勘違いなさらないでっ! 【80話】
今回少し短いです……。
大公様を黙らせたい、いえ、わたくしから興味をなくしてください。
どうしたらなくしてくれるかしら……。
そんなことを考えながら、わたくしは甘酸っぱいソースのかけられたロースト肉を食べていた。
パサつきもなく、むしろ程よくしっとりしている肉と、後味をサッとなめらかにしてくれるソースの相性がいい。新鮮な野菜をくるりと巻いて食べてもおいしい。
スープはカボチャのスープね。ほっこりとした甘さで体が温まる。あ、ちゃんとこの部屋も暖めてあるけどね。
給仕がまた別の肉を持ってきた。
今度は一口サイズに切られた厚みのあるもの。薄い黄色がかったソースをつけて食べるらしい。
口にすれば、それが柑橘系のソースだと分かった。
美味しい料理を食べてはいるが、わたくしの頭の中は見たこともない大公様への件でいっぱいだった。
それがやや顔にも出ていたようで、サイラスが「なあ」と遠慮がちに言ってきた。
「口に合わないのか?」
「え?」
ふと手を止めてサイラスを見れば、彼のそばに控えているエージュもじっとわたくしを見ている。
「無理に食べろとは言わない。残していいし、他のものを用意させるが」
「え? 料理はおいしいわよ」
「なら、なぜそんな難しい顔をして食べる?」
そこで自分の顔に出ていたことに気がつき、わたくしはハッとして周りに目線を走らせた。
やはり、というか給仕達は緊張した面立ちでわたくしの次の言葉を待っていたし、エシャル様は温かくわたくしを見守るかのように見ている。
わたくしはサイラスへ目線を戻して首を横に振った。
「違うわ、そうじゃないの。ただ、ちょっと考え事をしていただけよ」
「なにを?」
「……ここで言う話じゃないわ」
「なら、あとで聞こう」
あっさり引いたサイラスに、わたくしは口を尖らせる。
「話す必要はないわ」
「ある。それに、今後のこともエシャルを交えて話さねばならない」
ある、と強く言われ、わたくしは別に素直に従ったわけじゃないが、無言で食事を再開した。
クスッと微笑むエシャル様から、そっと目線を外したのは、別に後ろめたいことがあったわけじゃないわ。
「そ、そういえば! わたくしここに来てから、あなたが甘いものをたくさん食べているところを見てないわ。激甘党やめたの? 我が家ではヨーカン丸ごと食べていたじゃない」
たしか丸ごと齧っていたわね、と無理やり話題を出してワインを飲む。
が、実はこれがイケナイ地雷だった。
サイラスは何でもないように笑うと、
「ああ、そうか? 食べていないわけじゃないが、別に今はそこまで欲しないな。きっとお前がいるから、俺のそういう欲求も満たされているんじゃないか?」
「!」
ぶほっとワインをふきそうになりました。
給仕達の顔が衝撃を受けて固まっている。
エージュはまた無関心の顔をしているけど、目を閉じて瞑想しているんじゃないかしら。また腹筋の痙攣と戦っているはず。
で、一番食いつきそうなエシャル様は――。
「……」
普段のお優しい柔和な表情を一気に崩し、眉間に深い皺を作って、まるで美味しくないものを吐き出そうとしている子どものように口が半開きになっていた。
「……わたくしが代わりに砂糖を吐きそうですわ」
ぼそっと呟いた声が、やや低かったのは聞かなかったことにします。
この場でサイラスだけがわかっていない。
恐るべし勘違いの余波!!
☆☆☆
食事の後、少しの時間を挟んで呼ばれた部屋で、エージュはわたくしとエシャル様にホットワインを出した。
で、先ほどの話の続きなのか、目の前のテーブルにはプリーモのチョコレートが置かれている。
この部屋にいるのは、わたくし達三人と、エージュとベラート、そしてアン。
わたくしのエシャル様の前に座ったサイラスが、ブランデーと思われるお酒を一口飲んで話が始まった。
「まず、本当にシャーリーはいいのか?」
「良くないわよ。でも、このまま事態が悪化するなら覚悟を決めるわ。……大公様のお手紙もあるし」
渋々うなずいてから、ついついいつもの癖で余計なひと言が出る。
「それに、あなたの話を聞いている限り、これで成功したらマディウス皇太子殿下に恩をうれそうな気がするわ」
「お嬢様っ!」
たまらず、とばかりにアンが声をあげるが、サイラスが片手で制して口をつぐむ。
「確かに、その可能性はある、な」
「わたくしをキースに見張らせていたってことは、保護するだけじゃなくてそのうち巻き込もうとしていたんじゃないかしら。それなら有利な条件と立場がいいですもの」
「お前らしい」
ククッと笑うが、すぐに真顔になる。
「シャーリーがエシャルと一緒に行うのは、あのタヌキ大臣の目をレイティアーノ姫を使ってかき乱すことだ。場合によっては保護してもいい」
「保護、というよりいっそ誘拐したほうがいいんじゃなくって?」
「それは我が国の体裁に関わる。あくまで、あの姫の意志として動かすんだ」
「ふぅん」
つまり、あの大人しいお姫様はやっぱり見た目通り大人しくて、あの腹黒タヌキ大臣の言いなりってことなのね。
そんなお姫様が自分勝手に動き出したら、腹黒タヌキ大臣も目が離せなくなって隙ができる、ということかしら。
「そして、今日、エシャルに興味を持ったらしくレイティアーノ姫からの手紙を預かった」
「まあ、失敗したと思っていましたのに」
「五日後に時間があるらしい」
サイラスがそう言うと、エージュがスッと手紙をテーブルの上に置いた。
「拝見してよろしいでしょうか」
「ああ。お前に渡してくれるように、と頼まれた」
エシャル様は手紙を手に取り中身を読むと、少し目を伏せて考え始める。
「五日後、と言いますとペイン侯爵主催の夜会がございますが?」
「昨日、姫は足を痛めてしまっていてな。もともとその夜会はペイン侯爵が仲介となって、我が国の商人達に紹介するための小規模なものだ。姫が出席せずとも、問題はない」
「では……晩餐でもよろしい、ということでしょうか」
サイラスが黙って次の言葉を待つのを見て、エシャル様は続ける。
「晩餐と申しましても、こちらの手紙には私的に会いたいと書かれております。こちらもそのつもりでお迎えしましょう」
「……うちにか」
嫌そうな顔を隠さないサイラスに、エシャル様は微笑んで首を横に振る。
「いいえ。でも、そう思わせるように仕向けたいと思います」
「どうやってだ?」
そこでエシャル様は横に座るわたくしを見る。
「シャナリーゼ様に、お見舞いメッセージを書いていただくのですわ」
「え?」
「ただ『ご心配ですわ』とか『ぜひお会いしたい』のように、誘いをかけてくださればいいのです。そして、わたくしは非礼ながらもシャナリーゼ様との約束がありますが、良かったらご一緒にいかがでしょうかと手紙を送ります」
「わたくしがいるなど知れば、欠席されますわ」
「だとしたら、それは本当にタヌキの監視下から離れているのですわ。ですが、きっと出席されます」
エシャル様の目には自信があった。
おそらく、レイティアーノ姫のそばにいたという侍女が目ざとく見つけて腹黒タヌキ大臣に報告する、と見込んでいるのだ。
そうなれば、きっとまた行動を起こしてくる、と。
「……上手くいくか?」
「ええ、おそらく。わたくしはシャナリーゼ様にお誘いいただいていることにしてください。そのほうが、あちらもあっさり勘違いしてくださいます」
「勘違い?」
「ええ。だって見失ったシャナリーゼ様がいるとしたら、サイラス様のそばが一番自然ですもの。その上で姫の心配をしながら、サイラス様のそばにいることをアピールして牽制している! これこそが自然な形ですわ!!」
「優柔不断で決断できない情けない男を取り合うバカな女たちの泥沼劇場、にしか思えません」
不機嫌に言っても、エシャル様は微笑んで首を横に振る。
「いいえ、それが王道ってものですわ」
「俺は優柔不断じゃないぞ! シャーリーだけだ!!」
「はいはい、どさくさにまぎれて弁解しない。世間的に見ればわたくしを捨てた男だわ」
「!」
しっしと追い払うように手を振れば、サイラスは大き目を見開き、両手で頭を抱えたまま長椅子の上に倒れた。
アンだけが気の毒そうに顔を歪ませるが、ここの執事二人は放置することにしたらしい。
まあ、これで本当に進展するなら仕方ないわねぇ。
そのまま使いものにならなくなったサイラスをそのままに、わたくしはベラートに手紙の準備をしてもらい、その場でエシャル様とともに書くことにした。
「あくまでシャナリーゼ様は保護された方ですので、わたくしがお預かりしたということでお届けしますわね」
こうしてエシャル様経由で届けられることになった手紙だったが、二日後にはすぐに了承の手紙が来たのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回、さっさと食事会へ進みます。
また来週更新できるようにがんばります。