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勘違いなさらないでっ! 【93話】

ご無沙汰しております

「ご用と伺いましたが、どのようなことでしょうか」

 

 ピンと背筋が伸び、細く小柄ながらその姿からは想像できないような威圧感がある。

 

 だけど――お母様の比ではないわ!!


 脳裏に蘇ったのは母の後ろ姿。王妃様の姿もチラッと横切ったけど、今は実母が一番怖い。『あの時』の正面の顔を思い出せないくらいに怖い!!

 

 夕方に忙しい合間をぬって訪れてくれたマダム・エリアンを前に、わたくしは触るのも嫌だったアノ手紙を差し出した。

 一瞬机の上の手紙を見て、尋ねるように目線がわたくしに向く。

「ある方からあなたのお墨付きをいただいたわ。これを読んで、わたくしの『先生』となる方を紹介して欲しいの」

「……では、拝見させていただきます」

 マダムはバックから小さな眼鏡を取りだし、手紙を手に取って静かに読みだした。

 しばらくして、マダムは手紙を机の上に戻す。

「この方のお国のお噂はあまりよくございません。それでもなさいますか」

「わたくしの事情から話すと、わたくしは早く家に戻らなければならないの。でも、そのためにはサイラスの問題が片付かなくてはならないのですって」

「徐々にですが、目途はたったとお聞きしておりますが」

 どこからの情報か、は知りたいけどあえて聞かない。

 わたくしは正直に不満であることを態度に出し、大きくため息をつく。

「進みが遅くて。待っていられないわ。

 ねえ、マダム。あなたお子様は?」

「息子が二人に娘が一人おります」

「そう。――きっと理知的で物静かな方よね」

「いえ。息子は手に余るほどの行動派でしたし、娘も結婚するまでお転婆でございました」

「では――きっと、イタズラをした時は逃げ出したわね」

「もちろんです。ですが、すぐ戻ってきて謝罪しておりました」

 それを聞いて、わたくしはニンマリと笑う。

「ならば、きっとマダムはわたくしの気持ちが分かるはずだわ」

 そう言うと、マダムはじっとわたくしを見て不意に『母の顔』で困ったように微笑む。

「思った以上のお転婆なお嬢様でいらっしゃいますねぇ」

「うふふ、そうなのよ」

 

 だから助けてちょうだい。


 わたくしの心からのお願いは、どうやらマダムに届いたらしい。

「早く謝罪できますように、お助けいたしましょう。ですが、御身を危険にさらすことになりますよ」

 後半、キッといつもの引き締まった顔になるマダムに、わたくしも笑みを消してうなずく。

「心得はあるわ。ただ、今度の相手の情報がほとんどわたくしには無いの」

「正直申しまして、シャナリーゼ様お一人を囮にするには少し演出が必要かと思われます」

「なにか良い案があるの?」

「あるにはありますが……、人生の汚点となるかもしれません」

 

 まあ、マダムが心配してくれているわ。


 ちょっと驚きつつ、わたくしはフンと笑い飛ばす。

「人生の汚点なんて、ロリコンハゲデブ中年侯爵の婚約者にされた時点でたっぷりついているようなものよ。いまさらいくつ増えようがアレを越えるものはなくってよ」

 マダムはじっとわたくしを見た後に、目を細めた。

「あなた様はどこまで平民を知っておいででしょうか。助けてくれた温かい者ばかりではありませんよ」

「それは貴族とて同じだわ。お金こそが全て、権力が全て、と執着する者も多数いるわ」

「わたくしが知る者は裏の者ではありますが、裏の表と表現するのがいいでしょう」

「あなたが知るだけで、その人の価値は信頼できるのではなくて?」

「お優しいですね」

 ふっと一瞬だけマダムが微笑んだ。

「準備ができましたらお呼びいたします。サイラス様にはなんと申されますか?」

「考えてないわ。まあ、どうにかなるでしょう」

「……」

 マダムから呆れた顔をされたが、あの堅物をどう説得するかは成り行きしかない。

 最終的には王妃様の名前を出して黙らせよう。



☆☆☆



 そして、その夜、わたくしとサイラスは激しく言い合っていた。



「バカか! バカだろうお前!!」

「んっまぁあ! わたくしが手伝ってあげると言っているのよ!? お礼の一つも言えないのかしら!!」

「誰が囮役なんて喜ぶか!」

「喜べなんて言っていないわ! 沈痛な面持ちで『すまない』と、感謝してくれてもいいんじゃないのって言っているのよ!!」

「俺はお前を愛しているんだぞ!?」

 

 こんな口喧嘩の最中にそれを言うの!?


 一瞬うっと口ごもってしまったが、同じ部屋に静かに見守るエージュ(の生暖かい視線)とアン(最初はハラハラしていたくせに、今は口を両手で押さえて興味津々)の気配を感じ取って、すぐに『あること』に気がついて反撃する。

「それよ!」

 左手を腰に当て、右手でビシッとサイラスを指差す。

「あんたがそうやってわたくしのことを守ろうとするから、余計に相手につけいる弱点のように思われているんじゃない! だからそれを逆手に取ろうというのよ!!」

 後ろから「え?」とエージュとアンの戸惑った声が聞こえたが、とりあえず無視する。

「王妃様とお話して、わたくしようやくわかったの。あなた、あっちがわたくしに食いつくと思ってわざと弱点にしたのね? どうりでここに来て告白だの、束縛だのと妙なことばかりすると思ったわ」

「!」

 目を見開いて驚愕するサイラス。

 

 ほらごらんなさい。やっぱり裏があったのね。


 なぜだか少しだけ、がっかりした悲しい気持ちが広がった。

 どうしてそんな気持ちになるのかわからない。頭ではわかっていたはずなのに、どうしてかしら。

 サイラスが王族。個人より国を優先するのが当たり前なのだから。


「「……」」


 あらやだ、エージュもアンも口をポカンと開けてマヌケ顔だわ。

 え、まさかアンはともかく、エージュもサイラスの裏に気がつかなかったというの?

 王族の火遊びにしては気合が入っていたものねぇ。でも使える時に駒としてきちんと使っているから、もうそろそろわたくしとの関係も終わりだわ。


 急速に冷えていくわたくしの熱。そして、暗くなった頭の中でただひとりごとを何度も噛みしめていた時だった。


「……ど……ど……だ……」


 かすれ声でサイラスが何か言うが、よくわからない。

「どどだ?」

 なによそれ、と聞こえた言葉を繰り返すと、背後でエージュが動いた。

「ひぇっ!?」

 唖然とするアンをお姫様抱っこして、何も言わずにドアへ急ぐ。

 と、その瞬間サイラスの怒号が響いた。


「お前はどこまで! どれだけ! 俺の言葉を信用していないんだぁあああああ!!」


「!」

 思わずビクッと肩が震えたが、バタンとドアが閉まる音がしてわたくしに味方がいなくなったことを知る。


「……」


 あまりの怒号に驚いて固まるわたくしを、サイラスが怒りに満ちた目で睨む。

 サイラスは大きく肩動かし息をした後に、すばやく両手を横に動かした。

「!」

 叩かれる!? と一瞬及び腰になったけど、それならそうと叩かれた瞬間に反撃せねば、サイラスに一撃お見舞いすることはできないだろうと判断して、わたくしもぎゅっと両手に力を入れた。


 が、次の瞬間訪れたのは痛みじゃなくて――強烈な締め付けだった。


「かふっ!」

 淑女らしからぬ呻き声とともに、肺の中の空気が一気に吐き出される。

 コルセットを締める時でも、ここまでの締め付けはないわ。

 呼吸をすることに一生懸命で、自分が今どうなっているのかしばらくわからなかった。

 とっても呼吸しにくくて強烈な締め付けが今も続いているけれど、どこかを殴られたわけじゃないみたい。痛みは……あるけど、とにかく苦しい!!

 

 と、いうか、やたらと顔に香りのいい柔らかいものがたくさん当たるのよねぇ。

 

 はふはふと、短い間隔で口で息を吸い込んみ、ようやく自分がサイラスに抱きしめられていると気がつく。

 いえ、抱きしめられているというとなんだかロマンチックだけど、これは何か違うわ。

 抱きしめるという行為は、普通わたくしも腕が自由なはずよね。場合によっては相手の腰に手を回すでしょうけど。


 でもね、今のわたくしは腕ごと抱き締め(・・)らているの。


 サイラスが手を離した瞬間、わたくしは無様に倒れ込むしかない。そんな体勢なのよ!

 ぎゅうぎゅう締め付けるサイラスは、わたくしが酸欠に陥っているなんて気がついていないみたい。

 目の前にある肩を思いっきり噛みついてやろうかしら。

 でも、それをするほど酸素が足りているわけじゃなく、口を塞いだらわたくしは気を失うわね、きっと。


「ちょ……ね……ス」

(ちょっと、ねぇサイラス。いい加減離してくれないかしら。聞こえているかしら? サイラス!)

 

 何度も途切れつつ、ほとんど声にならなかったけど根気強く言い続けたら、ようやく少しだけ腕の力が弱くなった。

 その瞬間、わたくしは思いっきり息を吸って何度も浅く呼吸を繰り返してホッと一息つく。

「……ちょっと」

「なぜだ」

 恨みがましく言えば、わたくしの肩に顔を乗せたまま、それ以上の恨みがましい声が返ってきた。

「なぜお前は信用してくれないんだ」

 と、ぶつぶつと言い続ける。

 

 人の話を聞いてちょうだい。


 ようやくまともに息ができるようになったけど、それでも腕は動かすことはできないし、身をよじれば更なる締め付けがきそうで怖い。


 とうとう観念して、わたくしはぽつりと言う。

「……信用って何よ」

 言うべきことかどうか、わたくしはいつも考えて言っているつもりだ。

 でも、今はどうしてか言葉が先に出てくる。

「わたくしは貴族令嬢らしくない令嬢で、やりたいことはやるし、言いたいことは言う。かつての婚約者のロリコンハゲデブ侯爵さえ匙を投げた女よ。自分を守るためには家名だって傷つけて、家族の評判も落として……」

 

 ああ、どうしてかしら。どんどん言葉が出てくるわ。

 そして――なんてひどい声。震えているじゃない。

 へんねぇ。わたくしの体はサイラスのバカに、しっかり固定されて震えていないのに。

 それに……わたくしどこを見て言っているのかしら。

 お母様や家庭教師に『相手を見て話すこと』を、とても強く指導されたのよ。

 あちこち視点が定まらないで話すと、言葉もまともに出てこないのですって。


 わたくしを叱責する家庭教師の姿が、頭の中でだんだんと小さく消えていく。


「……お父様。お母様にお兄様。そしてティナリア。みんなわたくしを好きだと言うけれど、みんなの信用をぐちゃぐちゃに壊したのはわたくしよ。お母様なんて『伯爵夫人として失格』とまで影口を叩かれていたわ」


 貴族の結婚に反抗する娘を産んだのが悪い。

 そんな娘の側に付けた者を選んだ者が悪い。

 伯爵家の女主人として娘一人諭せない者が悪い。


 ――母が悪い。


 結論はいつも同じ。

 わたくしが悪いのは母が悪いから、と陰でこそこそ笑っているくせに、表では平然とお茶会などに誘って、微笑み会話をする。

 わたくしはある日考えた。

 家族は大丈夫かしら? と。

 わたくしをどう思っているのかしら。

 一度沸いた疑問は根強く心に残り、家族のために何ができるのかを考えた。

 わたくし自身の身の引き方は、社交界から姿を消すことが一番いいと結論はすぐ出た。でも、その後の伯爵家の名誉回復はどうしたらいいのか、と考えて、それだけ考えて行動していた。

 そうしたら、いつの間にかライアン様を始めリシャーヌ様やマニエ様ともつながりができていた。

 もう引き際だと思うのだけど、ライアン様の親戚筋の公爵家は要注意だから、より太いパイプを取り付けておかなきゃね。


 わたくしの家を――家族を守るために。


 いつの間にか頭の中は冷静になっていて、あいかわらず息苦しいサイラスの腕の中でハッと我に返る。

 ――視界がぼやけて、顔中が濡れていた。

 もちろん、サイラスの肩の部分にも濡れた跡があって……。


「大丈夫だ」


 そう何度も言いながら、やっと緩めた左手でわたくしの頭をゆっくりとなでる。


「家族はお前を愛しているし、彼らはお前を嫌っていない。お前の兄など、俺に剣技勝負をしかけてきたし、妹もああ見えて俺を観察しているからな。

 だから、お前はもう無理して危ないことに手を出さないでいいんだ」

 ゆっくりと諭すように、穏やかに言い聞かせるように「大丈夫だから」と何度も続ける。

「~~!」

 わたくしはやっと自分が涙を流していることに気がつき、恥ずかしさとまた涙が込み上げてきそうになるのを、サイラスの肩に顔をおしつけ歯を食いしばって耐えた。

「ごめんな、事態の収拾が遅くて。でも、ちゃんと進行しているから。来週にはライルラドに帰せる手筈も整ったしな」

 緩んだサイラスの腕の中で、ぎゅっと体を固くして涙を押し堪えたわたくしは、肩に顔を押しつけたままくぐもった声で話す。

「……それまでに片付くの?」

 だが、頼りないため息がつかれる。

「いや、まだ少しかかりそうだ」

 今度はわたくしがため息をつく。

「頼りないわね」

「すまん」

 そこで、ようやくわたくしは顔を上げる。

 もちろん、目が赤いとか化粧が落ちているとかそういう心配はあったけど、目を見て話さないといけないことだったから。

 久しぶりに間近で見るサイラスの青い目は、穏やかにわたくしが言うのを待っていた。

「わたくしが心配?」

「もちろんだ」

「わたくしは――あなたにわたくしや家族を守る力がある、と思っているわ」

「もちろん守る。だが……」

「なら、守って」

 サイラスの言葉を遮り、わたくしはもう一度繰り返す。

「あなたを信用するわ、サイラス。中途半端な形で放り出さないで。わたくしを囮にして守ってちょうだい」

 むちゃくちゃを言っているのは良くわかっている。 

 でも、守ってくれるっていうのなら、信用してもいいかなって思ったの。

「……シャーリー」

 困ったように眉を下げるサイラス。

「あなたはわたくしを信用しないの? 鳥籠に飼う『鳥』をご所望なら他をあたってちょうだいな」

 いいや、とサイラスは苦笑しながら首を横にふる。

「俺の理想は戦う(すべ)を持ち、まっすぐな志を持つ鷹のような女だ」

「自由さえ奪わなかったら、その鷹はあなたのそばにいるでしょうね」

 そのままサイラスは、一度だけわたくしをぎゅっと抱きしめた。

「……無理はするな」

「もちろんよ」

 ゆっくりと腕の力を緩めて、あらためてわたくしの顔を見たサイラスは、なんとも言えない顔をして苦笑する。

「ああ……その前に目を冷やさないとな。マダムからいつ連絡があるかわからないのだろう?」

「! そ、そうするわ」

 ずいぶん強気にこんな顔を見せていたものだわ、と半ば自分に呆れつつ、緩んだ腕の束縛からサッと抜け出す。

「あ、おい」

「またね、サイラス。おやすみなさい」

 一度も振り返ることなく、わたくしはあわてて部屋の外に出た。

 ドアのすぐそばに心配そうに顔をしていたアンと、いつも通り涼しい顔をしたエージュが並んで立っていたが、アンはわたくしを見て目を見開く。

「お、お嬢様! お目が……」

「エージュ」

 口を両手で押さえて息を呑むアンはとりあえず置いておき、わたくしは顔色一つ変えないエージュをキッと睨む。

「泣かされたわ。あなたの主は本当に嫌な人ね」

「申し訳ございません」

 と、なぜか嬉しそうに頭を下げる。


 本当によくわからないわねぇ。


「行くわよ、アン」

「は、はい」

 エージュの横で不安気にたたずんでいたアンを従え、わたくしは部屋へと戻った。

 アンは部屋まで来ると、すぐ「冷やすものを用意してまいります」と出て行き、わたくしは長椅子に座り、ころん、と横になった。

 まだ熱い目を閉じて両手で覆い、今さらながら恥ずかしさが込み上げて来て転がりたくなるのを我慢する。

 アンが戻ってきて冷えたタオルで目を冷やしつつ、事のいきさつをかいつまんで(もちろん締め上げられたことは内緒よ)話すと、パッと目を輝かせた。

「ああ、やっとサイラス様のお心をお受けになられたのですね!!」

 ウキウキと喜びの声を上げるアンを見て、わたくしは意味が分からず首を傾げた。 


「勘違いしないで、アン。わたくしはサイラスという第三王子に借りを作って家を守らせるだけよ」

「……」

「?」

 

 返事がないのを不思議に思い、タオルをずらしてアンの様子を見る。 


 あら嫌だ。アンったら口も目もそんなに開いてどうしたの?



 ――――――― ☆☆☆ ―――――――

翌日。


「エージュ様、サイラス様に鷹匠の知識はございますでしょうか」

「いえ、無いと思いますが。狩りには犬を使いますので」

「では、ぜひお学び頂きたいと思います!」

「?」


 アンの直談判。はたして……。





読んでいただきありがとうございます。

連載再開しますが、週一が今の目安です。

よろしくお願いいたします。



あ。シャナリーゼ、ようやく……アレ? と書いててこうなりました。


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