勘違いなさらないでっ! 【92話】
とっても暑いですね!!
翌日、わたくしはベラートに外出を勧められた。 ――いえ『外出させられた』というのが正しい。
「大変申し訳ございませんが、本日はご予定が入っております」
サイラスは早朝食事もせずに外出しており、エシャル様も昨夜のうちに帰ってしまっていたので、今朝は食堂で一人朝食をとっていた。
そこへ、いつもと違う妙に緊張した雰囲気を出したベラートがやってきたのだ。
「……そう。時間は?」
「11時にお迎えが参ります」
相変わらず固い口調で、じっとわたくしを
「ふーん」
何かあると思いつつ、あえて口に出さずにいたら、ずっと無言でベラートがそばに控えていた。
いろいろ聞いてほしかったのかしら?
見られているのはうっとおしいだけで、別に気にならないわ、といつもよりゆっくり朝食を味わってから言われたように支度をした。
「よろしいのですか? お嬢様」
支度中、不安そうなアンにそっと聞かれる。
「よろしくはないわ。でも、あのベラートを見たでしょ。面倒だけど、相手が穏便なうちに行くしかないわ」
「……サイラス様でしょうか」
「だとしたら、出先でひっぱたいてやるわ」
そうして支度を終えて玄関へ行くと、これまたさらに険しい顔つきとなったベラートが一人で見送りに立つ。
「……お気をつけて」
「行先はどこ?」
「……」
「……」
まるで戦場に送り出すかのように沈痛な面持ちで、キッチリと腰を曲げて無言を通す。
――左頬を冷や汗が一筋流れ出ている。
一体何があるのよ……。
そしてアンと厳重な護衛達を付けられ、馬車で案内された高級なお店でわたくしはタイミングよく意識をとばせない自分を恨めしく思った。
言っときますけど、わたくしが図太いんじゃないわ。
だいたい人前で意識を飛ばすなんて、そんな危険なことできるわけないし、それができること自体体の異変を疑うべきだと思っているだけよ!
☆☆☆
「お付きの方はこちらでお待ちください」
どこかで見たことがある女性が、出迎えてくれた。
アンに目線で待つよう合図をして、女性の後をついて歩き出す。
花の香り豊かな廊下から続く部屋へ入ると、そこにはスッキリ爽やかな『ミントティー』の香りに包まれていた。
先に白いテーブルクロスの丸テーブルに座っていた、白くて大きなつばの帽子のご婦人が茶器を片手ににっこり微笑む。
「久しぶりね、シャーリーちゃん。会いたかったわぁ」
「!」
ひぃいいいいいいい! お、王妃様ぁああああ!!
瞬時に頭が真っ白になってしまい、挨拶さえできないわたくしを気にせず、王妃様はふっくらした唇を子どものように突き出す。
「サイラスにいくら言ってもダメだって言うのよ、意地悪よね。だから、ちょっとベラートに『お願い』しちゃったの。うふふ」
お願い = 脅迫 じゃないんですかぁあああああ!? 王妃様!
王妃様相手なら、あのベラートも首を縦に振るしかないわね……と、諦めよう。
「あ、いけない。わたくし予定が詰まっているの。シャーリーちゃん、こちらに座ってちょうだいな。今日は短い時間しかとれないけれど、今度は長くお茶出来るように予定を空けるわね。お義母様頑張っちゃうんだから」
「……いえ、あの……はい」
いろいろ突っ込みたいところはあったが、今のわたくしには反論なんて無理。無理すぎて無理。どう頑張っても無理。
よぉく見れば、給仕もいつもの王妃様のストッパー侍女のお二人。
――頑張ろう。
とにかく気力を保つしかない。
ふらふら~と、侍女に案内されるがまま席につく。
にこにこ微笑む王妃様を前に、(とりあえずおおざっぱに)真っ白な頭のままお話を聞くことになったが、幸いミントティーのおかげで王妃様の暴走はなかった。
それどころか、気がつけばわたくしは真剣に王妃様のお話を聞いていた。
「それでは、またね」
こっそり来たから、見送りは不要と言われ、お部屋の中で一礼するにとどまった。
パタンと静かにドアが閉まり、ゆっくりと体を起こしたわたくしはしばらくそのまま立ち続けた。
頭の中で、何度も王妃様の言われた言葉が再生される。
何度か再生したのち、ワゴンに置かれたすっかり冷めてしまったミントティーをカップに注いで、行儀悪く立ったまま飲む。
冷えてしまっていても、ミントの香りはわたくしの頭をスッキリさせてくれた。
「……そうだわ。帰らなきゃ」
そうしてわたくしも部屋を出た。
馬車の中、何かを真剣に考え込むわたくしを見て、アンは静かに黙ってくれた。
玄関ホールで顔色の悪いベラートが出迎え、謝罪をしたいと言わんばかり頭を下げられたがが、その言葉を遮りわたくしは告げた。
「サイラスが戻ったら話がしたいの。あと、マダム・エリアンにも会いたいの。手間は取らせないから、と」
「! かしこまりました」
理由は聞かず、ベラートすぐに動いてくれた。
そうよね、それが『後ろめたさ』というものよね。
わたくしはアンを連れて部屋へ戻り、さっさと室内着へと着替える。
ようやく長椅子に座って息を吐くと、そのタイミングを見てアンが口を開いた。
「お嬢様……」
あの、と続けようとしたアンを手で制し、わたくしは力なく微笑む。
「王妃様と出会ったの。サイラスのお母様よ」
「ひぇ!?」
驚きの余りおかしな声を出したアンは、あわてて自分の口をふさぐ。
アンにはいろいろわたくしが吹き込んでおいたから、この反応もないわけじゃない。
「王妃様から聞いたのだけど、お父様が領地にいるお母様へわたくしが失踪したことをまだ隠しているんですって。でもさすがにお母様も不振がっているみたい」
「お、奥様にまだお隠しになられていたんですね」
「アリュレも、あなたが失踪したは知らないそうよ。ただ、手紙はきているみたいだけど」
「ひぇ!」
アンは自分の母の名を聞いて、思わず自分を抱きしめて震えあがった。
気持ちはわかる。お互い母は怖い――相当怖い!
「王妃様はとんでもない情報網をお持ちだし、あの方は嘘をおっしゃらないわ。わたくしもまだジロンド家の娘として残っているようで、表向きは傷心療養として知人のところへ行っている、という話になっているみたい」
「まさか怒鳴り込みにイズーリに行っている、なんて思いませんからねぇ」
「……悪かったわね」
思わず半眼で睨むが、アンは「ほほほ、つい口が」と笑ってごまかす。
「とにかく、早急にライルラドに戻らないと。それに、あの腹黒タヌキ外相の部下がライルラドでも何かしているそうよ」
おかげでお兄様まで駆り出されているらしい。
「で、ですが、帰ると言われましても……」
言いにくそうに申し出るアンに、わたくしもうなずく。
「そうよ。わたくしには面倒な『番犬』がいるわ」
「ば、番犬って、それはあまりに」
「じゃあ『駄犬』よ! 本当にわがままなのだから。守るならとことん、堂々と守って欲しいものだわ」
「お嬢様をお守りするのも、なかなか大変ですから」
「アン?」
「な! 何でもゴザイマセン」
すぅーっと目線を横にそらす。
「王妃様のお話では、これまでもあの腹黒タヌキは証拠一歩手前で高飛びしていたそうよ。でも、今回はずいぶん食いついているみたいなの」
「おいしい『エサ』でもあるのでしょうねぇ」
「しかも感が鋭いみたい。サイラスがご用意した『エサ』にはひっからないそうよ。王妃様いわく『まだまだ甘いわ』とのことよ」
「!」
サッと顔色を変え、ぶるりと震えるアン。
そんなアンを尻目に、わたくしは「でもねぇ」と王妃様のお言葉を思い出しつつ口にする。
「今回はちょっと今までと違うんですって。極上の『エサ』でも見つけたみたいだそうよ」
「そ、それって!」
すぐにアンも気がついたらしい。
そうよ、とうなずくわたくしに駆け寄ると、アンは膝を付いて懇願した。
「おやめください! もうどんなに時間がかかろうと、サイラス様にお任せいたしましょう!!」
「ダメよ。遅くなってはお母様に知られてしまうわ」
「ご一緒に怒られますから!!」
「嫌よ! アンはお母様のお怒りを知らないからそんなことが言えるのよ!! わたくしは無理。絶対に知られないうちに帰りたいの!」
顔色を変えて叫ぶわたくしを見て、アンも戸惑って口をつぐむ。
アンが本気で言っているのはわかるが、――どうかわかって欲しい。
家族だからこそ許されないこともあるのよ。
我が家の家族仲は良い方だ。絶対にそうだと思う。国内コンテストがあれば、絶対入賞を狙えるはずよ。
だからこそ、家族にとってわたくしとティナリアは最上級保護対象なのだ、と言っても過言じゃない。
――少し前までセイド様の『お手伝い』をしていたのだけど、表向きに辞めた理由はリシャーヌ様にバレたことで、セイド様から『解雇』されたことになっている。
だが本当の理由は、わたくしの『お手伝い』がお母様にバレたせいだ。
さりげなく『お手伝い』のフォローしていた兄も、一緒になって逆鱗に触れた。
あの日のことはティナリア以外、誰も知らない。あ、アリュレはその場にいたから知っているわね。あの場で正気だったのは彼女だけだと思う。
セイド様には辞めた原因が母だ、なんて死んでも言いたくない。
ちなみにリシャーヌ様にそれとなく教えたのも、絶対母だと思っているけど何の証拠もでなかった。
「……とっても腹立たしいけど、わたくしは動かなくてはいけなくなったわ。いえ、動かなきゃ不安で不安で死んでしまうわ!」
ああ! と思わず頭を抱える。
「お嬢様、奥様はただご心配なだけです! どうかこれ以上は危険なことはお止め下さい!」
「じゃあ、アンはアリュレに怒られない方法があるのに試さないの!? 人に任せて自分は黙って、毎日毎日ただ報告があるのを待っていられるの?」
「そ、それは……」
アンの目線が泳ぐ。
そうよね、あなたわたくしと一緒のはずよね。ね!?
「わたくしは無理よ。そんなこと我慢できるくらいなら、今頃ライルラドにいるもの!」
「確かにそうですね! 我慢できたら、奥様に怒られるようなことには……あっ」
遠い目をしたわたくしに気がつき、アンは「しまった」と口に手を当てる。
「……そうよ。でも、来てしまったのだからしょうがないじゃない」
「そ、そうでございますね」
アンも斜め下に目線を向けてつぶやく。
しばらく二人で固まって、同時に深いため息をつく。
「やるしかないわ」
「はい。お手伝い致します」
よし、とお互い目を合わせて力強くうなずきあった。
☆☆☆ ~ その頃、ジロンド領地 某所 ~ ☆☆☆
「ん~、シャーリーの手紙がどうも変ねぇ。マニエ嬢と旅行?」
「奥様」
スッと旅支度で入ってくる侍女。
「ああ、アリュレ。面倒を任せてごめんなさいね」
「いえ、わたくしの娘にも確認したいことがございますので。では、行ってまいります」
そして一時間後。
「まあ、アリュレどうしたの?」
「それが、地滑りが起きたようで、道がふさがれております。領主殿も今朝報告があって、現場にて指揮をとられておりました」
「まあ。それじゃあ確かめに行けないわねぇ」
「申し訳ございません」
「いいのよ。アリュレのせいじゃないわ」
ええ、きっと『偶然』なのよねぇ……。
ジロンド家より管理を任されている領主が報告に来たのは、それからしばらく経ってからのこと。
復旧に数日はかかり、どのようにしていくかと提案を受けた女主人は静かに微笑んだ。
「よしなに。ただし、安全に復旧作業は行ってね。作業は晴れの日暮れまで」
「それでは時間がかかりますが」
「いいのよ。二次災害などおきると、もっと大変だわ」
――シャーリー、あなた一体どこにいるのかしら?
しばらくして、一人物思いにふける伯爵夫人の元へ、もう一人の宝物が駆けつける。
「お母様ぁあああ! 道が、道が大変だって聞きましたわ!! 愛読書の最新刊が遅くなるって連絡がありましたのぉおおお!」
「そのくらいで泣かないで、ティナリア! 一気に後から読めると思えばいいではないの」
「ハッ! そうですわね。お母様のお墨付きがあれば、徹夜して読みますわ!!」
「そんな許可はだしません!」
ジロンド領地某所にて、母はまだまだ子ども達から目が離せない――。
読んでいただきありがとうございます。
ホラーじゃないけど、シャーリー的にはホラーな王妃様ご登場。
いろいろ若者にはっぱをかけていかれました。
裏を離せば、王妃様「時間かけ過ぎ! まったくお子サマなんだから!!」と言いつつ嬉しそうにお節介を出しました。
王様はまた手紙で『ごめん』と書いていると思います。
……届くのは少し後でしょう。
ただ、三男には少し長くてお説教めいた手紙になっているようです。
では、また頑張ります。




