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勘違いなさらないでっ! 【79話】

 100話御祝いメッセージありがとうございました!!

【……により、いかなる場合もシャナリーゼ・ミラ・ジロンドの意志に反する行為を咎めるものとする。 

              サーヴィス・ホルネスタ・イズーリ  】


「……」


 わたくしは上質、いえ、最高品質の紙に書かれた書状を読むなり、目を見開いて硬直している。


「あら。『善は急げ』、『時は金なり』と言いますでしょう?」


と、商売人のようなことを言ってやってきたエシャル様。

すでにこの屋敷では、伺いなしでエシャル様がやってくるのが普通になりつつある。

一昨日お話して昨日はいらっしゃらなかったなぁ、となぜか安心していたちょっと前のわたくしを叩いてあげたい。

時刻はもう夜にさしかかる時間。冬の訪れが近いため、外はもう暗い。


「……ほ、本物ですの?」

「まあ、シャナリーゼ様ったら! わたくしがシャナリーゼ様を騙すわけありませんわぁ」

 にこにこ顔のエシャル様の後ろに、見えない高速で動く尻尾がありそう……。

「サイラスに見てもらいたいのですが」

「ええ! もちろんですわ」

「……遅くなりますし、ご迷惑でなければご夕食をご一緒にいかがです?」

「まあ! よろしいのですか!?」

 遠慮なく喜ぶエシャル様にうなずくと、わたくしはベルを鳴らしてベラートを呼ぶ。

 すぐにやってきたベラートに事情を話すと、なぜか微笑んで承知して出て行った。


 なぜに微笑んでいくのかしら。てっきり苦言でも言われるかと思ったのだけど。


 ベラートの微笑みも気になるが、今は手元の書状のほうが大事。

「エシャル様。確認ですが、このお方は先王陛下――今は大公様でいらっしゃいますよね?」

「ええ、そうですわ」

「王妃様が尊敬してやまないと公言されている、あの(・・)大公様ですよね?」

「うふふ。そうですわ。尊敬し過ぎて、サイラス様の持つ色が大公様とご一緒だったので、お名前まで似て付けられたくらいですわ」

「……」

 

イズーリ国王陛下、それでいいのですか……。

 

 複雑な心境になったわたくしを見て、エシャル様が心を読むように言う。

「ご安心下さいませ。王妃様の愛は陛下に向けられておりますわ。大公様への想いは、もはや燃え尽きることのない憧れのようなもの。――そう。わたくしの美しく儚い薄い本の世界のように!!」


 いえ、それとご一緒にしてはいけませんわ、エシャル様。


 わたくしの心の叫びもむなしく、エシャル様はサイラスが帰宅するまで延々と、女性の間に発生する憎悪や過激な嫉妬のあまり性格が変わる醜さのない世界――ボーイズラブの世界について語ってくれた。


 ああ、ティナリア元気かしら。


 新刊を手にして熱く熱弁する妹を思い出し、わたくしの耳は見事にエシャル様の言葉をほとんど聞き流す。

 だが、エシャル様が意見を求めるところでは、ちゃんと耳が機能していた。

これもティナリアの話を長年聞き流してきたおかげね……。


 そうしてしばらくするとアンがサイラスの帰宅を告げにやってきたので、わたくしはエシャル様を残して玄関ホールへと向かった。

 ベラートと話していたサイラスが、わたくしに気がついて顔を上げる。

「エシャル嬢が来ているのか」

「ええそうよ。あ、そうそう。おかえりなさい、を忘れていたわね。で、ちょっと来て」

 立ち止まりもせずサイラスへ近づくと、そのまま左手を引っ張ってエシャル様の待つ部屋へと連れて行く。

「え、おい」と戸惑うサイラスだったが、足を止めるなどしなかったのでいいだろう、とわたくしは「見てもらいたいものがあるの」とだけ言って黙って歩く。

 サイラスの後をエージュが追いかけてきたのも黙認し、三人で部屋に入るとエシャル様が立って待っていた。

 

「いったい何の用だ?」

「エシャル様がわたくしにも、あなたの作戦に参加させたいんですって」

「は!?」

 キッとサイラスがエシャル様を睨むが、彼女にはまったく効かない。

 それどころか、エシャル様はサイラスをしっかり見て反撃してきた。

「シャナリーゼ様をあちらも探されているのですから、こちらから攻めたほうが進展致しますわ。このままですと、春になるまで滞在されるか、それとも仮病をつかって姫を置いていかれるかのどちらかですわ」

「まあ、大変」

 なんとなく口にしただけだが、エシャル様の目が細められてわたくしに向けられる。

「……シャナリーゼ様も他人ごとではございませんわよ。このままお隠れでもよろしいですが、滞在はどんどん伸びます。そうなると、お隠れになっているのが露見するのも時間の問題ですわ。

 そうなったら、世間の目がどのようになるのでしょう? 正直シャナリーゼ様には良くないお噂がありますので、そうなると『姫と王子の仲を邪魔する悪役令嬢』という見方になるかもしれません」

 きゅっと眉を潜めて苦言してくれるエシャル様には悪いのだけど……。

「そういう見方をされるのは慣れているわ」

「慣れるな」

 サイラスの呆れたため息が聞こえる。

「俺から言わせれば、あっちこそオレとシャナリーゼの仲をかき乱す悪者だ」

「かき乱されるような仲でもないわよ」

「とにかく邪魔だ」

 わたくしの訂正を無視し、サイラスはまとめあげた。

 横目で恨みがましくサイラスを睨んでいるが、サイラスは「別にいいじゃないか」と悪びれもせず真面目な顔をしている。

 残念な目をしてわたくしがサイラスを無言で睨んでいると、視界に空気になり損ねた人物がうつる。


……エージュ、すました顔しても体が小刻みに震えているわよ。

 

 わたくしの視線に気がついて、エージュの震えが止まると同時にサイラスの驚いた声が上がる。

「なんだこれはっ!」

「見ての通り、ですわ」

 どうやらエシャル様から例の書状を受け取ったらしい。

 ふとエージュの顔が曇ったので、そっと説明する。

「大公様からのお手紙をエシャル様が持ってきたのよ」

「!」

 珍しく目を見開いて驚くエージュにうなずき返し、いらっしゃいとサイラスの近くへ呼び寄せる。

「サイラス様」

 遠慮がちに声をかけたエージュに、サイラスは書状を持ったまま振り返る。

「エージュ、大公にはお前の一族の誰がついている? 確認をとれ」

「かしこまりました」

「まあ! お疑い深いですわね」

「当り前だ。大公は隠居されている」

 半分ニセモノ、と決めつけるサイラスに、エシャル様はイタズラが成功したような笑みを浮かべる。

「それは大公様が視察中で王都にいらっしゃらないから、ということですか? でも、誰でも『ちょっと忘れ物』をすることはございますのよ。ポルケッシュの館、へお尋ねになって?」

 そこで話を区切り、出て行こうとするエージュを引き止める。

「ザルハーシュには『百合の開花はいつでしょう』と伝えてね」

 サイラスがうなずいたのを見て、エージュは腰を折る。

遊説「……かしこまりました」

 エージュが出て行ったドアが閉まるのを待ち、サイラスはエシャル様に厳しい目を向ける。

「回りくどい言い方はやめろ。お前の交友関係は調べたはずだがな」

「うふふ。秘密の友人がいてもいいじゃないですか。サイラス様のお手元にきた調書に偽りはありませんわ。ただ、わたくしではなく『あちら側』のご希望で削除されたのかと」

 眉間の皺をさらに深くしたサイラスに、エシャル様は困ったように首を傾げる。

「最初に行っても信じられませんでしたでしょ? どうせなら確認を同時進行していただけるといいかなって思ったんですの。

 わたくし、大公様と――『囲碁仲間』なんですの」


「「は?」」


「い・ご、ですわ。シャポンから伝わった机上闘技ですの」


「「……」」

 言われてもサッパリわからない。

「わたくしも兄の影響で始めまして、早十年になります。男女関係なく先を見越す力、相手の出方を誘う、出し抜く、とにかく力など関係ない闘技ですの! 四角い木の板のような机が戦場で、戦うは己のみ!! 一瞬で勝敗が決まる時もあれば、長時間相手の精神力を削って勝利する。本当に奥が深いですわ~」

 両手の指を胸の前で絡め、うっとりと明後日の方向を見ながらイゴとやらを熱弁する。

「あ」

 と、何かを思い出して眉間の皺を解くサイラス。

「五目上の板と白と黒の丸石の遊びのことだな」

「はい」

「知っているの?」

「王妃もやっているぞ」

「……」

 誰がやっていてもいいけど、王妃様の名が出ただけでちょっと意識を飛ばしたくなる。

「王妃様もお強いですわ~」

「……やはり今からでも遅くないわ。エシャル様、どうかサイラスの婚約者になってくださいませ」

 きっとそっちのほうが、大公様も王妃様も喜ぶと思うわ。共通の趣味万歳。

 すると、露骨にエシャル様は嫌そうに身を引いた。

「え、嫌です。わたくしサイラス様は観賞対象ですので、一緒に寝るとか、キスとか気持ち悪いですわ~」

「俺もあの理解不能な趣味を持つお前など嫌だ」

「まあ、嬉しい! 意見の一致でようございました。

 と、いうことでシャナリーゼ様が最適なのですわ」

「なんの条件も満たしておりませんわよ」

「あら! サイラス様が望まれているってことが重要なんですわ」

「!」

 そうエシャル様から言われ、わたくしはなぜか驚いてしまった。

 いえ、確かに家の利だけでない結婚は大事だと、こそこそ動いてきたけれど。それを人から言われるのは違った迫力があるわけで……。

 うっと言葉に詰まったわたくしに代わり、サイラスが口を開く。

「お前が大公とそんな仲だとは、おそらく母も知らないのではないか?」

「いえ、王妃様だけ(・・)はご存知ですわ。秘密にしていたら、バレタ時に恐ろしい目にあいますもの」

「……否定はしない。あの人の大公への傾倒は並じゃないからな」

 想像がつくのか、苦虫を噛み潰したように顔を歪めるサイラス。

「だが、家族にも秘密にしていたのか? よくバレていないものだ」

 半ば感心するようにサイラスが言う。

 確かに、エシャル様は自他ともに認める引きこもり。そんな彼女が出歩けば、家族なら当然行き先を気にするようだけど。

 わたくしの疑問を目線で感じ取ったのか、エシャル様は唇に人差し指を当て、こてんと首を傾げる。


「あら、だってわたくしの『とっておきの秘密』ですもの」


 うふふ、と無邪気な微笑みを浮かべるエシャル様。

「「……」」

 わたくしとサイラスは二人して立ち尽くす。


 怖いです……エシャル様。あなたまだ隠しダネ持っていそうですわね? やはり最強(凶)札はエシャル様で間違いないわ。


 その後、エージュが顔色を変えて戻ってきた。

 大公様はお忍びで視察に行かれていたが、最近『気が変わった』とかで王都に秘密裏で戻ってきたらしい。しかも、お屋敷ではなく宿に。もちろん最高級の宿ですけど。

 エージュが持ってきた答えは『昨日』とのこと。

 ちなみに質問を訳すと『エシャルの訪問はいつだったか』ということらしい。つまり、昨日エシャル様が大公様に会ったということだ。

 裏がとれ、エシャル様を見る目が変わる。

 そんなわたくし達を前に、エシャル様は「あ、そうですわ」と何かを思い出してわたくしのそばへ近づく。

 耳元でそっとささやかれた言葉に、わたくしは戦慄する。


「大公様もシャナリーゼ様にお会いしたいそうです。近いうちにお手紙をご実家にお送りするそうですわ」


 ひぃいいいいいいいい!!

 これ以上勘違いされるような交友関係はいりませんわぁあああああ!!!





読んでいただきありがとうございます。


急に寒くなりましたね!

どうか皆さんお気を付け下さいね。


さて、王妃様の話やらでチラチラしていた先王様(大公)が、またイズーリ国王陛下より薄い感じで出てきました。

国王陛下も手紙の君(笑)ならその父も手紙……。


次話より、サイラスの過保護とエシャルの強引、そしてシャナリーゼの隠れお人よしが事態を動かしていきます!


ベラートのひとり言、も書きたいですね。

エージュとベラートのひとり言は習慣化しそうです(笑)


それから、囲碁は諸説あるようですが七世紀頃日本に中国から伝わったそうです。

ちなみに囲碁は……詳しくないので何も書きません!!


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