勘違いなさらないでっ! 【91話】
遅くなりました。
家のWi-Fiが故障しておりました。
またサイラスがじわじわと動き出した。
ナリアネスのお屋敷に匿っていたレイティアーノ姫は、いつの間にかアシャン様所有の別邸に匿われており、表向きは人見知りの激しいアシャン様のたっての希望で滞在中ということになっている。
それでも、さすがに十日以上も接触できないことに業を煮やした腹黒タヌキ外相が、かなり上から目線でレイティアーノ姫のお迎え(引取り)を要求したらしい。
「それで、今日お戻りに?」
「ええ」
にっこりとわたくしの前で微笑みながらお茶を飲んでいるのは、あの日以来お会いしていなかったエシャル様。
連日の訪問が途切れ、きっとレイティアーノの様子見を任されたのだろうと思っていたが、先ほど聞いてみればやはりその通りだった。
「最後まで引き留めるのかと思っていましたが」
「うふふ。あちらの無礼で面倒な態度に、マディウス皇太子殿下がお怒りになっているのですわ。サイラス様も爆発される前に、とわたくしとレイティアーノ姫様との『お話合い』の成果を見てお決めになったのです」
「お話合い?」
「ええ」
にこにこと裏のないような微笑みを浮かべつつ、唇の前に人差し指を一本立てる。
「わたくしとレイティアーノ姫様は、とっても仲良くなりましたの。最初はいろいろと意見の相違もございましたが、途中からはとても『息の合う仲』になれました」
どちらの『息の合う仲』になられたのでしょうか!?
「そうですか」とあいまいに微笑んでいると、エシャル様は「そうそう」と楽しそうに思い出した。
「レイティアーノ姫様がお帰りになる話を聞いた時ですけど、本当に嫌そうにため息をつかれまして『せっかく美しい物を見て心穏やかに過ごせていましたのに、またあの汚らしいモノを目に入れなくてはならないのか、と身の毛がよだつ思いですわ』とおっしゃったそうですわ」
そんなことを言う性格でしたでしょうか?
まあ、ほとんど興味なしでしたので、性格に裏があってもおかしくないですが……。
「シャナリーゼ様の前だけで弱音を吐かせていただきますけど、本当にあの方は最初心が弱すぎてお話にならなかったのですよ。うじうじ同じことを呪詛のように吐き出し、そして最終的には『だって○○ですもの』ですって。
そうですわね、と同意したら『でも!』と反論をおっしゃいますの。
まーったく意味が分かりませんでしたわ~!
ですから、気晴らしに『お散歩』にもお誘いしましたの――円周五キロほどの軽いものですけど」
「……」
おほほ、と微笑むエシャル様。
そうでしたね、エシャル様のご実家はナリアネスを育てた(作り上げた)場所。
女性だからと言って容赦はないのですね。
「きっと清々しいお気持ちになられたのでしょうね。わりと早い段階からお話もできないほど、うっとりと景色を眺めていらっしゃいました。お国とよほど違いますのね」
いえいえ、それは『うっとり』というより苦行の域に入ったがための『現実逃避』ですわ、エシャル様。
「そこから、ついつい長居しての『淑女会』を楽しみまして」
きっとお一人で楽しまれていたのでしょう。ええ、口には出せませんけど。
「三回目には、憧れでした『寝衣会』をいたしましたの。盛り上がり過ぎて、気がついたら朝日が昇ろうとしておりましたの。その日は大目に見てもらって、お昼過ぎまでぐっすりでしたわ」
徹夜ですか。徹夜で洗脳――いえ、楽しく(一方的に)お話なさったのですね。
そういえば、少し前に「エシャルからお誘いが来ても、絶対行かない方がいいぞ」と言ってきたわね。
「行くな」じゃなくて「行かない方がいい」という言い方に疑問をもったけど、なるほど意味が分かりました。ありがとう、サイラス。
おそらく(というか絶対)レイン以上の天然懐柔の天才であるエシャル様が、レイティアーノ姫には『本気』を出したということらしい。
怖い怖い、と思いつつ巻き込まれなくて良かった、とかなりホッとしてお茶を飲む。
ああ、お茶がおいしい。クッキーもおいしい。
エシャル様はとりあえず微笑んでいるだけだから、たぶん大丈夫。問題ないわ。
会っていなかった間にエシャル様がしていたことを前もって知っていたら、昨日久々に届いたお伺いのお返事は絶対に了承しなかったと思う。
「ああ、そういえばアシャン様がシャナリーゼ様にお会いになりたがっていました」
「え、アシャン様がですか?」
「ええ。レイティアーノ姫がアシャン様とお会いしたのも本当ですのよ。お二人ともとても緊張なさってしまい、わたくしだけがお話する場になりましたのよ」
とっても人見知りの激しいアシャン様も、ついにエシャル様のせんの……いえ、特別授業の体験レッスンを受けさせられたのですね。
行って来い、と言ったのはきっとマディウス皇太子殿下でしょうね。王妃様はなんだかんだで、アシャン様に甘いですし、お手紙だけ受け取る国王陛下も同じような気がする。サイラスは、自分では認めてないかもしれないが妹愛が強い傾向があるので……。
「次回はぜひ、シャナリーゼ様と四人でお茶会ができますと嬉しいですわ」
「よ、四人ですか?」
「ええ! すっかりご自分を取り戻したレイティアーノ姫を、ぜひご覧になっていただきたいですわ。サイラス様もそんなレイティアーノ姫を見て、あちらの腹黒タヌキへお返しするのを決めたのですから」
「……マア、ゼヒ」
勘違いなさらないでね。怖いもの見たさで言ったのではありませんわ。
レイティアーノ姫の豹変を想像するのが怖くて「ぜひご遠慮したいですわ」と続けたかったのよぉおおおお!!
言ったところで説得ループに入りそうだったので、曖昧にしただけですわ。
☆☆☆
さて、レイティアーノ姫の豹変というのは、どうやらわたくしの予想をはるかに上回るものだったらしい。
腹黒タヌキ外相から――贈り物が届いた。
なぁあああぜぇえええええええええ!?
受取り拒否したかった → デモ、デキナカッタ。
理由はお呼ばれした別邸にて倒れたレイティアーノ姫を、居合わせたわたくしとエシャル様が介抱したのだというウソのせい。
ちなみにレイティアーノ姫は、アシャン様がわがままでエシャル様経由で呼び出したことになっているらしい。
で、そのお礼がコレ。
一抱えもある箱で丁寧に扱われなくてはならないだろうに、今その贈り物は運ばれることなく玄関ホールの床に置かれている。
呼び出されたわたくし、アン、そして執事のベラートは共に面倒そうな視線を惜しげもなく箱にそそいでいた。
箱のリボンに真っ白な封筒がある。
嫌だわ、読みたくない。触れたくない。
「……サイラスにまわしてちょうだい」
「よろしいので?」
「もちろんよ。迷惑物回収係はこのお屋敷の主であるサイラスがすべきことよ。わたくしはその箱にも手紙にも一切触れたくないわ」
「かしこまりました」
こうして贈り物はベラートに呼ばれ、二重手袋と目元以外を布で覆った使用人二人によってどこかへと運ばれて行った。
そうよね、何がまぶしてあるかわからないものね!
そして、それからしばらくして、エシャル様がいつもの微笑みを浮かべつつ急にやってきたが、目が全く笑っていなかった。
別の馬車で運んできたという、少し前にわたくしが拒否した箱と似たものを、従者に運ばせ玄関ホールに置く。
「サイラス様がお帰りになるまでお邪魔致しますわ。ええ、夜までだって、朝までだってお待ちいたします。――絶対に」
……ひしひしとお怒りのオーラを感じますわ、エシャル様。
「……ベラート、サイラスはいつ戻るの?」
「晩餐までには、とお聞きしております」
「そう。では、エシャル様をご案内して」
静かなる、でも一歩間違えばそこら中の物を吹き飛ばす暴風雨に化けるエシャル様をどうにかすべく、わたくしはプッチィ達の力を借りようと階段を上ったのだった。
……ええ、プッチィ達なら大丈夫。あれ以上の精神安定剤をわたくしは知らないわ。
☆☆☆
モフモフは最高。最上。至上の癒し。
トクトクと小さくも力強く脈打つ音と、スピスピと何か鼻に詰まったかのような音を立てている寝息が耳から聞こえる。
「……ああああああ。最高の枕ですわぁあああああぁ」
「枕というより耳当てになっておりますけど」
幅の広い長椅子にごろりと横になり、両耳にプッチィと妹のダイズのお腹をくっつけてへにゃりとだらけた表情で夢心地のエシャル様。
そして美女の耳元で緊張もせず、マイペースに眠り続ける二匹。
一方、少し離れたところで父ウィコットのヨーカンは、クロヨン同様にぐったりと床に伏せていた。
お疲れ様、ヨーカン。
あなたが子ども達がなにか粗相をしないかと、必死に立ち回っていたのはよくわかったわ。本当にすばらしい父親だわ。
そっと心の中で激励しておいた。
しばらくして帰宅したサイラスがエージュを連れてやってきた。
サイラスは長椅子で幸せそうに寝そべるエシャル様を見て軽くため息をつき、トボトボと近寄ってきたヨーカンの頭をなでつつ「苦労するな、お互い」と小さくつぶやいていた。
……ちょっと、まって。一番苦労しているのはわたくしのはずよ。
「そのままでいいから聞いてほしい」
「かしこまりましたわ~」
全然起きるつもりがなかったエシャル様は、とりあえず返事だけする。
「あちらはレイティアーノ姫の激変に戸惑い、目標変更をしてきたようだ。つまり、シャーリー、お前だ」
「お断り」
嫌そうに目を細める。
「手紙に何か書いてあったのかしら?」
「『サイラス殿下の婚約者様へ』とな。とうとうあちらが認めてきた」
「まあああ! すてきな勘違い過ぎて涙が出そうですわ!! 即刻訂正をしてちょうだい」
「訂正はナシだ」
「してちょうだい!」
「イヤだ」
「イヤじゃないわよ! 事実を言いなさいってことよ!!」
「お前だ嘘と言うなら本当にしてしまえばいい」
「怖いことサラッと真顔で言わないでちょうだい!!」
「ストップ! ストップですわぁああ!!」
水掛け論となっていたわたくし達の間に、両手にプッチィとダイズを抱いたエシャル様が割って入る。
ちなみに二匹はうとうとしており、今すぐにでもまた夢の中へ行きそうなくらいだらけている。
「とりあえずお話を先に。ねえ、シャナリーゼ様も」
「……ええ、そうですわね」
笑顔の奥でややお怒り気味なエシャル様をみつけ、わたくしもさすがにこの場は引き下がることにした。
コホン、と咳払いをしてサイラスも仕切りなおす。
「双方の手紙は文面はレイティアーノ姫が世話になったお礼、というものだった。だが、シャーリーの手紙には手のひらを返したようなものが多くあった。つまり、俺を想って単身国を渡ってくるとはすばらしいことだ、と」
「ひぃいい!」
おもわず自分を抱きしめてしまった。
「あ、あ、あ、あんなのに褒められたくありませんわ!!」
「世間では婚約を拒み続けていると聞いていたが、実際は照れ隠しであったのかとか、身分差を気にして強がっていたものの、やはり自分の気持ちを素直に出して覚悟を決めて出奔されてきたに感動した、とか」
「な、ななな、な、何ですの、ソレはっ!」
「ついてはライルラドでの失礼な態度と、お前を不安にさせてしまった謝罪をしたいと。あ、つまりオレとレイティアーノ姫との縁談はなかったことになった、というわけだ」
良かった、良かったと「あはは」と笑うサイラス。
「良くなくってよ! 謝罪も何もいらないから、とっとと国に帰ってくれればいいのに!!」
「うーむ。どうやらあちらは相当往生際が悪いようだな。お前をつかって密売をしようとしているのだろう」
「はぁ!?」
「お嬢様っ」
おもわずアンがたしなめるくらい、眉間に皺を寄せて露骨に嫌な顔をする。
「どれだけ顔の皮が厚いのかしら。腹黒タヌキなだけに、全身が皮膚ではなく革でできているんじゃなくって!?」
「脂ぎってとても製品にはなりませんわねぇ」
サラッと毒を吐くエシャル様だが、自分の手紙には面倒なことが書いてなかったとわかって、いつもの笑顔に戻っている。
「……エシャル様。ご自分に被害がなくて良かったと思っていますわね」
「まあ、うふふ。そんな」
語尾を逃がして微笑むが、その顔は絶対「そんなことあります」と言っている。
「レイティアーノ姫の恩人として、自分が俺との結婚の後押しに加わります、だと」
「恩人!? 拾ってきたのはアンバーよ! お礼がしたいならアンバーにたんとするがいいわ。わたくしは何もしていないの! レイティアーノ姫のお話し相手だって、ここにいるエシャル様よ。わたくしじゃないわ!!」
「まあ! 小さい世界から出てきた常識知らずで、仕事すらまともにこなせない男が後押しだなんて、バカバカしくて呆れてしまいますわ! それに、シャナリーゼ様のあと押しでしたら我がビルビート家が名乗りを上げる用意がございます!!」
「え?」
「あ」
マズイ、とばかりに口をつづんだエシャル様は、露骨に目をそらして「ほほほ」とどこかに向かって笑いかけている。
「……エシャル様?」
「まあ、お気になさらないでください。昨夜、ようやく父がうなずいただけですので」
「大問題です! と、いうか目をそらさないでくださいませ!!」
「まだ何も動いておりませんわ~。あ、そろそろネンネみたいですわねぇ」
ぐったりとだらしなく全身の力を抜いて眠りこけるプッチィとダイズをダシにして、そそくさとエシャル様は輪を外れた。
「うーん、ビルビート家か。確かにいいのだが、すでにエシャルの姉が王族に嫁いでいるからなぁ」
腕を組んで考え出すサイラス。
「~~!!」
ぶっちん、とわたくしはキレた。
「かぁあああん違いも甚だしいですわ! 一刻も早くわたくしを家に帰しなさい、サイラスぅううう!!」
絶叫したまま部屋を飛び出したわたくし。
廊下にウィコットの毛が散ってしまい掃除が大変になったかもしれないが、そんなことは今のわたくしに比べれば大した害ではない。
とりあえず贈られたものは何か異常がないかと、検査に回すことになった。
よんでいただきありがとうございます。
次話もできておりますので、今月中にあげます。
どうぞよろしくお願いいたします。
次話……ちょろっと最凶のあの方が登場。




