっかくアンがセットしてくれた髪だって崩れたに違いない。
なんとか呼吸だけしてたら、ガチャッと嫌な音がしてバタンと嫌な音がした。それと同時に動きが小さくなり、揺れも消える。
「ふぅ、ついた」
ドサッと下ろされたのは柔らかい床……じゃなくて寝台。
……。
…………おいっ。
薄暗い部屋。良く見ると天蓋がついている。
がばっと起き上がり、サッと周囲を確認する。
近くに立っているか、一緒に寝台に乗り上がっているかしていると思っていたサイラスは少し離れた暗がりにいた。
良く見ると、背もたれのあるイスに座っているらしい。
……お前は何がしたいんだ!?
声をかけようとしたが、思い当たるこの後の展開は全力で避けたい。回避だ、回避。そう思ったら声が出ず、わたくしはとりあえず黙って観察することにした。
もちろん、頭の中ではいろんな回避方法を模索する。
とりあえずサイラスを気絶させる……、これ、かなり無理がある。
じゃあ、気配殺してドアまで行く。幸い鍵のかかる音はしなかったし……、この格好でそれは無理。生地の擦れ合う音がするもの。
なら、このまま寝る。寝たふりだが、さすがの奴も寝た女に手は出すまい……、これって起こされたら意味ないし。
あぁっ、もぉっ!どうしようかな。
なーんていろいろ考えていたら、コトッと音がしてサイラスが立ち上がった。
ぎゃああああああああ!ピンチ!!
あ、でも何か変なニオイがする……。
近づいてきたサイラスを、わたくしは緊張しながら睨み上げて…………笑った!
「おほほほっ!な、なんですの、その顔!」
サイラスの頬には白い湿布材がはられていた。
憮然としたサイラスの顔が更に笑える。
「誰のせいだと思ってる。腫れた顔などさらせるかっ」
「まぁ、わたくしのせい?あなたが怖い顔するからよ。正当防衛よ」
「ふんっ」
明日のみんなの前での醜態と、わたくしの前での醜態で悩んだのだろう。
ずいっと差し出された手には、カップが握られていた。
「飲め、落ち着く」
落ち着くのはお前だっ!
だが、とりあえずいただこう。
薄暗くて良く見えないが、変なニオイは湿布材の薬のせいのようで、このカップからは甘い香りがする。
「ミルクティ?サイラスがいれたの?」
「そうだ。俺はここの皇太子と違って、身の回りのことは自分でできるからな」
「わたくしだってできるわ」
「お前が?料理に洗濯ができるか?」
甘いミルクティを1口飲んで、わたくしはピタリと止まった。
さすがにそれはしたことない。
畑仕事は手伝ったけどね!
「あぁ、そうだ。お前は畑仕事ができるんだったな」
にやにやして言うな。なんかムカツクわ。
「……うるっさいわね。に、してもお茶の準備はともかく、よく湿布材があったわね」
「ここは俺が滞在してる部屋だからな。エージュが『もしもの場合に』と準備していたんだ。まさか俺が使うとは……」
はぁっとため息をついて、少し落ち込んでいた。
……エージュ、何を想定して用意したんだろう。
考えたくないけどね!
「あら、自分は飲まないの?」
「お前がいれてくれ」
「……いいわ」
この寝台から離れられるならお茶くらい入れてあげるわ。
ややサイラスを警戒しつつ寝台を下りると、さっき彼が座っていたイスの辺りへ歩いていく。
なるほど、そこにはワゴンにお茶のセットが用意してあった。良く見ると軽食なのか、銀の蓋がされた皿もある。
「砂糖5つ、ミルクは半分だ」
ぎょっとして振り返った。
「それってミルクティじゃないわよ」
「いいんだ」
「あなたコーヒーだってブラックで飲んでたじゃない」
「本当は好きじゃない」
どうやら激甘党らしい。どうせなら砂糖入りのホットミルクのほうがいいんじゃないだろうか。
カップ半分の紅茶に砂糖を入れてよぉくかき回して、全部溶けきれないけど大丈夫かなと思いつつミルクを注ぐ。混ぜてもやはりティースプーンの先からザラザラ感が伝わってくる。
「溶けないだろ。それでいいぞ」
いいのか!?
とりあえずいいと言われたので、その甘々ミルクティもどきを渡す。
グビッ!
ひぃっ!そんな甘いのを一気飲み!?
唖然としているわたくしに、猫舌ではないことが発覚したサイラスが言った。
「一気に飲まないと砂糖がカップに残るだろうが」
「……口の中に残りません?」
「それをざりざり食べるのがいい」
……それじゃあ、最初から砂糖食べてなさいよ。
口の中の砂糖がいい、とかまるで子どもだ。
「あなたが甘党とは思いませんでしたわ。ケーキもお好きなの?」
「好きだ。だが一番好きな組み合わせはホワイトホットチョコを飲物にして、そうだな、プティングでも生クリームケーキでも……どうした?」
うつむいて口を押さえたまま、わたくしは首を振った。
サイラスが食べているイメージを考えてみたのだが、どうにも組み合わせが悪かった。
「男性がそこまで甘党なのは初めてだわ」
「そうだろうな。俺も自分以上の甘党は見たことがない。お前に同じものを飲めとは言わないが、見る分には慣れとけ。直すつもりも控えるつもりもない」
「病気になっても知らないわよ」
「動いてるから大丈夫だ」
そういう問題ではないと思うんだけど、まぁ、とりあえずほっとこうかな。
……。
さて、本題に移るか。
サイラスの座る隣へ座るのは避けていたので、わたくしは立ったまま話を始めた。
「ところで、1人で手当ができるのに、どうしてわたくしを連れて来たんですの?」
カップを持ったまま尋ねてみた。
次の行動次第じゃ、カップの中身をぶっかけてやる。
サイラスはあまり表情を変えずに、しれっと答えた。
「衝動的に」
「はぁ!?」
「つい、手が出て連れ込んだ」
わたくしは目眩がした。
このまま床に倒れこんでもいいかってくらいに、目眩がした。
「……そう、あなたいつもこんなことしてるのね」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
ゆっくり顔を覆っていた手を外してサイラスを見ると、なんだか困ったような顔をしていた。
「いつも、というか初めてだ。戦場にいる時は、感情が高ぶってしまうことがあるが、日常生活では初めてだ。なんだかあの場にいたら、お前が逃げてしまいそうで怖くなったんだ」
「怖い、ですか?」
「なんだろうなぁ」
わからない、と首をひねっていた。
むしろ恐怖を覚えたのはわたくしだ。
あなたに分からないものがわたくしにわかるわけもなく、とりあえず話した限りはもう落ち着いているようだから、このまま穏便に退室させてくれるように話を持っていこう。
「シャーリー」
「はい?」
空になったカップとソーサーを寝台横にあるサイドテーブルに置き、サイラスはゆっくり立ち上がった。そしてわたくしと向かい合うと、そのまま何も言わずごく自然に優しく抱きしめた。
わたくしはとっさにカップを持つ右手をのばし、こぼれることだけはふせいだ。
「ち、ちょっと、こぼれますわ」
文句を言えば、サイラスは黙ってわたくしの持っていたカップを取ると、反対の手に持ち替えてサイドテーブルに置いた。その間わたくしはサイラスの腕の中にいて、どっちかの手が背中に回されていて逃げられなかった。
両手で抱きしめられたので、わたくしはわざと大きく息を吐いた。
「……さっき言いましてよ?他の女を触った手と香りをつけたまま触らないで、と」
「さっき消毒した」
「……そうね。今は湿布材のニオイしかしませんわね」
わたくしはこのニオイに慣れている。だって打ち身とかトレーニングしてたらできるし、かなりお世話になっている。
「……家族と来てますの。このまま会場に返していただけますか?」
「もちろんだ。だが、髪が……すごいな」
くっと肩越しに笑われた。
誰のせいだと思っているんだ。
見えないだろうけど睨みつけていると、ぽんぽんっと軽く背中を叩かれた。
「ちゃんと手配する」
そしてそのまま少し大きな声でドアの方へ声をかけた。
「エージュ、いるか?」
「はい」
と、ドアの外から小さな声がした。
「入れ」
言うが早いか、サイラスはようやくわたくしを解放してくれた。
並んでドアを見ている格好で、エージュを出迎える。
入ってきた彼は少し驚いたようにわたくし達を見た。
眼鏡の奥の目がスッと細められる。
「サイラス様、そのお顔は……まさか本当に襲ったのですか?」
「違う。これはこいつにやられたが、事情が違うし、ただここに連れて来ただけだ。なぁ?」
同意を求められ、わたくしはじろっとサイラスを睨みながらうなずいた。
「いっきりなり連れ込まれましたのよ。血が出ていないことをありがたいと思いなさい」
ふんっと顔をそらすと、エージュがやんわり笑った。
「シャナリーゼ様が寛大な方で助かりました。お顔に傷を作ってこれからライルラド国王陛下にお会いになるなど、友好国として、また男性として大変不名誉でありますので」
男女のもつれで顔に怪我して陛下に会う、なんて醜態もいいところだ。しっかり笑い者になるだろう。面と向かって笑う人はいないだろうけど、しばらくいい噂のタネとなる。
「呼んでいるのか」
「さようです。ライアン様もお探しでした」
「あらあら、人気者は辛いわね」
さぁ、その湿布の顔のまま行くが良いとわたくしは口角を吊り上げた。
サイラスはにっとわたくしを面白そうに見ると、さっき張った湿布を取ってしまった。
「顔を洗う。ついでにこいつの髪も結いなおす。手配してくれ」
「かしこまりました」
「ちょっと、ついでですの!?」
「俺の顔の方が問題だ」
「問題はあなたの性格よっ!」
「ハッ、お互い様だなっ」
「なぁんですってぇえええ!?」
キーキーとお互い言いあっているうちに、エージュは退室し、気づいた時には「入れ」というサイラスの声でまた入室していた。
「もしや、今まで言い合っておられたのですか」
やや呆れたような口調のエージュに、わたくしはぶすっとした顔のまま黙り、サイラスはわたくしを指差して言った。
「未来の夫に顔が腫れたまま謁見しろというのだ。自分の評判まで落とすぞと言っているのに、聞きもしないのだ。先が思いやられる」
「よっけいなお世話ですわっ!」
「お前の髪は綺麗にしてやろうというのだ。お前にあらぬ噂がたたぬようにという、俺が気遣っているのに嫁のお前ができなくてどうする。母はともかく、皇太子妃である義姉はそういうところが厳しいぞ。気をつけておけよ」
「だっから、嫁に行きませんって言ってるでしょ!」
くってかかってから随分経ったが、今更ながらわたくしが言えば言うほどサイラスのにやにや黒い笑顔がいきいきしてくる。黙ると負けかとばかりに言われ、余計腹立つから言わずにいれない。
わたくしの馬鹿っ!
「嫁が嫌かぁ」
黒い笑みのまま困ったように言うな。絶対何か腹立つこと言う。
「じゃあ、授かり婚でいくか。俺の子の母として(嫁に)来い」
「おっことわりしますわっ!」
やっぱりムカツクことしか言わなかった。
「なぁに、婚約式さえ済ませておけば授かり婚でも問題はない。むしろ若いからね、くらいですむぞ」
「そんな緩い貞操観念持ってませんわ!」
ふと視界の隅にエージュと髪結いメイドの姿が映った。
「エージュ!あなたの御主人って本当に真っ黒腹黒変態王子ね!!」
「ええっ!?まさかの飛び火ですかっ!」
黙って傍観していたエージュが、ぎょっと驚いて思わず口にした。
「さっさとひっぱたかれ王子を陛下の御前に突き出してちょうだいっ」
「お前、俺を罪人みたいに言うなよ」
「誘拐もどき犯が偉そうに言うんじゃないわよ!」
びしっと指差すと、サイラスもそこは何も言わず黙った。
よし、勝った。
どうにか勝利をもぎ取ったわたくしは、さっさと話題を変えることにした。
「お待たせしてごめんなさいね。セットお願いできるかしら?」
驚きを必死に抑え黙って立っていたメイドは、少しあわてて「はい」と返事をした。
メイドはドレッサーの前で道具を広げて準備しだした。
エージュは一礼すると、部屋の明かりをつけた。
眩しい光りに少し目を細めた後サイラスを見上げると、頬の赤みはほとんど消えていた。薄く化粧をのばせば完全に消えるだろう。
もっと力強く、というよりグーで殴ればよかったわね。
あ、そうだわ。
わたくしはふと思い出して歩みを止め、サイラスの名を呼んだ。
「この度は素敵な仕立て屋とドレスをありがとう」
お礼をきちんと言ってなかったから、わたくしは素直に口にした。
家族や叔父などの一部の親戚以外の男性から貰った贈り物は、みんな何らかの思惑があったし、わたくしも一応形だけのお礼は言ってきた。サイラスがお詫びとして仕立ててくれたのかもしれないが、彼らのような嫌悪感はなかったし、出来上がりにも満足した。
いつもどおりのにやにや笑顔が返ってくるかと思ったら、目を丸くしてなぜか驚いていた。
……失礼ね。遅くなったけどお礼が言えない子じゃないわ。
「あ、あぁ。また仕立て屋を寄越す。色もデザインも好きに言えばいい」
軽く目を見張ったまま言われても、はいそうですかってうなずけるわけがない。
「結構よ」
目を細めて言えば、サイラスの顔に意地悪笑顔が戻る。
「お前はふわふわのもっこもこが好きだろ?部屋の壁は明るいものがいいだろう?ウィコット達の専用部屋も、庭に運動スペースも作らねばな。人参畑はお前が手入れするか?」
「何の話よっ」
「でもドレスは必要だ。やはりマダム・エリアンを寄越す」
ぐいぐいと話を押してくるサイラスに、わたくしはチッと心の中で舌打ちした。
お礼を言ったから調子に乗らせてしまったのかしら。
「お礼を言ったからといって勘違いなさらないでっ!あなたがくれた前の贈り物は、開けもせず処分したわ」
「そのようだ。今夜は普通の靴のようだしな」
……何を言っているんだろう。
まぁ、ともかく無視しよう。
「とにかく早く行きなさいよ。陛下がお呼びなんでしょ」
しっしっと追い払うように手を振る。
そうだった、とサイラスは顔を上げエージュを見ると、彼もまたうなずいて見せた。
「エージュに感謝しろ。甘いもので落ち着いていなかったら、髪どころかドレスまで用意しなくてはならなくなっていたかもなぁ」
え、それって貞操の危機って奴ですか。
さらっと言われるのにも腹が立つ。
「あなたも感謝なさい。その綺麗な顔に2度と消えない傷をつけてさし上げましたのに」
うふふっ、あははっと不敵な笑みをお互い浮かべた後、サイラスは付け加えるように言った。
「とにかく今夜は大収穫だった。お前の姿も、俺のことを知ってもらえたのもだが、お前の後援会の後押しももらったことだし、そろそろ覚悟決めとけよ」
「後援会じゃないわよ!さっさと出てお行きなさい!!」
がっと怒鳴ると、サイラスはあははっと笑いながらエージュと出て行った。
ちなみにここはサイラスの部屋らしいが、わたくしが出て行くという選択肢はなかった。セットしてもらうまで帰れないし。
やっと静かになった部屋でメイドに髪を結われながら、ふと口止めしなくてはと思って話しかけた。
「ねぇ、先程のことですが、内密にお願いね」
「はい、心得ております。皇太子妃様よりお2人の仲は他言無用と言われておりますので、どうぞご安心ください」
……。
全っ然ご安心できないっ!!
つまりはリシャーヌ様には筒抜けってことでしょ!?主人から聞かれたらこのメイドも言うしかないだろう。
アルコールを飲んでもいないのに頭痛がするし、胃痛もする。
こんな日は早く帰ってプッチィとクロヨンをぎゅっと抱きしめて、お腹に頬擦りして心行くまで堪能して現実逃避するのがいい。
セットが終ると、わたくしはすぐ会場へ戻り、探していたよという叔父をせかしてさっさと帰った。
もちろんサイラスには会わなかったし、わたくしを引き止める者もいなかったけど、何も言わずに帰ったわたくしを両親が心配していたなんてことは後から知ったことだ。
心配かけてごめんなさい。
翌日。
遅い朝を迎えたわたくしは、アンに聞いてみた。
サイラスからの贈り物って何だったのかと。
ところが、アンも知らないと言う。
「そう」
サイラスの言葉が気になっていたんだけど、仕方ない。わたくしが処分しろと言ったのだから。
「あの、お嬢様。実はまだあるんです。サイラス様からの贈り物が」
おそるおそるとアンは話し出した。
「処分をと言われましたが、いつか気が変わって受け取ってくださるかも、と思いまして」
「……持ってきて」
そう、気が変わらないうちに開けてしまおう。
そして換金、即寄付。
アンが持ってきた箱を開けると、中には赤いヒールの靴が入っていた。
指先を覆う部分に黒い小さな石が輝いており、それ以外はシンプルなものだ。靴のサイズもあの仕立て屋は採寸していたので、おそらく同じ店のものだろう。
でも、それならどうして前もってこれを贈ってきたのだろう。
わたくしはそっと靴を持ち上げてみた。
……重い。
「シャーリーお嬢様?」
疑わしげに目を細めたわたくしに、アンは首を傾げていた。
「これ、変だわ。触ってみて」
「あ、はい」
アンが箱からもう片方の靴を手にとって、しげしげと眺めた。
「重い、ですね」
「指先の辺りがものすごく硬いわ」
わたくしはテーブルの上に置いてあった皿に、靴の先を落としてみた。
パリンッと綺麗に割れる皿に、わたくしもアンも目を見張った。
「なっ、なんてもの贈ってくるのよあの人は」
「あ、良く見ると裏側も先のほうが固いです。ヒールもすっごく」
物騒な靴だ。
アンが箱の中から1枚のカードを見つけて、わたくしに渡した。
『職人が使用している作業靴を改良し、騎士や兵士も使用している鋼鉄入りの靴だ。重さの関係で全部ではないが、つま先とヒールに仕込んでいる。今から使いこなせ サイラス 』
……。
サイラス、あなたわたくしを何だと思っているのかしら。むしろどうしたいのかしら。
この靴があればドレスの下の攻防戦にもあっさり勝利するでしょうし、しつこい男の足を偶然を装って踏んで痛い目にあわせることも、何の武器がなくてもこの靴さえあれば飛び道具、足蹴にして撃退することも可能でしょう。
でもね、サイラス。
わたくし淑女よ?さすがにそれは……。
「あ、そういえばお嬢様。サイラス様が帰国前にお立ち寄りなさるそうです」
アンの言葉に、わたくしは気が変わった。
「足首を粉砕してやるっ」
隣でアンがドン引きしていたが、見なかったことにした。
いろいろ固まってきました。次回はシャナリーゼがお友達と愚痴をこぼします。ハゲや腹黒、変態の言葉がでてきますが、作者に悪意はありませんよ。ではまた、来週。